Gift

※名前変換無し。
※夢主=宝物の指輪を持つ少女。




「これ、あげる」

 その少女が差し出したのは、おそらく女性物であろう華奢なデザインの指輪だった。

「たからもの」

 少女の前に跪き、掌の上にそれを受け取る。強く握りしめていたのか、まだほんのりと温かい。
 少女は元々遊覧船の客ではなく、バラティエから一時的に出張していたサンジが船内で保護した迷子の子どもだった。聞けばかくれんぼをしていて、うっかり船内に紛れ込んでしまったという。船員に見つかれば大目玉、どころかその場で捕縛されるだろうし、好意で家に帰してもらえるという保証もない。
 そんな状況をサンジが放っておけるはずもなく、彼の機転で数々の難を逃れ、ようやく船から降ろしたところだった。

「宝物なんだろ? 大事に持ってな」

 そう言って掌ごと少女に向け、自分で取るよう促した。しかし少女は首を横に振った。

「あげる」

 サンジはふうと溜息をついた。おそらく船内で、今日が自分の誕生日だとうっかり話したことで気を遣わせてしまったのだろう。小さなレディの精一杯の厚意に、胸が熱くなる。
 彼は改めて指輪を眺めた。繊細な彫刻とともにあしらわれた一粒の石。石は緑色で、ささやかながらも上品な輝きを放っている。貴金属には詳しくないサンジでも、おそらく子どもの持つオモチャではないと解った。

「そうか、ありがとな。でも、おれには少しサイズが小さいからさ」

 少女と目を合わせ、ゆっくりとその小さな手をとる。やわらかな掌に指輪を載せてやり、上から自分の手で包むようにして握らせた。

「気持ちだけもらっとくよ」

 少女はサンジを見つめ、二、三度瞬きをすると、指輪を握ったままニコリと笑った。そうしてポケットから小さな巾着を出し、元のように指輪をその中へ入れる。
 ポケットに巾着を納めるのを見て、サンジは立ち上がった。

「じゃあね、おにいちゃん。ありがとう」
「どういたしまして。気をつけて帰るんだぞ」
「うん! またね!」

 少女の家まで送ってやりたいところだが、バラティエに戻らなければならない。
 町の方へ走っていく少女にサンジはその場で手を振った。月明かりがどこまでも、彼女を照らし続けていた。




―――ったく、誕生日だってのにツイてねェ。

「黒足だ!」
「あっちへ行ったぞ!」
「追え!」

 船に乗せる食材の調達のため、サンジが立ち寄った市場での出来事だった。誰かが通報したのか、自分を追う海軍の声があちこちから聞こえてくる。陳列棚の陰へ咄嗟に隠れたが、見つかるのは時間の問題だ。

 その時。
「そこは危ない。こちらへ」

 誰かの腕に掴まれ、テントの奥へと引っ張られた。うわ、と声を出す間もなく口を塞がれる。ひやりとする感触に加えて、甘やかな香水の匂いがした。

「いたか?」
「いないぞ、逃げたか」
「向こうを探すぞ!」

 バタバタと荒い足音が、徐々に遠ざかっていく。

「もう大丈夫です」

 口を塞いでいた手が離れる。暗いのでよく見えないが、女性のようだった。

「急いでこの島を脱出してください。まもなく、海軍中将が艦隊を引き連れてやって来ます」
「……何だって?」
「あなた方の船は、港へ寄せておきました。今は私の仲間が守っているはずです」

 さっきの様子から言って、増援が来るというのは事実だろう。しかしこのタイミングで海賊の味方が現れるなんて、そんなうまい話があるだろうか。
 サンジは眉をひそめた。どう考えても罠だ。だが。

「一味のみなさんも港に向かっています。さあ、急いで」

 テントから外へ出ると、女性の顔がよく見えた。落ち着いた声をしているが、年はまだ若そうだ。おそらくサンジよりも年下だろう。
 そして。

「美人だ……」

 悪気なく漏れた呟きに、女性はぱちくりと目を見開いた。
 なんてこった、睫毛の先までエレガントだ。美人の話は信じなければならない。
 罠という考えはたちまちに捨てた。女性の手をしっかりと握り、緩んだ表情を引き締める。

「わかりました、急ぎましょう。貴女も危ない」
「え、あ、はい。こちらです」

 やや鼻息の荒くなったサンジを先導し、女性は市場を走り抜けた。後ろから見てもわかるほど、彼女の動きには無駄がなく、洗練されている。素人ではなさそうだ。
 すると突然、前を走る彼女の脚が止まった。手をかざし、前へ出るなと合図を送ると物陰に身を潜めた。サンジもそれに倣う。

―――手前に二人、奥に三人います。闘えますか?」
「もちろん!」

 返事を聞くと女性はすぐに飛び出した。惜しげもなく露出した長い脚が、鞭のようにしなり男を打ち倒す。負けじとサンジも飛び出し、「黒足」たる大技を見せつける。
 倒れている男たちの呻き声の間を、彼女に手を引かれながら走った。

「あそこです!」

 女性の指す方向に、サニー号が見えた。船のデッキで船長が大きく手を振っている。
 ほっとした所で、彼女はサンジから手を離した。つい今まで繋いでいた右手を、いとおしそうに撫でる。
 その人差し指に光るものがあった。指輪だ。
 その指輪には見覚えがあった。上品に輝く一粒の緑色―――

「君は、ひょっとして」

 ニコリと笑った顔に、あの時の小さなレディの面影があった。港で別れた時に見た、あの笑顔そのままだ。

「……あの時の」
「さあ、行ってください。どうかお気をつけて」

 走り去ろうとする彼女の腕を掴む。待ってくれ、まだ礼も言ってない。そう口を開きかけたが、彼女が首を振ってそれを制した。

「いつかまた―――



「遅いぞ、サンジ!」
「あァ、悪い」
「おい」

 飛び移るようにサニー号へ乗船すると、ゾロが珍しく話しかけてきた。

「知り合いか?」

 クイと親指を向けた先は、港から少し離れた所にある桟橋だった。橋の先でサニー号に向かって手を振る一団が見える。その中に、彼女がいたような気がした。

「あー……まあな」

 優秀な航海士の合図とともに船が加速し、髑髏の旗が大きくはためく。やがて島が見えなくなった頃、サンジは椅子にかけ煙草を取り出し、火を点けた。

「あーーーー!」
「なんだナミさん、敵襲か?」

 大声に驚き、慌てて火を消そうとしたがどうも様子が違う。ナミは、サンジを指差して口をパクパクとさせていた。

「え、おれ?」
「サンジくん、今日誕生日だったんじゃない?」
「そうなのか、サンジ?」
「よォし、宴だーー!」
「酒が足りねェな」
「さっきの町でもっと買っておけば良かったわね」
「コーラならあるぜ?」
「ロウソク立てよう! 何本だ?」

 島を満喫する間もなく海に出たせいか、宴という言葉に船内が活気づく。

「しかし、誕生日だってのにツイてなかったな。海軍に見つかるなんて」

 目が合ったウソップが、労うように声をかけてきた。
 ツイてない、か。サンジは苦笑した。

「……いや」
「ん?」
「そうでもないさ」

 潮風に遊ばれる髪を、手でそっと押さえる。風は代わりに、煙草の煙をさらって行った。


―――いつかまた、どこかの海で。


 叶えたい約束がまた一つ増えた。最高の餞だった。
 

−end−
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Stella