「………まじか」
帰りのSHRが終わった直後、まず私が真っ先に向かったのは男子バレー部の活動場所となっている第二体育館だった。ところが入部届を片手に半開きになっている扉から中を覗いてみると、既にネット張りなどの準備が始まっていて、完全に入るタイミングを失った。さらに困った事に、入部届を渡したいというのに顧問らしき先生は何処を探しても見当たらない。暫く体育館内の様子をその場から観察していると、何だか目付きの悪くて怖そうな坊主頭の先輩が運良く近くにやって来たがこちらには気が付いていないようだ。しかしここでタイミングを逃せば本当に後が無いので、何とか意を決してその人に声を掛けてみる事にした。
「あの、すみません!」
「……!?な、なんでしょうか!!」
私が声を掛けると、人相の悪そうな坊主頭の先輩はぎょっとした顔をして私を見た。何故私の顔を見るなりそんな表情をしたのかは知らないが、見かけによらずそれほど怖くはなさそうな人のようだ。
「マネージャーとして男子バレー部の入部を希望しているんですけど、あの、入部届って誰に提出すれば――――――」
「……!!マネージャー……だと……!?だ、大地さん大変です!!じょ、女子です!!!ついに女子が来ました!!」
「え」
「!!なんだと!?ど、どうする……?……!そうだ、清水!!とりあえず清水だ!!清水は何処だーー!?」
「えっ!?ウソ、何!?マネ希望の子来てるの!?まじで!?夢じゃないよな!?アッ、イタイ……から夢じゃないっ!!夢じゃないぞ!!」
「………あの、入部届を、ですね」
私の声は虚しくも先輩たちの元には届かず、提出しようとしていたはずの入部届は受理される所か、行き所を失ってしまった。
「うおおおおお新マネが来た……!!これで潔子さんもお喜びになられる……!!」
「そうだな……!!来年もマネージャーいるな……!!良かった良かった……!!」
「ありがとう!!本当にありがとう!!」
ネット張りを一時中断し、わらわらと私の目の前に集る先輩たちは何やらお祭り騒ぎが始まり、中には号泣している先輩もいた。……なんだろう、これ。放置プレイ……?
すっかり蚊帳の外になった私は、その場に呆然と立ち尽くしていると、数分後にやって来た"シミズ"と呼ばれた黒髪美女の先輩が突然現れるなり「入部してくれてありがとう……!!」と目をキラキラさせながら強く手を握られた事を私はきっと忘れないだろう。
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「夏芽ちゃんの他にも新入部員がいるから紹介するね。こっちが月島で、こっちが山口」
「4組の月島蛍です」
「同じく4組の山口忠。よろしくね」
「あ、どうも、5組の椎名夏芽です。こちらこそよろしくね」
早速体育館の中に入ると、3年生であるマネージャーの清水潔子先輩の案内によってまず紹介をされたのが、私と同じ新入部員の月島君と山口君。
「……月島君って身長何センチ?」
二人ともバレー部に入部しただけあって、身長は充分に高いのだが、月島君に限ってはかなりタッパがあってつい目が行ってしまった。恐らく、この場にいるバレー部の部員の中で一番身長が高いのではないだろうか。
「ツッキーは188センチもあるんだよ!もうすぐ190センチだ!」
「この前もそうだけど何で山口が自慢気に言うの」
「ごめんツッキー!」
「190………ツッキー………」
「椎名さんまでヤメテ」
「あ、ごめん?」
予想以上の数値には驚きつつも、それより私は、如何にもクールそうかつ取っ付きにくそうな雰囲気の月島君が山口君からまさかの"ツッキー"という愛称で呼ばれている事が、正直見た目に相反していて衝撃的だった。例えるなら、及川さんが低燃費で無気力な国見の事を、"国見ちゃん"と呼ぶような感覚と同じだろうか。
「まぁ、自己紹介はこれくらいにして、二人は練習戻っていいよ」
「あ、はい」
「それじゃあ失礼します!」
「……?今年の新入部員って月島君と山口君だけですか?」
簡単に顔合わせを終えて、私にペコリと頭を下げた後、コートに戻っていく二人の背中を見守りながら引っ掛かった疑問を潔子先輩に投げ掛けてみると、私の質問が悪かったのか、少しバツの悪そうに苦笑いを浮かべた。
「一応、あと二人いるんだけど……初日にちょっと問題起こして、今は出禁中なんだよね、」
「えっ、早速やらかした人いるんですか?!」
