ふわぁ、と欠伸を噛み殺しながら登校する早朝。部活がオフだった昨日は身体をしっかりリフレッシュさせて、今日からまた通常練習が始まった。ゆったりとした足取りで渡り廊下を渡って、体育館の中に足を踏み入れると、突如何者かによって勢いよく腕を引っ張られた。
「うわ!?何!?って大地にスガ!?いきなりどうした!?」
隅の方に引きずり込んだ犯人はなんと大地とスガだった。朝からいきなりどうしたものかと顔を覗うが、何せ二人とも俯きがちなのでその表情が読み取れない。
「旭、聞いてくれ……!俺は昨日とんでもないものを見たんだっ……!」
「いいか……?驚くかもしれないけど、落ち着いて聞けよ……?くれぐれも大きな声は出すなよ?何があってもな」
「いや、多分内容にもよらないか……??で、大地は一体何を見たんだよ?」
何があっても大きい声を出すなって、最早それはフリなのか??
とはいえ続きが気になるので大地に話を振ると、警戒するかのように何度か周囲を見渡してから重い口を開いた。
「昨日、月島と椎名と影山が一緒に帰ってるのを見たんだよ……!」
「…………何か俺、今聞き間違えたのかな?悪いがもう一回聞くけど……椎名と影山じゃなくて?」
「月島と椎名と影山」
「……ウッソ!?何で!?椎名と影山は分かるけど、何でそこに月島!?」
「だから大きい声を出すなヒゲちょこ!!」
「ゴメンナサイッ!!」
理不尽に怒られているのは頭では分かっているが、反射的に謝ってしまった。いや、これ驚かない方が無理があると思う。
「アイツらって一緒に帰るような仲だったっけ……?」
「そこなんだよ!影山と月島なんかお互いに苦手意識持ってるじゃん!話す事とか絶対なさそうじゃん!一生仲良くなりそうにないじゃんアイツら!」
「……スガ、それはちょっと言い過ぎた。……で、話は戻るがその後、3人はバスに乗って何処かに出掛けたみたいなんだ」
……え、ちょっと待って??アイツらってプライベートで会うような仲だったの??普段そんな素振りなんか無かったのに、いつの間に??
情報量が多すぎて頭がついていけない。
「おいそこはちゃんと追跡しろよ大地〜!バス乗れよ〜!」
「ただの不審者になるだろっ!見つかったらどうするんだよ!?」
「まぁ万が一見つかったらテキトーに誤魔化せばいいべ??俺も同じ方向に用がありましたー、って。てか俺も見たかったわそれ〜。大地、今度見つけたら俺も呼んでよ」
「……スガ、絶対にお前だけは呼ばないと今心に決めた」
多分これ目撃したのが大地じゃなくてスガだったら尾行されていたんだろうなと、月島達に少し同情した。スガは普段爽やかで真面目そうに見えるけど、こういう類のものが絡んでくると一番に悪ノリするタイプだ。そんな二人の姿を静かに見守っていると、不意にスガが「あ、」と何かを思い出したように声を洩らした。
「……一つ思い出したんだけどさ、合宿中に椎名が音駒の黒尾達に絡まれてたじゃん?」
「黒尾か……なんかアイツ食えない奴だったな……」
「ああそれ俺も遠巻きから見てたよ。なんか黒尾にロックオンされてたよなぁ」
確かロードワーク中に偶々会ったと言っていた気がする。その時に何か椎名を気にかけるきっかけでもあったのか、練習試合の日には既に黒尾は椎名にアタックをしていた。椎名を"マイハニー"と呼んでいた事には流石に耳を疑ったが。
「影山が真っ先に駆け付けそうな案件だな」
「だと思ったべ!?それが今回は違ったみたいなんだよ!椎名、黒尾に絡まれた件で月島に怒られたみたいでさ!」
「「は??月島が……??影山じゃなくて……??」」
「何その話詳しく聞かせて」
その時、横からニュッと現れたのは意外にも清水だった。いつだって冷静沈着の彼女のその目は、いつにも増してキラキラと目を輝かせていて話の続きを待っているようだった。
「それがさ、黒尾に近付くなーって月島に怒られたって椎名が言ってたんだよ。だから思わず付き合ってんの?って聞いちゃったんだけど」
「あの月島が……!」
「……で、夏芽ちゃんは月島と付き合ってるの?それとも付き合ってないの?」
「残念ながら付き合ってないようです。本人も何でツッキーと私が??って顔してた」
「ちょっと安心した……」
これで月島と椎名が付き合ってますなんて言われたら、影山の立場を考えると間違いなく胸が苦しくなっていた。あれほど一人の人を一途に想い続けている奴はなかなかいないと思う。だからこそ影山には今度こそ幸せになって欲しいと心底思っていた。陰ながらアイツの恋愛を応援していた身としては、予想外に新たに出てきた月島という登場人物には正直困惑している。
