Episode.44


長かったGW合宿はあっという間に5日が経過して、最終日を迎えた。現在の時刻は8:50。今日は烏野総合運動公園球技場にていよいよ音駒高校との練習試合だ。

「集合ーっ!」

澤村さんの大きな掛け声を合図に整列をすると、目の前にはあの真っ赤なジャージを見に纏った音駒高校のバレー部の方達が立っている。その顔ぶれを見ると数日前に会ったばかりの見知った顔が二つ。離れた位置に居るトサカ頭さんと目が合うと、軽く片手を挙げて挨拶をされたので私も小さく会釈をした。

「あ"っ!!?」

道端で出会ったプリン頭の彼が今目の前に居る事に驚きで声を上げた日向の姿に、私は予想通りのリアクションについつい口元が緩んでしまう。それに比べて特別驚く事もなくただ気まずそうに日向から視線を逸らすプリン頭さんは、やはり私達が烏野の人間である事を知っていたのだろう。

「挨拶!お願いしアス!」
「しアース!!」

顔合わせの挨拶が終わり、荷物を抱えて建物の中に入ろうと歩き出した所、背後からプリン頭の人に「ちょっと、」と呼び止められる。何故だか彼は不服そうな顔をしていた。

「……君、翔陽に言わなかったの?」
「……すみません、言わない方が面白いかなと思って黙ってました。あ、1年の椎名夏芽です。先日はどうも日向がお世話になりました。プリン頭さんこそどうして何も言わなかったんですか?」
「プリン頭じゃなくて孤爪研磨……俺は2年」
「研磨!」

プリン頭さん改め孤爪さんと自己紹介も兼ねて話を交わしていると、日向も駆け足で私達の元にやって来た。

「ね、音駒だったの!?何で教えてくんなかったんだよ〜!まさか椎名も知ってたのか!?」
「だって何も聞かれてない……」
「私はトサカ頭さんと話してた時に知ったけど、日向の驚く顔が見たくてつい、」
「……ソウデスカ」
「プリンにトサカって髪型で呼ばないでよ……」
「すみません、名前が分からなかったので……。あと特徴的じゃないですか」

初対面のはずなのに普通に会話をしている私達の姿が異様な光景だからか、双方の生徒から痛いほどの視線を感じて少し居心地の悪さを覚える。不意にじっとこちらを見つめる影山と目が合うなり"何で知り合いなんだ"と鋭い視線で訴えられる。"後で話すよ"と曖昧に笑いながら口パクで答えていると、今度は突然近辺から「はぅあっ!?」と響いた謎の奇声に肩が震えた。

「……じょっ!?マネ!?ふ、二人もっ!?」

ヤンキーみたいな風貌のモヒカン頭の人が苦しそうに胸を押さえながら私と潔子先輩の姿を捉える。たまたまその人と目が合った潔子先輩が軽く会釈をするとそれがトドメとなってしまったのか、モヒカン頭の人は一目散にその場から逃げ出してしまった。……音駒の人ってやっぱり髪型がなんか個性的だ。

「今の人は一体何だったんだ……」
「……あぁ、虎の事?あんまり気にしなくていいよ、烏野にマネージャーが居るかどうか賭けてただけだから」
「ということは負けたんですか、あの人」
「うん」
「おー、いたいた烏野マネちゃん、ミニサイズの方。キミちっちゃいから探すの苦労したわ」
「……もしかしてイジってます?」

入れ替わり立ち替わり、次に私の前に現れたのはあのトサカ頭さん。ニヒルな笑みを浮かべて私を見下ろすこの人は少し雰囲気が独特で一体何を考えているのかがまるで分からない。

「まぁまぁそう怒んなって。会いたかったぜ、マイハニー」
「ハッ!?」
「え!?付き合ってんのか!?」
「違うよ翔陽、鵜呑みにしないで。ちょっとクロ……」

この人は今とんでもない爆弾を落とした。ここは私もこの人に合わせて「あたしもよダーリン」と言うべきなのか。いや、衝撃で体が固まっている今の私にそんな気の利いた洒落など言えるはずがない。

"東京の人は冷たい"
そんな話をよく聞いたりするけど、冷たいというよりは異性慣れしすぎてて何だかコワイ。というかこの人がコワイ。東京の人は皆こんな感じなのか??距離感どうなってるの??これは上京したての右も左も分からないような田舎者はコロッと騙されてしまうんじゃないか。でも孤爪さんはとてもそんな感じのタイプには見えないけれど。
思考が顔に出ていたのか、トサカ頭さんは不意にお腹を抱えながら笑い出した。

