叙事詩と手拍子

アナクサゴラスと元$カ徒
→これは、アナ先生の「元生徒」という意味ではなく、元々は人間であり今は錬金術によって魂という欠陥を抱えた状態で生成された錬金なまえさんという生徒、つまり元生徒というわけ。

アナクサゴラス三十路まじか。ええな。

時系列は三つ
生徒ナマエさん、死亡後ホムンクルスナマエさん、
アナ先生サーシス同化後、答え合わせ終わり、ボーナスタイム突入ナマエさん


イクトゥス、発言を許可します。なぜ私の誘いを断ったのですか。貴方にとって、私が提示した条件は決して悪いものではなかったはずです。それとも……何か、気に入らない点でもありましたか?

イクトゥスはわかりやすく動揺した。瞳孔が開き、彼女の視線は右へ左へと定まらない。

……私には不相応な申し出だったからです
ふむ、具体的にどの点が不相応であると感じたのですか
え、えっと

驚くイクトゥス。そんな彼女をアナクサゴラスは言葉を発することなく、視線ひとつで続きを促す。

……アナクサゴラス先生の研究室への入会?を条件に、住居の提供と研究資金の援助……アナクサゴラス先生の研究室はただでさえ人気なのに、ましてやそんな

私が良いと言っているのだから良いのです。そして、私の研究室は最初こそ人数は多いものの、最終的に私のもとに留まる生徒はほんの一握りです。ご安心を。過度な配慮は不要です。


貴方は、魂に興味があるのですか?
……魂ではなく、私は肉体の方に興味があります。
ほう?
魂が先か、肉体が先か。この議論はおよそ八百年以上行われてきていますが、いまだ結論は出ていません。ですが先生は魂を作ることが可能であると、おっしゃっていたと記憶しています
ええ、違いありません。
では魂はどこから発生するのでしょうか。人々の記憶……でしょうか?そもそも、人類の始まりはなんでしょう。魂の存在を肯定した場合、私達はその始まりを仮定して考えなければいけません。生命の第一原因について、私達は模索していく必要があります。大地、あるいは海から自然発生したものなのでしょうか。私は肉体に宿っているのではないかと予測しています。
なぜ?
単純な話です。魂の不調は身体に現れます。身体の不調は魂の健康に影響を及ぼします。魂と肉体を切り離すことは不可能だと思うからです。
至極単純明快ですね
この意見は、アナクサゴラス先生の意見を真っ向から否定しています。私は貴方の研究室に入るべき人間でないのではないでしょうか



ところで、ヒアシンシアはなんと?
先生は私のことを気に入っているから、気にしなくて良いと言っていました

(チッ、余計なことを)

私の文献をよく読んでくださっているのですね。
はい。先生の論文はとても面白いので好きです。
……そして、驚くほどに素直だ。続きを。






ヒアンシー、やっぱり私断ってくる
ええっ、どうしてですか?アナイクス先生は貴方のために樹庭の研究室の掃除までしていたんですよ?
……どうして私なんだろう
クトゥは知りたがり屋さんですね





クトゥ、と呼ばせているのですか?
?はい




イクトゥス
はい
…………なんでもありません。よい夜を。
はい、おやすみなさい




彼女の方程式は美しい。えこひいき?ふはは、笑わせないでください。私は私にとって順当な評価をしたまでです。それをえこひいきと言うのなら、好きにしてください。




住むところは必要ありません。私には今の家で十分なので
言っては悪いですが、あなたの故郷は今、暗黒の潮に呑まれかけているのが現状です。いくら森の奥深くとは言え、女性がただ一人、命の危険をみすみす晒しながら暮らしていくことの方が、デメリットはよほど多いと思いますが。
貴方ほどの優秀な学者の卵を、わざわざ暗黒の潮に害されてしまうところに置いていくのは、いささか惜しい。

わかりませんか?
……
私が、あなたを欲しいと言っているのですよ

アナクサゴラス先生は……なぜか私を評価してそう言ってくれますが、私は特別成績が良いわけでもないので、その、先生の期待を裏切らない自信がありません
ふむ、そうですね。成績については肯定もしませんが、特に否定もしないでおきましよゎう。特に統計は大変苦手としているようですからね。その点については、ついでに私が補講をしてさしあげますのでご心配なく。


先生には、私がどんなふうに見えているんですか?
可愛い生徒、以外の何者でもありませんよ。


貴方の死は、私が必ず見届けてみせましょう。
え?
貴方の遺体の面倒を私が請け負う、と言っているのですよ
お墓……のことですか
ええ。私には黄金の血が流れている。おそらく貴方よりは長く生きるでしょう。貴方のその望みを、私が受け継ぐ、という提案です。

or
……本当に、私でいいのですか?
はい。私はもう、この庭から出ることはないと思うので
わかりました。貴方の信頼に、必ず答えてみせましょう。
ありがとうございます、アナクサゴラス先生












