監視役の正体


日本最大の犯罪組織『梵天』

賭博・詐欺・売春・殺人のどんな犯罪も裏には梵天がいると言われているものの、警察でさえもその内容を把握できておらず、一筋縄ではいかない。
"梵天"という組織は、組織の敵になる者がたとえ仲間であったとしても容赦はしない。そこで対象者の動向を探る役割として、"梵天の切り札ブリスコラ"と呼ばれる監視役が密かに存在する。クラッキング、盗聴・盗撮、あらゆる手段を使って対象を徹底的に追い詰めるその執念深さはまさに蛇のようだと言われている。
監視役の素性を知る者は、首領の佐野万次郎をはじめ、幹部クラスの人間のみとされている。容姿、年齢、性別……何れも不詳で全てが謎に包まれている。その所為か、一般の構成員からは第三者が作り上げた架空の人物ではないかとも噂されている。しかし、その正体を探ろうとする構成員は誰一人としていない。それは本当に架空の人物だからなのか。はたまた、幹部の人間が一切その人物の事を口にしない上に彼らと監視役と思われる人物が同行している姿を目撃していないからなのか。
――――或いはその人物彼女を監視役と認識した者は、既にこの世には存在していないからなのか。

昔、若い構成員が監視役の事をある幹部の人間に問い質した事がある。しかしそれを最後に彼の姿を見た者は誰もいない。

ただ一つ言える事は、監視役の正体を決して探ってはならない。首領や幹部の前では絶対に口にしてはいけない。
それが構成員の中では暗黙の掟となっている。




「クッソ……!!見失った!!」

かれこれ30分以上追跡をしていた対象車を完全に見失った腹いせにハンドルに拳を叩きつけては舌打ちを洩らす。追跡していた黒のセダンには組織の裏切り者が乗車していて、絶対に逃してはいけない。何故なら王であるマイキーから今日中に奴を処刑するよう命じられているから。王の言う事は絶対であって、決して失敗は許されない。だが相手もこちらの追跡に気付いていたのか、上手く撒かれてしまったワケである。早急に奴を捕らえなければならないというのにとんだ時間ロスをしてしまい、気持ちばかりが焦っていた。

「おいおい何やってんだよ三途ー」
「使えねぇ運転手だなあ。やっぱ竜胆が運転した方が良かったんじゃねぇの?」
「あぁ!?ただ助手席と後部座席に乗ってるだけのテメェらの方がよっぽど使えねぇだろうが!!このポンコツ兄弟!!」

すっかり他人事の灰谷兄弟の態度にますます苛立ちが募る。この任務をしくじってしまえば俺達が直々にマイキーからスクラップにされるというのに呑気な奴らだ。そもそもこいつら兄弟が本気になる時なんてそうそう無い気がするが。

「なぁ、もう夏芽に頼めばよくね?アイツの事だから車に発信機ぐらい付けてんだろ。俺らじゃもう見つけらんねぇし」
「最初からそーすりゃ手間省けたじゃん」

早くも投げやりになっている竜胆がついにその名を口にする。それに続いて竜胆の提案に賛同する蘭は気怠げに後部座席で踏ん反り返っている。毎度コイツらは自力で探す気がなく、ちょっとでも行き詰まったらすぐに夏芽を頼る始末だ。こいつらって今日、何の為に此処に居るんだよと文句の一つも言いたくなる。

「……そこまで言うんなら竜胆、お前がアイツに連絡しろよな」
「はぁ?三途が掛けろよ」
「何で俺なんだよ!!俺、運転手!お前、同乗者!テメェ、ながら運転って知らねぇのか!?万が一サツに見つかったら点数引かれんのは俺なんだからな!?」
「オイオイ、法定速度30kmオーバーの奴がそれ気にするかぁ?」
「反社のお前が道路交通法を語んなよ、ウケる」
「いいからテメェらのどっちかが夏芽に連絡すりゃいいだけの話だろうが!!オラさっさと掛けやがれ!!」

助手席に座る竜胆に矢継ぎ早に伝えれば、ようやくスーツのポケットからスマホを取り出して操作を始めた。このまま車を走らせても意味が無いので、取り敢えず近くにあったコンビニの駐車場に一旦停める事にする。竜胆が通話履歴から探し出した夏芽の番号をスピーカーにして繋ぐと数コール以内にそいつは出た。

