五条悟


呪術廻戦の世界に転生トリップしたけどBLの世界だった(と勘違いしている夢主とさしす)+非呪術師嫌い夏油と呪術師嫌い夢主+とっくに五条のことが好きな夢主と数年間ずっと夢主に片想いしている(と勘違いしている)ごじょる+アオハル+転生チート夢主

※本編は主に五→夢←夏という構図でお話が進みます。
※夏油がややかませ犬っぽい立ち位置にいます。夏油好きの人などは特にご注意ください。
※夏五要素っぽいものが出てきます。なお、結果として夏五および五夏になることはありません。作者は生粋の夢女子です。
※夢主にモブ彼氏、モブ家族がいます。
※閲覧後の苦情はご遠慮ください。
※なにか問題があればすぐに消します。
※民さん「神様の隣人」リスペクト、あるいは謳賛さんリスペクト



 ◯


 端的に言わせてもらう。私、転生しました。
 煎じに煎じられた転生トリップネタ、まさかこの身で体験する日があろうとは。
 いやね、薄々なにかがおかしいとは思ってたんだ。やけに立体的かつグロテスクな化け物が日常にすんなりと溶け込んでいたり、年間死者数がやけに多い時点で、違和感はあった。
 けれど大抵の化け物が私を見るなり怯えたかと思えば、たちまち背を向けて逃げていくばかりで、危険性などまるであってないようなものだったから。呑気に二度目の人生を楽しんでしまっていたのだ。
 皆まで言うな。能天気なのは百も承知。
 脳内でゲンドウポーズをキメながら、今後の人生設計を思い浮かべる。ちなみに前世は小学校教論。教師というブラックな職種だったためまともに病院にも行けず、三十路そこそこで持病をこじらせ呆気なく死んだ。ゆえに、今世はホワイト企業に務めて悠々自適に暮らしたい。少なくとも、家族より先には死にたくなかった。

 居間にある焦げ茶色の質素なちゃぶ台を、夜蛾正道という男を向かいにして挟む。礼儀正しくも、きちっと正座をしてこちらを見つめる黒スーツの大柄の男に私は尋ね返した。

「呪術師、絶対にならなきゃ駄目ですか」
「強制はしない。だがお前の術式はかなり強力だ。厄介な人間に目を付けられる前に呪術高専で身を守る準備をして欲しい、というのが本音だな」

 さすが生夜蛾正道。私のことを一番に考えてくれているらしい。人がいい。ついでに顔が濃い。堀が深い。かっこいい。これでバツイチってなんの冗談ですか。一生ついていきたいところなんですが、ちょっと試させて。チートにはチートなりの苦労があるんです。
 私はとうに湯気の消えてしまった緑茶を啜ってから、静かに問いかけた。

「別に私、人なんて殺したりしませんよ」

 ほんのりとした苦味が、熱とともに喉をじんわりと潤していく。ふっと緑茶から夜蛾さんへ視線を移せば、彼の鋭い瞳がこちらを射抜いた。
 あ、怒らせた?
「そこは疑っていない。ただしお前の行動次第では、"こちら" と関係のない人間まで巻き込んでしまう恐れがあるということだ」
「……家族が巻き込まれるんですか」
 目を丸くさせて聞き返せば、
「お前が無茶な抵抗をすれば、の話だが」
と夜蛾正道は静かに肯定した。
 こつ、と茶飲みを置く。自然と重たいため息が漏れた。
 なるほどね、やっぱ呪術師ってほんとうにクソなんだな。あらかじめわかってはいたことだけど、いざ自分が巻き込まれるとなると結構笑えない。
「選択肢なんて、はじめから用意されていなかったんですね」
 夜蛾正道はそんな私を前に無言を貫き通す。無言は肯定。ハーっ、呪術界腐りすぎだろ。
 ぶっちゃけ死にたくない。痛いのはフツーに嫌いだし、なにより高専に入学すれば原作に介入する可能性が大いに高まる。あまりにリスクが大きすぎるのではあるまいか。あとシンプルに原作軸が怖い。油断してるとすぐ死にそう。
 私は観念したように息をついた。
「呪術師って、楽しいですか?」
「とてもじゃないが、正直気分がよくなる職業とは言えない」
 やっぱり。
「だが、自分の力で人を救える世界に身をおけるというのは、なかなか貴重な職場だと思わないこともないな」
 夜蛾正道は先程までの極悪顔を解くなり、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「社会不適合者にはうってつけだぞ」
「……それ、遠回しに私が社会不適合者って言ってます?」
 ジト目で夜蛾正道に問えば、彼はキョトンと目を丸くさせた。
「違うのか」
「チガイマセンケド」
 否定ができないのが悔しい。そんな素で聞き返さないでよ、虚しくなるだろ。
「……わかりました、これからお世話になります」
「あぁ、責任をもって指導させてもらう」
 こうして私は呪術高等専門学校へ通うことが決定した。
 人生イージーモード目指して、レッツラゴー。


「ちなみに今年の学年はお前含めて男2人、女2人の計4人だ」
 そういうことはもっと早く言ってもらえます?なんか人数と男女配分的に嫌な予感しかしないんですけど……。





まず友達作りか。あの三人に割り込むのは些か気が引けるが、とりあえず女の子とは仲良くなれるといいなぁ、くらいのテンションでいこう。下手に期待して嫌われたら心臓がもたない。あんなにガラ悪いクラスメイトとド陰キャの私が対面してみろ、ハブられる予感しかしないでしょう。救済なんてもってのほかである。

どうせなら一個下のまともそうな七海世代が良かったな、なんて。









なんと、五条が夏油に押し倒されていた。


 アッー!なるほど!完ッ全に理解しました!ここそういう世界ね!あーはいはい、そっちか!ボーイズラブの世界線でしたか!オーケイオーケイ、私ってば自意識過剰だったよまったく。いかんせん生粋の夢育ちなものでね。てっきり私が最強夢主にでもなってしまったのかと。気が利かなくてほんっとうにごめん。
 それにしてもそうか、五条君が下なのね。心底どうでもいいけど。
「夏油傑、恐るべし」
 はぁ、とりあえずよかった。これでアオハル群青劇に巻き込まれる心配ナッシングじゃん。救済の余地もナシ。安心安全、お金と将来のことだけ考えて生きていける。ありがとう世界、ありがとうBL。やはりBLは人類を救うね。知らんけど。

「ナマエ?なに天仰いでんの」
「世界の美しさに感謝してた」
「あっそ」

ふぅ、と煙草を銜えた硝子がつられるように空を見上げたのち、冷たく穹をあしらう。


「それより早く準備してきてくれないか」
「あ、ごめん!スマホ取ってくるからあと五分待ってて!」
「ん」


パタパタと寮へ駆け込む彼女を見送ってから、硝子は自販機横のベンチまで歩いたのち、たまたま目に入った同期二人に視線を移す。


「あれ、硝子じゃん」
「なにしてんだオマエら」
「傑がバテててさー、重くて力尽きてんの」
「暑そ」
「そりゃあちぃに決まってんだろ」


五条が夏油を乱暴に退けようとすると、ゔっと呻き声をあげて夏油が地面に頭をぶつける。


「あつい……」
「なら退けよ。硝子も見てないで手伝え」
「ヤダね」


今からデートだし、汗かきたくね〜。ずるずると日陰のある自販機を目指してうつ伏せの夏油を乱雑に引きずる五条。その光景を横目に硝子は煙草をふかす。ほんとバカだよなコイツらって。



「さっきナマエの声がしなかったかい?」
「そうか?」
「なんか一人で空見上げてたぞ」
「へぇ、ナマエだけに?」
「うわ、おもんねー」
「傑おま、オッサンかよ」


眉間に皺を寄せる五条に、夏油は地面に突っ伏しながら家入の方を見た。相当強く地面に顔を打ち付けていたらしい。鼻からぽたぽたと垂れた赤い液体が地面に染みを作っていく。


