その高校生、壊し屋


「朱里ってさぁ、最近ウザくない?」
「あー、分かる。なんかアイツって男子の前ではぶりっ子だよねぇ。あぁいうの調子乗っててムカつくわー」
「ブランド物ばっか身に着けちゃってさぁ、自慢かよって思う」
「てかパパ活やってるって噂なんでしょ?なんか春香がさぁ、この前池袋の方で朱里が派手な格好して金持ちそうなオッサンと腕組んで歩いてたの見たって言ってたんだよねぇー。ヤバくない?」
「うっそマジ!?キッモ!!」
「――――なんかアイツ目障りだしどうする?ハブる?」


「げーっ!!俺かよ負けたの!!」
「約束通り罰ゲームな〜!!どうする?何にする??」
「じゃあガリ勉女に告白するとかどうよ?」
「はぁ!?最悪なんだけど!!よりにもよってあんな友達居ない地味な女に!?それなら可愛い子に告白した方がよっぽどいいわ!!」
「え〜おもしれぇじゃん!!アイツ告白とか絶対されたことねぇだろうからマジになるかもな!!うわ、ちょー見てぇわ〜!」

教室という、約40人もの人間が押し込められたこの狭い空間の中では、耳を傾けると奴らが話すのはその場に居ない他人の事ばかり。やれ誰がどうだとか、こうだとか、自分とは系統の違う人間を見下して、貶し合って、嘲笑ってる。こういう人間って、いつまで経っても減らないモノなのだろうか。

「(……あぁ、くだらない)」

誰かの意見に同調をしなければグループの輪を乱したとして排除されるシステムは、一体どこの誰が創り上げたのだろうかと心底不思議に思う。そのくせ自分達こそがスクールカーストの1軍だと勘違いをしているアイツらが、そのルールに従順に従っている現実がどうにも馬鹿らしくて笑えてくるのだ。

「(勘違いすんなよ)」

最近買ったばかりのスマホをブレザーのポケットから取り出して、今流行りのSNSのアプリを開いて何十個も作成したアカウントのうち、とあるアカウントにログインをして、フォローリストにタップをする。そこにはクラスの一軍メンバーのアカウントたちがズラリと並んでいる。安易にアイコンを顔写真にしてそれぞれ本名を名乗っている彼らはやっぱり馬鹿だなぁと思う。なりすましだっていくらでも出来るし、自ら個人情報を漏洩している事によって私の掌の上で転がされているとは知らずにね。

「うわ、今アイツと目が合ったわ。ホント萎えるんだけど」
「昨日彼氏と初めてヤッたんだけどさぁ〜、全然気持ち良くなくて〜」
「ほらサトシぃ、早くジュース買って来いよ〜?使えねぇパシリだなぁ〜」

学校は嫌いだ。集団であるべきという風潮があって、それに溶け込む事の出来ない人間、そもそもその気が無い人間が一人でも居れば、まず彼らを白い目で見る。大抵そういう事をする連中の中には、集団にならないと何も出来ない弱い人間が必ずしも存在する。共通の人物を貶す事で自分の立ち位置を改めて確認をして、彼らは初めて安心するのだろう。そして、その連中から除け者にされないように必死に縋り付く者、連中からの攻撃に怯える者が居る。自分はそのどちらにもなりたくないし、そんなクソみたいな仲間しか手に入らないのであれば捨ててしまった方がマシだと思う。

「(クラスを支配しているのはお前らじゃない)」

とある画像を添付して、全員のメールアドレスに一斉送信をする。一つは今さっきアカリと呼ばれた、パパ活をしている彼女を率先して小馬鹿にしていた女たちの援助交際の写真や彼氏とベッドの中での生々しい写真。援交の写真は中年男性と腕を組んでラブホテルに入る所を押さえたから言い逃れは出来ない。そしてもう一つは、罰ゲームで無関係の人間を巻き込んで告白するだのとアホみたいな事を抜かしていた男子グループの未成年喫煙・飲酒の複数枚にわたる写真。ちなみにこれは高校のメールアドレスにも匿名で送信済みだ。
スマホの通知音が一斉に鳴り出した教室内にクラスメイトたちがざわつき始める。受信したメールを開く途端、一瞬にして顔を青褪める彼ら。そんな彼らに明らかに軽蔑の眼差しを向ける者たちが居る。

