Episode.34


「これから烏野男子バレー部としてよろしく!」

影山とまさかの再会を果たして、最初はどうしたらいいのか分かったけれども、今回の試合を通して現実を突き付けられた。ツッキーの言い分には頭に来るものがあったけれども、あれがなければそもそも影山との深い溝は埋まりやしなかったと思う。蟠りが解消して、日向と影山が加わった事で烏野男子バレー部はいよいよ動き出した。幸先の良いスタートだと思う。

「組めたよ練習試合!!県のベスト4!!"青葉城西高校"!!」
「!!」
「あの青城と?!」
「………でもただ、今回の練習試合には条件があって」
「条件?」
「うん。それが、"影山君をセッターとしてフルで出す事"が条件になってるんだ」
「え――――、」

―――――はずだった。
青葉城西といえば、あの及川さんを始め、岩泉さんに国見に金田一が在学している学校だ。まさか影山の他に、嘗ての仲間たちと、またしてもこれほど早過ぎる再会を果たす事になるとは、私は……私たちは予想だにしなかった。




無事3対3の試合と共に本日の部活動が終了し、部員たちが部室棟で着替えと帰り支度をしている間、マネージャーである私は潔子先輩と一緒に戸締まりをした。点検が終わって、鞄を抱えて体育館を出るなり私は、隣に聳え立つ、未だ明かりが点いたままの2階の部室棟を見上げた。

「(待ってても、いいのかな……)」

影山とは、"中学時代の部活仲間"としては関係が少しだけ修復できた。でも、影山との問題はそれだけじゃない。"元恋人同士"という複雑な関係は切っても切れない。当たり前のように「一緒に帰りたい」だなんて甘い考えが過ってしまった私は、今も尚影山の隣に立ち続けようとしているのだろうか。例えば、もし影山とはこれから部活仲間としては仲良く出来ても、それ以上を踏み込む事を影山が望まなかったとしたら?

「……帰ろう」

……だったら、最初から必要以上には踏み込まない方が賢明だ。影山に迷惑をかけなくて済むし、私だって傷付かなくて済む。ただの部員としての関係だけでいい。それだけで、いい。なるべく視界に入れないようにと部室棟の前を素通りして一人帰ろうとした時、階段下に立つ黒い影が目に入った。

「!影山……!」
「……夏芽、」

一人寒そうにネックウォーマーに顔を埋め、両手をジャージのポケットに入れながら私を待つその姿は、まるであの日と同じだった。何で、どうして。

「帰るか」

私の存在に気が付けば、真っ直ぐな目で当たり前のように放つその言葉に、私は今にも胸が締め付けられそうだった。




大地や田中と並んで歩くその日の帰り道は、今日の試合での日向と影山のあの速攻と、影山と椎名がまさかの北川第一の出身同士だったという話題で持ちきりだった。

「椎名もあの北川第一だったとはなぁ……通りでマネージャー業も手慣れてたわけだ」
「そういや椎名と影山の奴、同中のわりには最初に対面した時かなり驚いてましたよね。まるでお互い烏野に居た事を知らなかった、みたいな?アイツら進学先知らなかったんすかね?」
「……まあ、中学の時の影山には問題があったみたいだし、今日の月島に対しての椎名の態度を見る限り、色々あったんじゃないか?」
「あの椎名のガチギレには流石にビビったッス!椎名を怒らせたらいけないなってつくづく思いました!」
「俺も日向や影山に続いてまた問題起こされたらどうしようかと内心ヒヤヒヤしてたけどな……」

影山と椎名の事で盛り上がっている大地と田中の会話に耳を傾けながら、俺はチラリとバレー部の集団から少し離れて歩く影山と椎名の姿を見た。
確かに、初日に問題を起こした"セッター志望の奴"の話をした時に椎名の表情が曇った事や今日の月島に対する椎名の感情的な態度には違和感を覚えた。中学時代のチームメイトならば、きっと"自己中で横暴な王様"であった影山を完全に悪いと言うのだろう。でも、彼女は違った。苦しそうに顔を歪めながら下唇を噛み締めるその姿は、まるで不甲斐ない自分自身を責めているようだった。それに影山も、椎名を前すると明らかに纏っている雰囲気が違った。例えば、先程部室で帰り支度をしていた時の影山の様子は変だった。周りの会話に交ざるどころか一言も言葉を発する事なく、そそくさと一足先に部屋を出て行ってしまった姿に俺は首を傾げた。この時は何か用事があって急いでいたのだろうと思っていたが、椎名と並んで帰って行く姿を見れば、何となく納得はいった。

「……なんか、あの二人ってただの中学時代の同級生じゃないって感じだよな」
「……?そうっスか?」
「なんだろうな……二人だけの空間があるっていうか……」
「同じ中学同士だからそう見えるんじゃないのか?俺たちより圧倒的に付き合いは長いわけだし」

……違う、そうじゃない。同じ中学同士という、あいつら二人と立場的な面では似ている山口と月島のそれとはまるで違う。もっと深くて、複雑で、曖昧で。友達でもなく、"部員とマネージャー"で収まるような関係でもない。少しでも刺激を与えれば簡単に壊れてしまいそうな、脆く不安定な二人。しかし、そこには誰も踏み入る事の出来ないような絶対的な領域が、二人にはあった。




