一、
 転生した。はじめはホラーゲームかと思った。だってそこら中に気味の悪い化け物がうろついていたんだもの。
 しかしながら、この予想はおそらく外れている。ここからはあくまで私の勝手な予測に過ぎないのだけれど、たぶんここは今流行りの乙女ゲームの世界なのではないかと私は思うのだ。
 理由は簡単。私の隣に座っている、この白髪青眼のとんでもなく可愛らしい男の子の存在である。
 顔立ちからして将来有望。聞くところによるとリクガンとかいう水色の瞳を持つ人間は500年ぶりなんだとか。和風モノの乙女ゲーか何かだろうか。新しいな。でもちょっと設定盛りすぎなんじゃないかと思うのは、私の気のせい?
 ばちりと大きなクリスタルのような瞳が瞬きを繰り返す。
 先程から随分と長い間、こうして彼は私をじぃーっと見つめているのだ。なにがそんなに面白いのだろうか。そろそろ飽きないのかな。
 私はそんな五条家のご子息である五条悟様を一瞥してから、再び本へと視線を戻す。いい加減穴が開いてしまいそうだが、相手は二歳。残念ながら言葉は通じないし、私も言葉を喋れるほど乳歯が発達していない。
 仮にここが本当に乙女ゲームの悪役令嬢に転生した世界線であったとするならば、王道なのは一度仮初の婚約者となり、ヒロインが登場したところで婚約破棄される線が濃厚であろう。いや、最近は悪役令嬢が主人公の話のものも多いから、もしかすると五条様のクズ化からの婚約破棄、そして別の婚約者が現れて無事ハッピーエンド路線も夢じゃないかもしれない。どちらにせよ、かなりキツ目の顔立ちをしているのでヒロインでないことは確かそうだけれど。
 そんなことを考えた瞬間、頬に痛みがチクリと走った。
 ──ん?
「んぅ」
 頬がなにやら小さく固いものに挟まれる。
 どうやら私は五条様に頬を噛まれているらしい。……結構痛いな。
「あらあら、五条様いけませんよ、名前は食べものではありませんからね」
 お母様がクスクスと微笑ましそうに笑いながら五条様をやんわりと私から離す。生えたばかりの二つの前歯。おそらくだが、歯型の跡がついた気がした。おかげで私のほっぺたは彼のヨダレでベタベタである。いくらイケメンでもこれは勘弁して欲しい。
 そう恨みがましい目で五条様の方を見てみると、彼の視線もまたこちらを向いていて。かち合う視線。なんとなく逸らせずにいると、彼の水色の瞳がふわりと細まった。
「うわぁう、あ?」
 そう謎の言葉を発しながらくふくふ、とご機嫌そうに笑うその顔はもはや天使のようだといっても過言ではない。ずきゅん、と心臓が矢に貫かれた。
 とどのつまり、めちゃくちゃに可愛かったのである。
「五条様は名前様のことが大好きなのね」
 それはどうだろう。もしそうなら大変望ましいことだけれど、赤子の気持ちを勝手に代弁してしまうのはいけない。もしかしたら可愛い顔してテメェいつまでここにいるんだ、とか言ってるかもしれないし。知らんけど。
 どちらにせよ五条様がすごく楽しそうに笑ってらっしゃるので、まぁ……なんでもいいか。


  〇


二、

「やぁだ!!」

ぎゅーっと離れない悟様に困る私。本が読みたいのに。かわいいけれど、うっとうしい。

「ごじょうさま、こまります」
「や!いっしょにあそぶの!」









4歳



「名前、どこいくの」
「しょこにほんをよみに」
「ふぅん、ぼくもいく」
「ではごいっしょに」
「うん」

五条様が畳に両手をついてうんしょ、と立ち上がる。それから当然のように差し出されたその白魚のような手を、私もまた当然のように握り返した。

「名前」
「はい」
「あれなに」

五条様が指を指したのは立派な庭に植えられた青い紫陽花たちだった。いつもは遊ぶことしか考えていない五条様が花に興味を示すなんて、珍しいな。

「あれはアジサイです」
「アジサイってなに」
「おもにつゆのじきにさくはなのことです」
「ふぅん」

庭沿いの縁側を歩く。五条家は死ぬほど広いので書庫に行くだけでも五分弱かかるのだ。恐ろしいものである。

「ねぇ」
「なんですか」
「名前のめはなんでくろいの?」
「おかあさまのめがくろいろだからです」
「じゃあ、ぼくのめはなんであおいの?」

なぜ。なぜ?

