Episode.05


「ごめんみんな!ちょっといいかな?」

部活が終わり、用具の片付けや掃除に追われている部員たちが慌ただしい中、3年生マネージャーである来栖先輩のその透き通るようなソプラノの声が響いた。部員たちが首を傾げながらも集合すると先輩が私に目で合図を送り、静かに頷いた。

「総体もいよいよ明日ということで、大したものじゃないけど私たちマネージャーから皆さんにプレゼントがあります!」

先輩がそう言うと、部員たちから「おお……!」と歓声が上がった。用意していた紙袋からそれを取り出して順番に配っていく。

「すげえ!!俺らのユニフォームの形してる!」
「完成度たけぇな!」

部員に配っているのはそれぞれの背番号が刺繍されてある北一のユニフォーム型の手作りのマスコットだ。実はみんなには内緒で先輩と空いた時間を見つけてこれを地道に作成していたのだ。私は裁縫をあまりやったことが無いからそれこそ苦労はしたけれど、手先が器用な来栖先輩に教わりながらも何とか人に渡せるようなレベルまでには仕上がった。
一人一人に配っていき、最後に残ったのは、チームのキャプテンである及川さんの分。ここは来栖先輩に渡してもらおうと先輩の方へ視線を送ったが、何故か先輩は静かに首を横に振った。

「アイツは、夏芽ちゃんから貰った方が嬉しいから」
「……え?」
「ありがとう、及川のこと支えてくれて」

先輩はそう言って微笑んだ。いつもは岩泉さんに負けず劣らず、及川さんに対して当たりの強い来栖先輩で、時には二人は息の合った攻撃を及川さんに仕掛けたりと、それはバレー部の名物だった。でもやっぱり本当は、追い詰められていた及川さんの事がずっと気掛かりで心から心配していたという事が表情を見て分かった。

「(及川さんたちをずっと支えていたのは私じゃなくて先輩のはずなのにな、)」

「夏芽ちゃんー!」

聞き慣れた声を聞き、後ろを向くと待ちきれなかったのか及川さんが立っていて、小さな子供のように「俺にも早く早く!」とジタバタしていた。それを横で見ていた岩泉さんが相変わらず「うるせぇグズ川」と暴言を吐き捨てた。

「及川さん、どうぞ」

"1"とキャプテンマークが印されたフェルト状のユニフォームのマスコットを渡すと及川さんはそれを嬉しそうに受け取った。その姿を見て私は内心安堵する。実は、及川さんの分を作ったのは私だ。でも、裁縫は苦手だから恥ずかしくてそんな事は言えないけれど。

「夏芽ちゃん」

及川さんが私の名前を呼ぶ。その声はいつもみたいなへらへらした様子ではなく、真面目なトーンだった。表情も引き締まっていて、あぁ、いよいよなのかとここで私は実感した。

「俺、頑張るから」

そう言ってマスコットをきゅっと握りしめた。

「ちゃんと、上から観てますから」

私のそれを聞いて満足したのか、及川さんは微笑み「よしっ!マネージャーからサプライズも受けたことだし、円陣組むよー!」と皆に声を掛ける。

「椎名」

円陣に入ろうとしていた岩泉さんが一度振り返る。一体何だろう、と私は不思議そうに首を傾げた。

「……なんだ、その……及川を救ってくれてありがとな」

少し照れ臭そうに頬を掻きながら彼は再び前を向いて輪の中へと入って行った。

「救ったのは岩泉さんの方じゃないですか」

一人で戦ってるのではないと及川さんに諭したのは、天才である影山が現れて、余裕が無くなって焦っていた及川さんを本調子に戻したのは、紛れもなく岩泉さんの方なのだ。何年も彼と共にコートに立っている彼だからこそ出来たこと、私にはそんなの到底出来なかった。私はただ、普通にマネージャーとしてあの人のサポートをして、傍にいただけなのだから。
しかし私の呟きが岩泉さんの耳に届くことは無かった。

