Episode.28


夏休みが明けて既に衣替えを迎えた秋。クラス全体の雰囲気は本格的に受験勉強モードとなった。クラス一番のお調子者も流石に焦りを感じ始めたのか、随分と大人しくなり、休み時間になっても静かに自分の席に着いたまま過去問を解くようになった。しかしそれでも皆が皆受験モードに切り替えが出来ているわけではなく、いつもと変わらずに友達同士騒いでいる者も少なからずいる。特に推薦で受験をする生徒にそれは目立っていた。当日の実力が勝負になる一般受験の人達からすればそれは迷惑な話で、口にはしないものの、空気の読めない彼らに対する視線は冷ややかなものだった。教室内の雰囲気がギスギスし始めたのは気のせいじゃない。

「なんか雰囲気悪くなったよな、クラス」
「うん……やっぱり一般組は受験勉強で結構ストレス溜まってるんじゃないかな」

昼休み、去年に引き続き保健委員を務めている私と国見は、流し台のシャボネットの補充に当たっていた。去年は金田一と影山もいたが、今年はその姿はない。去年といえば影山とこうして一緒に交換に廻っていた。あの時はまだ私たちは付き合っていて、ちょうど影山が変わる前の頃だった。それが今となれば随分と昔の事ようで私には凄く懐かしく感じた。

「国見は青城受けるんだっけ?」
「うん。金田一も」
「やっぱ二人とも青城か〜。受かったら及川さん達居るね。またチームメイトだよ」
「及川さんうるさい……。岩泉さんは頼りになるけど。まぁ、男バレの大半はあそこ進学するしね」
「ぷっ!"うるさい"って……!強ち間違いではないか。あっ、そういえば私この間及川さんと偶然本屋で会ったよ」
「でしょ?え、嘘、及川さんが本屋とか似合わな…………」
「言っちゃ駄目」
「絶対図書館とかも似合わないでしょあの人」
「だから言っちゃ駄目」

少し間があった後、沈黙に耐えられなくなった私たちは二人して同時に吹き出した。暫くすると私より一足先に笑いが治まった国見は先程とは裏腹に、真剣な面持ちで私の顔を見た。

「椎名は、やっぱり白鳥沢?」

引き戻された志望校の話題は、今度は私に対しての問い掛けだった。国見のその真っ直ぐな視線に少しだけ居心地の悪さを覚えた。

「あー……実は、白鳥沢は受けない事にしたんだ」
「え??いつの間に変えてたの?何処の学校?あ、もしかして椎名も青城?」

やけに食い気味な国見に戸惑いながらも、会話に夢中になっているあまり本来の目的であるシャボネットの補充作業が止まってる事を先に伝えれば、国見は「あ、忘れてた」と今思い出したかのようにボトルにシャボネットをまた入れ始めた。

「ううん、青城でもないよ。第一志望は公立」
「公立……?公立ってじゃあ、何処の高校受け―――――あ、」

話の途中で口を閉ざした国見はそれ以降言葉を発する事は無かった。何かと不思議に思い、私は国見の方へ視線を送ると、国見は廊下の方向に顔を向けたままある一点を見つめていた。それに倣ってその視線の先を追った時、私の心臓は大きく脈を打った。

「(……影山、)」

そこには廊下をこちらに向かって歩いて来る影山の姿があった。夏のあの大会以来、影山とは一切会話をしていない。前のように一緒に帰る事も嘘みたいに無くなった。
友達でも恋人でもない曖昧な関係、影山とチームメイトの衝突、決勝戦の日に起こってしまった事件。
様々な要因が重なってしまったというのもあり、部活を引退した今、私と影山は全くもって接触が無い。

「……………」
「……………」

擦れ違う際、影山は私と国見の存在に気付いたものの、こちらを一瞥するだけで表情を変える事も無く、視線を正面に戻して影山はそのまま自分の教室に向かって行ってしまった。

「椎名……」

私を気にかけるように少し不安げに名前を呼ぶ国見はやっぱり勘が良い。それでも私は心配を掛けないようにと笑顔を取り繕う。

「昼休みももう少ししたら終わるし、早くこの仕事終わらせないとね。ちゃっちゃとやって教室戻ろう」
「……うん、そうだね」

それから何事もなかったように仕事を進める私たち。

――――これで、良かったんだ。

あんな事があったんだ。同じ部員だった私は、事件を思い出させるような存在の一人だろう。無理に関わろうとして、例えば影山から拒絶をされて、それで反って傷付いて苦しむよりはこうして遠くから眺めている方がずっと良い。それに、卒業をすればもう影山と関わる事なんて無いんだ。どう足掻こうがこの事実だけは変えられない。そうやって自分に言い聞かせて、無理矢理納得をさせた。
影山飛雄という人間は、本当に私にとって"過去の人"となってしまった。




時が経ち、高校入試本番まで残り約1ヶ月。それは刻一刻と迫っていた。
引退したての頃は部活のない放課後に最初は違和感を感じていたものの、この生活にもすっかり慣れてしまった。高校受験もいよいよ大詰めを迎え、教室や図書室に残って受験勉強に取り組む生徒の数も一段と増えていた。

「センセー!この問題わっかんねー!」
「……お前はまたか高橋。少しは自分でも考えてみたらどうだ?」
「考えた結果がこれだよセンセー!教えて!」
「まずはそのタメ口をなんとかしような」
「ウィース!」

放課後まで教室に残って熱心に受験勉強に励んでいる生徒の対応に回っている担任の木村先生は、クラスのムードメーカー的存在の高橋くんの応答に「これは本当に大丈夫なのか………」と独り言を呟きながら頭を抱えていた。高橋くんは運動神経は抜群だが、お世辞にも勉強の出来る生徒とは言えない。常に授業中は睡眠学習が当たり前で各教科担当の先生たちから注意を受けるのも珍しくない。そのせいかテストの成績順位も下から数えた方が早い。そんな問題児が生徒にいると、先生たちにとっては悩みの種でしかないのだろう。それは私の中で以前「お前、このままだと行ける高校無いぞ」と忠告を受けていた何処かの誰かを連想させた。
先生と高橋くんの会話を聞いていた周りのクラスメイトもそのやり取りが面白かったのかクスクスと笑いが起こっていた。張り詰めていた空気がムードメーカーである彼のお陰で柔和された気がした。
連想させた何処かの誰か――――影山はやっぱり、あの時と変わらず白鳥沢への進学を第一志望としているのだろうか。あの学校は一般で入学するには難関校だが、影山のバレーの個人の能力ならばスポーツ推薦でも来て、今頃進路が決定していても可笑しくないのかもしれない。でも、出来る事ならやっぱり同じ学校が良かった、なんて。

「(何を今更……ダメだダメだ、)」

よからぬ考えを頭から振り切り、残された僅かな時間を無駄にしないようにと私はまたシャーペンを走らせた。

(2015.11.12)

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