Muguet



今日、研究所は休みらしい。
カロス地方では五月一日はメーデーと言い、国民の祝日。
余程のことがなければ働かないらしい。
昨日図鑑を見せに研究所に行った際、プラターヌ博士から一言告げられた。
 
「明日はメーデーだからねー、研究所は休みだからね?」
 
「めーでー、ですか?」

聞き慣れない単語に言葉を覚えたてのペラップのように繰り返した。
首を傾げ疑問符を浮かべると、博士は少し屈んで私の目線の高さに合わせると説明をしてくれた。

「そう、メーデー。勤労感謝の日だよ」
 
「勤労感謝の日なんですね」

勤労感謝の日であれば知っている、カントー地方でも祝日として存在している。
かと言ってもカロス地方のように実際に飲食店や鉄道が休業する等はあまりしない、きっと文化の違いなんだろう。


***

 
ミアレシティで開店しているカフェはないだろうかとグルグルと歩き回っている。
しかしメーデーの今日はやはりプラターヌ博士の言葉の通り殆ど閉まっている。
ただ家で過ごすのも勿体無く感じ外へ出たものの、時間と労力を無駄にしたように思えた。
仕方ない帰ろうとモンスターボールを取り出すと、背後からよく覚えている声が聞こえた。
 
「ボンジュール、ナマエじゃないか。偶然だね」
 
少し期待しながらも振り返るとやはりプラターヌ博士がいた。
白衣は着てはいないが、その下に来ているブルーのシャツを着ている。
満面の笑みで振り返った私に手を振っている。
偶然出会えたという些細な事に喜びを感じ、釣られるようにこちらも微笑んで小さく手を振り返した。
 
「驚いた?この日は美術館も閉まっているんだ」
 
「はい、ビックリしました」
 
「そうだ、ガレット屋はやってるから良かったら一緒に食べようよ」
 
ニコニコと顔を覗き込んで提案してくる彼。
 
「えっ、良いんですか!?」

思いがけない提案にやや食い気味で確認した。
お休みの日にプラターヌ博士と一緒に過ごせるなんて…思ってもいない事態。
 
「勿論!」
 
行こう行こう、と遊園地ではしゃぐ子供のようにご機嫌で、私の手を引いた。
博士も意外と子供っぽいところがあるな、と意外な一面を発見した。
しかも手を繋がれて歩いている、それだけなのに私は十二分に優越感に浸される。
なんて幸運な日だ、メーデーに感謝。
 
「あの、博士……何で、同じ花を売っているのでしょうか?」
 
今日ミアレシティに来てから少し気になっていた。
街のあちらこちらで開かれている小さな出店……花を売っているのだろうか。
しかも他のお店でも売られている、同じ花を。
その疑問を博士に尋ねてみた。
 
「あぁ…あれはね、ミュゲって言うんだよ。今日はミュゲの日でもあるからね」
 
「ミュゲ?」
 
「えっと…カントー地方とかでは…うーん…確か、スズランって呼ばれてたかな。だからスズランの日だね。カロスではスズランは幸運をもたらす花と考えられていて、宮廷の人達に贈ったのが始まりらしいよ。それでこの日は親しい人の幸運を祈って、スズランを送るんだよ」
 
「へぇ…」
 
1つ、また1つとスズランが売られている店を目で追いかける。
年配の方が購入したり、女性が花束になったスズランを抱えていたり……ポケモンに贈っている人も見当たった。
 
(親しい人、かぁ……)
 
私とプラターヌ博士も親しい間柄だろうか。
少なくとも今こうして手を引かれている姿を見ると親しい仲には見えるだろう。
親子…なんてことは無いと思いたい。
 
「博士、少し待ってくれますか?」
 
「ん?いいけど、どうかした?」
 
「すぐ戻ってくるので……!」
 
不思議そうに覗き込んでくる彼にただそれだけを伝えると、付近のローズ広場に逃げるように向かった。
家族連れや恋人同士で賑わうその広場にもやはりあのお店があった。
一歩一歩、そのお店に近づく。
近づくにつれて緊張が走る。
やっぱりやめようと何度も考えた。
けれど、今日だったら……
 
お店でスズランの花束を1束購入した。
彼を連想させる青いリボンを巻いてもらった。
少しドキドキしている。
消していけないことをしているわけではないのに。
 
「博士」
 
道端で置いてきてしまった彼の背に声をかける。
その呼ぶ声は自分でもわかるくらい裏返ってしまって恥ずかしい。
 
「あの……、これ」
 
上手い言葉が見つからない。
ここに来るまでは、この言葉を伝えようと考えていたのにいざ彼を目の前にすると頭が真っ白だ。
博士の表情を伺うのが怖くてキツく目を閉じ、先程購入したスズランの花束を差し出した。
私にとって彼は親しい人でもあり、それ以上の人でもあるからだ。
 
博士にはいつも助けられている。
引っ越して間もない私に手を差し伸べ、友達を作る機会を与えてくれた。
かけがえのないパートナーも与えてくれた。
私にポケモンとの絆を教えてくれた。
そんな彼が、私にとっては一番大切な人であり大好きな人だ。
 
今日だったら、秘めていたその気持ちを伝えることが許される気がした。
せめて親しい人、という意味でも伝わればいいと思った。
 
「ナマエ……」
 
ぽつりと私の名を呟いた。
その低い声のトーンに、手に汗が滲む。
やっぱり迷惑だったよね、そんな後悔が頭の中を埋め尽くした。
 
「その、もう1つ、スズランを贈る行為に意味があってね……」
 
「……はい」
 
「スズランは恋人の出会いの象徴でもあって………、えっと、愛する人に贈る、ということなんだけど……」
 
「えっ……!」
 
「いや、ゴメン!なんでもない……よ」
 
恐る恐る顔をあげて彼の表情を伺う。
手で口元を隠して目線はどこか遠くを指している。
気のせいだろうか、頬が火照っているような気がした。
あのプラターヌ博士が?
自分の目を疑ったが目の前の彼の表情は紛れもない事実。
 
「ありがとう、大切にするよ」
 
いつものように笑顔を浮かべ、花束受け取った。
その離れていく手を無意識に掴んだ。
あんな表情をしておきながら、有耶無耶にされたくなかった。
 
「あの、プラターヌ博士、好きです」
 
揺らぐセルリアンブルーの瞳を見つめて、秘めていた思いを伝えた。
二、三回目をぱちくりさせると照れながら頬を掻き、こう呟いた。
先越されちゃったなぁ、と。