01


 誰かの気配にユウは目を覚ました。軽く体を起こして、サイドテーブルの小さなランプをつける。そうしてぼんやり明るくなった部屋の中を見回しても変わったところはない。
 明かりを消し、ユウはもう一度眠りにつこうとベッドに横になる。けれどその時、同じベッドで眠っていたはずのグリムの姿がないことに気がついた。もう一度ランプをつけて見てもグリムの姿は見えない。

「グリム?」

 ユウはベッドから出て部屋の明かりをつけた。明るくなった部屋の中を見回してもグリムはどこにもいない。
 トイレか、つまみ食いか。普段だったらそんなところだろう。けれど今はハロウィンの時期。学園での催しで多くの人が訪れていて、その中には厄介なマジカメモンスターたちもいる。すでにモンスターたちはこのオンボロ寮に夜中に侵入したりと何度も問題を起こしていた。そんな人たちにグリムがいじめられているかもと考え出すと不安な気持ちは止められない。

「グリム〜どこ〜?」

 ユウは部屋のドアを少し開けて、廊下に顔を出しながらグリムへ呼びかけた。廊下は暗く、誰かがいるような気配はない。
 お菓子が置いてあるゲストルームか、それともツナ缶が置いてあるキッチンだろうか。もしグリムがつまみ食いをしに行ったならきっとどちらかにいるはずだ。
 なんとなく廊下の電気をつけるのが億劫で、ユウはスマホのライトで足元を照らしながら暗い廊下を歩き出した。ギシギシと床が軋む音だけが聞こえる。そういえば、オンボロ寮のゴーストたちが静かだ。

「グリム?みんな?」

 思わずユウは足を止めて暗闇に呼びかけてみる。誰からも返事はない。いつもなら騒がしいくらいなのにと不安に拍車がかかる。
 仕方なくユウは再び歩き出した。一階にあるゲストルームを目指し、階段を下りきるとふいに誰かに見られているような気がした。

「グリム?そこにいる?」

 声をかけながら振り返り、ライトで照らす。そこにグリムはおらず、壁に肖像画が飾られているだけだった。
 その肖像画は学園長がせっかくのハロウィンなのだからと飾っていったものだ。描かれた人物の名前はスカリー・J・グレイブス。ハロウィンを世界に広めた偉大な人物で、このナイトレイブンカレッジの卒業生なのだと学園長は自慢げだった。
 絵の中のスカリーは笑みを浮かべた表情のまま動かない。視線は気のせいだったかと、ユウは気を取り直してゲストルームの扉へ向かった。
 扉はしっかりと閉じられていて、誰かが中にいるようには思えなかった。でも中を確認してみるまではわからない。ドアノブに手をかけ、ユウは一度深呼吸してからドアを開いた。

「グリム……?」

 ゲストルームの中を覗きこむ。中は暗く、中途半端に空いたカーテンの隙間から月の明かりが差し込んでいるだけだ。やはりグリムがこっそりお菓子を食べに来ている様子はない。
 ここにいないのならキッチンへ行こうと思ったその瞬間、部屋の奥に人影が見えた。心もとない月の明かりだけでははっきり何の影なのかわからない。ただの見間違えかもしれない。
 でもゴーストだったらグリムがどこにいるか知っているかもしれないし、一緒に探してくれるかもしれない。ユウは思い切ってゲストルームの中に入り、影が見えた方へライトを向けた。

「っ……!」
「こんばんは」

 そこにいたのは見知ったゴーストでもなければグリムでもなかった。声が出ないほど驚いたユウは一歩後ずさる。けれどすぐに目の前の人物が誰なのかわかり、騒がしかった心臓が少しだけ落ち着いた。

「あなたに会えるなんて、なんて素敵な夜でしょう」
「スカリーさん!」

 学園長が飾っていった肖像画の人物、スカリーは名前を叫んだユウに驚いたように小さく肩を揺らした。真っ黒なサングラスのせいで表情まではわからない。それでも真っ白な髪と特徴的な黒い服のお陰で、スカリーだとわかる。

「わ、我輩の名前を……?もしかして、」
「廊下にある肖像画の方ですよね?スカリー・J・グレイブスさん!」

 ハロウィンだからゴーストになって姿を見せたのだろう。ユウはてっきりそう思っていた。その証拠にゴーストらしくスカリーには足がない。オンボロ寮のゴーストたちと同じようにふよふよと宙を浮いている。
 けれど、てっきりスカリーだと思った人はきゅっと唇を引き結び、黙りこんでしまった。

「すみません、違いました?」
「いいえ……おっしゃる通り、我輩の名前はスカリー・J・グレイブス。お見知りおきを」

 返事がなく間違っていたかと心配だったが、スカリーにお辞儀をされてユウはほっと胸をなでおろした。名前を間違えるなんて失礼すぎる。

「自分はユウです」
「存じています。この寮の監督生さんですよね」
「え?」

 真似するように頭を下げたユウにスカリーはにっこりと笑った。ぱっと頭を上げたユウはその笑みを見つめながらどこかで会ったことがあるだろうかと記憶を探る。なぜかサングラスの奥で目を細めて笑っているスカリーのその雰囲気がどこか懐かしい。