「……あなたがとくべつなひとだからです」
「あおいめ、へん?」
「いいえ?きれいだと思います」
「でもこのあいだ、へんっていわれた」
「それはどなたに?」
「この間ウチにきたあたらしいしようにん」
「……ずいぶんいじわるなかたですね。きっとごじょうさまのあおいめがうらやましくなったのでしょう」

あとでチクッとこう。

「ぼく、名前とおなじめがよかったなぁ」
「それはなぜでしょうか?」
「なまえがみているものがみたいから」
「そうですか」

随分とロマンチストなことをいう。口説き文句かと思った。

「名前」
「なんですか」
「名前はなにいろがすき?ぼくはくろ」
「わたしは……みずいろが好きです」
「なんで」
「さとるさまのいろなので」
「ぼくのいろ」
「はい」
「ふぅん」

ぎゅ、と手に力がこめられる。

「じゃあやっぱり、ぼくもみずいろすき」
「ふふ、じゃあわたしもくろがすきです」
「おんなじじゃん」
「おんなじですよ」
「ふぅん」

ぶんぶん、と繋がれた手が振り回される。可愛いなぁ。ほんとうに可愛い。私はすっかり骨抜きにされていた。





5歳


「名前」
「……どうか、されたんですか?」
「無下限、でた」
「むかげん」

「わるいやつらにみつかるとまずいから、おれ明日からむこうのはなれにいくんだって」
「そう、なんですか」
「うん」

そうか、ならそろそろお別れの時間かな。ちょっぴり寂しくなって目を伏せると、五条様が口を開いた。

「おまえもきて」

まさかの提案に私はついきょとん、としてしまう。

「それは、かってにきめていいのですか?」
「わかんない」
「……おこられませんか」
「それもわかんない。けどおれがおねがいしたことならたいがいかなえてくれるからだいじょうぶだとおもうよ」

「ねぇ、いっしょにきてよ」
「おかあさまにかくにんしてきます」
「やだ、すぐきめて」
「いますぐにでもきめたいのはやまやまですが、かってにきめてしまえばおかあさまをこまらせてしまいます」
「いいじゃん」


「よくないです、わたしがいやです」
「……むぅ」

「じゃあはやくして」
「はい、すぐもどりますので」




6歳

悟様のキツい訓練に思わず後ずさる夢主。ほんとうに、ほんとうにここは乙女ゲームの世界なのだろうか。こんな、こんな訓練、傍から見ればただの虐待だ。
じっとりと手に汗が滲む。足が僅かに震えて竦んだ。
もしかして、ヤンデレ系の攻略対象だったりするのだろうか。わからない、すべてがわからなかった。
私、なんで転生してきたんだろう。彼の眼でもわからないのだ。

逃げてもいいのだろうか、ここから。私は誰だ。





7歳



「名前、下がってろ」
「悟様、いけません」




「ごめんなさい」
「なんで泣いてんの、名前」
「泣いて、ないです」
「見てわかる嘘つくなよ」


「痛いですか?」
「べつに」
「私も、強くなります」
「なんないでいいよ、俺がいる」
「でも、」
「いーの」

「お前は大人しく俺の隣にいればいーんだよ」





8歳

異変が起きた。予兆はなかった。

ただ、その日は倉の掃除を任されていて。倉の扉をいつものように開けた。それだけだった。

紫色の妖しげな呪力を宿らせた刀が、私の腹を貫いたのだ。

「名前様!」
「うっ……」


いたいいたいいたい、たすけて、いたいよ、

『現世に堕ちた現人神よ、我に誓え』
「な、に、」
『お主の命と引き替えに、力をやる』

現人神?力?命?それはつまり、死ぬってことじゃ、

『鬼神を待て、さすればすべて解る』

何を、言ってるんだ。

「名前!」

倒れ込んだその瞬間、大好きな彼の声がした気がした。



9歳〜11歳



「名前、おまえなにがあったんだよ」


「わかり、ません」

本当に分からないのだ。なにもかも。この夜は不可解である。

「ただ、強制的に心臓に縛りを結ばされました。私は呪術師になります」









12


「名前」
「……」
「名前……わるかった」
「なぜ、悟様が謝るのですか」
「俺のせいだ、俺が」

葬式。

「悟様のせいではありません」
「……名前」
「呪霊と、愚かな人間共のせいです」

彼女は何を考えているのだろうか。


「名前は、どこにも行かないよな?」
「はい、私はどこにも行けませんので」


彼女が行かないって言わないのは、この日がはじめてだった。



13



「オイ、どういうことだよ」
「悟様」



「聞いてねぇぞ」
「私も今朝聞かされたばかりなのです」

両親が他界して、私は身寄りがなくなった。五条の妻に、私は釣り合わない。事実上の婚約破棄。別にどうってことない。いつかこうなることは予想できていた。おそらくそれが少しはやまっただけのこと。

