Episode.35


週が明けて、火曜日の放課後。今日は青葉城西との練習試合当日であり、私達烏野バレー部はマイクロバスに乗って青葉城西高校へと向かっていた。嘗ての先輩や同期達との再会に私は緊張感が高まっているのに対し、隣の座席に座る影山は至って冷静だった。逆に何故そんなに落ち着いていられるのかが疑問だったが、安易に目の前で中学時代のチームメイトの名前を口にするのは躊躇いを感じた為やめた。

「……ねぇ影山。日向、本当に大丈夫なの?」

しかしそれ以前に何よりも気掛かりだったのが、私なんかよりもずっと緊張をしていて、明らかにいつもと様子がおかしい日向の存在だった。後部座席に座る彼はとてもじゃないけど万全なコンディションとは言えず、顔色も悪く目が据わっていて、田中さんが何度声を掛けてもその反応は薄い。

「……?なんか、俺が"囮のお前が機能しなきゃ他の攻撃も総崩れになると思えよ"って言ったらアイツの様子がおかしくなり始めたけど……まぁ、大丈夫だろ」
「…………」

"影山、それ絶対大丈夫じゃない"
まるで他人事のように言う影山に対し声を大にして言いたくなったが、それを言っても鈍感な影山にはきっと伝わらないのだろう。
聞く所によれば、日向がまともに試合に出たのは、中3の時に一回戦で当たったうちの学校との試合の一度きりらしい。それなのにも関わらず試合慣れしていない日向に対して"お前が機能しなきゃ総崩れ"だなんてあまりにも荷が重すぎる。これが公式戦ならそれはまるで死刑宣告のようでしかない。

「影山……。日向にはこれ以上余計な事言わないでね……」
「それ菅原さんにも言われたけど、俺はそんなに余計な事を言ってんのか……?」
「…………あぁ、やっぱり自覚ないのね……」

はぁ、と溜め息を吐けば影山は「どうした?」と不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。苦笑いをしながら誤魔化せば、今度は手にしていたスマホのバイブ音が鳴り響いた。LEDランプを点滅させながら画面に表示されているのはメッセージの受信が一件。そのままアプリを開けば、差出人は昨夜からやり取り続いていた国見で、"ちなみに及川さん捻挫なう。あの人病院行ってるから今日出ないかも。"と強烈な殺人サーブを打つあの嘗ての先輩の不在の知らせが来ていた。果たしてこれが、危機的状況かつレシーブの苦手な日向にとっては唯一の救いなのか、そうじゃないのか。

「うわあああああ!!止めて!!バス止めてええええ!!」

突如後方から聞こえた田中さんの悲鳴に慌てて振り向けば、うつ伏せになって倒れている日向と、田中さんの下ジャージに付いた嘔吐物を見て一気に不安は煽られた。

「……影山、あれ完全にヤバイって……」
「あ、あぁ……」

一度出た深い溜め息はいよいよ止まりそうにはなかった。




「吐き気治まった?試合出られそう?」
「だ、だだだ大丈夫だ問題ない!!」
「(本当に大丈夫なのか……)」

青葉城西高校に到着するなり、日向の嘔吐物の処理や憔悴しきった日向とその姿を見て怒鳴る影山のフォローなどに追われていた烏野バレー部は今深刻的な状況に陥っていた。バスを降りてまずは水飲み場で口を濯ぐ日向の付き添いとして私は隣に居たが、日向の表情はまさに顔面蒼白。とてもこれから試合に出るような人間の顔じゃない。

「ねぇ、日向。やっぱり今日の試合は止めといた方がいいんじゃ……」
「!?試合に出ないと俺は影山に捨てられる……!!……アッ……オナカイタイッ…………もっかいトイレ!!」
「……?"影山に捨てられる"……??」

ギュルギュルとお腹を鳴らしながら腹痛を訴える日向は急ぎ足で男子トイレへと駆け込んでいった。その後ろ姿を見詰めながら日向の今の発言に首を傾げていると前方から見知った顔がやって来た。

「よ、椎名。今の奴大丈夫なの?」
「あー……うん……ちょっとヤバイかも……。久しぶり、国見」
「え、ヤバイのかよ。……何だかんだ椎名とは卒業式以来か」
「春休み中は全然会わなかったしね」

目の前に立つ国見は、たった一ヶ月程顔を合わせていなかっただけなのに、身に纏った白のジャージは妙に馴染んでいて、少しだけ切なくなった。あの時は、青のはずだった。そして、自身も嘗てはそうであったはずなのに、今となっては当たり前のように黒に染まっている。それがなんだか、私達の距離が段々と開いているような気がしてならない。