「よぉ、切り札。ヘルプ」
『……そろそろかなーとは思ってたけどさ、使うの早くない?』

開口一番、まるで夏芽は自分宛てに電話が来るのが分かっていたかのような口振りだった。いつだってコイツは何でもお見通しで、澄ました顔で「ほらみろ、私の思った通りでしょ」って態度がいちいち癇に障る。けれどコイツの仕事の腕はあの九井に買われるほどのものだし、無下に出来ないのも事実だ。実際、コイツが梵天に入ってから組織の裏切り者の特定から始末までの一連の過程がスムーズにいくようになったし、コイツのアシストのおかげでこれまで何度も助けられて来た。不本意だが今回もきっとそういう事になるのだろう。

「分かってたんならお前からしろよなっ……」
『おい、ばっちり聞こえてるからな三途。私だって色々立て込んでて忙しいんだよ。まーあれでしょ、大方三途が対象車見失ったんでしょ?』
「三途"さん"な!?あと敬語!!テメェ、俺と幾つ離れてると思ってんだよ、あ"ぁ"??あとアイツを見失ったのは俺だけのせいじゃねぇ!!」
『いちいち細けーな春千夜は。撒かれたのはやっぱり図星だったのか。てか三途を呼び捨てしてるのなんて今に始まった事じゃないし、タメ口きいてるのも別に春千夜に対してだけじゃないのは分かってるじゃん』
「せめて呼び方は統一しろやッ紛らわしいな!!テメェも一緒にスクラップにしてやろうか!?」
『ピンク野郎いつにも増して物騒……いやいつもか。あーあ、そんな態度取ってっとアイツの居場所教えねー』

おいそこのお荷物兄弟、必死に笑い堪えてんじゃねぇぞ。もれなくテメェら兄弟もスクラップだと言いたいところだが、このままだと話が進まず夏芽からヤツの現在地の情報も得られないので、ここはグッとその言葉を呑み込む。
つーかコイツはいつからこんな輩みたいな言葉遣いをするようになったんだ。少なくとも出会ったばかりの頃はずっと敬語で砕けた喋り方なんか一切しなかったはずなのに。いや、クッッッソ生意気で減らず口ではあったけど。そのクッッッソ生意気さが今では全面的に出ているだけだから結局根っ子の部分は変わらないのか?……それもそうだ、この女は学生時代、碌な学校生活を送っていないのだからまず堅気の人間になれるはずが無い。そうじゃなかったら今頃こんな犯罪組織の一員じゃないはずだ。それは俺を含め、この場に居る全員に言える事だが。

「まぁまぁ夏芽ー、機嫌直せよ?可愛い顔が台無しだろー?」
『……蘭さん?いや、今電話中だからお互いの顔見えないよね』
「そんなん見なくても俺には夏芽の事は何でも分かるんだわ。それに居場所教えてくれないと俺らがマイキーに殺されちゃうわけだし、それは夏芽も困るだろー?」
『あ、そっか……私が場所を言わないと任務をこなせなかった蘭さん達がマイキーに殺されるのか……』

後部座席から身を乗り出した蘭が夏芽をどうにか宥めようとする。すると蘭の説得がきいているのか、次第に夏芽も強気の姿勢から歩み寄りの姿勢を見せるようになっていた。

『確かにそれは凄く困る……。蘭さんと竜胆くんが居なくなったら差入れもなくなるし、超高級レストランに連れて行ってもらえなくなるしなぁ……。ええっと、ヤツの車はそこから3つ目の信号を右折して2つ目の信号を左折後、約500m先右手にある立体駐車場の3F、B-17に居るよ』
「さっすが夏芽〜、助かるわ。やっぱうちの監視役は有能だなぁ」
『蘭さん、もっと褒めてくれてもいいんだよ?じゃあ私も他に仕事あるから切るよ。頑張って』

それから呆気なく夏芽の方から通話は切れてしまった。あまりにも淡白すぎて何とも言えない気持ちになる。それなのにも関わらず、後部座席の男は上機嫌に鼻歌を口ずさんでいた。

「……オイ蘭、お前それでいいのかよ。あの女、お前の命じゃなくて真っ先に食い物の心配しかしてなかったけど」
「あ?あんなのただの照れ隠しだろ。つーかお前は名前すら挙がってねぇじゃん、ドンマイ」

ドンマイと言いながらもバックミラー越しに映る蘭の目は笑っていないし、然り気無くその長い脚でゲシゲシと運転手側の座席を蹴って来るのは本気で止めてほしい。図星かよ、いい加減現実見ろよ。
まさかあの灰谷蘭が女を何人も引っ掛けてるどころか、8コも歳下の女にまんまと誑かされているとは聞いて呆れる。それにあの女もあの女だ。こいつら兄弟だけじゃなく、時々九井やマイキーからも飯を連れて行ってもらっている事を俺は知っている。この間だって仕事中にマイキーからたい焼きを差し入れされていたのを俺は見てたからな。ちなみに俺はマイキーから貰えてねぇけど。
アイツはただ食い意地が張っているだけなのか、それとも男に貢がせる趣味でもあるのか、どちらにせよ質が悪い。同業者としては頼りになる存在だが、絶対に恋人にはしたくない女だ。そもそもあんな性悪女、全然タイプじゃねぇけど。

