Episode.37


先日の影山の爆弾発言により、我が男子バレー部の主将である俺は悩んでいた。まさか、あの椎名と影山が過去に付き合っていたという事実は俺たちにとってかなり衝撃的なものだった。思い返してみれば、スガが最初こそ何処かぎこちなかったアイツらの関係性や空気感に違和感を抱いていたのも今となっては頷ける。
初日の日向と影山の問題に続き、影山と同じ中学で部員同士だった椎名との再会、影山のトラウマをいとも簡単に部員の前で暴露し、囃し立てた月島や、その月島に対して椎名は賛同するどころか寧ろ楯を突き、一時は月島と険悪な空気を漂わせたりと、この数週間は様々な事があったがどうやら今年の新入部員は曲者揃いらしい。3対3の試合の日に全ての決着がつき、一段落した所で出て来てしまった新たな問題はこれだった。しかも、一番デリケートなやつだ。

―――――バシン!!

「あー!オシイ!!」
「ぐっ……!なかなか的に当たんねぇ……!!」
「でも今ちょっとペットボトル擦ったよ!」
「ぐっ…!まじかっ……!!」

開いた扉から体育館を覗けば、仲睦まじげに椎名は影山のサーブ練に付き合っているではないか。余程夢中になっているのか、入口に立つ俺の存在に気付いてはいないようだ。

「(水を差すのもあれだしなぁ……)」

入るか、入らないか。迷った挙げ句、今は密かに見守る事を決めた。部活の開始時間まで余裕はあるし、影山と椎名以外に今居る部員は俺だけ。誰かが来た時にでもそいつと一緒に入って声を掛ければいいか、とそう判断した。

「っ、もう一本!」

再会した日に比べれば、今の二人のやりとりはごく自然でなんの変哲も無い、端から見ればただの仲の良い"友達同士"だ。しかしながら不可抗力であれ、その事実を知ってしまった限り、幾ら現在の二人がそうであったとしても、変に気を遣ってしまうものだ。幸い事情を察した人物といえば俺を含めスガ、月島、縁下の4人だけだが、月島辺りが今に冷やかしの意を込めて思わず当人達に口走ったりしないかと内心ヒヤヒヤはしていたりする。昨日の月島の発言は少なくとも影山への刺激にはなったからこそ、目が離せない。(実際の所は無意識に椎名の名前を出した日向の方が厄介と言えば厄介だが)

「………フゥ、」

―――――バシン!!

「(おっ!?当たるっ……!?)」

視線を戻せば影山は2本目のジャンプサーブを打っていた。そのままボールを目で追っていくと、放ったサーブの軌道はそのまま的であるペットボトルの方へと向かっていた。当たる、と誰しもが思ったその時、突如ボールの目の前には凄まじい速さで黒い影、というよりはオレンジ色をした何かが過った。

「日向!?」
「うぐっ!!」

勢いよくボールの前に飛び出して来た日向は不完全な体勢でレシーブに入ったが故にセッターの位置に返す所か見事体育館の二階へとホームランを放った。

「び、吃驚したー……。日向いきなり出てくるとか心臓に悪過ぎるから!」
「ご、ごめん椎名!ちょうど影山がサーブ打ってたからつい身体がだな……!」
「"つい"ってなんだ!邪魔すんなボゲ日向ボゲェ!!今当たったかもしんねぇのに!」
「取った!?俺取った!?」
「取れてねぇよボゲェ!ホームランだアホ!!」
「………取ってくる…」

「…ったく………フゥ、もう一本!」
「はい!」

日向がボールを回収しに行く中、気を取り直して3本目。影山がサーブトスを再び上げた時だった。

「―――――あ、」
「!!えっ、」

俺が立っている反対側の扉の方から瞬く間に現れた黒い影がエンドライン沿いに向かって走っていく。背中に堂々と"一騎当千"とプリントされた個性的なTシャツを身に纏った少年は先程の日向のそれとは違って、まるで手本のような綺麗なフォームでレシーブを構えていた。