「でも俺が言った通り、ちゃんとまた会えたな」
「それにしても早すぎるでしょ」

卒業式の日に私に言った事を思い出したのか、国見は得意気な顔で私を見た。それに反抗して私が突っ込みを入れれば、国見は静かに笑った。

「……アイツも烏野だったんだな」
「……うん、私も驚いた。てっきり影山は白鳥沢だと思ってたから」

だからあの時、敢えて避けたはずだった。

「スポーツ推薦、来なかったらしいよ」
「………そっか。だからか」

昨夜のメールのやり取りで、その話をするはずだった。でも私は結局最後まで影山の名前を一切出さなかった。影山の事で話したい事は山程あったが、それをしなかったのは、やっぱり文面だけで済ませたくはなくて、きちんと直接伝えるべきだと思ったから。
何か言いたげな顔で私を見る国見はきっと、また"訳アリ"の影山と私が同じ空間で過ごす事になってしまった事を気掛かりに思っているのかもしれない。でももう、心配を掛けさせたくないし、その必要もない。だから、私は今度こそ笑った。

「影山、変わったよ。私も少しずつ、変われた」
「!」
「だから、もう大丈夫」

そうしっかりと伝えれば、「なら良かった」と小さく口許を綻ばせた。




「烏野高校対青葉城西高校の練習試合を始めます!」

日向の緊張が解けないまま練習試合が始まったものの、案の定日向のミスが目立ち、あの速攻も使える機会もなく、第1セットは呆気なく青城に先取されてしまった。特に相手のセットポイント、日向が打ったサーブが影山の後頭部に当たった時は本当にヒヤヒヤものだった。菅原さんと私は影山の押さえ役として待機していたが、その心配もなく、影山の喝や田中さんの「ネットの"こっち側"に居る全員もれなく"味方"なんだよ!!」という名言のお陰で日向は漸く通常運転に戻った。日向の緊張が解けた所で第2セット、

――――バシン!!

一度気を抜けば追い付かない。気付いた頃にはもうボールは床に叩き付けられていて、青城チーム側の選手達の表情はまさに唖然としていた。特に北一出身である金田一と国見と岩泉さんの三人は、あの影山のトスをピンポイントに打てる選手が居る事にも驚いているのだろう。……そして、あの影山が人にトスを合わせている事にも。三人はこれは一体どういう事だと言わんばかりにその張本人である影山と私を交差に見てくるが、やがて国見は先程私が言った言葉を思い出したのか、納得したように頷いた。確かに変わった、と。

「………」

コートに視線を戻せば、青城チームは日向の動きに警戒をし始めている。しかし、それこそが本当の狙い。日向を警戒するという事、それは田中さんからの注意が逸れる事を意味している。

「!?」
「待ってましたァアアア!!」

―――――バシン!!

トスは日向の元ではなく、レフトを飛ぶ田中さんの元へと上げられ、打ったスパイクは誰にも触れられる事なく床へと強く叩き付けられた。

―――――ピピー!!

そして、第2セットの得点。25―22で烏野がこのセットを取り返した。

「これが、"最強の囮"……!」

昔、烏野高校は、一度だけ全国に行った事のある強豪校だったと以前菅原さんから教えて貰った。でも、今はその力は衰えて、"落ちた強豪、飛べない烏"だなんて異名が付いていると。だけど、物申したい。一体何処の誰がそんな変な異名を付けたんだ。

「全然、落ちてなんかないよ」

県内ベスト4からセットを取り返した事実。例え、"あの人"が今コートの向こう側に居なくとも。
この現状が、私の心を震撼させた。




「おっしゃあああ!!このまま最終セットも獲るぜええ!!」

第2セットを終えて休憩中、すっかり士気が上がっている田中さんは「打倒、青城!」と意気込んでは近くにあった日向の背中を勢いよく叩いた。その力が予想以上に強かったのか、痛そうに悲鳴を上げた日向を私は哀れむような視線を送った。

「……青城に、影山みたいなサーブ打つ奴居なくて助かったな」
「油断だめです」

ドリンクを抱えながら安堵の息を吐く菅原さんに反応をしたのは紛れもなく影山だった。

「多分、ですけど……向こうのセッター、正セッターじゃないです」
「え!?」

先輩たちが驚きの声を上げるのを余所に、真っ直ぐな目で私を見つめる影山。

「……でも、捻挫したらしいです。だから今日は出ないんじゃ―――――」
「アララッ!1セット取られちゃったんですか!」
「!」

突如体育館に響いた、陽気な少年の声。先程までとは一転してギャラリーからは一気に黄色い歓声が湧き上がった。

「キャー!!及川さ〜ん!!」

何食わぬ顔で中に入ってきたホワイトカラーのジャージを身に纏った長身の男子生徒は紛れもなく、あの人だった。足元の方へ視線を送るも、引きずっている訳ではないので軽度の捻挫のようだ。……もしかして、試合はこれから出るのだろうか。