「ほらほら!マネちゃんたちも早く入って!」

いつになく気合いの入った及川さんから手招きをされる。どこに入ろうかと迷っていると、影山と国見が間を空けてくれたのでそこに入ることにする。

「……俺らにはなんかないの?」

そう言った国見の顔は無表情だったものの、どこか不服そうだった。ユニフォーム型のマスコットを渡したのは今回試合に出場する先輩たちだけだったのでそれが不満だったのかもしれない。

「来年か再来年、国見たちがユニフォームもらえた時に、ね」
「……ふぅん」

「それじゃいくよー!明日絶対勝つぞ!!」
「「「「「オォーッ!!!!」」」」」

目の前の試合、確実に勝つんだ。




「「「「行っけー行け行け行け行け東田!!」」」」
「「「「行け行け那古中!!押せ押せ那古中!!」」」」
「荒居ナイッサー!!」
「ここで一本切んぞー!!」

バレーボールの競技会場である市民体育館はコート内を駆け回る選手たち、観客席の必死の声援で熱気を帯びていた。
昨日から始まった中学総合体育大会。通称、総体。私たち北川第一バレー部は順調に勝ち上がり、間もなく優勝候補校である白鳥沢学園との決勝戦を控えている…………のだが。

「…………迷った」

トイレから戻って来たは良いものの、人口密度が高い為、自分の学校が何処の席に座っていたのかが分からなくなりこの有り様だ。白と青の、今自分が着ている物と同じの色のジャージを見つけようとキョロキョロと辺りを見渡してみるも、何分北一と似たり寄ったりのジャージを着用している他校生が多く、探し出すのは困難だ。

「椎名」
「グェッ!!」

突然後ろから首襟を何者かによって掴まれ、勢いで体勢が崩れそうになった。引っ張った犯人に一言文句を言おうと振り向くも、そこに立っていたのは相変わらず眠そうな顔をした同級生の国見とその隣で何故か肩を震わせながら腹を抱えた金田一だった。

「国見!」
「戻って来るの遅いから探した。もう試合始まる」
「えっ!わざわざありが…………いやでもいきなり襟を引っ張るのは如何なものかと!?」
「ぶはっ!!さっきの"グェッ!!"ってなんだよ!!潰れた蛙みたいな声だな!」
「わ、笑うな金田一!」
「いやだって"グェッ!!"はねぇだろ!!"グェッ!!"は!!」
「モウヤメテヨ……!」

恥ずかしさで居た堪れなくなった私は必死に抵抗をするも、金田一は聞く耳を持ってはくれず、一人爆笑している。このらっきょうめ……。
そんな金田一に睨みを利かせていると、事の元凶である国見が呆れたように小さく溜め息を吐いた。




「「「「北一!北一!」」」」

私と金田一と国見が観客席に戻った頃には既に北一の応援が始まっており、盛り上がりを見せていた。上から一階のコートを見下ろしてみると、北一と白鳥沢は公式WUの真っ最中だった。既に席に着いている影山は、下にいる及川さんの動作に釘付けでこちらの事など眼中にないようだ。私も影山の隣の空席に静かに腰を下ろし、下の様子を眺める事にした。

「―――――影山ってさ、」

WU終了の合図が鳴り、エンドライン沿いに両校の選手たちが並ぶのを観ながら隣に座る影山に問う。影山も視線こそは下に向けているけれど、辛うじて私の声に反応した。

「ん、」
「……影山はどうしてセッターがいいの?」

愚問だろうか。如何なる役割においても能力の高い影山はきっとどのような形でも早くて一年後、あるいは二年後、あのコート上で活躍している事だろう。でも、私はあの人があの日言った言葉がどうしても脳裏から離れられないのだ。

"もう少しで届くところなのに、今度は後ろから天才がやって来るんだもの。……ほんと、厄介だよね"

"天才"と謳われる影山は数あるポジションの中でどうしてセッターを選択したのか。ただただ純粋に疑問に思った。

「セッターは、チームの司令塔だ。試合中一番多くボールに触れるのがセッターだ。スパイクもセッターのトスが無きゃ打てない……何だかそれってコートを制した支配者っぽくないか?ーーー敵のブロックを欺いてスパイカーの前の壁を切り開く…………それが、」