―――――ドッ、

勢いも回転も全て殺し、返球はきっちりセッターの立ち位置。そして何よりも静かなレシーブ音。この烏野でこれ程まで完璧なサーブレシーブをするプレーヤーは1人しか居ない。

「…凄い……」

静まり返った体育館内に感嘆の声を漏らす椎名の声が響いた。

「今のすっげぇサーブじゃねぇか!とんでもねぇ奴入って来たな!」

そういえば西谷の部活復帰は今日からだったかと今更になって思い出した。それと同時に記憶に蘇るのは、折れてしまったエースの存在と西谷とそいつの間に亀裂が入ってしまったあの日の事だった。忘れもしないあの日、俺達はどんな選択を取れば最善の路を歩めたのか、それは今でも分からないままだ。分かっていたのなら、こんな事になるはずなどないし、お互い苦労もしない。

「旭、」

世の中には"一難去ってまた一難"ということわざがある。次々と休む間もなく問題が起こる日々は、まさしくそれそのもの。

「主将って、大変だなー……」

誰かの上に立つという事は、それなりの責任や重圧がのし掛かってくるものなのだと、改めて痛感した。




「今のサーブの奴!お前ドコ中だ!!」
「……北川第一です」
「まじか!強豪じゃねーか!どうりであのサーブか!!」
「あ……あー……えっと……先輩は……何処の中学……」
「西谷だ!中学は千鳥山!!」

突然現れた"西谷"と名乗る先輩は、早速影山に絡み始めた。元々ボキャブラリーに欠けている影山は少々狼狽えていたが、西谷さんの驚異的なコミュニケーション能力の高さによってそれはカバーされているようだ。ボール拾いから戻ってきた日向も二人の会話に参加し、和気藹々としていた。そんな様子を一人傍観していると、ふと目が合った西谷さんが私の存在に気が付いた。

「お!もしかして新マネか!?」
「……!っはい、1年の椎名夏芽です。よろしくお願いします!」
「俺は2年の西谷夕!ポジションはリベロだ!潔子さんの人生初の後輩マネである夏芽に最初に言っておきたい事がある!!……潔子さんのサポートは頼んだぞ!」
「!!」

普段、影山や及川さん以外の男子からは名前で呼ばれる事が滅多に無いせいか、初対面の西谷さんから名前で呼ばれた事に私は戸惑いを覚えた。

「ん?どうかしたか??」
「……あ、いえ!潔子先輩のサポート、頑張ります」

名前で呼ばれる事。それは何だかむず痒い気分にはなったが、不思議と悪い気はしなかった。

「おー!!ノヤっさんじゃねーか!!」
「あ!西谷来てたんだな!」
「相変わらず声でかいな」
「龍ー!!それにスガさんに大地さんも!」

「ちわっス!」と現れた先輩3人に駆け寄る西谷さんの動きは速かった。そして続いて体育館に入って来た潔子先輩の存在を瞬時に発見し、先輩に突撃するまでの動きはもっと速かった。しかし平手打ちをかまされ、その左頬には立派な紅葉マークが残されていたが。……気のせいだろうか。平手打ちを受けていた時の西谷さんの顔が、ちょっと嬉しそうだったのは。

「ゲリラ豪雨……」

ポツリと呟いた日向のその一言に私と影山は静かに頷いて賛同した。

「―――――で、旭さんは戻ってますか?」

ごく自然と口に出た聞きなれないその名前。投げ掛けているように見えて、その純粋な目は、"絶対に戻っているはずだ"と何一つ疑ってない。

「……………っ、」

その名前が西谷さんの口から出たと同時にこの場の空気が鉛のように重くなったのを肌で感じだ。雲行きが怪しいこの空気感を、私はよく知っている。これは、触れてはいけないやつだ。