「及川さーん!!頑張ってくださーい!!」
「ありがと〜」

ギャラリーからの声援を受けた及川さんは、相変わらずの営業スマイルで慣れたようにそれに応えていた。きっと今頃岩泉さんが米神に青筋を浮かべているんじゃないかと思い青城チームの方へ視線を向けようとしたが、それ以前にうちのチームである田中さんが目を血走らせながら及川さんをガン見していた。

「影山クン、椎名サン。あの優男誰ですかボクとても不愉快です」
「……"及川さん"。超攻撃的セッターで攻撃もチームでトップクラスだと思います」
「特に警戒すべきなのは"サーブ"です。……影山以上のサーブ打ってくると思います、それもかなりの」
「影山以上!?」

今のあの人の実力を、私は知らない。空白の二年間、あの人がどう過ごしていたのかは分からない。けど中学の時、岩泉さんにオーバーワークだと怒鳴られるくらい、あれほど必死にサーブ練習をしていたあの人が、あの時のままなわけがない。それだけは言い切れる。

「お前らの知り合いって事は北川第一の奴かよ?」
「……ハイ、中学の先輩です。俺、サーブとブロックはあの人見て覚えました。実力は相当です」

烏野の全員が及川さんの方へ注目をすれば、その複数の視線に気が付いた及川さんはこちらの私達の元へとやって来るなり真っ先に影山をその視線に捉えた。

「やっほー飛雄ちゃん久しぶり〜。元気に"王様"やってる〜?」

そう言いながら笑顔で手を振る及川さんの"王様"発言は果たして挑発の意味が込められているのかは分からないが、影山を敵視しているあの人なら有り得そうだ。一方、声を掛けられた側である影山は黙り混んでいて、及川さんに対して警戒心が剥き出しだった。

「―――――夏芽ちゃん」

影山から視線を外した次には、及川さんの目はしっかりと私を捉える。その声と表情は、柔らかく、懐かしく、酷く優しかった。

「……"また"会えましたね、及川さん」

国見と同じように、私が送る側だった時にあの手紙に綴った言葉を思い返しながら静かに一礼をすれば、先程までの愛想笑いとは違って、目を細めながら彼は口許を緩ませた。外見や体格が多少変わったとしても、その姿こそはあの時と何も変わらないままだ。

「それじゃあ、また後でね」

静かに私達から背を向けて立ち去る及川さんの後ろ姿を見つめながら、そうこうして第3セット目が始まった。




「前、前っ!」
「ナイスカバー!!」

第3セット。日向と影山の速攻は第2セットに引き続いて青城には充分通用しており、このセットも烏野がリードで試合は進んでいた。速攻の他にも日向のもう一つの、囮としての役割もしっかり機能していて、パワーのある田中さんも点を稼いでいた。そしてセット終盤の現在の得点は24―21。後一点を取れば烏野の勝利目前だった。

「――――――あ、」

ふと青城のベンチの方を見ると、アップを終えた及川さんが監督と何やら話をしているのが視界に入った。その及川さんの手にはオッケーサインが作られていて、それを表す意味は何となく予想がつく。

「椎名?どうかしたのか?」
「………あ、いや」

青城側を見つめる私の様子が気になったのか、隣に座る菅原さんが顔色を窺うように声を掛けてきた。

「多分青城、メンバーチェンジすると思います」

その直後、選手交代の合図のホイッスルがけたたましく鳴り響く。国見と交替をした及川さんは今回はセッターとしてではなくピンチサーバーとしての出場だった。エンドラインに立ち、ボールを構える彼を烏野メンバーは固唾を呑んで見守った。きっと、休憩中の私の発言がそうさせてしまったのだろう。でも、事実あの人の実力は本当に凄いのだ。例え、影山みたいに、"天才"ではなくとも。次の瞬間、及川さんの腕がゆっくりと上がり、その人差し指がネットの向こう側の一点を指す。

「!ツッキー……?」

それは紛れもなくツッキーの事を指していた。その意味が分からないまま首を傾げていた私達だが、及川さんが頭上に高くトスを上げ、ジャンプサーブを放った瞬間、その意味を理解する事になる。