愚かな子だ……
orばかな子だ……

彼女は死んだ。












先生に死体をあげると告げた夢主の遺言によって、合法的に死体を入手。
彼女の家族は皆、暗黒の潮によって既に死んでいた。彼女の故郷もとっくに暗黒の潮に呑まれている。彼女の死体は、責任を持って己が預かることにした。
普通の人間であれば、墓に入れるなりなんなりすることが必要になるだろう。しかし、アナクサゴラスはそんな常識に収まるような人間ではない。そして、彼女はそんな彼を受け入れた。

指先についた彼女の赤い血を舐めとる。黄金色の血に比べればよっぽど甘美であるように思えたが、やはり同じ鉄錆のような味しかしなかった。当然の結果である。


丁重に棺に入れ、トリビー特製の時を留める箱に花を敷き詰め、その上にそうっと寝かせた。そしてその安らかな寝顔をただ眺める。

しばらくの間、ずっとそうしていた。




彼女自身の望み通り、ホムンクルスとなって生まれ変わったイクトゥス。記憶もなければ、知性もない。まさしく赤子のようであった。

アナイクスはそんな名前を甲斐甲斐しく世話をする。

彼女の父であり、恋人であり、師であろうと努めた。





貴方には生きてもらわなければいけません。魂と肉体の事実を証明するために。


アナ
なんですか
すき


一瞬、呼吸の仕方を忘れた。本のページを捲る手も自然と止まっていた。


貴方は……


頬を染めて、こちらに微笑む彼女の姿は、まるで己が夢見ていたイクトゥスに酷似しており、いつかの記憶に棲みついているイクトゥスには似ても似つかぬ笑顔でこちらに笑いかけていた。

「……フッ、ハハッ……ッ、はぁ……」

アナイクスは確信する。やはり、人は甦ることなどあり得ないと。魂から作り直すことでしか、我々に残された道はないことを。彼女がこうして、身をもって証明してくれている。

わかっている。とっくにわかっていたことだった。今更。
彼女は彼女の記憶ではなく、アナクサゴラス本人の記憶を元に人格を形成している。随分と長い間、とんだ一人芝居をしていたものだ。

アナクサゴラスの手元の本のページは、今にも千切れそうなほど皺だらけになっていた。



今日から貴方の正式名は、クトゥです。
クトゥ?
イクトゥスは……あの子は、もう死んだのですから。





クトゥ



先生は、ずっと一人で、寂しくはないのですか
貴方がいるでしょう
……
……クトゥ?
私、私は、違います
違う?
私に、生命は宿ってはいません。そうですよね、アナクサゴラス先生。

アナクサゴラスは目を見開いた。ほう、もう辿り着いていたのか。





クトゥ。キャストリビアスには、一歩たりとも近付いてはなりません。貴方は死んでいますが、肉体の生命機関は今も存続しています。あの娘の手に触れれば、貴方は跡形もなく塵となって消えるでしょう。
でも、私はあの子と友人になりたい





ヒアシンシア。言いたいことがあるなら言いなさい。
先生、あの子の姿は、一体……あの姿は、まるで、

──イクトゥス

場所を変えます。ついてきてください



今から話すことは断固として一切の他言無用……というわけではありません。お互いの合意の上で行ったことであり、イクトゥスの尊厳を破壊する意思はなかったことをここに誓います。よって、彼女が信頼していた人間にであれば事情を説明することも許可しています。ですが、非常に倫理、道徳観に欠けた話題です。禁忌の一歩手前、と言ってもいいでしょう。無関係の者には、決して言いふらさないように。
わかりました
では、単刀直入に言います。あれは彼女の死体を再利用して生まれた、錬金術によるホムンクルスです。
ホムン、クルス……
あれはイクトゥスではありません。彼女はすでに死んでいます。彼女の名は、クトゥです。仮の名として、今は彼女の愛称をお借りしています。



彼女はずっと追い求めていました。肉体に宿る魂の真実を。
イクトゥスは、クトゥの夢は、叶ったんですね。
……ええ、おそらくは。それが彼女が望んでいた真実であったのかどうかは、見当もつきませんがね。




せ、せんせ?
……震えていますね。やはり貴方はどこまでもわかりやすい
先生、なにを
わかりませんか?
わ、わからないです

彼はふむ、と考える。では、とアナイクスはいった。

私が怖いですか?
……わ、わかりません
……これでも?



可哀想に。まるで親に見捨てられた哀れな子鹿のようだ


どうして、
どうして?笑わせないでください。貴方が一番分かっていることでしょう




先生にも、恐ろしいものがあるんですね
……例に漏れず、私もまた生物であるということです

白い指先がアナイクスの瞼をそっとなぞった。刹那、アナイクスは瞼を震わせたあと、その指先をただ享受する。

貴方はどうしますか。
私、ですか
ええ。私が死んだ後の話をしましょう。
……私、は。


アナイクスはどこかで期待していた。彼女が、アナイクスのいない世界で生きることを手放してくれることを。

prev | index | next