Episode.25


中学総合体育大会当日、会場の市民体育館に辿り着くと、私達の集団を見付けるなり周りの他校生が「北川第一だ」と囁く声が次々と聞こえた。

「北川第一ってあれだろ?"コート上の王様"が居る所だよな?」
「え?"王様"って何?」

何処からか聞こえてきたその声に次第に血の気が引いていく。前方を歩く影山へ恐る恐る視線を向けると、影山の耳にもそれはしっかりと届いていたようで、声の発信源の方へギロリと睨みを利かせていた。

「ヒィ?!」

案の定その生徒達は影山に睨まれて萎縮してしまった。萎縮をするならまだ良い方だがこれで影山に突っ掛かって来る他校生が居たとして、そこで喧嘩でも始まれば今大会の出場停止にもなりかねない。他校生とだけは問題を起こさないといいんだけどな、と不安を抱いた到着時だった。




「勝ってコートに立つのはこの俺だ!!」

初戦に当たった雪ヶ丘中との試合の公式WUが始まる直前、姿が見えない影山を探すようにと監督から私は頼まれていた。途中、ドリンクを作ってくれていた2年生と擦れ違い、影山の居場所を知らないかと聞けば、彼らは少し気まずそうに水飲み場にいると所在を教えてもらった。恐らくいつものように影山から何かを言われたのかもしれない。私から後輩に謝罪をし、それから小走りで目的地に辿り着けば、早速雪ヶ丘の主将に啖呵を切っているではないか。

「影山!!」

時間も迫っているし、試合以外で争ってもらうわけにはいかない。私は無意識に大声で影山を呼んでいた。

「!夏芽、」
「ウォームアップ、始まる。監督が影山の事探してたよ」
「…………あぁ、悪い。今行く」

影山は何事も無かったかのように踵を返して一人会場へと向かってしまった。影山から視線を外し、未だ影山の背中を睨み付けるように見るオレンジ色の彼の元に駆け寄って声を掛けた。

「……ごめん!影山が迷惑掛けたよね、」
「ヒァッ?!じょっ、じょしっ、マネっ?!アッ、いや、アイツにはすっげぇムカついたけど大丈夫です!あ、今日は負けません!」
「(じょ……?まね……?)そ、そっか。マネージャーの私がこういう事言うのもあれだけど、うちも、負けません」
「翔ちゃん!!」
「……あ!俺もう行かないと!それじゃまた!」
「うん、また」

それから名前も知らない彼はチームメイトに声を掛けられ、急ぎ足でその場を去っていった。




「「「「お願いします!!」」」」

主審のホイッスルで開始された北川第一中と雪ヶ丘中との試合。トクントクンと煩いくらいに脈打つ心臓を押さえながらその試合を眺めた。

「行け、翔ちゃん!!」

北一からのサーブを雪ヶ丘がレシーブし、トスを上げる6番の選手がスパイカーを呼ぶ。"翔ちゃん"と呼ばれた彼は先程会話を交わした"彼"だった。それから彼はレフト側に入ってスパイク体勢に入った。

「凄いっ……!!」

身長約160p程。それは正直バレーには不利な体格だ。リベロなら兎も角、スパイカーとなるといとも簡単にブロックに捕まってしまう。それでも彼は身長差なんて考えさせないほどの跳躍力があった。

―――――バシン!!

けれども彼の打ったスパイクはこちらの三枚ブロックによってコートに叩き落とされ、まず1点は北一に加算された。
暫く試合をベンチから見ていると、彼のスパイクはシャットアウトの連続だった。圧倒的に技術量はこちらの方が高いようで、第一セットは大差で北一の先取。そして第二セットは現在24―07。余程の奇跡が起こらない限り第二セットもこちらが取って勝利というのが目に見えている。
―――――なのに。

「何で……?」

こっちが後1点を取れば試合終了。どれだけガムシャラになろうが勝てっこない勝負。今頃戦意が喪失していてもおかしくない。なのにそれでも尚オレンジの彼は今も一人必死でボールを追い続けている。

「ワンタッチ!!」
「触った!カバーだ!!」
「!」

その時、彼が打ったスパイクはブロックに構えていた金田一の手を大きく弾いた。後衛にいた国見がボールを追い掛けようとするが、届かないと判断したのか追い掛ける事を止め、ボールは床に落ちてホイッスルが鳴る。しかし手を抜いた事を見逃さなかった影山が国見に怒鳴りつけた。

「最後まで追えよ!!勝負がついてないのに気ィ抜いてんじゃねえよ!!」
「わかってるけど、でもこの点差がひっくり返るような奇跡ないで「今の一点は奇跡じゃない、獲られたんだ」
「アイツに点を、獲られたんだよ!!」
「!!」

「今日は負けません!」

―――――そうだ、単純な事だった。まだ負けてないから、負けたくないから、彼らはコートにボールを落とすまいと、必死に追い続けているんだ。ボールを落とさない限り何が起こるかなんて分からない。

「チャンスボール!」
「よっしゃ!」

雪ヶ丘が打ったネットを掛けた前寄りのサーブは北一を見事崩し、サーブレシーブはそのまま雪ヶ丘へと返り、攻撃権を与えてしまった。

「翔ちゃん頼―――――」

やはりラストボールを託すのはレフト側に立つ彼へ。誰もがそう思った。

「……トスミス?」

しかし、そのトスは誰も居ないライト側へと上がった。誰も居ない、ハズだった。

「―――――え!?」

驚かざるにはいられなかった。だってレフトに居たはずの彼が、一瞬にしてライト側に居たのだから。マークをしていた影山達もそれには追い付けやしなかった。

―――――バシン!!

ストレートに打って落ちたボールはインかアウトの際どい所。主審の判定を息を呑んで見守っていれば、アウトの判定。それから試合終了の笛が鳴り、北一の勝利が決まった。でもやっぱり最後のあのスパイクには皆蟠りがあって、大差で勝ったような顔には見えなかった。




大会1日目は難なく勝利を収めて1日が終了した。ドリンクボトル、救急箱の入った鞄やクーラーボックスを抱えながら会場を後にしていると突然肩に掛かっていた重みが消えるように無くなった。

「それ、重いだろ。持つ」

私の元にやって来た影山が奪い取った荷物を自分の肩に掛けて当たり前のように私の横に並んで歩き出した。

「えっ?!わ、悪いよ!影山だって自分の荷物あるし、それに今日は疲れたでしょ?」
「いい。たまにはこういうのもいいだろ、」

そのまま歩き続ける影山は荷物をこちらに譲る気は無さそうだ。こういう事をやられると、勘違いしそうになるから止めてほしいのに、でもやっぱり嬉しくて自分の気持ちに嘘は吐けなかった。静かに「ありがとう」と呟けば「おう」と短い返事が返って来て、口許が緩む。その余韻に浸っていると突然背後から「お前が!!」と投げ掛けられた声にビクリと肩が跳ねた。

「お前がコートに君臨する"王様"なら!!そいつを倒して俺が一番長くコートに立ってやる……!!」

振り返れば悔しそうに大粒の涙を流しながら影山に訴えるあのオレンジ色の彼がそこに居た。影山が何か下手な事を言わないか内心不安だったが、影山の落ち着いた表情を見る限り、そんな心配は要らなかった。

「……コートに残るのは勝った奴……強い奴だけだ。勝ち残りたかったら、強くなってみろよ」

それから影山は「夏芽、」と私に声を掛け、踵を返してまた歩き出した。私も未だ涙を流す彼に静かに会釈をして影山の後を追い掛けた。名前も知らない彼と近い未来、思わぬ再会を果たすという事も知らずに。

(2015.10.18)

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