音駒高校との練習試合は3試合やったが結局1セットも取れずに終わってしまった。音駒は"天才"みたいな選手は居るわけではなかったが、チーム全体のレシーブのレベルが高く穴が無かった。それに加えて孤爪さんのズバ抜けた観察力には舌を巻いた。そのおかげで日向と影山の変人速攻の弱点も見破られ、徐々にブロックに掴まるようになってしまった。試合中に日向たちは普通の速攻を試してみたが、やはり最初から上手くはいかなかった。でもこれから練習を重ねていつか日向が普通の速攻と変人速攻を使い分けられるようになれば、これはきっと大きな武器になるはずだと思う。
新幹線の時刻も迫っていた事から片付けが始まった今、周囲の皆は最後にそれぞれ交流を深めていた。
「何だか楽しそうだなぁ……」
やれ同い年同士、やれ同じポジション同士と仲睦まじく談笑する姿を見ると少し羨ましく思う。私も向こうの学校にマネージャーさんが居れば、ああやって和気藹々と出来たのだろうか。
一人寂しく畳んだパイプ椅子4脚を両腕に抱えながら引きずるように歩いていると急に右腕の方が軽くなった。
「……ツッキー??」
パイプ椅子を無言で奪うように取ったのはツッキーだった。それから私の歩調に合わせて隣を歩くツッキーはわざわざ手助けをする為に来てくれたのだろうか。
「ありがとう」
「別に、」
「まだ怒ってます……?」
「……別に」
「エリカ様か」
何を言っても"別に"としか返さないツッキーはまるで某有名女優のようだ。その名を挙げればツッキーはジトリと私を睨んだ。
「やっぱり怒ってるでしょ」
「だから怒ってない」
「でも機嫌は良くない」
「は?至って上機嫌だし」
「上機嫌な人は睨みません」
「……ああもう、うるさいチビだな」
「そこのお二人さん何揉めてんの?ちょっと俺にも話聞かせてヨ」
「ひっ……!?」
「ちょっ!いきなり何だよ!?」
突然の黒尾さんの登場に困惑した私は咄嗟にツッキーの腕を掴むなりその背中に隠れた。ツッキーには許可なく身体に触れて驚かせてしまった事は申し訳ないが、どうか今だけは許して欲しい。恐る恐るツッキーの背中から様子を覗うと目を丸くしてこちらを見る黒尾さんと目が合った。
「あれ?もしかしてボク嫌われました??」
「あの……嫌いというか、苦手デス……。あとなんか怖い」
「ストレートに言われると流石に傷付くんですが」
「スミマセン、正直者ナノデ……」
「ぶっ……!!」
「おい眼鏡君、笑うんじゃない」
私達のやりとりに突如ツッキーは吹き出した。そもそも彼がはっきり言えと言ったのだからこればかりは仕方ない。
真正面から来られると対処が難しくなるが、今はツッキーという大きな盾のおかげである程度は対応出来そうだ。
「ちょっと眼鏡君、一旦そこ退いてくれる?」
「ど、退かないでツッキー!!」
「……というワケなんで無理ですねぇ〜」
「ほーう!?君もなかなか言うねぇ!?」
いつになく爽やかな笑顔を向けて挑発的な態度を取るツッキーに流石の黒尾さんも顔が引き攣っている。
「なぁ椎名チャン、今度こそ連絡先教えてくれない?」
「え、ちょっと無理です……」
「なんで!?」
「逆に何で……??そもそも交換するメリットってありますか?」
「ねぇ、君ってそんなにズバズバ言う子だったの??だからさ、メリット云々じゃなくて、俺の運命の相手だと思ったから交換したいわけなのよ?ほれ、ID教えてくれよ」
「あの、ずっと思ってたんですけどIDって何ですか?どこにあるんですか?スマホ慣れてなくてよく分からないんですよ」
「位置情報は分かってたくせにこの期に及んで何言ってんのこの若者は。そんなに俺と交換するのが嫌か」
「それとこれとじゃまた話が違うのでは……?」
というより連絡先を交換した所で一体何のやり取りをするのか。私も黒尾さんもお互いの事をよく知らないし、そもそも東京と宮城で、私たちはまだ学生なのだから再会する保証など何処にも無いというのに。例えばお互いの学校がこの先の大会で全国に行く事になれば話は別だが。それとも都会では気軽に連絡先を交換するのが当たり前なのか?そんな事を悶々と考えていると「おい、顔に出てんぞ」と指摘をされてギクリとする。
