患い
プラターヌ博士のために図鑑埋めをしている毎日。
今日も図鑑を少し埋めた。
少し埋めては毎日のように会いに行ってる、図鑑を見せるのを口実に博士に会うのが日課だ。
けれど最近体調を崩してしまい、博士に会うのは三日ぶりになってしまった。
早く会いたい気持ちを抱きなからローラースケートで研究所へ向かう。
研究所に入りエレベータに乗るといつも博士が居る三階のボタンを押す。
エレベータでの待ち時間が焦れったく感じる。
「プラターヌ博士!図鑑見てください!」
ドアが開くと同時に飛び出すと博士の姿を探す。
いつもなら「やー!よく来たね!」と出迎えてくれるのだが、今日は出迎えどころか姿がない。
博士のデスクを恐る恐ると覗くと、代わりに博士の助手のジーナさんとデクシオさんの姿があった。
「あら、ナマエ…」
「どうかした?」
二人共掃除中なのか、プラターヌ博士の散らかったデスクを片付けている。
「えっと…プラターヌ博士は?」
「博士…?あれ?聞いていなかった?」
分厚い本を持っていたデクシオさんは一旦デスクの上にそれを置く。
埃かぶっていたらしくて置いた衝撃で埃が飛び散って咳をしている。
ジーナさんはそんな彼に少し呆れた表情をすると、代わりに答えた。
「プラターヌ博士は今入院中なの」
「え…!?入院!?それって大変なんじゃ…」
「ええ、そりゃもう大変なの。全治三ヶ月だったかしら」
「全治三ヶ月!?重症じゃないですか!」
「そうよ、重症なの。だからお見舞いに行ってくださらない?きっと貴方が行けば博士も喜ぶわ」
ジーナさんは真顔で何事もなかったかのようにサラッと話しているが、私にとっては大惨事だ。
前にあった時は元気だったのに突然入院なんて……。
私が体調を崩している間に何があったのだろうか。
「ミアレ総合病院は閉院するのが早いから、急いで行くのよ」
「はい…!」
タウンマップを開くと、ジーナさんが博士が入院した病院と道順を教えてくれた。
簡単にお礼を言うと、急いで研究所を出た。
「ジーナ……」
静かになった部屋でぼそっと呟いたデクシオ。
今度は彼が逆に呆れ気味だ。
「あら?だってこう言った方が面白そうじゃない?」
「……酷いね」
デクシオは心の中でナマエにそっと謝った。
***
(ミアレ総合病院…だっけ)
ジーナさんに病院名と場所を教えてもらったがミアレの土地にまだ不慣れなために、なかなか辿り着けない。
急いでいるのだから大人しくタクシーを利用すればよかったと今更後悔する。
(全治三ヶ月かぁ…)
と、言うことは三ヶ月は研究所に行っても博士には会えないことになる。
毎日病院までお見舞い、って考えるも逆に迷惑かもしれない。
もしかすると今こうして会いに行くことさえも、療養中の博士にとっては迷惑なのかもしれない……。
そう考えると足が自然と止まった。
やっぱり迷惑だしやめておこう、と考えたが先程のジーナさんの言葉を思い出す。
『きっと貴方が行けば博士も喜ぶわ』
ジーナさんがああ言うなら、大丈夫だよね?と少し迷いながらも歩を進める。
もし博士に会ったら何て声を掛けようか。
「大丈夫ですか?」は全治三ヶ月の博士には少し皮肉に聞こえるかも……。
「何で教えてくれなかったんですか?」なんて……私は博士の特別な人でもないのにその言葉は失礼かな……。
あれやこれや言葉を考えていると、目指していたミアレ総合病院が見えてきてしまった。
当たり前だかアサメタウンの病院より大きい。
先程まで会おうか会わないか悩んでいたが、病院が見えると会いたいという気持ちが一杯になった。
急いで走って入り口へ向かうが……。
「あ…」
少し遅かった、数十分前に閉院してしまったようだ。
入り口に終了の文字を示す立て札が置かれていた。
アサメタウンの病院だと入院患者に会えるように夜まで開いていたが、ミアレシティでは違うらしい。
