一般人?×ホスト教師
「もしかして……櫻井、なのか?」
「――日野?」
たまたま。それは本当に偶然の出来事だった。
意味もなく出歩いた休日。
ふらっと入ったカフェでぼんやりしていたところ声を掛けられ。
顔をあげたら懐かしい顔があった。ただそれだけのこと。
夏のせいか、こんがり日に焼けているものの、約10年ぶりに見た顔はそれほど記憶と違いは見つからない。
「おお、やっぱりそうだったか。久しぶりだな」
ニカっと向けられた笑みも相変わらず人懐っこさを感じ、思わず昔のように脱力してしまう俺だった。
− − − − −
「せっかく会ったんだから、少し話さないか」と。そう日野に誘われたのが数分前の出来事。
実際は俺が返答する間も無く勝手に向かいの席に座られたのだが、そこはまあ、別段気にしてないので良しとする。
「――で。櫻井は今なんの仕事してるんだ?」
「高校教師」
ブラックのアイスコーヒーを飲みながら若干前のめりに問い掛けてくる日野。
同じくコーヒーを口にしながら淡々と答えれば、日野は目を丸くして「は?」と疑問符を浮かべた。
「そ、その頭で教師か? ホストでもやってるのかと思ったぞ……」
俺の顔と金茶の髪を交互に見る日野の顔はまるで狐につままれたというようで、その間抜けな表情に少しばかりイラっとした。
眉間にしわを寄せギロリと睨む。
「うるせえ。別に俺がどんな成りしようが日野には関係ないだろ」
「そうかもしれないが――いや、そうだよな。悪い、失言だった」
昔であれば、それで教師はあり得ないだとか、染め直した方が絶対いい、むしろそうするべきだとか、きっと日野は引かずにお節介を焼いていたことだろう。
それがどうやら、今は引くことを覚えたらしい。
至極申し訳なさそうに眉を八の字に下げる姿に、思わず俺も毒気が抜ける。
「……まあ、良いけどよ」
ここで突っ掛からなくなった俺も、多少は成長したということなのだろうか。
ため息をこぼし、俺は頬杖をつく。場の空気を変えるべく「で、お前は?」と繋げた。
すると日野は眉を下げたまま、困ったように頭をかいた。
「今は……工場の現場で、検査の仕事やってる」
「へえ、お前がな」
「意外だろ? しかも派遣だ」
「そりゃたしかに意外だわ」
恥ずかしそうに聞いてくる日野に、俺は素直にこくりと頷く。
なんせ高校時代、あれだけ俺に真面目に授業受けろだなんだと言っていた奴が、派遣社員。
てっきりバリバリの営業マンか、出世してるかなんかかと思っていたが、世の中そう上手くはいかないらしい。
「まあ、あれだけ授業サボってた櫻井が高校教師やってるってのも、俺にとっては十分衝撃なんだけどな」
「ハッ、言ってろ」
「ちなみに俺は今の仕事に満足してるから、派遣と笑われようが別に構わないぞ」
そう向けられた笑みはやけに挑戦的だった。
高校時代から大人びた見てくれだったせいもあり、昔とたいして変わらない奴だなと思ったが、もしかするとそれは外見のみで、中身の方は随分変化があったのかもしれない。
――こんな笑い方もできるようになったのか。
反論することも忘れ、つい、日野をじっと見つめる。
そんな俺に日野は首をかしげた。
「櫻井? どうした?」
「あ、いや……別に。なんでもねえよ」
「? なんだ? まさか――惚れ直しでもしてくれたのか?」
「ば、っ!?」
突如、ニヤリと歪められた口元。向けられたまとわり付くような視線。
先程の挑戦的な笑みでもない、今度は背筋がゾクリとするような、嫌な笑みだった。
散々一緒にいたにも関わらず、こんな表情は一度たりとも見た記憶はない。
バカ野郎、誰が惚れ直すか。
そう続けるはずだった口は、驚きのあまり停止してしまう。
そして混乱した。
(こんな日野、俺は知らない――)
10年もあれば人は変わる。ましてや子供から大人になったのだ。変わらないわけがない。
そう頭ではわかっちゃいるものの、姿が。昔とさほど変化がない外見が、どうしても昔を思い出させ、その差を改めて突きつけてくる。
まるで抉るように、過去の俺を攻撃してくる。
お前が勝手に別れを告げ消えたから、俺は変わってしまったのだと。そう言っているように思えて仕方なかった。
ドクドクと悲鳴をあげる心臓。
少しばかり怖くなって硬直した俺の頭を、日野はぽんぽんと、それはそれは優しく叩く。
意地悪が成功したと言わんばかりに浮かべられた表情は、記憶にあるものに相違ない。
無意識にホッと息を吐き出す。束の間。
「まあ、」と日野は続けた。
「俺は、今でもお前のことが忘れられないままなんだがな」
「――っ、!」
あまりにも真剣な眼差しに、再び息を呑み込む。
「とはいえ、これ以上櫻井を困らせるわけにはいかない。それくらい俺にもわかってる」
飲み終えたグラスがテーブルに置かれ、カランと氷の音が響く。
立ち上がった日野はおもむろに伝票を手に取ると、困ったように、どこか寂し気に微笑んだ。
「また、お前の顔が見られて良かった。じゃあ――今度こそ、さよならだ」
ゆっくりと遠ざかる日野。
止めることもなくただ呆然と、その小さくなっていく背中を眺めることしか俺にはできなかった。
――そんな思わぬ再会と、二度目の別れを同時に経験した夏の日。
俺はあの日を境に休日に必ず一度は街に出かけ、あのカフェに立ち寄るようになり。気付けば常連化し、今では店員に顔を覚えられて雑談まで交わす仲になっていた。
「いらっしゃいませ。櫻井さん、探し人は見つかりました?」
「いや、全然。今日もさっぱりだわ」
「早く会えるといいですね、その人に」
「おう。……まあ、会ってもどうしようもねえんだがな」
「え? 好きな人とかじゃないんですか?」
「いや、全然。そんなんじゃねえ。でもなんか、あの時の顔が忘れらんねえんだよなあ……」
あの、ゾクリとする笑みと、懐かしい手の感触。そして、最後に見せた寂しげな笑顔。
その全てが何故だか忘れらず、心に残ったままだった。1年近く経った今でも鮮明に思い出せる程に。
その答えを見つけたくて、こうして今日も日野を探してはいるものの、未だにめぼしい成果はあげられていなかった。
それでも懲りずに続けているのは、半ば意地になっているからなのかもしれない。
「そろそろアイスコーヒーが飲みたくなるな」
「夏もすぐそこですから。あ、ミルク付けますよね?」
「いや。今日はブラックにしとくわ」
「うわ、珍しい!」
「うるせえな。いいだろ、別に」
日野を見つけ出し次第、一発殴ってやろう。
なんせ散々この俺に探させたんだ。罰を与えなくては俺の気が済まない。
そして、今まで何してたのかとか、いろんなことを聞いてやるんだ。
今年も夏がやってくる。
茹だるような暑さを迎える前に、何としても奴を見つけてやらないと。
そう心に近い、苦いアイスコーヒーを傾ける俺であった。
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珍しくほんのりシリアス風味に書いてみた。
本当は、作業着×シャツよくねって書き始めたら、知らぬ間にこんな話になっただけなんですが←
しかも服装どこ行った状態。本来書きたかったホスト教師受はこうじゃなかったんだ(笑)
まあ、これはこれでよしとする。