「まあいいわ、今回の所は諦めてやるよ。運命の相手なんだからいつかまた会えるだろうしな」
「どこから来るんですかその自信は……。会うのは今日限りかもしれないんですよ?」
「いいや、会えるね」
「!」
ニヤリと得意気に笑う黒尾さんの姿に息を呑む。あまりにも自信たっぷりに言うものだから、この人は未来の予知能力でもあるんじゃないかとつい思い違いしてしまいそうだ。実際はそんな能力ないはずだとは思うけど。
「じゃあ"またな"、"夏芽チャン"?」
「んな!?な、名前っ……」
ツッキーという盾をあっさりとかわしつつ、ポンと私の頭上に軽くその手を置いた後、黒尾さんは私達の元を離れて行ってしまった。
「……あの人ホンットに抜かりない」
「東京人怖いんだけど……!私きっとこの先一人じゃ上京出来ない気がする……!もう一生宮城に居よう……!」
「いや、あの人が特殊すぎるだけデショ。てか椎名もなかなかいい性格してたけど?まさか"交換するメリットありますか"って直球で聞くなんてさぁ?」
「あ、あれは純粋に思っただけだよ!お互いをよく知らないのに交換する理由?がよく分からなかったから……」
「――――じゃあ、僕とだったらどうなの?」
運んでいたパイプ椅子を収納カートに入れて用具庫に仕舞っていると、不意にそんな事を聞いてきたツッキーはやけに真剣な顔つきで私を見下ろした。
「……交換するの?それともしないの?」
それは冗談半分で言っている感じではない。ただ一つ言える事は、私はこの質問に真面目に答えなければいけない。そんな気がした。
「ツッキーとならする、けど……」
「……そう。ならスマホ出して」
「??何で……??」
「は??今の流れで分かんないの?いいから早く出してアプリ開いてよ」
「!ウッス、」
ツッキーに言われるがままジャージのポケットからスマホを取り出してアプリを開いた。どうしてこのタイミングでツッキーと連絡先を交換する事になったのか。それはよく分からないが、折角同級生で部活も同じなのだからこれは良い機会なのかもしれない。
ツッキーの素早い手付きで互いのアカウントが追加されていくと、新しい友達リストの所には"月島 蛍"と表示されていた。
「つきしま、けい……」
「え……?名前読めるの……?」
「え?初日の自己紹介の時にフルネームで言ってなかった?"蛍"って書くのは今初めて知ったけど」
「……あっ、そう」
「私何か変な事言いました……??」
「別にっ」
今のやり取りの何がいけなかったのか。あからさまに声を落とすツッキーの怒りポイントはイマイチよく分からない。
「……後で連絡するから」
「?あ、うん、分かった……」
いきなり不機嫌になったのかと思えば、今度は照れ臭そうに顔を逸らされる。てっきり私は業務連絡の時だけやりとりをするのかと思っていたが、どうやら彼にとってはそうではなかったらしい。
「……それなら帰りに山口と日向とも交換しておこうかなぁ」
「はぁっ!?」
「えっ!?」
ツッキーと交換したのだし、折角だからあの二人とも交換をしておこうと、そう思っただけなのにそんなに驚く事だったのだろうか。
ツッキーの考えている事はやっぱりよく分からなかった。
▼
「友よ!また会おう!!」
片付けが終わって、施設を出た私達は外で各々最後に挨拶を交わしていた。すっかり仲良くなっていた田中さんとモヒカン頭こと山本さんは号泣しながら固い握手を交わし、別れを惜しんでいた。
「次は負けません!」
「次"も"負けません!」
「「恐い恐い恐いから!」」
片や菅原さんと夜久さんの聞く耳を持たない主将同士は、田中さん達とはまた違った力強い握手と互いの含みのある笑顔でのやりとりに端から見ているこちらまでもが震え上がってしまう。
「あっ、孤爪さん」
「……椎名」
私の目の前を素通りしようとしていた孤爪さんに慌てて声を掛けると、孤爪さんは小さく肩を揺らして私の方へ振り返った。
「今日はお疲れ様でした」
「お疲れ……さっき、クロに絡まれてたでしょ」
「見てたんですか……!?ならあの人止めてくださいよー……」
「ええ……だって面倒くさい……。それにそっちの眼鏡の人がいたし……」