「あの子、最近かわいくなったよね」


藪から棒になんだ、と家入は怪訝そうにする。一方、五条はなにか心当たりがあったのか、その言葉を聞くなりオッエー、と無駄に整った顔を勢いよく顰めた。


「出たよ、傑のキモいところ」


夏油がキモいのは今に越したことじゃないだろ、とナチュラルに毒を吐きながら不思議そうに首を傾げる家入に、五条は傑の方を顎だけで指して無言で続きを待つように促した。


「元からかわいかったけどね、ナマエ、私の前でもよく笑ってくれるようになったんだ」
「なに?まさか夏油お前……」
「そのまさかだよ」
「それが、私はとても嬉しい」


噛み締めるように頬をぽっと赤らめた夏油に、家入は思いっきり口をへの字にする。


「は?お前ナマエのことが好きなのか?」
「あぁ、敬愛してるよ」
「ちょっと前からずっとこうなんだけど」

 それを聞いた硝子はうぇっと顔を顰めた。
 それもそのはず。夏油の女性遍歴はこう見えてすこぶる悪い。同級生、先輩、後輩、依頼人や教師では飽き足らず、この間は元読モの女を連れて歩いていんだとか。彼氏持ちは朝飯前、時には不倫の人妻さえも食う始末。
 一方で、案外五条の方が女性関係はほとんどをワンナイトで済ませるため、後腐れがなく、比較的落ち着いているまであるほどだ。ま、五条も五条でまた別ベクトルの方向でクズには違いないし、ぶっちゃけどんぐりの背比べと大差ないが。
 話が逸れた。
 そうなった経緯はともかく、ガラケーで女を口説きながら冷めきった目で「女なら誰でもいい」とのたまっていたコイツが?ヤメロヤメロ、ナマエが穢れるだろうが。

「勘弁してくれ、あの子にクズが伝染る」
「失礼だな、今はあの子一筋だよ」
「ていうか、あの子もう彼氏いるよ」
「「は?」」
 これには夏油だけでなく、五条も揃って目を見開いた。
「この間1ヶ月記念とか言ってた気がする」
「初耳なんだけど」
「どこの馬の骨だ」
「たしか任務の時に助けた男とだったか?今は窓やってるっていう」
「窓ぉ?雑魚じゃねーか」


ズゾッ、といちごミルクを飲み干した五条が馬鹿にしたように鼻で笑う。

なんて名前のヤツそれ。そこまでは知らん。なんだよ使えねぇな。……え、セックスしてるのかな。さぁ?してんじゃね?チィッ、クズ共が。つーか待てよ、そもそもこの俺にまだ彼女ができてねぇのにアイツに彼氏ができるわけなくね?イマジナリー彼氏なんじゃねーの?知るか。本人がいるって言ってるんだからいるんだろ。ハァー?んじゃ仮にそうだとして、俺らにはなんの報告もナシ?水くせーな。私だって仮に彼氏ができたとしても、お前らにだけは死んでも言いたくないけどな。ナマエにカレシ……?いや、これはなにかの悪い夢だ、きっとそうだ……。
三者三様、ナマエの彼氏について好き勝手言っていると。



「硝子お待たせー!」
「おそい」
「ごめんごめん、ってなにしてんの夏油君」

地面に伏せる夏油を見て首を傾げるナマエに、五条がニヤニヤとナマエに教えてやる。

「シツレンしたんだとよ」
「……ん?え、失恋?どゆこと?」


 五条の方を驚いたように見上げるなり、ナマエは目を丸くさせる。夏油君は五条君が好きなんじゃないの?え?え?まさかフッたってこと?
 腑抜けたことを脳内で思い浮かべたナマエを知ってか知らずか、五条がニヤニヤとナマエに肩を組んだ。

「つかお前彼氏いたの?俺知らねーんだど」
「いるけど……言った方がよかった?」
「面白くねぇじゃん」
「人の恋愛事情って面白いかな」
「面白いだろ。で?どこまでいったんだよ」
 ようやく意味を察したナマエは、五条の言葉にたちまち顔を顰める。
「うわ、そういうこと?なら言わない」
「チューはしたのかよ」
「それ聞いてどうするの?」
「え?ネタにする」
眉を顰めるナマエ。五条は懲りずにもう一度聞いた。
「俺らに内緒にするなんて水くせーな、なんか隠したいことでもあんの?すげーブサイクとか?」
「さぁね、好きに想像してればいいんじゃない?私はもう行くから」

ツン、とすました顔でスルーするナマエに俺は唇をとがらせる。ンだよ、つまんねーの。

「土産買ってこいよ」
「気が向いたらね」

そう五条の呼び掛けに振り返ることなくナマエは歩きだす。地面に転がったまま終始ピクリともせず無言を貫いた夏油を軽く見下ろしてから、けらけらと笑い、硝子もまたナマエに追いかけるように駆け寄っていった。

二人の背中が見えなくなってから五条は夏油を見下ろしてしゃがみこんだ。

「だとよ、ドンマイ傑」
「……最悪だ」
「まだ最後までヤッてねーだろうけど、時間の問題かもな」
「……悟、どうしたらいいと思う」

何をわかりきったことを。五条はニヤリと笑って言った。

「んー、奪えばいいんじゃね?」
「奇遇だな、私もちょうどそう思っていた」





最近さー、なんかわかんないけど心臓バクバクすんだよなー
えぇ?大丈夫かい?
わかんねえけど、術式回しすぎてんのかもな
僅かな差は怪我のもとだ。悟のことだからそうそう心配は要らないだろうけど、それでも少し気を付けた方がいい。
ンー

なんかさ、ナマエと喋るとそうなるんだよな
……んん?
キュッて縮む?っていうか、苦しいけど嫌じゃないカンジ……って、どうした傑。すげーマヌケな顔になってんぞ。
……お坊ちゃまもここまでくると天然記念物かもしれないね
は?頭でも打ったんじゃないか
ンー、たしかに今日図書室のドアに頭ぶつけたけど

そんな記憶が思い出された。

ああ、ナルホドね。そりゃあ傑、あんなマヌケ面にもなるよな。と五条はどこか遠い目をする。ンだよ、マヌケなのは俺の方じゃねーか、我ながらバカすぎる。ダッセーの、自覚した瞬間に失恋確定とかほんと笑える。いや、笑えねーよ。

こころなしか、心臓が重たい。
俺って恋とかできるんだ。とか。謎に自分で自分に感心してみたりして、どうにかこうにか現実から目を背けてみる。けど、一度自覚してしまったらもうダメで。
ナマエと任務が被ると浮き足立ってしまったり、ナマエの制服が破れているのに異常なくらい心臓がバクバクして、脳が沸騰するかのようだった。白い肌が血と泥と汗に塗れているのにすら見蕩れてしまったり、あとで思い出して部屋で自分を慰めたり(これがめちゃくちゃサイテーな行為なことくらいはわかってる)、わざとナマエの起きる時間に合わせて俺も起きたり、用もないのに無理矢理ナマエと買い出しを口実にデートまがいのことをしたり。
五条くん、あれ取って。と、高いとこにあるものを取ってやったとき、ありがとうってこっち向いて笑った顔見て、ああ好きだなって、思っちまった。
でも、傑のこともやっぱ大切で。わざわざ言葉にして答え合わせをしたことなんてないけれど、たぶん傑にはイロイロバレてることは覚悟していた。だから、ちょっと傑にちょっかいをかけるだけ。そうやって必死に言い訳をして、ナマエに絡む日が増えていった。なんも知らないのはナマエだけ。そういう鈍くて馬鹿なとこも、いちいち可愛く感じられて嫌になった。脳みそが熱で溶けていく。随分と腑抜けてしまった自分に苦笑した。

(今日のは、結構キツかったな)

 傑とナマエが二人向かい合って勉強を教え合っている光景が思い出される。俺、余裕で答えも解き方もわかるけど、教えんのは下手だし。そーゆーとこ、ぜんぶ傑に及ばないってわかってるからこそ、すげーキツかった。
 あ、俺、今日メンタルやべーかも。なんか泣きそう。

(付き合って三ヶ月か、ヤることヤッてんだろーなー)

 目を瞑ったら、頭の中で、傑とナマエが肌を重ね合っている想像が浮かんだ。

(オッエー、俺の頭の中サイアク)

 それでも自分のモノはバカ正直にそり立ってしまうのだから男ってホント救えない。一人大きくため息をつきながら、俺はズボンを下ろして自分のものを握った。先は既にヨダレまみれでベトベトだ。
 ナマエの真っ白な肌や、胸や、首や、太腿を想像する。体術のときにうっかり触れてしまったやわい胸の間隔が勝手に思い出される。ちゃんと、ふわふわでやわかった。自分の下にナマエが苦しそうな顔で、こちらを見上げて──