「居場所聞いたんだからさっさと車出せよ、また逃げられんぞ」

痺れを切らした竜胆が急かすように俺に訴えてきた。お前の言う事は確かに正論だが、お前もクソ兄貴と同等の扱いをアイツから受けている事を忘れんなよ。クールぶってるけど、実は今口元がニヤけてるの、知ってるからな。一見まともそうに見えてコイツも大概だ。兄貴は"さん付け"で呼ばれてるのに対して、自分は"くん付け"で呼ばれてる事に毎回浮かれてんの、隠してるようだけどバレバレだからな。俺も伊達に梵天のナンバー2やってる訳じゃねぇわ。

「へーへー、分かったよ」

テキトウに返事をしながら、車を発進させる。夏芽が指示した通りの道筋を辿って行くと、裏切り者が潜んでいるであろう立体駐車場が見えてくる。駐車券を取ってそのまま3FのB-17まで向かうと、俺が先程まで苦労して追っていた車種が容易に見つかった。やっぱ何だかんだ頼りになるから腹立つ。ヤツに逃げられないように予め車を前に着けると、顔面蒼白の男が車から降りてきた。

「よォ、やっと見つけたぜ」
「な、何でだ……!?確かに撒いたはずなのにっ……!!」
「あ?どうしてかって??うちの便利な監視役サマには全部お見通しなんだよなァ」
「監視役っ……!?う、嘘だ!!監視役なんて、ただの噂でしかないって!!だ、大体、そんなの誰がっ……!!」
「まぁ最期だから教えてやるよ。――――椎名夏芽。お前もよく知ってる人物だろ?」
「椎名って、幹部の椎名……!?あんなガキみたいな奴が……!?」
「……オイ、テメェ如きが夏芽のこと呼び捨てにしてんじゃねぇよ。殺すぞ」
「ヒィッ!?」
「竜胆ー、コイツ相当ビビってるからあんま虐めてやるなよ。まぁ名前で呼んでたら問答無用で撃ってたけどなぁ?」
「兄貴も殺る気満々じゃん」

いつの間にか車から降りていた灰谷兄弟が部下だった男のこめかみに拳銃を突き付けていた。表情を無くした顔で男を見下ろす二人はかなり殺気立っている。それを他所に俺は胸ポケットからピルケースを取り出して、錠剤を二粒口に含む。ゴクリとそのまま呑み込むと、次第に気分が高揚してくるのが分かる。
恐怖ですっかり腰を抜かした男はそのまま尻餅をつき、悲鳴を上げた。それがあまりにも喧しいので、人差し指を口に当てると男は直ぐに首を縦に何度も頷き、大人しくなる。言われた通りにしていれば命だけは助けてもらえるとでも思っているのだろうか。その姿が何だか可笑しくて、笑えてくる。

「ハッハ!!ざまぁねぇなぁ!!そのガキみてぇな奴にまんまと車にGPS付けられてお前は嵌められたんだよ!!」
「そ、そんなっ……!!いつから……!?」
「夏芽がお前に目を付けた時点で既に詰んでたんだよ!!幾ら逃げた所でテメェらみてぇな連中は絶対にアイツが追い詰めるからなァ!?そんでもって今から俺らがテメェをスクラップにする!!」
「……や、やめてくれッ!!命だけはッ!!命だけは――――!!」
「――――裏切り者に梵天の鉄槌を!!!」

パァン!と乾いた銃声が薄暗い駐車場内に反響する。すると男は頭から血を流しながらそのままコンクリートの床に崩れ落ちた。今さっきまで泣き喚いていた男の頭部に革靴を踏み付けては、既に呼吸をしていないソイツに吐き捨てるように言葉を続ける。

「……まぁカミングアウトしたところで、どうせテメェらは殺すから意味ねぇけどよ」




「あ、おかえり。良かった、皆生きてる」

事後処理を部下達に任せ、一足先にアジトに戻るとPCモニターとにらめっこしていた夏芽が俺達の気配に気付き、キャスター付きの椅子をクルリと回転させてこちらに身体を向けた。首元にはヘッドフォンが掛かっているので、恐らく今さっきまで誰かを盗聴、或いは何処かに仕掛けたであろう隠しカメラを監視していた可能性が高い。