「…………いや」
「……!あの根性無しがっ……!!」
「こらノヤ!!エースをそんな風に言うんじゃねえ!!」
「うるせえ!根性無しは根性無しだ!」

その問いかけに漸く重たい口を開いた主将が放ったのは否定の言葉。そしてその事実に余程納得がいかなかったのか、はたまた裏切られたような気分だったのか、西谷さんは途端に怒りの感情を露にし、この場に居ない"旭さん"を酷く罵倒した。

「前にも言った通り旭さんが戻んないなら俺も戻んねえ!!」

ズカズカと大きく足音を立てながら西谷さんは出入口へと向かい吐き捨てた後、バァン!!と激しく扉の開閉音を立てながら体育館を出て行ってしまった。

「??なんですか?」
「悪い……西谷とウチのエースの間にはちょっと問題が生じていてだな……」

「…………」
「……菅原さん?大丈夫ですか」

影山と田中さんの会話を余所に、私はずっと口を閉ざしたままの菅原さんが気がかりだった。"旭さん"と西谷さんとの事に関係している事は明白だが、どういうわけか彼が人一倍思い詰めたような顔をしていたからだ。

「……なぁ、椎名」
「……はい?」
「椎名は、さ……影山がチームから孤立してた時、どうしてた?」
「!!」
「……どうやって、その困難を乗り越えた?」

この人がどうしてあんな顔をしていたのか。少しだけ分かった気がした。態々それを問いかけた理由も。同じプレーヤーである影山ではなく、敢えて私に訊いた意味さえも。一見二人の問題に見えて、でも菅原さんからすれば実は二人だけの問題じゃない。きっとこの人も、あの時の私と同じ想いを抱えていて、路頭に迷っている最中なのだ。

「……多分、菅原さんと同じです。その一歩が踏み出せなかった。傷付くのが怖くて、殻の中に閉じ籠もってました。そんな自分に腹が立つんですよね」
「……よく分かる」
「気付いた頃には、相手の事が何一つ分からなくなっていて、ずっと遠い存在になっていました。手を伸ばしても、届きやしない」
「………あぁ、」
「だから正確に言うと、あの時は何も乗り越えてなんかなかったんです。……一歩が踏み出せたのは、本当に最近でした。お陰で互いの気持ちを知る事が出来ました。また、笑い合える日が来た。多分、烏野(ここ)じゃなかったら、一生昔のままだった。………でも、もし。もしもこの先、影山がまた独裁の王様に逆戻りするような事があったとして、今の私なら、絶対に見捨てたりはしたくない。今度こそ向き合って、何回でも伝えて、乗り越えたい。もう二度と、あんな思いはさせたくないから」
「……!!」

当時の未熟で弱かった自分の姿を思い出しながら素直に自分の胸の内を明かせば、菅原さんは先程とは一転して、面食らった顔をしたまま固まっていた。はて、何か突飛な事でも言っただろうかと今の言動を振り返ってみるととようやく自分が犯した失態に気が付いた。

「……!?すいません!!熱くなりすぎてすっかり敬語忘れてました!」

例え無意識であれ先輩に向かってタメ口をきいてしまった事に何度も平謝りをすると菅原さんは可笑しそうに声を上げて笑った。

「そんなに謝らなくても別に俺は怒ってないからな?……ただ驚いたんだ、椎名も影山の事、凄く大切に思ってるんだなって」
「え……?」

椎名"も"という言い回しに何処か引っ掛かりを覚えた。椎名"も"、という事は同じ想いを他の誰かも、―――――あるいは影山"も"抱えているという事になるわけであって。

「(……そんなわけ、)」

そんなわけ、ない。ただの言い違いだろうとすぐに頭の隅にへと追いやった。

「やっぱり椎名に聞いて良かった、ありがとな。俺もちょっとだけ頑張ってみるよ」

歯を見せるようにニッと笑った菅原さん。
私との話を通して彼の中で何かを決意したのか、その表情は心なしか晴やかだった。

(2016.03.14)

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