『五条くん』
「っは、ナマエ、」

今日、耳元でナマエの声が響いた時のことがフラッシュバックする。
制服を脱がせて、下着の上から胸を揉んで、中に手を入れて乳首をつまんで転がして、鼻を寄せた首元からはほんのりと甘い汗の匂いがする。

「ナマエ……ナマエ……ッ、!」

びゅくびゅく、と手の中に液体が飛び散ったかと思うと、途端に頭が冷えていく感覚がした。

(……気持ちワル)

部屋に漂ったせいえきのにおいがツンと鼻を指したのと、目からもほんの少しだけ水が出たのは、たぶん同時刻くらいのことだった。





「どうしたの五条くん、今日元気ないね」
「んー」
「……ほんとに熱あるんじゃない?」

そう言って、彼女の手が俺の額に触れたのがわかる。その瞬間、湯沸かし器のように自分の顔に熱が溜まっていくのがわかった。ナマエの手が少し冷たく感じられて、すげー気持ちいい。胸が高鳴りそうになるのをグッと堪えて、俺は顔が赤くなっているのがバレないようにとフイと反対側を向いた。

「ねえ、ちょっと顔熱いよ?」
「んー?」
(そりゃ、お前に触られたらそーなるだろうがバカナマエ)
「なに、心配してくれてんの?」
「そりゃね」
「へー、やさしー」
「……五条くん、酔ってる?」
「はァ?

「なんか面白い話しろよ」
「急な無茶振り」
「ナマエさー、最近強くなったな」
「なに突然。怖いんだけど」
「え、俺のことまだ怖い?」
「……最近はマシだけど」
「あ、そう」

「五条くんも」
「ん、なに」
「いつも高いとこのもの取ってくれてありがとう」
「……どーいたしまして、感謝しろよ」
「してるよ、いつも」
「のわりに俺が近付くと毎回ビビるくせに」
「ウッ、ゴメン」

なあ、そんな怖がんないでよ。俺お前には結構優しくしてるつもりなんだけどな。
怖がられるのには慣れてる。でもナマエにびくつかれるのは正直、毎回ほんの少しだけ心臓が爪で引っ掻かれたような気持ちになるのだ。






「相手窓だろ?雑魚じゃん」
「別にいいよ、私が守るもん」

 サラッと答えるナマエにモヤモヤとした感情が渦巻く。からかいがいがない。五条はなんだかひどくつまらない気分になった。五条の周りの女のほとんどはもっと、雑魚だけど名のある家だからとか、容姿が端麗だったからとか、術式はいいからとか、いろいろあんのに。こいつにはそういう邪な理由は一切ないのだろうか。

「ふぅん」
「なにその顔」
「お前はつまんねーなって」
「なんだそれ」

足を伸ばして靴を見る。元から伸ばされていたナマエの足が視界に並んで、ひと回りもふた周りも小さなそれに胸がきゅっと締め付けられた。なんかすげー苦しいんだけど、なにこれビョーキ?

「なんでそいつなの?」
「なんでって……いろいろちょうどよかったからかな」
「いろいろって何」
「視えるけど常識人、顔もそこそこ好みでそこそこ身長も高い、人並みに優しくて、プライドが高くなくて、私のことを好きって言ってくれる……ね、いろいろ好条件でしょ」

ひとつひとつ指折りをしながら答えていく彼女に、五条は頬杖を右膝についてから再びふぅんとだけ平坦に返す。見かねたナマエは、次に五条へ話をふった。

「五条君は?誰か好きな人とかいないの」
「いねぇわ、女なんてどれも一緒だし」
「あはは、シンラツだね」

笑うナマエの横顔に、気分がほんの少し上昇する。

「それに、傑とかといた方が楽しいしな」
「そっか。うん、そうだよね」

やけに嬉しそうに頷き同調するナマエに、五条は聞き返す。

「お前は?」
「ん?」
「お前は俺達と一緒にいるときと、そのカレシといるとき、どっちといる方が楽しいの」
「んー、どっちだろう。今はまだ五条君達といるときの方が楽しいかな」
「ふぅん」
「でもドキドキするなあ、と思うのは彼氏」
「あっそ」
「ま、こういうのは比べるものじゃないとも思うけどね」


まだ、ね。ならとっとと別れればいいのに。なんてことを願ったその時。ふわりと大量の禍々しい呪力が、横にいるナマエを覆った。

「あ?なんだ今の、」

サングラスをズラしてからそうナマエに尋ねようとして、黙る。ナマエの表情がひどいくらい血色のない無へと変わったからだ。ナマエの中に別の呪力が混じっている。よく視ると、縛りのようなものがナマエに刻まれていた。一体、なにがあったというのだ。

「お前、」
「家に張っていた結界が解かれた」
「は?」
「五条君、この呪力はすべて私の呪力?」
「……いや、似てるけど違ぇと思う」
「……そっか、ありがとう」

ナマエの目元に影が落ちる。俺の返答を聞いてなにかを理解したのだろう。その場に立ち上がり真正面を向いた彼女が、独り呟いた。

「殺す」

そこにいたのは、ミョウジ家当主としてのナマエだった。








夏油が、非呪術師を皆殺しにした。自分の親を殺した。……そして、ナマエの非呪術師の家族が傑に殺されたらしいと夜蛾空の報告があってから数十分後。
息を切らしながら五条が向かった先に、彼女はいた。
足にまとわりつく新雪が鬱陶しい。ようやく白一面の風景の中に見えたのは、古びたボロボロの和風家屋とその前でなにかを抱えて小さく蹲る一人の少女の姿。
五条は足を止める。

小さな女の泣き声。そしてその正体がナマエであるとわかってしまったからだ。
ところどころが赤に染まる雪。場違いにも、紅色に染まったその雪は、夏に食べたイチゴシロップのかかったかき氷を彷彿とさせた。
五条はおおよそここで起こってしまったことを理解した。傑へのどうしようもない苛立ちが募る。なんで。なんでわざわざこんなことすんだよ傑。オマエ、ナマエのこと好きだったんじゃねーのかよ。オマエがこいつの一番大事なもの奪ってどうすんだよ。なんで、なんで。

ざく、と固い雪を踏んで彼女の元に静かに近寄る。チラチラの視界に舞う雪が、少し鬱陶しかった。

「それ、弟?」
「……うん」
「他は」

端的に尋ねた五条に、彼女はただ静かに首を横に振る。間に合わなかったか。五条は淡々とそう思った。
何を言うまでもなく彼女を見つめていれば、突然ナマエが口を開いた。

「五条君はさ、呪術師嫌い?」

ナマエの意図の読めない問いかけに僅かに警戒心を孕ませながらも、五条は素直に答える。

「弱いヤツは嫌い」
「そっか」

彼女は弟の亡骸を見つめた。

「私は、大嫌いだ」

その声は既に、憎悪で染まっていた。



 こいつが家族を殺した。こいつが祖母を殺した。こいつが祖父を殺した。こいつが弟を殺した。こいつが、こいつが全部壊した。
 全部なくなった。全部消えた。なら、もう、私が我慢する必要なんか、ない。

「はぁ、はぁ、っは、」

 視界が真っ赤に染まる。指先が小刻みに震えた。目の前の人間のカタチをした化け物が、そんな私の様子に、黄ばんだ歯を覗かせ薄気味悪く口角を上げた。理性が、ぷつんと切れる音がした。

 殺してや、

「ナマエ、落ち着け」

 視界が、真っ暗になる。何者かに身体をすっぽりと覆い隠すように優しくに抱き締められた。血の匂いが、どこかで嗅いだことのある柔軟剤の匂いにかき消される。
 そこでようやく、頭上から降ってきた声の正体が五条悟の声であることを理解した私は、思わず体を強ばらせた。
 冬の空気に晒された冷たい耳に、五条の手のひらから伝わる体温が広がる。