「ツッキーと私では手に負えません」
「……じゃあ結局クロには教えたの?」
射抜くような目でじっと私を見つめるその姿はまるで猫のようだ。孤爪さんは男子にしては小柄な方だけど、長身のツッキーや黒尾さん達とはまた別の威圧感があった。
孤爪さんの言葉には主語はなかったが、きっと連絡先の事を言いたいのだろう。
「私がゴネたので教えてないですけど……」
「そう……まぁその方がいいのかも」
「え?」
「……クロがどんなに椎名にアプローチを掛けた所で椎名がクロを見る事はないだろうし……それに、敵わないと思うから……」
「敵わない……?どういう事ですか……?」
意味深な事を呟いた後、私の後方をチラリと見た孤爪さんは次の瞬間、それまで無表情だった顔を歪めた。
「ゲッ……俺は被害に遭いたくないから椎名とは適度な距離を保つから。じゃあね」
「えっ???はい、さようなら……??」
そそくさと逃げるように去ってしまった孤爪さんに首を傾げる。そういえば今私の背後を見ていた事を思い出してその後ろを振り返ると、何故かそこには影山とツッキーが互いを睨みながらその場に立っていたのだった。孤爪さんはこの二人の醸し出す不穏な空気に気圧されて逃げ出してしまったのだ。
「二人とも何で後ろに立ってるの?」
「は?何処にいようが僕の勝手デショ。てか何で王様がこんな所にいるのさ。あっち行ってくれる?」
「あぁ?それこそお前が何でここにいるんだよ?関係ねえだろ」
「仲悪いのに何で一緒にいるの?もしかして実は仲良いの?」
「良くない!」「良くねえ!」
「あっ、そうですか……」
こうして息もぴったり合っているのだからやっぱり仲良いんじゃないかと言いたくなるが、また二人から怒られそうなのでその言葉をぐっと堪えた。
「おーい!さっさと整列しろー!」
烏養コーチから突如招集を掛けられる。そろそろお開きにしないと新幹線の乗車時間に間に合わなくなってしまうのかもしれない。
「影山」
先に前を歩いていた影山を思わず呼び止めてしまった。
「……今日、先に帰ったりしないでね」
久しぶりに一緒に帰れるものだからわざわざそんな事を言ってしまう私は相当浮かれている。
「……部活がある日に俺が夏芽を置いて帰った事なんかあったかよ?」
「ううん、無い。いつも待ってくれてる」
「分かってるならいい」
影山の隣に立つのはやっぱり安心感がある。
……今日こそちゃんとあの話をしよう、通学路は長いのだから。
「挨拶!!ありがとうございましたっ!!」
こうして音駒高校の人達とは最後の別れを告げて解散をした。彼らとはいつかまた何処かで会えるのかは分からないが、別れ際に黒尾さんは私の元に来るなり改めて自信満々に"またな、マイハニー"と言ってのけた。本当にあの人は抜かり無い。
▼
学校に着いてからはすぐに解散になり、帰ろうとしていた日向や山口を引き留めて連絡先を交換した。交換をしている最中、何故かツッキーには終始睨まれていたが。
「お待たせ」
「……月島とは交換しなかったのかよ?」
「ああ、ツッキーとはさっき運動公園で交換した」
「チッ!アイツ……」
自分で話題に出しておいて挙げ句の果てには舌打ちをした影山はよほどツッキーの事が気に入らないようだ。
「明日は朝練も放課後練もオフになっちゃったねぇ」
「うぬん……」
「たまにはゆっくり休んだ方がいいよ。明日からまた授業始まるの嫌だなぁ〜」
「俺は寝る」
「……今月末中間テストあるけど?」
合宿で疲れも溜まっているからか、明日の部活は急遽休みとなった。学校も始まるのだしこちらとしてはとても有難いのだが、常に身体を動かしていたい影山にとってはそうではないのだろう。授業は睡眠学習モードの影山に釘を刺せば勢い良く目を逸らされる。恐らく彼は今の今までテストの存在を忘れていた。
「影山さ……この前、隠されるのはしんどいって言ったよね」
「……おう」
「私、影山に黙ってた事がある」
私がこれから真面目な話をしようとしているのを悟った影山は一瞬足を止める。それから返事はないものの、耳はこちらに傾けてくれているのは分かったので、そのまま話を続けた。
「……実は合宿中、熱を出しました」
