「いやあ、ドジっちゃいました」
視線を集めてしまった気恥ずかしさにできるだけ軽い調子でそう言ったが、仲間たちは皆揃って痛そうな顔をした。
久々に島に上陸したので、ハートの海賊団の皆と船を降りてちょっと探索に出た。しかし途中ではぐれた私が、腕に矢を刺されて戻ってきたのだ。
私だって逆の立場なら同じ顔をしただろう。仲間の怪我は自分の怪我よりもずっと、痛い。
「なまえ、誰にやられた?」
「んー、たぶん同業。このツナギ見てキャプテンの名前言ってたから」
左腕に刺さったままの矢が自らの重さでたわんでいる。利き腕でなかったのは、まあ幸運だった。こうして船まで逃げ切れたことも。
普段は忌々しい程柔らかい二の腕が、今は矢の周りだけ熱く、硬くなっていた。指先がビリビリと痺れ、うまく動かない。
自分の右手で矢を抜こうとすると、刺された時よりも強い痛みが肩から脳天までを一気に駆け抜け、貫いた。声も出ない程の衝撃に口がぱくぱくと情けなく開閉する。
「馬鹿。触るな」
お怒りの声とほぼ同時に、キャプテンが能力を使う気配がした。横にいたイッカクが後ろへ退がる。
無感覚のまま私の身体から左腕が離れていくのが見えてしまい、思わず目を背けた。身体に支障がないとはいえ、これ以上の処置を見守るような度胸は持ち合わせていない。
しばらくするとベポが横で、うげ、と小さく呻いた。横目でちらりとキャプテンの方を窺うと、血のついた矢が浮いていた。思っていた以上に太い。あんな物が刺さっていたのか、と今更ながら戦慄する。
キャプテンの掌には矢の他に、いかにも警告色の液体が浮かび上がっていた。形を定めることなく、どぷどぷと空中を漂っている。
「毒矢だな。ご丁寧なことだ」
キャプテンの言葉に再び私は顔色を変えた。ひょっとして死ぬところだったんじゃないのか、私。
「しばらく部屋で休んでろ。毒は抜いたが、念のためだ。」
気付けば腕はもう元通りに戻されていたが、まだ身体の熱は残っていた。キャプテンの話によると、この熱が下がるまではじっとしている方が良いらしい。
それではと女部屋に行こうとする私に、そっちじゃねェ、と容赦のない声がかかる。
「船長室に行け」
***
ドアを開けると、インクと埃の匂いがふわりと横を抜けて行った。
簡素な作業机の横はベッドがあり、キャプテンがよく羽織っている上着が乱雑に置かれている。台の上の蝋燭は新品を開けたばかりなのか、まだ綺麗な形を保っていた。
船長室に入るのは、初めてだった。あちこち見て回ろうとする私の襟首を無造作に掴むと、キャプテンは顎でベッドの方を示した。
「なまえ、今夜はそこで寝ろ」
キャプテンは上着を手に取って近くの椅子にかけてから、布団をばさりと捲り上げた。大きな手で、シーツの皺をそれとなく整えてくれる。
「キャプテンは、どこで寝るんですか」
「構うな。適当にそこら辺で寝る」
キャプテンに優しくされるのは稀なので、私は素直に従うことにした。私が大人しく布団に潜るのを見届けると、彼は本を読み始めた。
船長室の灯が、キャプテンの座る椅子の辺りをやわらかく照らしている。船員達の明るい笑い声がいつもより遠くに聞こえる。頁をめくる音と、油の匂い。
「キャプテン」
「何だ」
本に目を落としたまま応える。
「怪我しちゃって、ごめんなさい」
矢を受けて帰ってきた時、私を見るキャプテンの瞳はいつもと明らかに違っていた。不安そうに揺れ惑う、小さな子どものようなそれを、私は初めて見た。
それからずっとキャプテンは怒ったような、不貞腐れたような顔をしていた。心配されているのだと気付いた時から、私の心はさざ波のように揺れていた。
「私、キャプテンより先に死んだりしませんから」
彼は少しだけ目を丸くした。
キャプテンの過去に、何があったかなど知らない。だけどわかる。キャプテンは、仲間を失うことを恐れている。私のこんな怪我よりもずっと、深い傷を抱えて生きている。
私たちはその傷を癒したくてそばにいるんじゃない。傷を増やしたくないからそばにいるのだ。
彼は一つ大きな息を吐くと、読んでいた本をバタンと閉じた。
「キャプテン……?」
「当たり前だ。ウチの船員の誰一人、失うつもりは無ェ」
立ち上がり、ベッドに向かって歩いてくる。こちらには灯が無いので、もうキャプテンの顔は見えない。
彼の腕が伸びてきて、私の額に触れた。痛むのを忘れるくらい、優しい感触だった。
「熱が上がってるぞ、早く寝ろ」
「へへ、キャプテンが優しい」
「馬鹿言ってねェで寝ろ、なまえ」
アイアイ、キャプテン。もう無茶はしませんから。
だからどうか最後まで。貴方のそばに置いてください。