「大丈夫、大丈夫、ゆっくり息吸えるか?」

 ぽんぽん、背中をあやすように撫でられる。いつもより穏やかな五条の声を頼りに、私は興奮して荒くなった呼吸を押さえつけ、不器用に息を吸う。

「吸って、吐いて。三秒ね。いーち、にーい、さーん……ん、そう。じょーずじょーず」

 真っ赤だった脳内が徐々に思考停止していく。

「大丈夫、俺に全部ぶつけていいから。今ここでアイツらを殺してもお前が損するだけだよ」

 損?そうだね、それの何が悪いの?
 先程の情景がまた脳裏をよぎる。ふつふつと怒りが再熱する。比例するように呪力が膨らんだのを、五条も感じとったのだろう。
 ぎゅっ、と自身の胸元に私の顔をきつく顔を押し付けるように、彼は腕の力を強くする。

「ムカつくよな、殺してぇよな。でもお前が人殺したら、俺がお前を殺さなきゃならなくなるからさ。お前まで居なくなんなよ。な?」
「……でも、そいつは私の家族を殺した」
「うん」

 枷が外れたように、憎悪と憤怒に染まった言葉が溢れて止まらない。

「殺したんだ。あんなにやさしい人達を、コイツは全部殺した。……私の大切なものを全部、全部壊したんだ!だからッ」

 そう思いの丈を叫んで、五条の腕から抗おうとする。しかし、抑え込まれるように抱きしめられてしまうから、私はそこで初めて五条の顔を見上げるなりを睨みつけた。
 身体ごと空間に固定されたのがわかって、五条にも怒りの矛先が向く。

「でも殺すのは駄目。後で後悔するよ」
「しない」
「俺がするんだよ」
「……そんなの私には関係ない、どいて」

 冷たく言い放つと同時に、私は彼に術式を使う。五条が小さく痛みに呻いてから、背中を丸めて私の肩口に顔を伏せた。

「おねがい、ナマエ」

 縋るような五条の声に、怒気がそがれていく。

「どいて」
「やだ」
「死ぬよ、五条君」
「大丈夫だよ、俺最強だから」

 優しい声が、私を包み込んでいく。

「おねがい、どいてよ五条君」

 ふと、気付いたように、涙がこぼれた。

「っ、五条君!」
「ごめん、ごめんな、全部俺にぶつけていいから」

なんで五条君が謝るのだろうか。なんで、ここまでしてくれるのだろうか。そこまで考えて、彼は存外寂しがり屋であったことに気付く。

「なんで、五条君が、あやまるの?」

声が、か細く震える。呪力が乱れた。術式が上手く練れなくなる。視界がぼやりと歪んだ。

「なんで、こんなひどいことができるの?」
「……ナマエ」
「私のせいで、みんな死んじゃった」
「違う、ナマエのせいじゃない」
「ぜんぶ、なくなっちゃったんだよ」

 私が家族じゃなかったらみんな、死ぬことはなかったかもしれない。一度そう考えてしまうと、どこまでも悲しくなって、暗闇にひとり置き去りにされてしまったかのような感覚に陥る。もう、私の周りには何もない。誰もいない。私の人生の椅子に座っていた人は、私のせいでみんな死んでいく。

 ──夏油君だって。

「おばあちゃんも、おじいちゃんも、おとうとも、……夏油君だって」

 みんな、いなくなっちゃった。

「私、本当にひとりぼっちになっちゃった」
「俺がいるだろ」

 涙と共に小さく零れ落ちた本音に、五条君が視界の端で顔を歪めたのがわかった。

「これからは、俺がお前を守ってやる」

 五条君の腕の力が抜けていく。

「俺がお前を一人にしないって約束する。だからお前も、俺を一人にすん、な……よ」

 ぐらり、と五条君が私の方へ倒れ込む。

「え」

 私はさすがにその巨体を支えきれず、白い雪の上に一緒に倒れ込んでしまう。

「五条君?五条君!」

 呪力切れ?
 そうだ、五条君の手はあたたかった。なら彼は私の殺意に術式をずっと代わりに受けていたということか?
 頭に血が上っていたから、気付かなかった。言い訳だ。そんなの、いくら五条悟とは言え死ぬほど辛いに決まっている。反転術式で治していたということだろう。

幼い頃、私が殺した人間のように。

肝が冷えていく。背筋に嫌な汗が伝った。震える手でスマホを取り出す。






「……ナマエ?ナマエか!今どこに、」
「しょうこ、」
「もしもし?どうした、何があった?」
「しょうこちゃん、助けて、五条君が、」
「五条?五条がどうかしたのか」
「私、五条君のこと呪っちゃって、えっと、」
「大丈夫、ゆっくりでいい。落ち着いて話せ」

私はあらましを告げた。

「今向かってる。絶対に電話切るなよ」
「うん、ごめん」
「お前は謝らなくていい。……誰も殺してなくてよかった」

私まで、という言葉が間にあったような、そんな気がした。

「……五条君、死んじゃったらどうしよう」
「落ち着けナマエ。アイツがそんな簡単に死ぬタマだと思うか?」
「……ううん」


「ナマエ、私を頼ってくれてありがとう」
 私は私を頼ってくれた人間しか助けられないからな。
「ううん、……ううん、私こそ、ありがとう」









ガンガンと痛む頭を無視して、俺は勢いよく上体を起こすなり目を見開いた。

「ナマエは!?」
「そこ」

ベッドに項垂れるように眠っているナマエに、一気に気が抜ける。
思い出したように、頭痛がひどくなった。


「今回ばかりはお手柄だよ、五条」
「てことは、あのジジイも一応生きてんだよな?」
「あぁ、あと一歩で心臓止まりかけてたけど、なんとかな」
「サンキュ、硝子」
「……お前のためじゃない」
「わかってる。ナマエのためでしょ。でもそれって俺のためにもなるからさ」
「自意識過剰」

「ナマエは、本気で人のために怒れる子なんだ」
「特級になる才能もあるのに、呪術師には到底向いてない」
「だから俺が守る」
「その子は五条の助けなんて必要としてないと思うけどな」
「いーんだよ、俺がそうしたいってだけだから」

「ナマエ」
「ん……」
「おい起きろ、その体勢キツイだろ」

 ナマエがはっと起き上がるなり、俺を見る。それからくしゃりと泣き出しそうな顔で、真っ赤な目元をさらに赤く染めた。

「五条君!!」
「うおっ」

飛びついてくるナマエの腰を、そっと支える。
心配してくれていること自体は嬉しいが少し、いや、かなり距離が近い。
ぐりぐりと首元に抱きついて頭を押し付けてくるナマエに、不謹慎にも胸が締め付けられた。


「ううっ、ぐす、ごじょうく、しんじゃうかと、」
「死ぬわけねーだろ、俺最強だし」
「じゃあ、ぐす、無下限解かないでよう」

ぐす、と鼻をすするナマエ。

「解かないとお前のこと抱きしめらんねーじゃん」
「ううぅ、ごじょうくんのバカ!」

八の字に曲がった眉と、真っ赤な目元がどうしようもなく愛おしくなった。

「はは、すげぇ泣いてる。かわい」

 ナマエが俺のために泣いてる。かわいすぎる。想像以上に嬉しくてたまらない。あー、かわいいかわいい。どさくさに紛れてチューしたら怒っかな。
 涙を親指で拭えば、ナマエが素直に目を閉じた。

「五条」
「なに?」
「ありがとう、ごめんね」

 黒い瞳が至近距離で五条を真っ直ぐ映した。

「うん、いいよ」



「あのさ、ナマエ」
「ん?」
「ずっと言うか迷ってたんだけどさ」
「うん」
「……俺、お前のこと、」

 好きだ。
 その言葉は突然乱暴に開けられた扉の音によってかき消された。

「おいそこ、いちゃついてるとこ悪いが、元気になったんなら早くベッド空けろ」
「いや硝子!? 今すげぇいいとこだっただろうが!」
「知るか」

彼女が退出していく背中を見送ってから、硝子がぼそりと言った。

「狙ったに決まってるだろ」
「人の心がなさすぎねぇ?」
「五条には感謝してる。が、それとこれは話が別だ」





「五条君」
「なに」
「私、やっぱり呪術師やめる」
やっぱりか、という気持ちと、なにも辞めることねーじゃんという気持ちがせめぎあう。
「……なんで」
「どうしても、この世界は憎い」
「ホジョカンじゃダメなの?」
「うん、敵が多いしね」