「だ、誰っ!?こんな画像送って来たやつ!!」
「こ、これ、祭りの時のヤツじゃん!やべぇよっ!!おいっお前ら!誰にも言うんじゃねぇぞ!?」
「なんで隼人くんとの写真がっ……!?い、嫌っ……み、見ないで皆!!お願い!!今すぐそのメール消して!!」

あからさまに動揺の色を見せる彼らに「ざまぁみろ」と心の中で呟いた。援交は盗撮とはいえ、他の写真はお前たちが自分で勝手に載せていたSNSの裏アカから引っ張り出しただけなんだけどな。まず私が別人になりすまして監視していた事を彼女たちは知らなかったのだろうが。自己顕示欲の塊の者達が自分の意志で晒しておいて、きっと誰も見ていないだろう、バレないだろうと高を括っているから痛い目に遭うのだ。
別に弱者を助けたいとかそんな正義感は無いし、彼らに何か個人的に恨みを持っているわけでもない。ただ相手より自分の方が優位に立っていると思い込んでいる人間が、思いもよらぬ人物によって人生を狂わされるなんて、一体どんな気分なのだろうと単に興味が沸いたから。
だから教えてあげないといけない。私が獲物に目を付けた瞬間、私の監視から逃れる術は無いのだと。

『――――お知らせします。2年A組の鈴木、高橋、松本、宮田。至急職員室に来て下さい。繰り返します。2年A組の鈴木、高橋――――』

害をもたらす人間には相応の罰を与える。
これは梵天の監視役が裏社会に足を踏み入れる少し前の、高校生の時の話。




職員室に呼び出された男子たちは案の定、喫煙と飲酒がバレて停学処分を下された。一方、女子生徒二人はあんな写真をバラ撒かれた事もあったせいか翌日から学校に来なくなり、気が付けばそのまま高校を中退していた。まぁ日頃の行いが悪かったのだから自業自得だろう。

「オイオイふざけてんのかよ、佐藤〜。たったの一万円ぽっちってよぉ、俺は五万円寄越せって言ったよなぁ!?お前の親金持ちなんだからよぉ、パパの財布の中にはもっと入ってたはずだろ!?」
「た、頼むよ!!本当にこれで勘弁してくれっ!!これ以上やると親にもバレるからっ……!!お願いしますっ!!」
「はぁ!?お前が俺に指図してんじゃねぇよ!!」
「がはっ!!」

今は掃除の時間のはずだ。ゴミ出しの担当だった私はゴミ捨て場がある校舎裏に向かうと、喝上げの現場に遭遇をしてしまった。
いかにも大人しそうな彼はすっかり怯え切った様子だが、それでも反抗する態度が気に入らなかったのか、主犯格の男子生徒は彼の腹部に容赦無く蹴りを入れた。取り巻きの男達はゲラゲラと腹を抱えて笑っている。一万円ぽっちと言っているが、あの男は自分で稼いだ事が一度でもあるんだろうか。どうせバイト経験なんか無くて、親や他人から金を搾取する事しか能がないクソ餓鬼のくせに。

「おら、早くお前の財布出せよ」

胸ぐらを掴んで無理やり彼を起こし、何が何でも力付くで彼から金を巻き上げようとする奴らの姿勢に呆れて物が言えない。学生から巻き上げたって所詮金額は高が知れてるだろうに。

「(……胸糞悪いな)」

やっぱりこういう人種には徹底的に分からせてあげないといけない。目撃した時点で念の為にスマホで動画撮影を始めていて良かった。決定的な証拠を押さえた後、SNSを開いて『名聖学園高校生徒指導部』というユーザー名のアカウントを選択する。このアカウントは学校が公式で作ったものではなく、私が立場を弁えない人間を公開処刑する為に作成したもの。こういった虐めの問題はデリケートだから学校に訴えたところで学校側は大して問題視してくれない。だから被害者は結局泣き寝入りするか、話が拗れると余計に事が大きくなる。学校が加害者を裁けないのであれば、SNSを利用して私が彼らを裁くのが一番手っ取り早い方法だ。
今撮影した動画を添えて、彼を虐めていた3人組の実名、アカウントのID、住所、電話番号などの個人情報を本文に漏れなく打っていく。文章を完成させ、そのまま送信ボタンを押すとタイムラインには問題なく私が投稿した内容が更新される。瞬時にスマホは連続してコメントや再投稿を知らせる通知音が鳴り出し始めるからすぐにサイレントマナーモードに切り替えた。掃除をサボっていた連中がちょうどこの投稿内容を見たのだろう。本人達が気付くのもきっと時間の問題だ。