「ぶっひゃひゃひゃ!!そんなに警戒するなよっ……!!やっぱおもしれーな。ところでお嬢サン、お名前は?ちなみにボクは黒尾鉄朗という者デス」
「椎名夏芽という者です……?」
「オッケー、椎名チャンね。あ、そうそう連絡先交換しないとな」
「それまだ懲りてなかったの……」
「諦めてたまるかよ。俺の運命の相手だしな」
「ヘッ!?」
「う、運命の相手!?椎名が!?」
「ちょっ、日向!声大きいっ……!」

真顔でこういう事を言ってのけるこの人はやっぱりなんか怖い。あの日もLINEのID云々の話をしていたが、ほぼ初対面に近い相手の連絡先を知りたがる黒尾さんの心理が私には分からない。そして連絡先の交換を求められてからの"俺の運命の相手"発言にはいよいよ頭が追い付かない。日向も真に受けて本当に私が黒尾さんの運命の相手だと思っているではないか。もちろん日向の声はタイミング良く私達の横を通ったツッキーと山口の耳にもしっかり届いていたようで、怪訝そうな顔と唖然とした顔で私を見る。

「違うからね!?」
「……別にまだ何も言ってないけど?」
「じゃ、じゃあどうしてそうなった……!?」
「山口、それは私が一番知りたいよ!!」
「そんなに照れんなよ。俺とキミの仲だろ?」
「何かまた話がややこしくなってるっ!!ちょっと黒尾さん一旦静かに……!!」

及川さんとは違って、この人はちょっと言い返したぐらいでは敵うような相手ではなさそうだ。例えどれだけ私が反抗したとしても、きっと面白がって余計からかってくるタイプだ。ムキになればなるほど相手の思うツボ。多分私は、こういうタイプの人間を苦手としている。

「あの、うちのマネージャーに何か用ですか」
「……おやおや?」

その時、私と黒尾さんの間に割って入って来たのは影山だった。狼狽える私の姿を見かねて来てくれたのだろうか。怖い顔で黒尾さんを睨む影山はまるで田中さんと西谷さんと対峙した時と同じだ。

「もしかして椎名チャンのコレ?」
「!ちが、います……」

親指を立てて見せた黒尾さんに複雑な気持ちを抱きながら否定をする自分に何となく嫌気が差した。紛れも無くそれが事実なのに、どこかで認めたくない自分が居るのが嫌で仕方なくて、無意識に下唇を噛み締めた。

「……へぇー?……まぁいいや。また後でな、椎名チャン。行くぞ研磨」

舐め回すような視線で私と影山を捉えた後、黒尾さんは意味深な笑みを浮かべてその場を立ち去ってしまった。その背中を見つめながら小さく息を吐く。何だか食えない人だった。

「……夏芽も日向も、何で音駒の奴と知り合いなんだよ?」
「ロードワーク中……ほら、日向が迷子になった日に実は私と日向、あの人達と道で偶然会ってて……それで話してた」
「そ、そうなんだよ!迷子になってた俺が同じく迷子になってた研磨と道端で会って、椎名はあのトサカ頭の人と偶々会って、一緒に俺らの事を探してくれてたんだよな!?」
「……そういうワケです」
「へ、へえ……そんな偶然ってあるんだ……」

出会った経緯を私と日向が説明をすると影山の表情はますます厳しくなる。

「ただ偶然会っただけであんなに――――」
「道端で会ったのはいいとして、今のは完全に言い寄られてたよね?何でいつもみたいにはっきり言えなかったの?」

突如影山の言葉を遮ったのは意外にもツッキーだった。そのいつになく怒りを含んだ口調に私達は言葉を失くす。さっき険しい顔をしていたのは、ただ面倒事に巻き込まれたくなかったからじゃないというのだろうか。

「!ごめん……なんかあの人平気でああいう事言うから、調子が狂って何も言えなくなって……」
「だから相手に付け入る隙を与えたんでしょ?」
「っ……ごもっともです、」
「……はぁ、何か王様の気持ちが少し分かる気がする。とにかく、さっきの人には気を付けて。あんまり近付くな。いい?」
「……!?わ、分かった」

有無を言わさぬ勢いで放たれたその言葉に大人しく首を縦に振る事しか出来なかった。私が頷いた事を確認したツッキーは背を向けて足早に会場の中へ入ってしまい、置いていかれた山口も慌ててその後を追い掛けて行ってしまった。

「つ、月島の奴えらい怖かったなっ……!」
「まさかツッキーに説教されるとは思わなかった……」
「なんか影山みたいじゃねえか?なぁ影山サン??……おい、聞いてんのか??」
「影山……?」

私達の呼び掛けに反応しない影山を不審に思って顔を見上げる。眉を顰めて近寄りがたい雰囲気を醸し出す影山は、たった今ツッキー達が入って行った出入り口の先をただじっと見据えていた。