「ただいまー、良い子にしてたかぁ?夏芽の為にモンブラン買って来てやったぞ〜」
「俺、マリトッツォってやつ買って来たから夏芽にやるわ。最近流行ってんだろ?」
「蘭さん、竜胆くん。ありがたいわ〜。もう一生良い子にしてる」
「……ホンットお前らコイツ甘やかし過ぎだろ。つかお前が良い子になれる日なんか今世じゃまず来ねぇわ。来世に期待しろ」
「ええ……三途よりは良い子にやってるつもりなんだけど」
「ならお前、さっきモニターで何見てたんだよ?どうせ碌なモンじゃねぇだろ」
「……あー、一ヶ月前にうちに入って来た下っ端の自宅?今キャバ嬢やってる彼女が家に遊びに来てるみたい」
「あぁ、アイツか。で、それがどうしたんだよ?」

カメラなんかいつ取り付けたんだとツッコミたくはなるが、ここは敢えて聞かない方が良いのだろう。現時点でマークすべき要素が無いそんな雑魚をわざわざ夏芽が監視する意図が分からなかった。

「ほら最近、梵天のシマで調子乗ってる半グレ集団が居るって言ってたでしょ?取り敢えず今は泳がせてるようだけど、どうやらこの女、そいつらと繋がってるっぽいんだよねぇ。多分、梵天ウチの情報狙ってるんじゃないかな」

モニターに映る例の女を指差し、ソイツを囲うように円を描いた。なるほど、女の素性を知らないこの下っ端の男がうっかり梵天ウチの情報を漏らさないか夏芽は懸念をしているようだ。態度は腹立つけど、やっぱ役に立つわコイツ。

「チッ、ハニートラップってことかよ」
「出来したじゃん夏芽。今晩美味い寿司でも連れてってやるよ。竜胆も行く?」
「行く」
「蘭さん本当そういうとこ好きだわ」
「俺は愛してるけどな♡」
「おい、まだ気が早ぇだろ。じゃあつまりコイツがこの女にウチの情報バラした時点で、二人纏めてスクラップって事でいいんだな?」
「いや、押さえたいのはそれだけじゃないよ」
「他にもまだ何かあんのか?」
「ヤッてる映像、押さえたいんだよね」
「…………は?」

夏芽の言っている事がイマイチ頭に入って来なくて目が点になる。果たして夏芽の言うヤッテイル、とは。俺にはまず男女の営みの事が浮かんでくるが、そうではないと信じたい。しかしその期待は夏芽の次の言葉によって崩れ去っていく。

「いやだからヤッてるところ。セックスだよ、セックス。ほら、脅しの材料にもなるし」
「え、何それ面白そうじゃん。それ押さえたら折角だし俺と一緒に観るかぁ?」
「……兄貴、何か変な事でも企んでるだろ。夏芽、間違っても兄貴と二人きりでは観んなよ?」
「じゃあもうこの際皆で観る?……あとそれでなんだけど、ネットにバラ撒く〜とか言って脅した途端、顔面蒼白になる二人の顔、見たくない??ついでにお金も巻き上げちゃえば九井さんも喜びそうだし。ま、殺した後に奪うのも手だけどさ。あれ……?春千夜聞いてる?」

夏芽が不思議そうに小首を傾げると、両耳に着けている花札のピアスがゆらゆらと揺れる。芒に月、菊に盃のピアス柄の上にセンターパートでハンサムショートの彼女はどこか黒川イザナを彷彿とさせた。
まだ22歳になったばかりのこの女は、一体これまでどういう教育を受けて育ってきたのだろうかと白目が剥きそうになる。仮にも女が恥じらうどころか、他人の性行為の動画を押さえたいだなんて大分イカれている。こんな発想が出来る女はメンヘラかサイコパスぐらいじゃないか。あとセックスって真顔で連呼するな、蘭が喜んでるだろ。やっぱ無理、コイツ一番彼女にしちゃいけないタイプの女だわ。付き合ったら絶対に弱味握られて人生狂わされる運命だわ。

「……お前に目ぇつけられたコイツらには少し同情するわ」
「えっ、三途がそれ言う……?だって梵天の歯車に噛み合わない奴は死体スクラップなんでしょ?殺すなら別に何しても関係無いよ」

まるで「お前が言ったところで説得力ねぇよ」という態度で言いのける夏芽に口元が歪む。
梵天の障害となる者には無慈悲で、相手に情けなど一切掛けてやらない。この女こそが梵天の切り札である。

(2021.09.30)

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