――――ドクン、ドクン
「………ふぅ、」
正門を目の前に立ち止まり、速まる鼓動を落ち着かせようと一度深呼吸をする。
今までやれる事はやってきた。試験当日は、与えられた時間を無駄にしないように誤字脱字や解答欄の記入にズレはないかと徹底的に何度も見直しはしたし、自己採点だって厳しめに付けたが点数に問題はなかった。だから大丈夫だと、自分に言い聞かせて。
「―――――よし、」
気を取り直して『宮城県立烏野高等学校』へと再び足を踏み締めた。それから校舎の玄関口まで足を進めれば、合格者の受験番号が羅列された大きな貼り紙が貼られており、既にその周りには多くの中学生の人集りが出来ていた。結果が分かると同時に歓喜の声を上げる人、はたまた悔し涙を流す人もいて、反応は人それぞれだった。
そんな彼らを余所に私は肩に掛けているスクールバックから受験票を取り出した。"597番"と印されたそれは貼り紙の中に含まれているかは今の時点では分からない。
「大丈夫」
静かに目を閉じて、受験票を握り締めた手を胸に当てながらもう一度深呼吸をする。覚悟を決めて、遂に私は顔を上げた。
「(597……597……)」
心の中で番号を唱えながら貼り紙を目で追っていく。あまりにも列が多いので、まずは大まかに500番台の数字を探してみる事にする。暫く追っているとようやく590番台の列を見つけ、私の中では緊張が高まるばかりだ。ごくりと固唾を呑み、私はゆっくりとまた番号を追っていく。
590、593、595、596…………
「!あった……!!」
"597"
その番号を見付けた瞬間、私は喜びを隠せなかった。
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あれから学校に戻って担任の先生に結果を報告をすれば、先生は「良かったなぁ!」とまるで自分の事のように喜んでくれた。そして最後には「これはお前が毎日必死に頑張った証だ」と目を細めながら私の頭を撫でた時には泣きそうになってしまった。
「烏野だったんだ」
その日の放課後、帰りの支度をしていると何処かから耳に入ったのか、既に私の進学先を知っていた国見は私の席まで出向いて声を掛けてきた。
「合格、おめでと」
「国見こそ、青葉城西受かったんだって?おめでとう」
「ありがとう」と返す国見を見ていると、こうやって毎日国見と会話を交わすのもあと一ヶ月も無いのだという考えが過り、途端に気持ちが切なくなった。卒業をすればそれぞれ別々の道に進んで、そこでまた新しい仲間に出会っていく。そうやって色々な人に出会って、次の居場所が出来て、そして時が経つにつれて"私たち"がそれぞれにとって過去のものとなってしまうのが怖い。二度と会えないなんて事は無いはずでも、今よりはずっと顔を合わせる機会はなくなるし、会わなければ会わなくなるほど、"あの時"の感覚は薄れて、築き上げてきたこの関係が呆気なく振り出しに戻されてしまう事だってある。そんな事を思うと今にも胸が締め付けられそうだった。
「なんで烏野にしたの?」
「んー………やっぱり私立は学費高いから、かな」
「あー……」
「例えば私立高校に入学したとして、その先も進学を考えたとなると経済的にさ。そこまで親に負担は掛けたくなくて。烏野だったら公立だし、家からもそう遠くないし、進学クラスもあるから将来の幅は広がるかなって思った」
「中3にして考え方が現実的だね」
「そうかな」
ふと国見から視線を外して教室から窓の外を見ると、まだ時刻は夕方の4時半だというのに既に日は暮れていた。いつの間にか教室にいたクラスメイト達も誰一人おらず、私と国見が取り残されていただけだった。視線を再び国見の方へ戻すと、国見は私の机の上に置いてある鞄にぶら下がっているくまのマスコットをつついて遊んでいた。
「まぁ、将来何がしたいとか、そんなのは明確に決まってはいないんだけどさ。……なんてね。でもやっぱり、」
「……?でも?」
「踏ん切りつけたかった。それが一番の理由、かな」
その言葉で何かを察したのか、マスコットで遊んでいた国見の手が止まる。ゆっくりと顔を上げて私を見る国見は先程とは顔付きが違う。
「ずっと言ってなかったんだけど、」
……やっぱり大事な事は伝えられる時に伝えた方がいい。あれだけずっと何も言わずに国見は支えてくれたんだ。分かっているかもしれないけれど、ちゃんと自分の口で。
「別れたんだ、二年の冬に」
誰と、とは言わない。
「それでもずっと忘れられなかった」
誰を、とは言わない。
「好きだった。………ううん、今も」
言わなくても、きっと分かっているから。
「……うん。何となく、そんな気がしてた」
……ほら、やっぱりね。
国見の前で泣いた事もあった。別れた時にはそのショックを態度に出して心配を掛けた事もあった。それで気付かれない訳なんて無いはずだ。
「曖昧な関係のままじゃ良くないと俺は思ってたけど、椎名がそう決めたのなら、安心した」
それから目を細めて国見は口許を緩ませた。及川さんといい、国見といい、私は人に恵まれている。色んな人が沢山の言葉をくれて、私は救われている"幸福者"だ。一人で勝手に傷付いて、苦しんで、悲しむだけで何故それを今までずっと気が付けなかったんだろう。
「国見。今まで何も聞かずにずっと支えてくれて、ありがとう」
多分それはきっと心に余裕が無かったからだと思う。だからあの時と私には周りが見えていなかった。
そういえば、以前及川さんもこんな事を言っていた。こうして気付く事で人は成長するのだと。
「別に俺は、傍にいただけだよ」
「それが私には救いだったんだよ。本当にありがとう」
だからもしこの先、大きな壁にぶち当たった時は、自分の周りには誰かがいる事を安心して、私は立ち向かう事が出来るはずだと思う。
「……今度は、一人で抱え込まないでちゃんと、頼ってよ」
頬を掻きながら照れくさそうに言う国見がなんだか国見らしくなくて、思わず吹き出せば、「なんだよ、真面目に言ってんのに」とこちらを睨んできた。覇気が無いせいか、正直迫力が感じられないのは心の中に留めておく。
「……あーあ、国見とこうやって顔を合わせて話せるのもあと少しか」
忘れかけていた切ない気持ちがまた現実に引き戻され、途端に二人の間には沈黙が流れた。思わずポツリと呟いた「寂しいね、」という言葉も国見が拾う事はない。
「俺は………」
「ん?」
「俺は、椎名とはまた何処かで会える気がするよ」
「っ!!」
青城と烏野なんて、距離が近い訳じゃない。学校が一緒だった中学とは違って、各々生活リズムも変わってくる。擦れ違いだって多いはずだ。でもあまりにも真っ直ぐな目で、何処か確信したように国見ははっきりと言った。
「―――――そっか。……うん、そうだね」
"また何処かで会える。"
自信ありげに国見が言うものだから、私もそんな気がした。
(2015.11.18)
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