試合開始のホイッスルが鳴り響いたのを合図に因縁の音駒高校との練習試合が始まった。初めて目にする皆のユニフォーム姿は新鮮味があって心が踊る。

ーーーーボッ

孤爪さんが放ったサーブは威力は無いものの、角ギリギリを攻めたそれは良いコースだった。東峰さんが体勢を構えてボールを上げるが、少し短い。

「影山カバー!」

影山が即座にボールの落下地点に入ってトスを上げた時にはもう一瞬だった。

「なんだありゃあ!?」
「あんなトコから速攻……!?」

キレイに決まった日向と影山の変人速攻に音駒側のコート内は一気にザワつきだした。武田先生と烏養コーチが得意気に笑う姿につい私もつられて口元が緩んでしまう。勿論今の攻撃が決まったのは喜ばしい事だ。でもそれ以上に活き活きとバレーをしている影山の姿が私は何よりも嬉しかった。

「やけに嬉しそうだなぁ〜?」
「菅原さん。やっぱりそう見えました……?」
「顔に出てる出てる。なんか椎名って試合観る時の表情が変わったよな。少し前までは不安そうな顔で見てる感じだったけど、今は余裕がある」
「っ!!」

確かに菅原さんの言う通りだと思う。中2の半ばあたりから試合中に胸騒ぎがする事が多くなった。影山がまた何か言い出したりしないか、試合中に彼らが揉めだしたりしないか、いつもハラハラしながら観ていた。多分、勝ち負けに関してはどこかで諦めていたと思う。実際試合に負けた時、悔しいという気持ちは少しも沸かなかった。だからあの決勝戦の時も、部活を引退した時も涙を流せなかったのだと思う。

「そういやさっき音駒の主将達に絡まれてたの見たけど知り合いだったのか?」
「……あぁ、あの二人とはロードワーク中に偶々会って、それでです。でも黒尾さん……主将の方は女子慣れし過ぎてて危険です……」
「あぁー、通りでか。セコムが駆けつけてたもんな〜」
「セコム??」

一体何の事かと首を捻ると、「ほら、影山の事だよ。西谷達に絡まれてた時もああだったじゃん?般若みたいな顔してさ」と菅原さんは笑いながら答えてくれた。まさか菅原さんが影山の事を"セコム"と呼んでいたなんて初耳だ。

「でも今回はツッキーの方が断然怖かったです……」
「月島……?何で??」
「……分からないですけど物凄く怒られました。何でもっとはっきり言えなかったんだとか、あまり近付くなとか。多分ツッキーなりに心配してくれてたんでしょうけど……」
「は……!?」
「……あはは、やっぱりそうなりますよね?」

予想通りのリアクションに苦笑いをする。やはりツッキーのこの発言に驚いたのは私達だけではなかった。あの他人に関心がなさそうなツッキーがそういった言動をとったのだから無理もないだろう。
ちょうど話題に上がっているツッキー本人は今まさにフェイントを使って点を決めた所だった。

「一応確認だけど、月島と椎名って付き合ってるとかじゃないよな……?」
「私とツッキーがですか……!?有り得ないですよ!」
「だ、だよなっ……!そんなわけないよなぁ!」

菅原さんの思わぬ質問に酷く動揺して声が上擦ってしまう。無意識に大きくなったその声が皆の耳に届いていないかと不安になるが、幸い試合に集中している今、誰一人としてコート外に顔を向ける者は居なかった。

「……絶対に、ないです」

この先、私がツッキーを好きになる事は、ツッキーが私を好きになる可能性はゼロに近いだろう。私が好きでいるのはあの人だけで、あの人以外の誰かを好きになれる自信もない。ツッキーだって、恋愛に興味があるような人間にはとても見えない。彼女や好きな人がいた事はあるのだろうか。仲の良い異性も果たして居るのか。はっきり聞いた事は無いけれど、そういう存在を彼は恐らく煩わしいものだと思っている。そもそも女の子自体がそれほど得意ではないのでは、とも思う。実際私も恋愛云々以前に彼にはそこまで好かれてはいないと思う。普通に会話はしてくれるので嫌われてはいないとは信じたいけど。
……ならば先ほどツッキーがあれほどまでに怒っていた理由は何なのか。私が黒尾さんに流されようが、困っていようが、ツッキーにとってはどうだっていい事のはずなのにそれを良しとはしなかった。ツッキーがあそこまで私を咎めた意味は何だったのか。どれだけ考えてもその答えは見つからない。

私はまだ、月島蛍という人間を知らなすぎている。

(2020.08.30)

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