「あなたのことを見ていましたから」
「あ、あ〜!廊下に肖像画飾ってますもんね」
「……ええ」

 毎日毎日グリムやゴーストたちとドタバタ生活しているところを見られていたわけだ。そういうことかと腑に落ちながらも、なんだか恥ずかしいな、とユウははにかむ。
 そうだ、グリム!とユウははっとしてスカリーに向き直った。スカリーは小さく首をかしげている。

「そういえばグリムを見ていませんか?」
「グリムさんですか?見ていませんが」
「一緒に寝てたはずなのにいなくて。もしかしたらキッチンにいるかも。行ってみます」

 ユウが踵を返すと、それを遮るようにスカリーがスッと前に回り込んできた。何をするつもりかとユウは身構えたものの、スカリーはどこかもじもじと気恥ずかしそうにしている。

「あの、よろしければご一緒しても?」
「本当に?嬉しいです」

 いつもと何かが違う寮の中をひとりで歩くのは心細かったところだ。ゴーストとはいえ、学園の先輩が一緒に来てくれるのはありがたい。
 ユウが大きく頷くと、スカリーは見るからに喜んだ。

「では、グリムさんを探しに行きましょう」

 明るくそう言ったスカリーはさっそくゲストルームのドアをすり抜けて行ってしまった。慌ててユウはその後を追いかけ、ドアを開けて廊下へ出る。スカリーは置いて行ったことに気づいたのか、肩を落としていた。
 そんなスカリーに笑いかけてからユウは廊下を歩き始める。いつもと同じ廊下のはずなのに、足元からひやりとした空気がまとわりついてくるような気がした。
 最初はすぐにグリムが見つかると思っていたし、わざわざ電気をつけるのが面倒でここまできたけれど、目の前の暗闇に不安になってくる。スマホのライトで照らしているとはいえ、心もとない。

「廊下の電気つけましょうか……」

 なんとなく怖くなったなったユウは思わず足を止めてスカリーにそう声をかけた。スカリーは小さく笑って頷き返してくれる。
 ユウは飛びつくように壁のスイッチを押した。しかし明かりはつかない。カチッと音はするのにと何度か押してみても廊下が明るくなることはなかった。

「停電でしょうか?」
「寝る前まではちゃんとついたのに……」

 まさかマジカメモンスターたちの悪質な悪戯だろうか。でも今夜は誰かが侵入したような気配はなかった。グリムやゴーストたちがこんなことをするとは思えない。
 呆然と明かりのつかない廊下を眺めていると、不意にスカリーが顔を覗き込んできた。ユウはびくっと体を震わせる。

「暗闇。恐怖。ハロウィンらしくなってきましたね」
「え……?」
「ご心配なさらずに。我輩はゴーストですから暗闇など関係ありません。何かあればすぐに教えてさしあげます」
「スカリーさん、暗いのに見えてるんですか?助かります」

 スカリーはどこか誇らしげに笑って、先を促すように廊下の先を指さす。ユウは促されるまま、足を踏み出した。

「あっ」

 ちょうど一歩目が床についた時、ユウは声を上げた。スカリーは不思議そうに首を傾げてユウの様子をうかがう。

「廊下の電気だけつかないのか確認したいので、一回ゲストルームに戻ってもいいですか?」
「ええ、もちろんです」

 快く了承してくれたスカリーを引き連れて、ユウは足早にゲストルームに戻った。中に入るなり明かりのスイッチを押す。けれど、やはり明かりはつかない。
 このオンボロ寮全体が停電しているようだ。ぼんやりと予想はしていたけれども、やっぱりと落胆するのは止められなかった。

「大丈夫ですか?」

 ユウの落ち込む姿を見かねたのかスカリーが心配そうに声をかける。ユウはどうにか笑顔を作ってスカリーに笑いかけた。

「大丈夫です。スカリーさんもいますし」
「はい!我輩にお任せください。最後までお供いたします」

 恭しく頭を下げるスカリーにユウは少しだけ心が軽くなって自然と笑みが溢れた。つられるようにスカリーも笑って、不安も軽くなった気がする。

「手を繋いでさしあげたいところですが我輩がゴーストなばかりに……申し訳ございません」
「そんな!気持ちが嬉しいです!一緒にいてくれるだけでもすごく助かってるのに」
「そう言っていただけると嬉しいです」

 話しながらユウはスマホを胸の前で持ち直し、もう一度暗い廊下へ進み出た。スマホの充電はまだ充分にあって、ライトが消えてしまう心配は無さそうだ。

「さあ、行きましょうか」
「うん。真っ暗でグリムも動けないのかもしれないし、早く見つけなくちゃ」

 ユウはスカリーと並んで歩きながら、ライトに照らされても影がないその姿をぼんやりと眺める。スカリーはどことなく楽しそうに見えた。
 その横顔に胸の奥がざわつく気がして、でもざわつきはすぐに消えてしまう。自分でもよくわからないまま、ユウは今はグリムを見つけなければと前に向き直った。