「そういや椎名って黒尾には連絡先も聞かれてたんだっけ?モテるんだなぁー」
「あ、それ月島を盾にして断ってたよ。ちょっと無理ですって。流石の黒尾も狼狽えてたわ」
「椎名って見た目はおっとりしてそうに見えて、ズバッと言う時あるよなぁ……」
「だからそこ盾になるのって影山じゃないのか?」
「いや、黒尾に絡まれる直前に一人でパイプ椅子片付けてた椎名を見兼ねた月島が手伝ってたんだよ。その流れで」
「スガ、お前本当によく見てるな」
「なんか面白そうだったから」
「私の知らないところでそんな事が……」
話を聞けば聞くほどますます謎が深まるばかりだ。4人揃って顎に手を添えて考え込んでいると、月島に話し掛ける椎名の姿が視界に入った。
「あっツッキー、昨日は誘ってくれてありがとうー。あと無理言って影山も飛び入りで参加させちゃってごめんね?」
「……仕方なく誘っただけだから。どうせ椎名は影山が居た方が良かったんデショ」
「あはは……そう見えました……?でもあそこのケーキ美味しかったね。ツッキーもあんなにショートケーキが好きだなんて……むぐぅっ!?」
「言うなって言ったよねぇ!?椎名サン、ケーキの食べ過ぎでチョット顔が丸くなったんじゃないんですかぁ!?」
「ご、ごめっ……!!その手をはなじでっ……!!」
「ちょっ、何してんだ!?今すぐ離せ月島っ!!」
一連のやり取りを呆然と眺めていた俺達は開いた口が塞がらなかった。取り乱した月島が椎名の口元を鷲掴みし、その様子を目撃した影山が一目散に駆け付け、これまた必死に月島に捕まっている椎名を引き剥がそうとしている絵面は奇妙なものだ。
「えっと、つまり……あの月島が椎名を誘ってケーキを食べに行ったって事……?」
「そこに事情を知った影山が無理矢理一緒について行ったと……?」
会話の内容から状況を整理しても、そもそもどういう経緯で月島が椎名を誘う事になったのかが全くもって分からない。
「でも一つ言える事は、元々月島は椎名と二人きりで出掛けようとしていたんだよな……?つまりそれって、」
「少なくとも椎名に気がある……!?でも月島ってあの二人が付き合ってた事は知ってるんだよな?」
「それとも好きになれば、そういうのって関係なくなるもんなの?」
「いや、知らん」
本当に月島が椎名に好意があるのだとしたら話が変わってくる。そして俺達はこれからアイツらをどういう目で見ればいいのか。仮に椎名がどちらかとくっついたとしても、もう片方の立場はどうなるのか。考えるだけでもしんどくなってきた。
「これって三角関係……!なんかワクワクしてきた……!」
「今後の展開に期待……!」
「俺は影山と月島のどっちを応援すればいいんだ!?どっちかを選ぶ事なんてそんなの俺には出来ないっ……!!」
「……清水、スガ、面白がるんでない。旭、お前は感情移入しすぎだ」
それぞれリアクションを取る俺たちを冷静に突っ込みを入れる大地。俺たちがどうこう言ったところで、結局は椎名の気持ちを一番尊重しなければならないのは分かっている。でも仮にどちらかを受け入れ、どちらかを振らなければいけない、またはどちらも振らなければならない椎名の立場も考えると、やっぱり俺は胸が苦しくてしんどくなった。
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「なんか最近ツッキーってさ、椎名と仲良いよね」
昼休みにいつも通り教室で山口と向かい合わせで弁当を食べていると、僕に何か言いたげな視線を送ってくるなり、気まずそうに口を開いた山口がそんな事を言ってきた。思わぬ事を聞かれて、僕は箸を落としそうになる。
「……は?」
「あっ、いや!合宿の時も結構話してるみたいだったし、昨日言ってた用事ってやつもその……椎名たち誘って出掛けてたんだよね……?」
「ごめん、今朝の二人の会話がたまたま聞こえちゃったから……」とバツが悪そうな顔をして山口は謝る。
「……別に王様は誘ってない。アイツは椎名が心配で勝手について来ただけ」
「えっ!?影山が居なかったら二人きりだったの……!?もしかしてツッキー、椎名の事が好きだったり、とか……?」
「…………」