一年生にして入部早々問題を起こすとは、まさか不良なのかと内心ビビりつつも、潔子先輩はそんな私を見て慌てたように「でも悪い子たちじゃないから!ちょっと二人が熱すぎた故に起こった問題っていうか、ちゃんと真面目な子たちだから安心してね!?」と弁解をした。もし不良だったらこれからどうやって付き合っていけばいいんだと一瞬焦った私はその言葉を聞いて「よ、良かった……」と安堵の息を吐いた。
「夏芽ちゃんはマネやるのは初めて?」
「あ、いえ。中学の時に男バレでマネやってました」
「じゃあ、ある程度仕事内容は分かってるわけだ。それなら早速ドリンク作りから始めようか」
「はいっ」
でもこの時、私はどうしてその"問題の二人"の名前を聞こうとしなかったのだろうか。不良なんかよりもずっと厄介な人間が、その二人のうちの"一人"だというのに。
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一目見て、「ああ、この子って経験者なんだな」っていうのが分かった。通常マネージャーの場合、入部初日は見学がメインとなるが、椎名の場合は違った。彼女が経験者だと認識した清水は次々と仕事を教え、それを椎名は初日なのにも関わらず、一つ一つ仕事をそつなくこなしていたし、ブロック練の時に突き指をした月島の人差し指を当たり前のようにテーピングをしていた。ボール拾いやボール出しもまるで手慣れているようだった。休憩に入った現在も、率先して部員たちにドリンクを配っている椎名の存在は、今までそれらを一人でこなしてきた清水にとっては随分と助かっているように見えた。
「お疲れ様です、菅原さん」
「お、ありがとなー」
ドリンクボトルを抱えて俺の元にやって来た椎名は、早速俺の名前を覚えてくれたようだ。
「マネ業、手慣れてるようだったけど、もしかして椎名って中学の時にマネージャーとかやってたりする?」
「あっ、はい、男バレでマネやってました。……けどやっぱり中学と流れが違う所とか結構あるので、まだまだです」
「いやいや、初日でこれだけ動けるなんて十分十分!きっと清水も助かってるよ!」
「そうだといいんですけど……。でも、ただ仕事を覚えて、それをこなせるようにするだけじゃ、ダメだと思うんです」
「―――――え、」
その時、思い詰めたような顔をする彼女に俺はハッとした。彼女は中学時代、ただ3年間マネージャーをしていたわけじゃない。色んな事を抱えて、過ごして来た事が表情で読み取れる。……彼女はもっと、深いところを探している。
何となく、これ以上は踏み込んではいけない領域だと察した俺は、話題を変える事にした。
「……あ、そういえばもしかしたら聞いてないかもしれないけど、今度の土曜日に新入部員4人と田中と大地が入って、3対3の試合をやる予定なんだ。新入部員の雰囲気見る為にやってる恒例行事なんだよ」
「面白そうですね。ちなみに出禁問題児とはその時顔合わせって事ですか?あっ、そういえば"問題"ってその二人はどんな問題起こしたんですか?」
大真面目な顔で"出禁問題児"と放った椎名に俺は思わず噴出をしてしまった。きっと今頃何処かで特訓をしているアイツらは大きなくしゃみをしているだろう。そんな俺を不思議に思ったのか、椎名は小首を傾げながら「菅原さん??」と名前を呼んだ。でも、椎名の言い回しはあながち間違いではないかと初日の問題児二人のやり取りを思い出した俺は一人納得をした。
「まぁ、そういう事になるな。あー……セッター志望の奴がさぁ、ちょっと性格に難ありでさ……。もう一人の新入部員と衝突して今に至ったって感じ、かな?」
「!……セッター、ですか」
その時、一瞬だけ動揺を見せた椎名の表情が曇ったのを俺は見逃さなかった。
「でもきっと、椎名はアイツらと上手くやっていけるよ」
もしかしたら中学の時に"セッター"の奴と何かあったのかもしれないと、大方予想はついたが、今は全くもって環境が違うのだから大丈夫だと安心させる為にそれは放った言葉だった。思えば、椎名に対してこんな言葉を掛けた俺は軽率すぎたんじゃないのかと後になって悔やんだ。
俺は、俺たちは、椎名の抱えていたものの重さを、その"セッター"が一体何処の誰なのかを、この時点ではまだ知らなすぎていた。そして、俺たちがそれを知ることになるのは、わずか数日後の事だった。
(2015.11.29)
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