―――――難しくて、かっこよくて、面白い。だから俺はセッターをやる。

「勝って、勝って、いつか県内一のセッターになって、全国行って、日本一になって、俺は世界に行く。だから俺はまず、あの人を超えないといけない」
「……!!そっか」

試合開始、ピッ!と審判が吹いたホイッスルが甲高く鳴り響く。最初のサーブ権は、北一。今まさに一発目のサーブを打とうとしている及川さんを指差す影山は真剣な眼差しだった。

―――――愚問だった。

徐に応援席から立ち上がり、口からたくさんの酸素を取り入れる。そして私はありったけの声量で精一杯叫んだ。

「及川さんナイッサー!!」

たった一人の声なんか周りの音にかき消されて届くはずがないと思っていた。現に他校の応援で自分の声はかき消されていたはずだった。けれどその時、確かにあの人がこちらを振り向いたような気がした。




「…………くっ……!うぅっ……!」
「ほらほら、おいで?及川さんの胸貸してあげるから」
「……っ……遠慮します、そういう事は心に決めた人にしかしないんで、」
「んなっ!?素直じゃないね!!」

俺の目の前に立つ彼女は誰よりも目を赤くして、悔しそうに涙を流していた。胸を貸す事を拒否されたのには軽く傷付いたがせめてもと、落ち着かせるように彼女の小さな背中を擦った。
セットカウント、2―1。因縁のライバル、白鳥沢学園との対決は3年目である今年も我が校、北川第一が敗北となった。結果、北一は白鳥沢に続き準優勝。しかし、大きく変わった事がある。初めてあの白鳥沢から1セットを奪った事と、

「夏芽ちゃん、そんなに泣かないでよー?ほーら、及川さんベストセッター賞とったんだよ?すごくなーい?」

俺の力が初めて世間に認められた事。

「ぐっ……!確かにそれは嬉しいかもしれません……けどっ!及川さん、凄く悔しそうでしたっ……!」

鼻を啜りながら次第に語尾が強くなる彼女はいつになく駄々を捏ねた子供のようだった。確かに、表彰式の時は彼女に負けないくらい目を腫らして、飛雄ちゃんからティッシュ渡されるくらい鼻水垂らして、たくさん泣いた。

「及川さんいっぱい頑張ってたのに!皆さんもそうでした!」
「うん」

そうだね、だから悔しいよ。でも、6人で強い方が強い。そうである事に変わりはない。
無意識にジャージの右ポケットに入れている彼女から貰ったあのマスコットを強く握りしめた。

「夏芽ちゃん」
「…………はい、」

やっぱり、君に嘘は吐けなかった。

「俺、負けてすっごく悔しい!3年間戦って一回も勝てないとかホント何なのさ白鳥沢ムカつく!!」
「……!はい、」
「だから!!ーーーー来年こそウシワカちゃん倒して、勝ってみせるから」
「…………はい!」

そう返事をした彼女は先程とは一転、満面の笑みを浮かべていた。
いつも一生懸命で、真面目で、真っ直ぐな子。俺の本心を見抜いたのも岩ちゃん以外では彼女が初めてだった。でもそれが不思議と嫌な気はしなかった。

「及川さん」

彼女はごしごしとジャージの袖で乱雑に目を擦ってから勢いよく顔を上げた。

「白鳥沢、凄く強かったです。あの1番の3年生スパイカーも。……でも!及川さんがこの賞を持ってるという事は、白鳥沢のセッターよりも、あの会場にいたどのセッターのよりも、強かったって事なんですよね。だから及川さんは最強なんですよね」
「……!!そうだね、」

夏芽ちゃんは、きっと良いマネージャーになる。
たった数ヶ月の付き合いだったけど、俺の中ではいつの間にか大切で特別な後輩になっていた。だから。

「…………飛雄、」

そう、大嫌いな後輩の名を呼ぶと、案の定俺に呼ばれたコイツは不思議そうに首を傾げていた。

椎名ちゃんの事、頼んだよ

俺の中学のバレー生活は一旦ここで終止符が打たれた。だけどもう少し、ほんの少しだけ、夏芽ちゃん達と部活やっていたかったな、なんて。

(2014.12.16)

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