下宿先は東京だそうだ。


「今生の別れというわけではないですから」
「三年も離れるとか考えらんねぇんだけど」
「意外とすぐかもしれません」


「断れよ」
「それは、不可能に近いですね」
「なんで」
「両親がいない今、私は五条家にとって邪魔者でしかありません。私はまだたいしたツテもなく、オマケに弱い。今貴方の傍にいても足を引っ張るどころか、私が殺される可能性も十分にでてくると考えたので、一度五条家から距離をとった方が身のためだと思いました」



「でも」
「死んだら、ほんとうに会えなくなる」
「そうだけど」
「それよりはマシだと思いませんか?」



「絶対迎えに行くから」
「はい、待ってます」





15



「名前、サン、いますか」



「悟様、本当に来てくださったんですね」





16〜17 ちょっと頻度減るかも







18 名前、行方不明

嫌なことが連続して起こる。






19までの夢主独白

実際は死を偽造して九十九と旅してるだけ。今まで自分を縛り付けていたのはこの世界ではなく自分自身であったと気づく。ここは乙女ゲームではなく、地獄のダークファンタジーを舞台としたアクションゲームだったのだ(違う)。呪術にまつわる古代の本を読むのが好きで、旅の知識担当。およそ10ヶ国語話せる。オリジナルのシン・陰流・廻を取得し準一級術師に。





20歳 五条独白
今も、彼女の面影を、変わらず探している。




24まで

再会。五条に泣かれる。ヤンデレ化。やっぱりここはヤンデレ乙女ゲームの世界だった?口調が五条も夢主も両方変わっている。

名前、そんなふうに喋れたんだ
まぁ、あの時はとんだ箱入り娘だったから
そっちの方がいいよ、年相応っぽくて
……ありがとう、私も今の悟くんの喋り方のが好き
そっか、直してよかった


彼もまた「僕」だなんて、昔みたいなしゃべり方をしていた。



なんか欲しいものないの?
うーん、メルティーキッス
そうじゃないって。さすがに分かるだろ
じゃああんまりないかな
えーっ?なんとか捻り出してよ
ふふ、捻り出すの?


あ……いや、うーん
なに、言うだけ言ってよ
限定のスニーカーが欲しいかも
どれ?
えっとね……これ

雑誌をもってくるなり、ソファにいた五条の隣に座る彼女に胸が高鳴る。僕の隣に座った。かわいい。
ちょっと空いた隙間がもどかしくて、もっと距離を詰めて欲しい僕は、さりげなく彼女の腰を引き寄せる。すると名前はされるがままにこてん、と僕の肩に頭をのせて強請るように雑誌を傾けた。
これ、もしかして甘えてくれてるのかな。なにこれかわいすぎない?え、かわい。

「ちょっと高いけど、限定モデルでね。ここのブランドが好きなの」
「うん。いいよ、いっぱい買ってきてあげる」
「ふふ、一足でいいよ」

くすくすとおかしそうに笑う彼女の頬に僕はやさしく口付けをする。

「かなり並ぶかもよ?」
「モーマンタイ、朝一番で並ぶから!」
「あはは、ありがとう。嬉しい」

ぎゅ、

「悟くんの誕生日のときは頑張るね」
「うん、期待して待ってる」






28から
ユウジと再会 両面宿儺、真人、ケンジャクに目をつけられている?ゆっくり裏から原作に沿っていってもいい。が、あくまで番外編。



「……どうしたんですか、その目隠し」
「ん?イメチェ〜ン、どう?似合う?」
「不審者臭が、すごいですね」
「えぇ!?」


大袈裟に驚く悟くんを前に、私はただただ放心していた。なぜなら、今日の今日まで大きな思い違いをしていたということに、気付いてしまったからだ。


「五条、悟」
「ん?なんで突然フルネーム呼び?」
「……いえ、すみません」


 ……なるほど、ここは乙女ゲームの世界でもホラーゲームの世界でも、なんでもない。超人気絶頂の少年ジャンプの世界だったのだ。
 両面宿儺の指を食べた主人公、虎杖悠仁。五条悟はたしかその教師だった筈。つまり今年から原作が始まるのだ。


「私、今年中に死ぬかも」
「は?なに急に」
「両面宿儺に勝てる人なんていないでしょうに」
「ハァー?僕がいるでしょ!」
「いや、無理無理」


だってアナタ封印されるし。じゃああの額に縫い目のある方の夏油傑も生きてんのかな。生きてるんだろうな。冷淡に見えて、ときどきどうしても情を捨てられないときがあるから、どうせアレには絆されるだろう。


「ちょっと名前、何考えてんの」
「将来設計について。近いうち渡航しようかなぁ」
「付き合って一ヶ月でなんでそうなんの?」

「五条さん」
「なあに」
「死なないでね」
「どーしたの、名前、心配になっちゃった?」
「うん」
「だぁいじょうぶ、僕最強だから」

よしよし、と頭を撫でられた。

「かわいいね、