でも、少しだけ安堵している自分がいる。
なんて声をかけようか迷っていたし、ジーナさんはああ言ったとはいえ迷惑だった可能性もあったからだ。
仮に入った所で面会できる状態かも怪しい。
だとしたら……これで良かったのかもしれない。
でも、博士に会えなかったとがっかりした気持ちもあった。
会って状態を直接確認できたら安心したのかもしれない。
けど……重症だったら、と考えはまた振り出しに戻る。
ふと立て札を見ると、ある文章が目に入った。
「御用の方は北口から…」
もしかするとそこから入れるかもしれない、と私は希望を持って急ぐ。
小走りで北口へまわるとそこにも立て札があったが、それは急患の方に示したものだった。
扉の近くにインターホーンが取り付けられている。
それを押す勇気など私にはなかった。
私は急患でもない、ただ博士に会いに来ただけ。
タクシーを使っていれば間に合っていただろう。
利用しなかった自分を恨めしく思いながらも静かにその場を立ち去る。
どのみち会っても迷惑だったのだから、これが正しいのだろう。
何度も自分にそう言い聞かせ続けた。
でないと後悔している自分を抑えることが出来ないから。
とは言っても本当は会いたかった。
明日早く行けばきっと会えるけど、出来れば今会いたかった。
会って顔を見たかった。
もっと早く研究所に行っていれば……。
とまた後悔が始まってしまった。
ぼんやりとした思考で当てもなく歩いていると、背後から私を呼ぶ声が聞こえた。
「ナマエ!」
反射的に足を止めて、振り返るとそこには入院しているはずのプラターヌ博士がいた。
「博士…!?なんで…」
少し走ったのか肩で息をしている。
ぜぇぜぇと苦しそうにしている姿に私は慌てる。
「博士!重症なんだから早く病院に…!」
プラターヌ博士は息を整えるから少し待ってくれ、と手で合図すると大きく深呼吸を始めた。
何度も大きく息を吸って吐いているうちに、呼吸が落ち着いてきた。
「院内の窓からキミの姿が見えて、慌てて飛び出して来たんだ。それに…重症…?何のことだい?」
その言葉に私は驚く。
「だって!ジーナさんが三ヶ月入院だって…!」
「三ヶ月!?そんなことないよー、たった三日だよ?」
「三日…?」
「ナマエ、それジーナが嘘付いたんだよ……」
博士は苦笑いして「後でジーナに言っておくよ」と溜息と共に呟いた。
「嘘、だったんですか…」
真面目そうな顔で言われたものだから、私は嘘が本当だと思ってしまった。
きっと今頃ジーナさんに笑われてるかもしれない……。
恥ずかしさが込み上げてきて、頬が熱を帯びる。
「…でも、入院には変わりないんですね…その、大丈夫ですか?」
「うーん…無断で出て来たからダメだろうね」
「えっと…そういうことじゃなくて、症状とか…」
「あぁ…ちょっと体調悪かったんだ。でも、ナマエの顔を見たら元気になったよ」
さらっとそういうことを言うものだからに余計に恥ずかしくなり、思わず目を逸らしてしまう。
「またそんな…」
「本当だよ?それに、ナマエだから追いかけて来たんだ」
恥ずかしくて黙っていると、博士に優しく抱きしめられた。
目を逸らしていたので不意の出来事にドキリと心臓が跳ねる。
「博士…!」
「ナマエ、ありがとう。ボクのために来てくれて」
耳元で低い声で囁かれて、ただでさえ今鼓動が早いのにさらに加速する。
博士の香りが鼻孔を擽って、呼吸音が変に心地良い。
けれど羞恥心の方が勝っていて、ただギュッと目を瞑って耐えていた。
「ちゃんと元気になってくださいね?」
恥ずかしい感情を抑えながら、絞り上げるように言葉を発する。
私の言葉に博士は笑顔で「勿論」と答えてくれ、頭を優しく撫でてくれた。
「研究所で待っていますから」
聞こえないようにそっと呟いたつもりだったが聞こえてしまったのか、博士は返事の代わりに私をさらに抱き寄せた。