「!」

ネットを越えたボールは確実にツッキーの方へと向かっていた。そう、あれは"宣言"。敢えて、"レシーブが苦手な彼"の方へ、と。

「くそっ!」

エンドライン沿いに立て掛けた、目標のペットボトルになかなか当たらなくて、悔しそうに歯を食い縛っていたあの頃とは違う。威力も、コントロールも、あの時のそれとは違う。

「うっ!?」
「ツッキィィイイ!!!」

向かってきたボールはツッキーの腕に当たるも、そのあまりの威力に受けきれずに弾かれ、床に落ちてしまう。

「………うん、やっぱり。6番の君と5番の君、レシーブ苦手でしょ」

背番号の6番と5番―――――ツッキーと日向の弱点を見事言い当てた及川さんは愉快そうに笑う。

「………」

―――――いや。
きっとあの時があったから、今があるんだ。




「夏芽ちゃん、青城の主将と知り合いだったんだね」

最終セットの終盤、及川さんのサーブで烏野の面々は手こずらせていたが、日向と影山の速攻のお陰でどうにか勝利を収める事が出来た。練習試合が終わり、体育館の外にある水飲み場でドリンクボトルを洗っていた時に隣で同じくボトルを洗っていた潔子先輩に話を振られた。

「中学の先輩だったんです。クセのある人でウザ………あ、いや、ちょっと面倒だなと思う時もありましたけど」
「へぇ、そうなんだ」

脳裏に浮かぶのは中学時代の記憶。余裕たっぷりの顔をしてる癖して影山にだけは大人げなかったり、ある時には私に集中的に雑務を頼んできたり、学習能力が無いのか、いつも岩泉さんの逆鱗に触れるような言動ばかりをしていたあの人はある意味トラブルメーカー的存在だった。時には一体どっちが主将なのかと疑うくらい手のかかる人だった。
気づけば全てを吐き出していて、私の話を黙って聞いていた潔子先輩は可笑しそうに笑った。

「……ふふっ」
「へ……??」
「……あ!笑ってごめんね!?そういうつもりで笑ったわけじゃないんだけど……ただ夏芽ちゃん、大変そうだったわりには、あまりにも楽しそうに話すものだから、つい」
「!」

―――――楽しそうに、か。

「………面倒臭い人だけど、憎めないんです。グズ及川先輩なクセに、凄い人なんです。本当に」
「本当に、楽しかったんだね」
「……はい。凄く、頼もしい人でした」
「夏芽ちゃん、そんなに褒められると及川さん照れちゃうなぁ〜」
「!?お、及川さん!?いつからそこに居たんですか……!!」
「え〜?いつからだと思う〜??」

突然の張本人の登場に私はかなりの動揺で洗っていたボトルを落としそうになっていると、及川さんは何食わぬ顔で私の隣にやって来た。

「烏野のマネちゃん初めまして!俺、青城男子バレー部3年で主将の及川徹って言います!ウチの夏芽ちゃんがお世話になってます☆」
「…………」
「エッ!?む、無視……!?」

今ので何かを察したのか、潔子先輩は無言で憐れみの目で私を見て来る。それは「……あぁ、苦労してたんだな、」という目で。……分かってくれますか、潔子先輩。

「及川さん、あんまり潔子先輩にちょっかい出さないで下さいね」
「えっ、なんで??」
「及川さんに明日来ないです」
「何ソレどういう事!?」

面倒事が起きる前に釘を刺しておく。例えばウチの田中さんがこの現場を目撃した時には間違いなく黙ってはいないだろう。特にあの人は及川さんを敵対視している。最終セット前に及川さんが登場した時に向けたあの悪人面を思い出しながら小さく溜め息を吐いた。ふと視線を下に移した時、見覚えのある物が視界に入り、「あ、」と自然に私の口から言葉が漏れた。

「………それ、まだ持ってたんですね」*

及川さんのジャージのポケットからはみ出たそれ。形が少し歪で、あの時より幾らか年季が入ったそれは、及川さん達が中3の時の総体前日に、事前に私達が作ってプレゼントをした、北一のユニフォーム型のマスコットだった。思い返せば、中学最後の大会の時だけはあのマスコットを作る事は無かった。あの時は状況が状況だったから、その存在さえも忘れていたし、渡した所できっとみんなの追い討ちをか掛けるようなものだったと思う。

