不器用な優しさに包まれて

タン、タン

ペン先を資料に叩きながら頭を抱えた。目の前の紙はボーダーのものではない、そう学校の、所謂レポートというものだ。

普段多忙な生活を送っているからこそ課題は非番の日に片してしまわなければならないのだが今回のレポートはなんというか、ひどく難しい。やめてよね、ほんっと。これを終わらせてもまた今度はボーダーの仕事が待ってるというのに。オペレーターなのにやってる仕事はエンジニアと変わらないんじゃないの、特殊なSEだからって鬼怒田さんに良いように使われてるような気がして溜息が溢れた。

まあ、実際こうして仕事を回されて悪い気はしていないのだが。あーもう、早く終わらせちゃお…再度溜息を零して目の前の資料に目をやった時にシュンッと音を立てて開いたのは隊室の扉。んん、誰だろう。俺ところに来る人なんて同い年の奴らか雷蔵さんくらいなんだけど。くるんと椅子を回して振り向いた先にいたのは意外な人物で、わあ、と気の抜けた声を漏らしてしまう。

「…課題か?懐かしいな、俺も去年そのレポートに悩まされた」
『二宮さん』

珍しいですね、俺のところくるなんて。にっこりと笑って彼を迎え入れたものの椅子は一つしかなく。少し離れた位置にあるソファに彼を案内した。

「…今日は非番じゃなかったのか?」

課題の横に積み重なる資料の山を見て彼は呆れ気味にそう言った。

『ははは…いや、なんか回された仕事を受けるうちにここまで溜まっちゃって』
「はあ…いくら働くのが好きだからってこの量は多すぎだ。非番の日くらいは休め」
『ふふ、ご心配ありがとうございます』

不器用な優しさが滲むその言葉ににっこりと笑顔を返した。まあ今俺がやっているのは仕事じゃなくて課題なんだけど、終わったらそっちも片付けようと思ってたしきっと二宮さんにはバレバレだろう。長い付き合いの彼はいつもこうして休みの日には気にかけてくれていて、相変わらず面倒見のいい優しい人だなって思う。

「…夜、旧東隊のメンバーと集まって焼肉を食べに行くことになった。砂月もどうかと誘いに来たんだがいけそうか?」
『へえ、いいですね。でもそれ俺も行っていいんです?焼肉は魅力的だけど東隊の中に入るなんてなー』
「お前も一応元東隊だろうが」

即答されたそのセリフにあはは、と一つ笑いを零し。確かに俺も所属していたけど、俺がいたのはほんの少しだけなのにな。三輪くんが入ってくる前の数ヶ月間だけ東さんの元で戦略を学んだ。ランク戦も参加せず、彼等とともにA級一位になったわけではないから俺がいたことなんて知らない人がほとんどで。

うわあ、なんだか懐かしい気がする。ほんと昔の話なのに二宮さんは今だに俺を東隊のメンバーだとカウントしてくれてて、わざわざ俺のところまで誘いに来てくれたのかあ

『ふふ、じゃあこれが終わってたらいきますね』
「そうか。まあお前なら終わるだろ、すぐ」
『終わらないから困ってるんですー。二宮さんこの課題助けてくださいよ』
「自分でやれ」
『ちぇ、残念』

わざと大袈裟に項垂れながら大きく溜息を零した。まあ、難しいけれど去年太刀川さんのを少しだけ手伝ったからなんとなくはわかるし、時間をかけたらいつかは書き上がるようなレポートで。

お休みだし、これ終わったら久しぶりに嵐山のところにでも行ってお茶でもしようかな。仕事は明日に回してさ。夜は東さんたちと焼肉で…うん、久しぶりに充実し休みになりそうだ。

要件を言い終わった二宮さんは背中を向けて「またあとでな」と出て行く素振りを見せる。なんだ、もっとゆっくりして行ったらいいのに。

「…もし本当に終わらないようなら俺のところに来い」

去り際に二宮さんはこちらを向かずにそう言いのけて部屋を出て行った。あはは。ほら、優しい人だよ、二宮さんは。黒い背中が部屋から消えてから俺はくすくすと笑みを落とした。

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