集団から少し離れて歩いている私と影山の間には特に会話もなく、長い沈黙が流れていた。言いたい事や聞きたい事は山程ある。何で烏野にいるのかとか、白鳥沢はどうしたのとか。今まであんな態度を取り続けていた私を嫌っていないのか………と挙げてみれば切りがなかった。
タイミングを伺っていたが、この気まずい空気ではなかなか切り出す事が出来ないままでいた。でも流石に家に着くまでこの状態のままじゃ私も耐えられない。中学に比べて圧倒的に通学距離も長いわけだ。このままじゃいけないと腹を括って私は話を切り出す事に決めた。

「「あの、」」

声を発するのと同時に、全く同じ言葉が右隣から聞こえた。お互い顔を見合わせれば、影山が何か言いたげな顔をするので、「影山、先いいよ」と言えば「いや、夏芽が先に言えよ」と今度は譲り合いが始まった。しかし結局、頑なに拒否をし続ける影山に折れた私が先に話を切り出す事にした。

「さっきは言いそびれたけど……ずっと、影山に謝りたかった。あの日、何も出来なかった事。あの日だけじゃない、今までの事。私、ずっと逃げてた。変わってく影山が怖くて、どうしたらいいか分からなくて、線引いてた」
「…………」
「今まで、本当にごめん」

黙って私の話に耳を傾ける影山に私は静かに頭を下げた。影山が今どんな顔で、どんな思いを抱えながら私を見ているのかは分からない。さっきの試合で良好な関係に戻りつつあったはずなのに、今になってまた蒸し返すような真似をしているかもしれないが、それでも私はこのまま黙ったままではいられなかった。もしかしたら謝っても許されないかもしれない。また嫌な記憶を思い出させて気を悪くさせてしまっているかもしれない。そうさせたのは私だ。それだけの事を私は彼にした。傍観者を気取って、突き放した私がいけなかったのだ。

「………!」

無意識にじわりと目に込み上げてくる熱いものに堪えていると、ふわりと何かが私の頭に触れた。懐かしい、この温もり。私はこの温もりを知っている。

「謝んな、お前は何も悪くない。寧ろ悪いのは俺の方だ。辛い思いさせて、悪かった」
「影、山……」

目を見開きながら顔を上げれば、それは影山の骨張った手が私の頭に置かれていて、その温もりに私は懐かしさと酷く安心感を覚えた。

「何となく、避けられてたのは分かってた」
「……ごめん」
「だから謝んな。俺のせいだ。……俺は、お前には幻滅されたと思ってた」
「!してないよ、」
「嫌われたのかと思った」
「嫌いになんかなってない、」

嫌いになんかなれないし、ならないよ。それに―――――、

「私だって、影山には嫌われたのかと思ってた」

引退後、影山と私は一度だって話す事は無かった。廊下で擦れ違った時、目が合っても直ぐに逸らされたそれは赤の他人のような振る舞いだった。遠い人のようだった。思い出せば思い出すほど、喉元のあたりが押し潰されそうな感覚で、焼けるように痛くて苦しくなる。

「………嫌いになんか、なれるわけないだろ」
「!!」

私から顔を逸らし、口を尖らせながら言う影山。でもはっきりと言ったその言葉は私はたまらなく嬉しかった。こんな日が来るなんて、夢にも思わなかった。

「ふふっ……なんか不思議だな、こうやって影山と普通に話せてるの。もう二度とないと思ってたから」
「……そうだな。俺達の間には色々あった。でもこうして夏芽とまた会えて良かったって俺は思ってる」
「えっ、」
「あの時はああいう選択をするしかなかったけど、俺は今でも変わってない」

その瞬間、真っ直ぐな目をして私を射抜くように見る影山の瞳に目が離せなくなった。その言葉は漠然とはしているが、真剣に私に何かを伝えようとしていて、思わずハッと息を呑んだ。

「………それって一体、どういう――――」
「椎名ー!影山ー!早く来いよ!キャプテンが肉まん奢ってくれたぞ!」

前を歩いていたはずのバレー部の集団の中から私たちを呼ぶ、日向の大声が聞こえた。そちらに視線を向ければ、通り道にある坂ノ下商店の前でいつの間にか皆して肉まんを頬張っている姿があった。影山の方から「行くか」と声を掛けられ、私はこくりと頷いた。そうして再び歩き出そうとした時、ポケットに入れたままのスマートフォンが突如震え出した。

「ん……?」

ポケットからスマホを出せば、液晶画面にはメッセージの受信が一件と表示されていた。

「……国見だ」

その時、画面に気を取られていた私は、無意識に呟いたそれに影山がピクリと反応した事に気が付かなかった。
メッセージの差出人はあの国見だった。中学の卒業式以来顔を合わせていない彼は、恐らく今回の練習試合の事で連絡をして来たのだろうと大方予想はついたが、敢えて此処では内容は確認せずに私はスマホを再びポケットの中に仕舞った。返信なら帰ってからした方が良いだろう。

「なぁ……国見と、付き合ってるのか」
「!」

影山が一体どういう意図でそれを問い掛けて来たのかは分からない。どうして影山がそういう考えに至ったのかは分からない。ひょっとして、部活も一緒で3年間ずっと同じクラスだった国見とは接点が多く、他の男子よりかは仲良く見えたからなのかもしれない。

「……付き合ってない」

でも、影山だけには誤解されたくないし、そんな風に思われたくない。これだけは言える。だって、

「付き合ってないよ」

"付き合いたいだなんて思ったのは、影山だけだよ。"
そんな想いを込めながら私は影山の目を見て強く言った。

(2015.12.16)

ALICE+