食い気味の山口に返す言葉が見付からず、視線を逸らして黙り込んだ。否定をしなければ、こんなの肯定しているのと何ら変わらないのに、上手く取繕えない。
「ほ、本当に好きなの……!?」
「……分からない。でもなんか、放っておけない……気がする」
「ツッキーが……女子を……!」
信じられないという顔で僕を見る山口の反応は至極当然だ。昔から浮いた話は無かったし、異性にもまるで興味が無く、自分から積極的に関わろうともしなかったのだから。この前、日向に茶化された時に反論したあの言葉だって紛れもなく本音だった。その考えは今でも変わらないはずだ。
ーーーーそれがここ最近の僕はどうにも変だ。椎名が絡んでくると、感情に波があるのが自分でも分かる。黒尾さんや影山に無性に苛ついたり、言わなくていい事を言ったりして、自分らしくない。今だって山口にわざわざ打ち明けなくてもいいはずなのに、ついポロッと溢してしまって、合宿の時からずっとこんな調子だ。
あの夜を境に、椎名の存在はじわじわと容赦なく僕の中に侵食してくるようになった。
「まさかツッキーがいつの間に椎名に気があった事にはびっくりしたけどさ、そもそも椎名って影山と仲良いじゃん……?いや、勿論ツッキーの事は全力で応援するよ!?でも影山は間違いなく椎名の事好きだろうし、毎日一緒に帰ってもいるし、実際の所あの二人ってどうなのかなぁって……怖くて聞けないけどっ!」
「……お前まさか知らないの?」
「え、何を!?っまさかもう付き合ってーーーー」
「ないから」
「あ、そうなの!?で、でもっ、どうして椎名なの?」
思わずムキになって否定をする自分があまりに幼稚で、言った直後に自己嫌悪に陥る。こんなのまるで影山と一緒だ。
大体、何で僕は嫌いな奴の元彼女なんかを気にかけているんだ。出会ったばかりの頃だって、影山の事をちょっと貶せば目の色変えて怒って、言いたい事を言って、それで満足したかと思えば許可なくツッキーって呼んできたりと振り回されてきた。だから正直、厄介な女だなと思っていたのに。
「……アイツと居ると落ち着くのかもね」
「……っ!!俺、本当にツッキーの事応援するからね!!例え影山という大きな障害があっても頑張って!!」
「頑張るって何を……てか一言余計だから」
「ごめんツッキー!」
僕は性格が捻くれているという自覚はある。それでもアイツはそれを割り切った上で接してきて、皮肉を言う僕に臆することなく時々言い返してきたりもした。何度も調子を狂わされてきたけど、不思議と嫌な気持ちではなかった。気が付けばそんなアイツの隣の居心地が良いと思うようになっていたのは確かだ。
「なぁなぁ、5組のミニマムコンビって可愛くね?」
ふと、教室の出入り口で談笑するクラスメイトたちの声が室内に響く。彼のよく透るその声は、教室の隅に居る僕たちの耳にも届いた。「5組って椎名のクラスだよね……?しかもミニマムって……」と不安げに聞いてくる山口に僕は顔を顰めた。"ミニマム"って言われるほどの身長の低い女子なんて限られているし、嫌な予感でしかない。
「あぁ、谷地さんと椎名さんだっけ?ちっちゃくて小動物みたいで可愛いよなぁ〜」
「分かる!なんかこうっ、守りたくなるっていうか!?あ、でもあの金髪の子じゃなくて、ちょっと眠たそうな顔してる子……椎名さん……?は3組の目つき悪いデカい奴とよく一緒にいるよな。帰り一緒に帰ってるの見かけるし」
「3組ってもしかして影山って奴か!?なんかクラスでも無愛想であんま喋んないって聞くけど、あの二人付き合ってんのか!?」
「何だよ俺、椎名さんちょっと狙ってたから今度廊下で擦れ違ったら話し掛けてみようと思ったのに〜!!」とあからさまにガッカリするクラスメイトのそんな姿に思わず「は??」と声に出して、不快感をあらわにした。どいつもこいつも、幾らでも女子は居るのに、何でよりにもよってアイツなんだ。
「……見かけで騙されて馬鹿じゃないの。急に話し掛けてアイツから塩対応食らえばいいのに」
「ツッキー!顔っ!!顔が怖い!気持ちは分かるけどっ!!」
付き合いたいとか、そういうのはよく分からない。明確な目的があるわけでもない。僕は椎名と一体どうなりたいのか。
ーーーーそれでもただ一つ言える事は、傍に居たいという事。
そう思ってる時点できっと、僕はもう後戻りが出来ないのだろう。
(2020.11.17)
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