「……――――犯した罪にはそれ相応の罰を」

彼らを素通りしてそのまま本来の目的だったゴミ捨て場へと向かう。すると当然後ろから「おい」とあのグループに呼び止められるが無視を決め込む。現場に居合わせたからには私をタダでは帰さないつもりなのだろうが、そんなの私には通用しない。足を止めずにゴミ袋を所定の場所に放り込んでいると、後ろからこちらに近付いて来る気配がするので深く溜め息をついた。

「おいそこの2年の女子、無視するとはいい度胸じゃねーの?お前今の見てたよなぁ??」
「……私なんかに構うよりその鳴ってる電話に出てあげた方がいいんじゃないんですか?急ぎの用かもしれないですよ」

スラックスのポケットに入っているであろうスマホに指を差すと、男はバツが悪そうに舌打ちをして電話に出始めた。案の定、彼は通話相手の話を聞くなり、血の気が引いたような顔をしてスマホをその手から滑り落としてしまった。その様子を見守っていた取り巻き達も先程までの威勢が無くなった事に動揺している。

「や、やべぇよ!!今の誰かに撮られてた!!ネットに晒されてるんだってよ!!」
「はっ!?そんなの一体誰が!?」
「知らねぇよッ!!俺らの個人情報も動画と一緒に晒されてるって、今、村井がっ……!!」
「やべえじゃん!!どうするんだよ!!」
「俺だって分かんねぇよッ!!」

彼らがみっともなく喚いている間に私はその場を後にする。本当はこの動画を脅しの材料にして、アイツらがやったように金銭の要求をしても良かったのだろうけど、ただそれだけじゃつまらない。

「ははっ!好い気味」

私のような人間の目に届く所で図に乗っているとどうなるのか、充分思い知っただろう。だって仕方がない、これは自分が撒いた種なのだから。とはいっても、動画を流した張本人が私であるという事は誰も気付いていないのだろうけど。
教室に戻るとすっかりあの動画の話題で持ち切りだった。少し前までは佐藤くんのような内気な性格の人間を見下して笑っていた連中も今回ばかりは必要以上に刺激はせず、どこか強張ったような表情で仲間達と身を寄せていた。こういう真似をすると制裁を加える人間が居るという事を少しは理解したはずだ。
すっかり萎縮している一軍メンバーとは違い、ずっと彼らに日常を脅かされていた者達の反応は少し違った。動画の投稿者を『救世主』となどと称し、まるで宗教の信者のように正体不明の教祖的存在を崇め立てている。そして力を手に入れた彼らが次に何をするのかは容易に想像がつく。
たった一人の人間の手によって立場が逆転した二つの集団。それはあまりにも呆気なかった。
少しずつ変わり始めたクラスの雰囲気に私は人知れず心を躍らせた。




「晒し上げ?」
「ええ、最近妹の高校で立て続けに起きてるみたいなんですよ。どうやらSNSで妹んとこの学校を名乗ったアカウントで生徒の不祥事を晒している奴が居るみたいなんです。そこに晒された生徒は当然ネットで叩かれて、住所や電話番号も特定されて学校を中退するか不登校になる生徒が続出してるそうなんです」

仕事を片付けてから部下の運転で事務所に戻っている最中の時だった。車内で繰り広げていた世間話の中では少し興味深い内容の話が部下の口から出てきた。なんとこの部下の身内が通う学校でネットを利用した面白い事件が起きているらしい。

「お前の妹って高校どこだっけ」
「名聖学園高校です。確か九井さんが通ってた中学の近くでしたよね」
「……あぁ、あそこの学校か。で、妹は被害に遭ったのか?」
「いえ、自分の仕事のこともあるので、なるべく目立たないように大人しくはさせてますのでそれは大丈夫です」