「俺、一人になるんだけど」
「硝子がいるじゃん」
「少なくとも四年はいねぇし、あいつは別枠だろ」
「そうだけど」
しばしの沈黙。
「どうしても?」
「うん」
「じゃあさ」
「うん」
「その代わり俺のお願いひとつだけ聞いて」
「うん、なに?」
「俺と付き合って」
「……えっ、と?」
突拍子もない提案に思わず目を点にするナマエ。五条はもう一度繰り返す。
「俺のカノジョになって」
「五条君、私のこと好きだったんだ」
「好きだよ。けっこう前から」

正直半信半疑ではあったものの、茶化せる雰囲気ではなかったので、ナマエはとりあえず五条の言葉を信じることにした。
そう思うと、あの時身を呈して私を止めてくれた理由に少しは納得がいく。
でもとなると、あれ以前から想いを寄せていたということになる。

「……知らなかった」
「そりゃまぁ、言ってなかったし。それに」
 五条くんが顔を上げた。
「人の恋愛事情なんて面白くもなんともないんだろ?」
「あぁ、そんなことも言ったね」
「それに、先に好きになったのは傑だったから」



「ショーコちゃんじゃなくて私?」
「なんでそこで硝子が出てくんの」
「だって硝子ちゃん美人だし、優しいし」
「言っとくけどそれお前の前でだけだからな?硝子も大概呪術師の女らしく気ィ強いから」
「そうかなぁ」

そうだよ、だからこそお前みたいな呪術師っていうクソみたいな仕事してても平穏を与えてくれるヤツは貴重なんだよ。だから辞めるだなんて言うなよ、なんで分かんないかな。

「で? なってくれんの?」
「ならなかったらどうなる?」
「んー、しつこく会いに行く」
「会いにくるくらい別にいいけど」
「んじゃあ、就職の邪魔もするわ」
「それは最悪」
「ほら、どうすんの」
どうせ一人にするなら最後くらい、最後くらい俺の願いのひとつやふたつ叶えてくれてもいいだろ。なぁ、頼むから。一生守ってやるし、俺ができることならなんでもするよ。
「んー、お試しでもいいならいいよ」
「……マジで?」

「なんでそっちが驚いてるの。なに、興味本位かなんかだった?」
「いや、ダメ元だったから」
「なんだ。じゃあやめとこっかな」
「は? やめんな」

くすくすとおかしそうにナマエが笑う。

「別にわざわざ付き合わなくても、五条君のこと忘れたりしないよ?」
「そりゃそうだろ」
「なにその自信」

「俺の目の届くところにいて欲しいだけ」
「私そこまで弱くないけど」
「でも、なにがあるか分かんねぇだろ」
「まぁね」
「俺と一緒に教師しない?」
「それはヤダ、呪術師はもうこりごり」
「そんな嫌?」
「嫌だね。うっかり殺したくなるもん」
「俺は?」
「んー、ギリギリセーフかな」
「え、ギリギリなの?」
もうちょい心許してくれてるものだと思っていた。
「だって五条君も呪術師だし」
「えぇ……お前それで俺と付き合えんの?」
「ただの五条君だと思えばなんとかね」

「キスするかもしんねーよ」
「うん」
「その先もするかも」
「うん」
「結婚とか」
「え゙、結婚?」
「ア? 嫌なのかよ」
「五条になるのはイヤ、かも……」
「……俺が将来五条家当主になったら嫌?」
「それは別にいいけど、でも巻き込まれるのは嫌」
「なるべく巻き込ませないって約束する」
「ん〜? うん、いや、うーん……」
くつくつ笑う五条。
「すげぇ悩むじゃん」
「五条家って側室制度あるっけ?」
「あるっちゃあるよ。つっても、もう五条家はこの数十年は正室だけだったけど」
たぶん、禅院家とかはまだ残ってんじゃねぇかな。
「じゃあ側室ならいいよ」
これにはさすがの五条もムカついた。
「ナニソレ、俺に正室とれって言ってる?」
「言ってるね」
「はぁ? ムカつく、妬かねーの」
「妬くよ、たぶん。妬くけど、それより呪術界への嫌悪の方が断然上」
側室ならちゃんとしなくてもまだ大丈夫でしょ。
「はぁー、マジか」
「そもそもそこまでいくか分かんないしね」
今付き合ったばっかなのに、悲しいこと言うなよ。

「あのさ、一個聞いていい?」
「うん」
「呪術師のこと、いつからそんな嫌いになってたわけ。俺の勘だけど、お前が異常に呪術師嫌いなのってこの間のことだけが原因じゃないよな」

 この間のことだけなら、あの男だけを恨めばいい筈だ。そうではないというなら、まだなにか理由があるような気がしていた。
 言っては悪いが、傑とは違い、灰原が死んだ時だってきっちり割り切っていた印象があったから。

「んー、私は割とはじめから嫌いだったよ。呪術高専に入ろうと思ったのも、上の人間に家族が目をつけられる前に防衛手段得ようと思って入ったから」

 とはいえそれに意味なんてなかったし、もう守るものなんて全部なくなってしまったけれど。あーあ、ほんと上層部皆殺ししたい。殺しちゃ駄目かな、駄目なんだよな。たぶん。

「……お前もさ、言えよ。そういうことは」
「硝子には言ってるよ」
「あ、そう」

 水色の瞳が心做しか冷たく据わる。私は顔を覗き込むようにして尋ねた。

「怒った?」
「別に。ムカつくだけ」
「今言ったからいいじゃん」
「よくねぇわ」
「今日から彼氏だから言ったんだよ、特別」
「……ほんとかよ」
「ほんとほんと」
「ったく、どうだか」

 すると五条君は拗ねたように唇をとんがらせる。でもよくよく見れば、耳がピンク色に染まっていたから、私は思わずくすりと笑った。
 はは、分かりやすいな。こんなに分かりやすかったんだな、五条君は。ほんと馬鹿なことしたよね、私も、夏油君も。

「ナマエ」
「ん?」
「好き」
「……うん、私も好きになると思う」
「そこは嘘でも好きって言っとけよ」
「あはは」






五条君が手を出してくれない。キスするかもとか言ってたじゃん。やっぱり夏油君のことが好きなんじゃないの。ゼッタイそうだよ。私を惚れさせるだけ惚れさせておいて、あとは放置?やになっちゃうね。これだからイケメンは。

優しい。優しすぎるくらい優しくしてくれているのだな、というのはわかる。時間のない中、頑張って会ってくれてるんだろうなというのもわかる。でもさ、もうすぐ一年だよ。付き合って一年でキスしてないはやばくない?小学生じゃあるまいし。手だってほとんど私からしか繋げてないし。振り払われたり嫌な顔されたりはしないけれど、どことなく距離を感じる。もしや私に女としての魅力がないのだろうか。ありえなくはないな、あの顔だし。よし、今日から自分磨きに気合い入れよう。これでもダメなら、二周年記念日で別れよう。そうしよう。






「五条君」
「ん?」
「しばらく距離置かない?」
「なぁにナマエ、寂しくなった?」

沈黙していると、かわいた笑い声が

「は?マジで言ってんの」
「言ってる」
「なんで?」
 半笑いで、こころなしか少しふざけたように彼は聞き返してくる。
「五条君、ほんとに私のこと好き?」
「はァ?逆に聞くけど、この僕が好きじゃない奴と付き合うと思う?なんでそういう思考になったのかマジで理解できないんだけど」
「……優しくしてくれてるのはわかるけど、でも、なんか、心の距離を感じる」
五条が沈黙した。これは、クロかな。
「無理して付き合わなくても、」
「そんなの、ナマエだってそうじゃん」
「え、私?」
「傑のこと、まだ忘れられてないんだろ?」
少しの間。
「なんでここで傑がでてくるの」
 今関係ないでしょ。そう言う前に五条君がペラペラと私の言葉を遮った。
「たしかに俺だってそう簡単にアイツのことを忘れられたりはしないよ。でも、もうあン時の傑に縋ってられるほど、俺たちは子供でもいられねぇだろ。かれこれもう五年だよ?ナマエの方こそ、いつまで傑のこと引きずってんの。いつまで傑の名前を呼ぶの?」
「五条くん?」
「距離?んなこと言われても、ナマエだってひとのこと言えないじゃん。こっちはお前がいつ傑に連れて行かれるのかすら、ずっと不安だっていうのに。この間だって馬鹿みたいに危ねぇマネするし。呪術師に未練あんならとっとと戻ってこいよ。高専と、お前の術式から逃げんな」
「っ、」