「!いつ、」
「……3日目」
正直に打ち明ければ、当然影山からは「何で言わなかった」とやや強めの口調で問い詰められた。何だかここずっと各方面から怒られているような気がする。
「うっ……ごめん、皆に迷惑掛けたくなくて黙ってた……。でも偶々ツッキーには知られちゃって、ずっと看病してもらってたんだ。……部屋出入りしてたの見たんだよね?」
「!……そういう事か。じゃあ月島に何か貸した貸さないとか言ってただろ。あれはなんだよ」
「!あぁ、部屋のやつかな?合宿中ずっとツッキー寝不足だったみたいで早朝だけ仮眠の為に私の部屋を貸してあげてたんだよ」
「ま、まさか一緒に寝たとかじゃ……」
「そ、そんなわけないよ!ツッキーが寝てる間私は食堂で朝食作ってたから!」
私が必死に弁解をすると影山もなんとか納得してくれたようだが、今だ眉を顰めたままだ。
「……何もされてはないんだよな?」
「何もされないよ。だってツッキーだよ?」
ツッキーが誰かに手を出すなど全くもって想像が出来ない。私の返答が気に入らなかったのか、影山は大きく溜め息をついてブツブツと何か独り言を呟いている。
「(心臓止まるかと思ったクソッ……!)……お前なぁ、頼るならアイツじゃなくて俺にしろよな」
ぶっきらぼうに言い放つ影山は一見不器用だけど、とても繊細な人だ。国見や金田一たちはきっとどうしても"王様"の影山のイメージが強いのかもしれないけれど、やっぱり私にとっての影山はこっちだ。
「……やっぱり好きだな」
「何か言ったか??」
「!?な、なんでもないです!」
▼
数日ぶりの自宅に帰った後、何気なくスマホを開くと気付かないうちにメールやらLINEの通知が溜まっていた。中身を確認すると、山口と日向からの挨拶メールだったり、ヒトちゃんから明日の持ち物の確認のLINEが来ていたり、国見からのLINEには青城も合宿だったのか、及川さんの酷い寝顔の写メが添付されていたりと内容はそれぞれだった。順番に返信をしていると、通知音が鳴ってまた新たに別の誰かからのメッセージを受け取った。
「あ、ツッキーからだ」
そういえば、後で連絡するって言ってたっけ。トーク画面を開くと最初の文面は"お疲れ様"でも"よろしく"というわけでもなく、"明日の放課後空いてる?"だったのだ。絵文字を一切使わない真っ黒な文面はツッキーらしいが。
「と、唐突すぎる……」
確かに明日の放課後は部活が無くなった事でフリーになってしまったが、ツッキーは一体何を企んでいるのだろうか。恐る恐る"お疲れさま。空いてるけど何かあるの?"と送ってみると直ぐに既読が付いて"教えない"と返事が来た。
「何で教えてくれないの!?」
一人画面に問い詰めても答えてくれる者は誰もいない。明日私は彼に呼び出しをくらって何をされるのか。得体の知れない不安に襲われていると画面にはまた新たに文章が表示される。
"あの借りを返してもらうだけだから"
まさか借りを返す日がこんなにも早く来るとは思いもしなかった。どんな事をするのかはよく分からないけど、それならば私も素直に従わなければならない。それに彼にはあれほどお世話になったのだからしっかりお礼をしなくては。意を決して一文を送ってみた。
"あのさ、突然ですがツッキーは甘い物は好きですか"
"何なの君、エスパーなの??"
"え、何の話?"
"まあいいや、何でもない。甘い物は好きだけど"
"分かった。明日って終わったら何処で待ってればいい?"
"じゃあそっちのクラスが先に終わってたら廊下で待ってて。僕もそうするから"
"了解です"
「よし、」
甘い物が好きなのであればひとまず安心だ。
そうと決まれば一旦スマホを閉じて一階のキッチンへと向かう。冷蔵庫を開けて材料を確認すると、最低限必要なものは揃っていた。
「……そうだ」
折角だから影山の分も作ろう。口に合うかは分からないけれど、食べてもらいたい。
渡した時にどんな反応をしてくれるか、どんな言葉をくれるか。私はそんな明日が楽しみで仕方なかった。
(2020.09.15)
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