「だって、夏芽ちゃんが作ったやつだもの」
「なっ!?バレてたんですか!?なんで!?てかスマホに付けてるんですか!?」
「夏芽ちゃん、あの時俺に渡す時、凄く不安そうな顔してたからそうかなーって。……あっ、そうだ!スマホといえば夏芽ちゃん携帯買った?アドレス交換しようよ!」
「!バレテタ……!!ってちょっと話逸らさないで下さいよ!何でワザワザ人目につくスマホに付けてるんですか!?百歩譲ってエナメルバックなら許しますけど……!」
「いいじゃんいいじゃん!」

これまでだったら私の方が有利な立場だったはずなのに、今回に限っては及川さんの方が一枚上手のようだ。それはきっと全部あの完成度の低いマスコットのせいだ。

「……訂正します。やっぱり及川さんはメンドクサイです、岩泉さんの言う通りグズ及川です」
「えっ!?遂に呼び捨て!?さっきは及川さんカッコイイって言ってくれたじゃん!!」
「そんな事一言もいってません」
「いーや!前は言ってくれた!!」
「……前?あぁ、鼻血出してマダオの時ですか?"まさに*だらしない顔して―――――」
「あああああ!!烏野のマネちゃんの前で言わないで!?」

「ふふっ」

じゃれ合う私達を見つめる潔子先輩が微笑ましそうに見守っていたのを、私と及川さんは知らない。




「ツッキー……腕、大丈夫?」

青城の主将―――――及川さんの強烈なサーブを連続で受けたせいか、未だジンジンと痛む腕を心配そうに山口が顔を覗き込んできた。

「別に、大丈夫」

平静を装いながら体育館端で帰り支度をすれば、陽気に鼻歌を歌いながらタイミング良く体育館の中へ入ってきた及川さんに僅かながら苛立ちを覚えた。

「フンヌフーン♪夏芽ちゃんの連絡先ゲット〜!……って、ゲッ!?」

何でそこで椎名の連絡先?ああそういえば、椎名と王様が中学の先輩だって言ってたっけか、なんて脳内で自己完結をしながら及川さんの方に目をやると、これまたタイミングが良いのか悪いのか、偶々目の前を通り掛かった王様と鉢合わせになっている及川さんの姿があった。

「………今日は、お疲れ様でした」
「どーも、」

ペコリと頭を下げる王様はいつになく大人しいというか、覇気がない。反対に頭を下げられた側である及川さんの表情はといえば、みるみると機嫌が悪くなっているように見える。

「…………そうだ。俺、お前に言いたい事があったんだよね。本当は言うつもりなんか更々無かったけど、もう終わった事だし。でも見るに耐えなかったからサ」
「……なん、スか」

一瞬にして低くなった声のトーンに影山の表情が強ばる。

「"忘れてないよね?あの日、俺が言ったこと"。これを言うのは2度目だ」
「……っ!!」

2度目……?一体何の事だ……?
その言葉に一人首を傾げていると、影山はハッしたように勢い良く顔を上げた。

「……ツッキー?手止まってるよ??」
「ちょっと静かにしてて、山口」
「ごめんツッキー…?」

ただならぬ雰囲気だという事は何となく分かる。それにこれは深刻的な話だという予想も付く。本来第三者である僕なんかが聞いてはいけない話。だからシャットアウトすべきはずなのに、それでも自然と耳はそちらの方へと傾いてしまう。

「俺は言ったはずだ。あの子を悲しませるような事をしたら許さないって」
「……っ、」

刹那、辛そうに歯を食い縛りながら顔を歪める影山に思わず息を呑む。何も言い返さない影山は顔を俯かせ、重力でぶら下がった腕には握り拳が出来ていて、それはきつく握られている。

「いつも傍に居たお前だったから安心した。お前だったからこそ信じた」

一つ間を置いて、及川さんはまた続ける。

「―――――飛雄。俺は、お前が自分の居場所を己の手で壊して無くそうが、どうだっていい。……けどな、あの子の居場所を潰すような真似だけは絶対にするな」
「!!」
「………するべきじゃなかった、」

怒気の含んだ及川さん声に瞳を大きく見開いた影山の姿を見て真っ先に頭に浮かぶのは一人の少女の顔だった。

「………そうか、」

何かが繋がった気がした。
可笑しいとは思っていた。北一の連中ならまずアイツが悪いの一点張りで、一人の人物を責めるはずなのに、どうして彼女だけがそうではなかったのか。

―――――多分、間違っていない。

「結果的に影山が悪くても、100%完全に影山が悪かったとは言えないんだよ」
「違う!……みんなも、それに私も、悪かった」
「……その"ほんの一部分"しか知らないくせに、勝手に判断して、私達の全てを知ったような口、利かないでよ!!」


あの二人は、きっと――――。

(2015.12.29)

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