「なんでナマエまで俺から離れようとすんの」

術式から。いいよね五条君は、強くて。私はそこまで強くないし、優しくもない。傑のことを許せるほど、できた人間じゃない。でも傑のことを嫌いになれるほど、彼のことを忘れたわけでもなかった。なのに。

「……夏油君に囚われてるのは、五条君の方でしょ」

喉が震えた。

「忘れられるわけないじゃん、でもそれ、今五条くんと別れるって話とは関係ないでしょ」
「……僕は、別れたくない。別れない」
「無理に距離縮めようだなんて言わないよ。ただ、ただもし私のために五条君が無理してるようなら、しばらく離れてみてもいいんじゃないかって私は思ったんだよ」
「僕はそれが嫌だって言ってる」
「……わかった」

「……五条君が離れて欲しくないって言ってくれるなら、ちゃんといるから」

「……うん」
「あと私は呪術師という職に未練はないよ。あの時はただ怒りでっていうか、反射で手を出しちゃっただけ。次からは気を付ける」
「うん、頼むよ。心配するから」
「ごめん」
「僕こそ変なこと捲し立てちゃってごめん」
「いいよ」
「ナマエが急に別れたいとか言い出すから、柄にもなくちょっと焦っちゃってさ。お詫びに今日はケーキ買って帰るね」
「うん、嬉しい、ありがとう」
「じゃあ切るね、今日はなるべく早めに帰れるようにするから」
「うん。あ、あと」
「ん?」
「……ケーキは、この間のフルーツいっぱいのってるやつね」
「ふ、りょーかい、じゃあまた後で」
「またね」

駄目だった。別れられなかった。私は重いため息をつく。五条君があんなこと思ってただなんて知らなかったな。どんな顔をしてたんだろう。五条君は随分と隠すことがうまくなってしまったから、あれ以外にも私の知らないことが沢山あるのだろうな。私が彼に夏油君とのすべてを話していないように。勝手だけど、ちょっぴり寂しい。
ぐりぐりとクッションに顔を押し付ける。別にすべてをさらけ出せるのが偉いってわけじゃない。でも、私にとってあれはトラウマ以外の何物でもないもの。できればもう五条君とあの話はしたくはないというのが本音だった。一時私はほんとうに危なかったのだ。五条君がいなかったら、おそらく一線を越えていた。あのどうしようもない怒りをまたぶり返したくはない。
だから呪術師モードの五条君とも、あまり会いたくはなかった。感化されてしまいそうだからだ。

でも、全部私のワガママなんだろうな。

「これもぜんぶ、夏油君のせいだ」

まぶたの裏に浮かぶのは、いつだってやさしい顔をした夏油君だった。




 別れたくない。なにかの拍子に、ぷつりと切れてしまいそうな関係が恐ろしい。恋人という関係がなくれば、本当に彼女は僕の手の中からこぼれ落ちてしまう。それだけはどうしても避けたかった。
 ──いっそ、勝手に籍を入れてしまおうか。
 そんな仄暗い欲求が脳裏をよぎる。でもナマエ、結婚だけはハッキリと嫌って言うんだよな。それをしたら多分、いや、確実に嫌われること間違いなしだろう。最悪逃げられる。それはなるべく避けたかった。
 知らない間に、ナマエと会えなくなってしまいそうで恐ろしい。 最強と名高いこの五条悟をここまで怖がらせることができるのは、きっと前にも後にもナマエだけだろう。

「はぁ」

ナマエは、僕と別れたいのかな。僕にしては過去最高に続いていた方だから、てっきりうまくいっているとばかり思っていた。むしろそろそろ僕のことを好きになってくれたかな、だなんて淡い希望を抱いていたくらいには調子に乗っていた。なんせここ最近のナマエはうんと優しかったし、幸せすぎるほど穏やかな時間を共有できていたから。

「でもどれもこれも僕の勘違い……つら」

さすがにへこむ。しかし特級呪術師に落ち込んでいる暇などはなかった。
スマホのバイブ音。はァ、また仕事か。そろそろ定年退職したいな。だめ?だめか。

「はぁ、伊地知うるさーい」

緑の受話器のボタンをタップしてから開口一番に八つ当たりをすれば、液晶の向こう側からは情けない悲鳴をあげる伊地知の声が飛んでくる。仕事の概要を説明する伊地知の話を聞き流しながら、五条はひそかにまたため息を吐いた。

「……報われないねぇ」




「きゃっ」
 彼女の足がもたつく。
 柄にもなく嫉妬した。
ベッドに彼女の髪が散らばる。思わず力加減ができなくて、彼女が少し痛がった顔をしたのにすぐさま後悔しながら、僕はナマエ問いかけた。

「そんなに僕じゃ駄目なの?」

 なにが足りないの。なにが欲しいの?君のためならなんだってしてあげるし、なんでもしてあげられるよ。
 いっそ君のことを呪って、もうずっと足を縛り付けてしまいたいくらいには好きで好きでたまらないよ。

「好きだよ、どうしようもなく、好きなんだ」
「……五条君」

 知ってる?ナマエが僕にちゃんと好きって言ってくれたこと、一回もないんだよ。

「ごめん、頭冷やしてくる。先にお風呂入ってて」






「え、今何した?」
「ん?チューした」
「チューした」
「やだった?」
「いいやぜんぜん、僕はむしろ嬉しいけど、オマエはいいの?」
「いいよ、付き合ってるんだし」
「そりゃそうだけど」

 家でごろごろしてる間、もう私からしちゃえ、とばかりに雑誌を読んでいた五条君の綺麗な唇に口を寄せる。あ、唇やわらかい。なんて呑気な感想を抱きながら目を開けば、五条君はそれはそれは大きく目を見開いて、瞬きを何回も繰り返しながら動揺していた。
 キスくらいで大袈裟すぎない?舌も入れてないのに。もしかして案外ウブだったりする?その顔で?もしそうなら、ちょっとウケるね。それかやっぱり、私にされるのは嫌だったのかな。もしそうなら、それもやっぱり、結構ショックだなあ。

「そんな驚く?」
「そりゃ驚くでしょ、だってオマエ、」

 僕のこと好きじゃないでしょ。
 彼の言葉に私はしばし固まる。あぁそうか、言ってなかったのか。

「好きだよ、とっくに」
「は、」
「ごめんね、言ってなかったね」
「マジ?」
「マジ」
「いつから」
「わかんない、でもけっこう前から」
「傑は?」
「え?」
「傑のことはもういいの?」
「よくはないけど、ん?どういうこと?」

真っ黒なサングラスを外しながら、五条君は焦ったように聞いてくる。

「傑って言って夜泣いてたのは?」
「えっ、泣いてたの私」
「泣いてたよ、ほんの数カ月前まではよく」
「知らない知らない、初耳だよ」
「はぁ?知らない?マジで言ってんの」
「知らない、夢って起きたら忘れるでしょ」
「そりゃそうだけど……」

五条は考え込む。水色の瞳が私の首元をゆらりと映した。

「じゃあなんでそのネックレスずっと付けてんの」

ネックレス?そう首元を触る。傑君に貰った小さな黄色い石のついた洒落たネックレスが指先に触れた。

「え、これかわいいじゃん」
「いや、うん、かわいいけど。僕があげたやつはぜんぶ一回も付けてくれないくせに」
「ウン百万のネックレスを普段使いはできないよ」

それに一応ドレッサーの毎日目につくところには飾ってあるし。毎日眺めるだけでも十分綺麗だよね。ドレッサーに目をやりながらそう告げれば、目前の五条君の綺麗な顔がたちまち歪んだ。え、どうしたの。びっくりする私を置いて、五条君は手で待ったをかける。

「そんなの……はぁ、ちょっと待って、」

とうとう頭まで抱えてしまった。なんか泣きそうな顔をしている気がするのは気の所為?五条君、ほんとにどうしちゃったの。ちゅうしただけでまさかこんな修羅場まがいの空気になるだなんて夢にも思わなかったんだけど。なんでなんで。五条君のことがなにもわからない。硝子ちゃん助けて。
よしよし、と白い頭を撫でたら、なぜか顔を真っ赤にしつつ睨まれた。昔と違って、今の五条くんはあんまり怖くなかった。