名聖学園とは地元では有名な高校で偏差値もそこそこ高く、国公立大学合格者を多数輩出している進学校でもある。そんな学校で何故そのような事件が起きているのか。進学校ならではの勉強のストレスからなのか、はたまたその被害者達に何か恨みがあったのか。

「その晒し上げは無差別で行われてるのか?」
「それが無差別ではないようなんです。ターゲットは悪目立ちしていた生徒――――例えば虐めの加害者が多いようなんです。だからこれまで被害者だった生徒達が例のアカウントが出現した事によって今学校内では下剋上が起きてるみたいですよ」

「"名聖学園高校生徒指導部"って調べると出て来ますよ」という部下の言う通りに自身のスマホから検索をかけるとそのアカウントはすぐに出てきた。主に壮絶な虐めの現場の盗撮動画、万引きの犯行写真、飲酒喫煙、恋人とのプライベート写真など諸々が無修正で投稿されている。動画や画像の他にも晒し被害に遭った人物達の実名、電話番号や住所などの個人情報も併せて晒されていた。

「へぇ、ポルノ写真も晒すとかエゲツねぇなコイツ。……お前はこれの首謀者、教師か生徒どっちだと思う?」
「……なんかスマホが普及して時代変わりましたね。でもやったのが生徒だったとしたら末恐ろしいガキですよね。加減を知らないというか……」
「ハッ、それ俺らが言うか??」
「ちなみに九井さんはどっちと見てるんですか?」
「俺は生徒。大体先公はこんな事やってる暇ねぇだろ。名聖学園高校ねぇ……。折角だしちょっと行ってみるか」
「え、今からですか?事務所には?」
「予定変更。学校寄った後」
「了解しました」

本来ならばこのまま事務所に戻るはずだったが気が変わった。その首謀者とやらに俺は一度会ってみたいと思ったのだ。名聖学園高校はここからだと車で15分程度で着くだろう。飲み込みが早い部下はすぐに車をUターンさせて学園方向へと進路を変えた。

「でもどうして急にこの事件に興味を持ったんですか?」
「まぁ、良い人材だといいなーって思ったから?」
「……まさかとは思いますけど万が一、犯人が生徒だった場合ですよ。未成年の学生を裏社会に引き入れる気で……?」
「そのまさかだな。前から欲しかったんだよなぁ、ネット得意そうな奴。サイバー攻撃とかも出来れば上出来だけど」
「高校生でそこまで出来るガキってなかなか居ないんじゃないですかね。実際この犯人もただ晒し行為をしているだけのようですし」
「だからこの目で確かめてぇんだよ。だって晒す為だけにこれだけの人間の個人情報集めてるんだぜ?相当イカれてんだろ」

ちょうどここ最近、下っ端の構成員の裏切り行為や梵天の名を使って悪事を働く連中がやけに目立って手を焼いていた。そこで短期間で反逆者を炙り出す為の監視役のような存在が俺達には必要だった。そういう専門の人間がいれば容易に特定も出来るだろうし、スムーズに事が進む。学園内で生徒達を操っているソイツにもしもその素質があるとすれば、これは逃してはならない絶好のチャンスだ。

「学園に潜入してみるか」
「……九井さん、それ本気で言ってますか?」
「マジで言ってる。暫くはこっちに集中する事になるから事務所に戻ったらボスにはきちんと説明しとかねぇとなぁ」
「はぁ……分かりました。入職手続き等はこちらで手配しておきます」
「悪いねぇ〜、頼んだわ」
「……何だか楽しそうですね」
「まぁな。学校に潜入なんてこんな機会滅多にないしな」

少しの間本職を離れるわけだし、後でうちの幹部達が事情を知ったらきっと三途あたりから大目玉を食らうだろうが。もし俺の目論見通りにソイツが有能なハッカーだったとして、引き入れに成功したとすればこれは梵天にとって大きな戦力となる。

「これから忙しくなりそうだ」

相手が未成年の餓鬼だろうがどうだっていい。使えそうな駒は使ってみるに越した事はない。どんな手を使ってでもソイツに必ず接触をして裏の顔を暴いてやるつもりだ。それで俺が求めているような人材でなければ消すまで。勿論、俺の誘いを断ったとしても消す、ただそれだけだ。

(2021.10.17)

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