物心ついた頃からおれには、前世の記憶があった。
父親のこと。母親のこと。弟たちのこと。海の上の家族のこと。もしも生まれ変わりというものがあり、愛する人たちにまた会うことができたなら。今度はおれが、みんなのことを助けに行く。そんな風に思っていた。
だから高校生になり、同じクラスでなまえを見つけた時は、宿命ってのを確信した。
透き通るような銀髪は、落ち着いた栗色に変わっていた。しかし気の強そうな眼差しと、目の下のホクロはそのままだった。同じクラスの女子と何やら楽しそうに話をしていて、テンポ良く相手に切り返すその声は、やはり前世のそれとよく似ていた。
弁当の中に入っていた豆ごはんを見て、白米にわざわざ豆を混ぜるなんて信じられない、と言ったなまえのセリフは、かつておれが船の上で聞いたのとまったく一緒だった。
「なーに言ってんのよ、アンタだってオレンジにわざわざチョコかけるじゃない」
「オランジェットよ。美味しいじゃない」
「フルーツはそのまま食べるのが美味しいの」
「手間をかけて食べるから美味しいのよ」
命のやり取りなんて無い、ただの平和な光景。その中に彼女がいる。それがたまらなく嬉しかった。
前世でおれたちは恋人だった。そんなことはとても言い出せないまま、次の席替えでなまえの隣になった。
これは好機とばかりに観察を続けていたら、やたらと目が合うようになった。そのうち挨拶をするようになり、長い会話をするようになり、なまえの家の近くまで一緒に帰る習慣ができた。
気がつけばおれは、前世で想っていた以上に、今の彼女をすっかり好きになってしまっていた。
付き合ってほしいと告白したら頷いてくれた。その夜はほとんど眠れなかった。
「ちょっと!危ないじゃないの!」
それはある日曜日の朝。何度目かのデートの待ち合わせ場所で、先に待っていたなまえの声だった。
慌てて駆け寄ると、なまえは道に座り込み、腕の中に小さな女の子を抱いていた。女の子は泣いており、なまえはその背を優しく撫でながら、目の前の男をきつく睨みつけている。男はとっくに成人しているようだが、いかにも素行のよくない見た目をしていた。
「ぶつかって泣かせたのに、謝りもしないの?」
生意気としか取れない物言いに、辺りの空気がいっぺんに剣呑になる。たまらずおれは、なまえの前に飛び出した。
邪魔だとか、どけガキ、だか何だか汚い言葉を吐きながら、男が殴りつけてきたのを軽く受け流し、代わりに左足をそいつの腹にくれてやった。男は簡単にその場にうずくまった。弱ェなコイツ。
これならしばらく動けないだろう、と判断してなまえの方を振り返る。意外に平気そうだったので安心して、今度は屈んで女の子の方に目をやった。
その時女の子が、あ、という口の動きをした。
振り向くと、起き上がった男がおれに向かってナイフを振り上げた所だった。完全に油断していた。間に合わない。せめてコイツらだけでも守らねェと。
咄嗟に二人に覆い被さろうとしたおれの脇を、何かがバネのように鋭く跳ねていった。
―――なまえだった。
手刀で男の手首を弾いてナイフを落とし、その勢いのままおれ達の方へ身体を一旦向ける。そして深く沈めた左膝を軸に、ピンと伸ばした右脚を遠心力にしてもう一度反転したと思ったら、彼女の右踵が男の横顔にヒットしていた。後ろ回し蹴り。
男は駆け付けた警備員に抑え込まれ、群衆から拍手が起こった。
「マジかよ……めちゃくちゃ強ェじゃん…」
なまえは未だ呆然としているおれに手を差し出して、内緒にしててごめんね、と言った。
「次は絶対助けるって、決めてたの」
まるで悪戯が成功した子どものような、満足そうな笑みだった。