初めてお会いした時、私の胸に生まれたこの感情は、今にして思えば一目惚れというものだったのでしょう。
「野犬」というよりも気高い孤狼のような、その凛々しいお顔によく似合った筋骨隆々とした身体付きは、かの大国で美と崇められるどの彫刻よりも美しい、と思い出す度に私は感歎の溜息をついたものです。
お父様の話していた通り、いえ、ひょっとしたらそれ以上の魅力を、私はこの時既に感じていたのかもしれません。
先に私のお父様について、お話をしなければなりません。
身内のことで大変お恥ずかしいのですが、少しのろけた表現になってしまうことをお許しくださいね。
お父様は長い間海軍の一兵士として活躍しておられましたが、今では前線を退き相談役という立場を頂戴しております。
現役時代のお父様はそれはそれはお強くて、「彼と闘った海賊は、のちに行き着く牢獄ですら天国と見紛うことだろう」と言われていたと、執事からよく聞かされたものです。
かつての徴兵制で半ば無理矢理に入隊させられたが、そうでなければお前の母と出会うこともなかった。
運命は時に理不尽だが、そこには必ず理由がある。神を呪うのではなく、安易にそうしようとする自分に抗え。お父様から教わった事です。
ですので父が負傷兵となったことも、配属先が変わり住み慣れたマリンフォードの家を出なければならなくなったことも、この先に必然と言える何かがあり、私達はそれに呼ばれているに違いないと、素直に受け入れることができました。
少し話が逸れてしまいましたね。
さて、幸いにも海軍所属の身を保障されたまま閑職となったお父様でしたが、かえってそのお仕事にのめり込んでいったようでした。
戦ともなればその高い戦力を遺憾なく発揮されたそうですが、普段は穏やかで好まれる所の多い方だと、贔屓目で恐縮ですがそのように思っております。
戦場で命を散らすよりも、総員無事帰還を是とした元将校にとって、若手の育成という仕事はさぞ有意義であったことでしょう。この齢になって手のかかる息子ができたようだと、いつも笑って仰っていました。
中でも「スモーカー」という大佐様が、特にお気に入りのようでした。
上層部はおろか、放っておけば世界政府にまで噛みつきかねない、躾のなっていないまさに「野犬」であったそのお方を、ひとまず手許に引き取ったのがお父様でした。偉大なる航路の玄関口で待ち伏せて、やってきた海賊を捕縛し本部へ連行する、というまるで漁師様のようなお仕事でしたが、悪魔の実の能力を持ってすればそれは大変容易であるそうです。
人間の身体が煙になるのだと聞いて、そんな現象を見たこともない私にはまったく想像がつかず、一晩考えた末に私は熱を出して寝込んでしまいました。
百聞は一見に如かず、とはこうした事を言うのでしょうね。
ある日大通りの喧騒の中にお父様を見つけて声をかけた時、お隣にいらっしゃるのが例の大佐様だと、すぐに私は気が付きました。ですが騒ぎの中心にいた男達が武器を持っていたこと、またその男達が海賊であったことは、後から聞いて知りました。
振り向いた大佐様の上半身が白煙と化した、そう認識した瞬間に、私はその煙に囚われてお父様のいる場所から離されてしまいました。
「戦闘中だ、お嬢さん。ここに居ろ」
お父様とも執事達とも違う、殿方の香り。くわえた葉巻以外にも何か素因があるような気がしましたが、それが判る前に大佐様は元いた場所へ戻ってしまいました。この前寝込んだ時とは違った熱で、頬から耳までかあっと熱くなるのを感じました。
お父様は昔、わたくしが海賊に攫われそうになったところを助けてくださったの、とっても勇敢なお姿だったのよ、と言った時のお母様の夢見るようなお顔が、今の自分と重なりました。
それから私は、
「ストップ。もういい、充分だ」
大きな掌で視界を遮られ、私はようやく自分が喋り過ぎたことに気付きました。
長々と申し訳ありません、と伝えると、掌は私から離れ、本来の持ち主の頭を抱えました。
「お慕いしていることを伝えたら、『どういう事だ』と問われましたので」
「その下手クソな物真似は、おれか」
結構自信があったのですが、似ていなかったのでしょうか。スモーカー様は頭を抱えたまま、大きな溜息をつきました。
初めてお会いしてからこれまで何度かお話する機会があり、大佐様をお父様が好んで手許に置かれる理由が、私にも少しずつわかってきたところです。
出会った頃はそれこそ睨まれてばかりでしたが、この頃では穏やかな表情を見せてくださるようになりました。それだけでなく、話す時の声に、眼差しに、時折零すささやかな笑みに、街中で庇うように出される腕に、広くて大きな背中に、大佐様の生来の優しさや温かさを感じるようになりました。
まだその事をきちんとお伝えできておりませんので、本当はもう少しだけ、このお話を続けたいのですが。
声を出そうとしたら、スモーカー様は顔を上げて、もう一度掌を私に向けました。
「……充分だと言っただろう」
また制止されるのかと思いましたが、その掌は私の眼前を通り過ぎ、頬をそっと包むように触れてきました。
「なまえ」
これまでのような優しさだけでなく、どこか切なさを含んだ声でした。たやすく私を搦め捕り、動けなくしてしまったそれは、まさにあの時の白煙でした。