「じゃああの手紙は?」
「手紙?」
「一番右端の文庫本に挟まってるやつ」
「あ、れは傑くんにもらった……けど」
 あれ、手紙のことって五条君に伝えたことあったっけ?と内心密かに首を傾げる。
「だよね」
「うん」
「で?」

で?とは。ラブレターだから?でも告白はもう断ったよね。じゃあ、傑君から貰ったものだからかな。呪詛師に関わるものを持っているとなにかいけないことでもあったっけ。呪術規定に触れたりするのだろうか。次会った時、殺し殺される覚悟はもうとっくにできているのだけど。

「なんであれ未練がましく持ってんの」
「思い出にと思って。だめだった?」
「だめじゃないけど、普通に妬いた」

あ、そっちか。

「そっか。ごめん、気が利かなくて」
「いや、無理に捨てろとは言わないけど」
「五条君が嫌なら捨てても構わないよ。けど写真は持っててもいい?やっぱり夏油君に貰ったものだし、あれは私の戒めみたいなものだから」

他の人に貰った手紙だったらとっくに捨ててたんだけどね。ごめん。申し訳なく思いながら許可をこえば、五条君はかぶりを振った。

「……いや、いいよ、捨てなくて」
「ほんとに?気遣わなくていいよ」
「平気。今は僕の方が大切なんでしょ?」
「そりゃあね」
「ならいいよ」

先程までとは打って変わった優しい声でぎゅっと抱き締められるから、ぽんぽんと私は彼の大きな背中を撫でた。あの手紙気にしてたのか。まぁ傑くんのとは言え、ラブレターだしね。たしかに嫌だよね。たとえ既にその告白を断っていたとはいえ、妬くかもしれない。

「僕のこと好き?」
「好きだよ」
「もう一回言って」
「好き、大好き、いちばん好き」
「……うん、うれしい」

ぐりぐりと肩口に顔を埋められる。白い髪の毛が頬に当たってくすぐったい。ふふ、と笑いながら身をよじれば「こら、逃げない」とさらに強く腰ごとぎゅっと抱きしめられた。

しばらくそうしていて、唐突にあのさ、と五条君が口を開く。

「下の名前で呼んでよ」
「下の名前?五条君を?」
「うん」
「いいよ」
「呼んで」
「さとる、くん?」
「……うん、なかなかクるね」

そう言い残すなりじっと項垂れて無言になってしまったから、私はまた手持ち無沙汰になる。元気出してくれればいいなと願いを込めてその白い頬にキスをすれば、五条君、じゃなかった。悟くんはピシリと固まってから私の両肩を掴むなり、ガバっと勢いよく起き上がる。
 びっくりした。なに?あとちょっと力加減が……肩痛いんだけど。

「いやちょっと待って!さっきからいろいろ展開早くない!?僕の気も知らないでさ!うっかり心臓止まったらどうするの!?」
「ご、ごめん」
「僕はもういっぱいいっぱいなの!チューしてくれんのは嬉しいけどこっちはこっちでいろいろ我慢してるんだって!わかった!?」
「ん、わかった」

ポス、と再びこちらに寄りかかってくる悟くんを受け止める。重い。

「もうさ〜、ほんと……うっ、」
「エッ、泣いてるの?」
「……まだ泣いてないし」

 拗ねたような声に、また私はクスリと笑ってしまう。なんかかわいいな。また悟くんの知らない顔を見れた気がする。




傑の代わりでもいいよ、今の君のいちばんになれたならなんだって。


「ねぇ」
「ん?」
「もし傑がお前を誘いにきたらどうする?」
「殺すよ、死んでも」

 凛とした声に五条は胸が締め付けられる。そっか、ナマエはもうとっくに覚悟を決めていたのか。
 でもさ、それはそれでなんかさみしいんだけど。

「傑の方がいい?」
「え?」
「僕のことはどうでもいい?」
「どうでもいいことないよ、なんで?」

不思議そうにしているナマエに、僕は縋るように身体を寄せる。抱き締めればいとも簡単に覆い被さることができるほどに小さな身体だ。なのに君はいつも一人で突っ走る。

僕を置いて。

「傑のこと、まだ好き?」

 声が震えた。彼女の息遣いが一瞬、止まる。
 あぁ、分かってるよ。やっぱどうしたって傑には勝てないよな。大丈夫、それでも今腕の中にいるのは事実だ。僕がこの手を離さなければ、きっと君は逃げられない。

「好きだよ、でも恋とか愛とか、そういう好きじゃない」
「……ほんとに?誓える?」
「誓えるよ」
「ほんとのほんと?縛り結んでもいい?」
「いいけど、そこまでのことかな」
「僕にとってはね」

五条君はなんだか、臆病になったね。いや、昔はただ臆病だったことを上手に隠していただけかな。

「私、そんなに傑君のこと好きに見えた?」
「見えなかったから怖いんだろ」
「私はこんなに悟くんが好きなのに」
「……そんなこと言っても絆されないから」
「私の言うこと信じてくれないの」

やっぱり五条くん、結局夏油くんのこと信じるんじゃん。心の中でそっと悪態をつく。

「そういうわけじゃないけど……今彼の身としては君の元彼のことが気になるのは当然じゃない?しかも相手はあの傑だよ?情けないかもしれないけど、やっぱり不安なんだよ」

「……元彼?誰が?」
「傑が」
「え?」
「なに」
「……私、傑君とは付き合ったことないよ」
「……は?」
「誰からそんなこと聞いたの?」
「傑」
「いつ?」
「……硝子に言われて傑追いかけた時だから……お前が傑に喧嘩ふっかけた前の日」

彼女はなにか思い当たることがあるようで、ふぅんと遠くを見つめた。

「離反する前、たしかに私は傑君に告白されたよ。あの手紙をもらった。読んで、明日までに返事を考えておいてって頼まれた。ごめんって返事もした。それから、あの冬にまた傑に会った。殺られて気絶する前に私から告白したのはほんと。『あの時私も好きって言ってたら、なにか変わってたの?』って」
「待って、聞いてた話と違う。傑は前日お前と付き合って、次会った時は奪うからって」
「ならそれは傑君の嘘だね。あの日、私から殺す気で手を出した。私を殺せるなら、傑君はきっと本気なんだろうって。でも殺さなかった。そんな、そんな生半可な思想のために私の家族は殺されたんだ。恨んでるよ、正直。でもそれと同じくらい後悔してる。あの日傑君の告白を受けていたら、なにか変わってたのかもしれないって」

私のせいだと思った。傑くんの中でなにかのきっかけのひとつになってしまったのかもしれないと、正直今でもそう思っている。傲慢かもしれないけど、あのタイミングじゃそう思うに決まってる。たとえ彼の未来を知っていたとしても。だから彼に憎悪を募らせると同時に自分を責めた。悟くんの言っていた寝言とやらも、もしかしたら夢の中でも傑くんに謝っていたのかもしれない。そんなことをしたって、あの日の傑くんが戻ってくるわけじゃないのに。

「……マジか」
「うん」
「はぁ〜、ってことはまんまと傑に騙されたってワケね。納得」
「なんのための嘘だったんだろうね」
「そりゃオマエ……いや、なんでもない」

ここで僕の口から教えてしまうのはなんだか癪だし、きっとこの先も知らない方がいいだろう。あーあ、やっぱ傑は俺の一番の親友であり悪友だわ。クソ。次会った時はついでにぶん殴ろ。



キスしたいな。いいかな。

「僕からキスしてもいい?」
「?いいよ」

ふに、と彼女のやわからい唇が僕のそれに合わさるように形を変える。ここまで長かったな。随分と遠回りをした。止まらなくなる前にそっと僕は顔を離す。それからすぐそばにある、彼女の黒い瞳を見つめた。

「手も繋ぎたい、恋人繋ぎ」
「うん」
「カップル限定クレープ食べたい」
「あはは、いいよ」
「……えっちしたい」
「……次会うときなら」
「一緒に住みたい」
「うん、いいよ」
「……結婚しよ」
「それは要相談かな」
「チッ」

