或いは足枷に

人より少しだけトリオン量が多かったからって、小さい時から俺には不思議な能力があった。じ、と相手を見つめると彼らの情報が具体的な数値となって頭の中で鮮明に映し出される。名前や学力、体力や運動神経、人によっては家族情報や好きな異性の名前まで。なんだかプロフィール帳を眺めてるような気分になる。

俺が小学校にあがるまで、それは人間全員に共通して与えられた能力だと思っていたんだ。こんな能力があるのに出会い頭にいちいち自己紹介する意味がわからなかったし、名前なんて見ればわかるでしょうと本気で思っていた。


『今日の給食、しいたけ入ってるじゃん。嫌いだったよね、君』


小学校にあがった時だっただろうか、給食の時間となりクラスメイトの一人に声をかけた。まだそんなに仲がいいと言えるほどの仲では無かったが後ろに並ぶ彼のプロフィールをふと思い出して声をかけた、ただそれだけだった。

なんで知ってるの?そんな目で見られて恐る恐る頷かれる。あまり理解ができなかった、だって書いてあるじゃん、しいたけ嫌いって。直接そのまま伝えれば酷く気味が悪い物を見るような目で見られたことを鮮明に覚えている。

そんなことが何回もあった。俺が特殊なんだと気づくことに時間はいらなくて、なんだか自分が気持ち悪い人間に思えて仕方がなかった。周りと違う自分は何者なんだ、そもそも本当に人間なのかどうかも怪しくなってしまう。この力を恐れて自然と人との交流を避けていった。


そんな俺に転機が訪れたのは、中学に上がってからだった。ちょうど12歳になった頃にボーダー組織に所属し、そこで俺はこの力がサイドエフェクトというものだということを知った。迅と知り合ったのもちょうどその頃で、俺は初めて自分の能力を必要とされ、初めて俺に"居場所"ができた。俺にとってボーダーは特別大事な場所になった。そしていつか能力だけでなく自分自身ももっと強くなって必要とされる人間になりたい、と。


あの日、あの時。俺の足が壊れるまでは。


俺は本気でそう、思っていたんだ。



「砂月さん!」


ここにいるなんて珍しいね、緑川が俺を見つけて駆け寄ってくる。個人ランク戦を珈琲片手にぼうっと見ていた時だった。ひらりと手をあげて招き寄せる間も無く彼は自分の横に立って同じように前の大きなパネルに目をやった。

「誰かランク戦やってるの?面白い試合とかあった?」
『いや、特に目立った試合はないよ。若い子達を見てると懐かしいなーって、つい眺めちゃってた』
「若い子達って…砂月さんも十分若いからね?」

緑川に比べると十分年食ってるよ、へらりと笑って彼の頭に手を置いた。つい子供扱いしてしまうのは許してほしい、なんせ彼とは5歳差だ。

「あーあ、俺も砂月さんとランク戦やってみたかったな」
『ふふ、なぁに。オペレーターとランク戦?』
「違う違う!戦闘員だった頃の砂月さん!敏腕シューターだったって聞いたよ?」
『んー…や、もう昔の話だよ。出水や二宮さんには敵いっこないし』

そんなことを言われて、ああ俺もそんな時期があったっけなって考える。ランク戦システムなんてものが導入されたばかりで、ただ単純に戦うことが楽しかったあの頃。随分と懐かしい気がするけれど二年前なんだよなあ。

たかが二年、されど二年。今でこそオペレーターに転換したけれど、所持しているポイントはあの頃のまんまだ。シューター時代の名残、アステロイドが9000を超えたその数値を頭に思い浮かべるも、戦うことができない自分には無意味な数値で。増えることも減ることもない、本当にただの数値なだけ。

ランク戦なんてもう何年もやってないからね、自分があの場に立つなんてこと考えられないしそもそもこの足では無理がある。二年前遠征任務中に怪我をした片足は数年経った今でも枷となり存在を現す。長期のリハビリにより難なく歩けるようにはなったけれど、走ることはまだできないその足に、ボーダーでの価値はないだろう。

トリオン体になれば動けるようになればいいのに、そしたらまだ俺も戦闘員として働けたかもしれないのにね。体調は影響ないみたいだけど生身の運動神経や体格はトリオン体に反映されるとか、ほんと。やんなっちゃう。

特殊なSEがあったからこそ俺は今まだボーダーに残ることができているけれど、もし、もしそれすら無かったら。俺は今何をしているんだろう。そうたまに考えてみたりするけれど、考えれば考えるほど自分の存在が滑稽に思えてきてしまう。だってそうでしょ?SEしか存在価値のない人間ってことなんだから。

『さて、俺はそろそろ仕事に戻ろうかな』

こくりと珈琲で喉を潤して、ぐるりと腕を回しながら筋肉をほぐしにこりと笑ってそう告げた。緑川はここにランク戦をしに来たはずだ、置いていっても問題はないだろう。

「ほんと、よく働くね?過労死したりしない?」
『はは、しそうになったら迅が教えてくれるよ』
「砂月さんまで迅さん頼りだ!」
『ふふ。迅に言ったら怒られちゃうから秘密ね?』

ぷう、と口を膨らました緑川の頭をゆるり撫で上げて俺はランク戦会場から踵を返す。「頑張ってね!砂月さん!」背後から聞こえた声にひらりと片手をあげた。

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