宍戸さんとであったのは中学3年のとき。たまたまクラスが一緒になって、たまたま隣の席。格好良いって女子がこそこそと話してるなーっていう認識しかなかったけど、放課後の静かな教室の隅で本を読んでたわたしに向こうから声をかけてきたのが始まり。当時の宍戸さんはテニス部でレギュラー落ちしたばっかりで相当落ち込んでたところ持ち直したばっかりだったみたいだけど、少なくともその時のわたしと話していた宍戸さんはどこにでもいる普通の男子中学生だった。
「みょうじって少し前の俺と似てるんだよな」
少し前の宍戸さん。なんか抜け殻みたいになってたのはまだ記憶に新しい。部活に入ってないわたしにとってレギュラー落ちってそんなに落ち込むことなのかと首を傾げたくなるけれど宍戸さんがテニスに命かけてるのはなんとなくだけど分かってた。わたしは「ふぅん、」と少し首を傾げて返した。
「みょうじってうつだったりする?」
そう訊かれて、今度は大きく首を傾げた。わたしそんな風に見える?眉をハの字にしてわたしを見る宍戸さんに、いつも通りの口調で返した。
「まあ、消えたいとは思ってるけど」
うつではないよ、と返すよりも早く宍戸さんが口を開いた。
「俺さ、なんかよくわかんねえんだけどみょうじのこと護りたいって思うんだ」
そしてまたわたしは首を傾げたまま口ぽかーん。「宍戸さんってわたしのこと好きなの?」そう訊くと、宍戸さんも少し首を傾げた。
「多分、好きなんだと思う」
恥ずかしがり屋の宍戸さんが、わたしを真っ直ぐに見て言った。どうやら罰ゲームで言わされたようではないらしい。
「そっか、ありがとう、わたしも宍戸さんのこと好きになれるように努力してみる」
わたしがそう返すと、宍戸さんは大きな声で笑った。一頻りお腹を抱えて笑った後、一息ついて口を開く。
「無理に努力なんてしなくていいんだよ、俺が惚れさせてみれば良いんだろ?」
実は宍戸さんって、照れ屋なんじゃなくて案外積極的で男前なんだね。

多分、この時からわたしは宍戸さんに惹かれていたんだと思う。誰も気付かなかった本人でさえも知らなかったわたしという本性本音を見ただけで感じとった。赤い糸で結ばれた運命の人なんて言ったら顔を真っ赤にした宍戸さんに一発叩かれたけど正直今のわたしにはそうとしか思えない。
どうやら宍戸さんはわたしに相当惚れ込んでいるようで、命に別状がなければわたしがどんな馬鹿なことをしても宍戸さんは笑って許してくれ、ダメな時はダメと叱ってくれる。忍足なんかには保護者とか親子とか言われるけれど、わたしたちの関係はそれ以上。ほとんど一心同体。誰にも言えないわたしの思っていること感じていることを自分のことのように宍戸さんは全部分かっている。わたしの良いところもダメなところも全部全部宍戸さんは知っている。

「わたしさ、」
「ん、」
「宍戸さんがいなくなったらしんじゃうと思う」
まるで彼が元から自分の身体の一部だったかのように。
「こころにぽっかり穴が空いて、きっと宍戸さんと出会う前よりも、もっともっと、」
思わずぽろりと涙が零れた。長く息を吐くと、宍戸さんがぎゅうと頭を抱きしめてくれた。
「俺も」
ほら、宍戸さんはわたしの言いたいことを分かって、理解してくれる。好きだなんて言わなくても、わたしたちにそんな言葉は要らない。子供のように涙が止めどなく溢れるわたしに、宍戸さんはずっとそばにいてくれて優しく頭を撫でてくれた。きっと、生まれた時から生きる希望なんてなくて、生きる意味がわからなくて、宍戸さんと出会って、わたしは宍戸さんと出会うために生まれてきたんだと気付いた。
あは、と笑うと宍戸さんが首を傾げた。
「わたしってメンヘラだね、きっとわたしも宍戸さんも共依存だよ」
「かもなー、でもメンヘラは自分のことメンヘラだって言わねえからみょうじはまだ大丈夫だ」
そう言って笑った宍戸さんに両頬を摘まれた。
「みょうじは自称メンヘラのうつだから自称うつのメンヘラよりまともな人間だよ」
今度はわたしが、悪戯っぽく笑った宍戸さんの両頬を引っ張る。
「わたしうつじゃないよ」
宍戸さんと出会ってから、わたしという人間はだいぶ変わったから。
「わたし、宍戸さんと出会えて良かった」
そのために生まれてきた、なんて言ったらただの重たい女。でもどうせ口にしなくたって宍戸さんはわたしが重い女なんてことお見通しなんだろうけれど。ふぅ、と宍戸さんが小さく息をついて、ゆっくりと口を開いた。
「なまえ……」
時が止まったように感じた。宍戸さんの顔がゆっくり近づいてきて、唇に宍戸さんのそれが触れた。心臓が大きく脈打って思考がぐるぐると回る。全身が強張って動けない。あの、恥ずかしがり屋の、宍戸さんが。
ゆっくりと離れていったその整った顔を見ながら、宍戸さん、と声をかけようと口を開いたけれど口の中がからからに渇いていて音が出なかった。ごくりと生唾を飲んで、もう一度彼の名前を呼ぼうと口を開いた。

「亮、」


カレイドスコープ
(お題サイト『コペンハーゲンの庭で』様より)