相変わらず抜け目ないなぁ、五条君は。

「次は僕があげたネックレスつけてよ」
「やだよ、なくしたら怖いし」
「おねがい、つけて」
「……わかった」

「そうだな、50万くらいの小さなネックレスなら毎日つけてくれる?」
「せめて5万でお願いします」
「5万?すぐ壊れそう、やっぱり50万」
 五万円のネックレスがすぐ壊れるわけがないだろうが、なんて心の中で返答しながら私はため息をついた。
「……まぁ、もうなんでもいいよ」
「なんでそんな投げやりなの!やだ!」
「20代のごく一般的な感覚だと思うけど」

1カラットのダイヤの似合う20歳になれるよう色々頑張らなきゃな。なんてぼんやりと考えていると五条君、否、悟くんの無駄にやわらかい唇がちゅ、と瞼にキスやこめかみ、鼻の頭の順に落とされていく。

「ナマエ、好きだよ」
「うん、私も好き」

愛する君に、有り余るくらいの幸せを。

五条悟は私が幸せにしてやるんだから。ざまぁみろ夏油傑。私はそう心の中であの胡散臭い腹立つ笑みを浮かべた傑くんに向けて、せせら笑ってやったのだった。



R18

「やばい、チンコ破裂しそう」
「いやムード……」

 まさかの童貞?いやでも高校の頃、一回彼女みたいな人いなかったっけ。

「お前と付き合ってからは誰ともしてないよ」
「それは私もだけど」
「うん、逆に違ったら修羅場だからね?」

「五条君彼女いたことないの?」
「ないよ、セフレっぽいのはいたけどね」
「そうなんだ」
「引いた?」
「ううん、私が初彼女ってことでしょ?嬉しい」
「妬いてくれないの?」
「今は嬉しい気持ちの方が大きいかな」

「ふぅん、僕は妬いてるよ」
「えっ」




「シたなぁ」
「そんなしみじみ噛み締めないでよ」
「だって、かれこれ三年の夢が叶ったからね」

照れたようにナマエは布団の中に埋もれる。でも耳が真っ赤なのを隠せていないのが、またまぬけでとてつもなく可愛い。

「あー、またシたくなるからもうそれ以上可愛いことしないで」
「してない」
「してるよ、無自覚なの?恐ろしいなぁ」

これだからナマエは。あぁもう、無理、幸せすぎてしんどい。かわいいかわいい。







最近の悟くんはかわいいしか言わない。
……悟くん、壊れちゃった。




君のその、異様な非術師信仰ってなんなの?どっからきてんの
……非術師の在り方が、正しいとどうしても頭のどこかで思ってしまうから、かな
マジョリティに憧れてるんだ?
んー、そう言われるとちょっと違うけど

マ、べつにそう捉えてもらっても構わないかな。こだわりはないし。
あっそ






「そういや先生って彼女いんの?」
「ん?いるよ、逆にいないと思う?」
「ウザ」
「へぇ、いるんだ!どんな人?呪術師?」
「元、呪術師かな。写真みる?」
「みるみる!」

「なんか小動物っぽくてカワイイ!年下なん?」
「まさか。同い年」
「揃いも揃って童顔ね、可愛い人じゃない」
「俺らの先輩って言われた方がまだ信用できるわ」

「五条先生もですけど、ナマエさんも昔から変わりませんね」
「あれ、伏黒知ってたん?」
「まぁ。ガキの頃に結構世話になってたからな」
「先に言いなさいよ」

「結婚しねーの?」
「んー、僕が呪術師である限りしないかな」
「へー。なんでしないかって聞いてもいい感じ?なんか事情があったりすんの?」
「構わないよ。彼女が大の呪術師嫌いなんだ」
「エッ、なんで?」
「術式狙いに圧力かけられたり、元同期の呪詛師に家族殺されたり、まあいろいろな理由が積み重なった結果だよ」
 あの状況じゃ彼女にとって呪術師嫌いにならない方がおかしいくらいだね。想像以上にヘビーな過去を笑って告げた五条に、虎杖は眉を下げて苦笑、釘崎は顔を顰め、伏黒はいつものことだとため息をついた。
「よく付き合えたね先生」
「それはまー、頑張ったから」
「へー、アンタが頑張ることなんてあんのね。やるじゃない彼女さん」

「僕としては今すぐにでも籍入れて結婚したいんだけどねぇ、五条にはなりたくないって振られちゃった」
「トーゼンでしょ、誰だって嫌だわ」
 御三家なんか大概クソよ、と吐き捨てる野薔薇。
「だから最悪、呪術師定年退職したら僕がナマエの苗字を貰おうかなって」
「呪術師に定年退職っていう概念あるの?」
「ほぼないけど、僕レベルならワンチャンあるんじゃないかな」
「うっざ」
 顎に手を添えて、五条はふむと悩む素振りをする。
「もしくは隠居かな。二人でのんびり老後を過ごすってのも夢があっていいよね」
「いいなそれ!」
 五条がにっと笑う。
「悠仁達も来なよ、おもてなししてあげる」
「いいわねそれ。アンタの愚痴聞きたいわ」
「ナマエはいい子だから僕の愚痴なんていいませーん」
「はぁ?わかんないわよ。足臭いとか、本人に言わないだけであるもんでしょ」
「……ナマエはそんなひどいこと言わないもん!」
「ハン、どうだか」

「サンキュー先生!伏黒も連れて行くわ!」
「やめろ」






夢主に言われてもやめなかったのに、歌姫に言われて即やめててちょっと面白くない夢主と、そんな夢主が可愛すぎて困ってるショーコ。

普通に夏油は夢主のことが好き
五条も夢主のこと好きだけどこっちは無自覚





夏油くん
やあ、早かったね
間髪入れずに私は問いかける。
なんで?
せっかちはよくないよ

馬鹿じゃないの、呪術師なんてこの世界を整えるためだけの存在だ。
きみの方こそ、その偏った非呪術師信仰を改めた方がいい
夏油くんだってひとのこと言えないでしょ

悟を頼む
しらない。私に頼まないで
悟にはきみしかいないんだ
そんなの「夏油くんしかいない」の間違いでしょう。
そんなわけないじゃん……なに言ってるの、ほんとに
信じられない。私は違う、違う、と首を横に振る。
五条くんが一番大切にしてたのは夏油くんだよ
たしかに、きみにはそう見えていたんだろうね。でもそれは悟がきみへの想いを消すための隠れ蓑に過ぎないよ。そして私はそれを知っていながら、見ていないフリをしていた。
?どういう…
夏油くんの言っている意味が、まったく飲み込めない。
ナマエ、きみはとても綺麗だ
……なにが言いたいの
私はきみにずっと憧れていた。きみの、凛とした横顔が好きだった。きみを苦しめている悩みを知りたかった。あわよくばきみの人生に関わりたかった。きみの視界に留めて欲しかった。……きみの足枷となるあの家族が、ときどき憎らしかった。

私がきみのことを、好きだったからだ
……は?
きみは鈍いよね。術式の特性上仕方がないのかもしれないけれど、あまりに鈍い。私も悟も、もしかすると硝子も、きみに傷付けられてばかりだったよ
……なに、だから今度は私を傷付けようって話?
いや、これは忠告だ

悟を救えるのは君だけだ
救う?今救われなきゃなんない人が何言ってるの
すると夏油くんがおや?といった顔をした。
へえ、私のことを救ってくれるつもりだったのかい
そうだね。命懸けで止めるつもりだよ、それが私なりの夏油くんへの償いだから。
そう。やっと私を見てくれるのか。いや、ここまでしないと私を見てくれないのか、とも言えるかな。




「五と互いに勘違いする十年間」
→五条と夏油がデきてると思ってる夢主と夏油と夢主がデきてると思ってる五条たちの話

高専一年編 転生からのBL勘違い 初彼氏 夏油
高専二年編 五条↑ 呪術師嫌いの加速 弟の死
高専三年編 夏に告白される 離反 硝子と喧嘩
高専四年編 呪術師引退決意 五に告白される
ミッドポイント
高専〜大人 五条の切ない片思いムーブ二年
大人 BLじゃなかったことがようやくわかる
教師五条編 五条とのお互いの勘違いが晴れる



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