感情インスパイア


「ごめん、今日一緒に帰れない」
「……は?」

本当にごめん、と再び目の前で申し訳なさそうに手を合わせるのは一緒に帰るのが当たり前になっている、夏芽。あまりにも突然過ぎて、拍子抜けした。何故ならこんな事を言い出すのは珍しかったからだ。正確に言うと、今まで部活がある日に一緒に帰らない事など殆ど無かった。はずなのに、何故か。

「何か、あるのか?」
「えっ」

そう問いただしてみると夏芽はあからさまに視線を泳がせた。明らかに動揺しているようで、様子がいつもと変だ。

「えっと……これから、買い物行くから……」

顔を俯きながら言う夏芽はやっぱり様子がおかしい。大体、時刻はもうすぐ19時を回ろうとしているのにこれから中学一年の、しかも女子が一人で出掛けるって色々と危険ではないだろうか。既に外も暗いし、万が一不審者に遭遇して事件にでも巻き込まれたとしたら……。頭の中に浮かぶのは悪い事ばかりで、考えれば考えるほど不安感ばかりが増していく。

「俺も着いてく」
「え!?い、いいよ?!ほら、もう今日は遅いしさぁ!?」
「だからだろ。中学生が夜遅くに一人で外歩ってたら危ねえし」
「影山も中学生だよ?!しかも一人じゃないから大丈夫だから!」

そう言い放った瞬間、夏芽はしまった、と慌てて口元に手を覆った。しかし時既に遅し。それを聞き逃さなかった俺は「誰と行くんだ」と詰め寄る。よく分からないけれど、胸の辺りがモヤモヤするのだ。

「…………にーちゃん」

夏芽は、か細い声で言うなり「だから大丈夫!もう店閉まっちゃうから行くね!また明日!」と逃げるようにそそくさと体育館を出て行き、残された俺は呆然と一人その場に立ち尽くしていた。

「……アイツ一人っ子じゃなかったか?」

その俺の一言に返してくれる者は誰もいなかった。






一人きりで帰路を歩く夜は、柄にもなく少し寂しいと感じていた。いつもならば俺の隣には当たり前のようにいるはずの夏芽が今日はいない。それが違和感でしかなく、更には夏芽が自分にとってどれほど大きな存在であったかが身に染みる。はあ、と小さく息を吐くと、口内と外気との温度差で白くなった息が口から洩れては消えた。それを見る度、もう冬が来たのかと実感させられる。歩いていくとクリスマスも近いからか、イルミネーションを行っている家庭がちらほらと見受けられた。ピカピカと点滅を繰り返している幾つもの色をしたそれらを眺めながら俺は思った。

「(……もうすぐ誕生日か)」

昔から誕生日とクリスマスは日にちが近いせいか、まとめて行われていた。ケーキも、プレゼントも、いつもよりちょっと豪華な料理もそうだった。小学生の頃の俺はそれが不満で仕方なかった。周りの奴らはそれぞれ祝っているのにどうして俺だけが、と面白くなかった。ただ日付が近いだけだというのに俺だけが不公平じゃないか、と幼いながら何度か自分の誕生日を恨んだ。誕生日でもない24日のクリスマスイブに祝福され、"Happy Birthday"とデコレーションされた、火を灯した蝋燭が立ったケーキに息を吹き掛ける事に複雑な心境を抱いていた幼少期を思い出す。しかし年を重ね、中学生となってしまった今ではそういう思いも無くなり、当たり前と化してしまったが。

「……さみぃな」

不意に吹いた冷たい北風が露になっている首元を容赦なく冷やしていく。もう冬だし、今度ネックウォーマーでも買おうか。マフラーじゃいちいち巻くのが面倒臭いしな。そう決意した21日の夜だった。






翌朝、普段より目覚めの良い朝を迎えた俺はいつもより早めにバレー部の朝練に向かっていた。天気は、快晴。雲一つない空だ。しかし、相変わらず宮城は寒い。
体育館に着くと、まだ中の電気はついていない様子だった。どうやら今日は俺が一番乗りのようだ。なんだかそれに優越感を感じ、頬を緩ませながら体育館の扉を開けるとやはり中には誰もいなかった。しかし、一つ気掛かりだったのがステージの幕が降りていた事だ。はて、昨日の部活の時点では幕は上がっていたはずなのに何故、と少し疑問に感じたがとくに深入りはせず、俺は用具庫に向かおうとしたその時だった。

「影山!」

誰もいないはずの体育館の中から何処かから俺の名前を呼ぶ女の声が聞こえた。しかし、その声は紛れもなく夏芽の声だった。次の瞬間、降ろされていたステージの幕がウィーンと音を立てながら上がり、複数ある人の足が見えてきた。やがて、幕が完全に上まで上がると、そこにいたのは夏芽に続いて金田一や国見たち、更には引退したはずの及川さんや岩泉さんが居た。

「影山ー!誕生日おめでとー!!」

夏芽のそれを合図に、他の連中がクラッカーを構え、パァンと乾いた音がけたたましく鳴り響く。
突然の出来事に俺は唖然としていると、ステージから降りた夏芽が真っ先に俺の元に駆け寄る。

「これ、プレゼント」

夏芽の手にはリボンで結ばれた包装―――俺へのプレゼントがあった。まさか、昨日の買い物って――――。

「昨日、及川さんに影山の誕プレ選び付き合って貰ってたの。私だけだと、男物とかよく分からなかったからさ。及川さんならこういうのセンスありそうだし」

それを聞いて俺は納得したと同時に驚いた。夏芽が夜遅くに、しかも俺の為にわざわざ時間を探して店に行って、プレゼントを選んでくれていたなんて。夏芽の背後を見ると、あからさまに不服そうな顔をしている及川さんがいつの間にか居た。

「……開けてもいいのか?」
「うん」

リボンの紐を解き、袋を開いて出してみると、驚くことに中からは黒のネックウォーマーが出てきた。

「影山、いつも首元寒そうだったからどうかなって思って。最初はマフラーがいいかなって思ったんだけどネックウォーマーの方が良いって及川さんが提案してくれたの。あ、色は私が選んだんだ」

黒って影山っぽいから、と夏芽は少し照れ臭そうに笑う。

「不本意だけど、夏芽ちゃんからの頼み事だから仕方なくね!お前の為に俺が"わざわざ"アイデア出してあげたんだから少しは感謝してよね!」

夏芽の後ろで及川さんが喚いているが俺だって及川さんに自分の誕生日プレゼントを選ばれてたなんて不本意だ。仮にも先輩だから口には出さないけど。……それでも、夏芽が一緒に選んでくれていたことには変わりはない。だから、

「さんきゅ。これ、大事にする」

少し無愛想になってしまったかもしれないが、俺なりの精一杯の感謝の気持ちを伝えると夏芽は普段はあまり見せない満面の笑みを浮かべた。
昔から誕生日とクリスマスは近いからか、人とは違って"特別"は毎年一度だけしか味わえなかった。それが不満で仕方なくて幼なかった俺は自分の誕生日を恨んだ事もあった。
でも、今年の誕生日はどうやら一味違うようで、きっと今までの中で最高の誕生日になるだろう。

「「「「影山、誕生日おめでとう!!」」」」

(2014.12.23)

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