回想は鈍色

季節は春。花は桜。色は薄紅と黄緑。食べ物は桜餅。

私の好きなものは、いつだって単純だった。
なぜなら、これらは全て、私の世界で一番愛する姉に結びつくものであるのだから。




「名前ちゃんただいまぁーー!!」


玄関先で響いた甘やかな声に、台所で作業していた私は勢いよく顔を上げた。考える間もなく、その場の全てを放り出して声の方向へ駆ける。


「蜜璃姉さま!おかえりなさいませ!本日も任務、お疲れ様でございました」
「ふふふ、ありがとう」


桜の妖精と謳う(私が勝手に言っているだけだが、誰にも文句は言わせない)、このお美しい方こそが私――甘露寺名前の姉、甘露寺蜜璃姉さまだ。



甘露寺家第一子である姉さまを産んだ母は産後僅か二か月で私を身籠り、年子の妹として後に私が誕生した。(そして更に二か月後に母ははたまた立て続けに弟を身籠ったのは余談である)
歳の近い私たちは幼い頃からまるで双子のように仲が良かった。私は物心つく前から姉さまが本当に大好きだったし、姉さまも初めて生まれた妹の私をそれはそれは可愛がってくださった。


私たちは顔立ちがよく似ていた。
私の憧れはずっと姉さまだったので、会う人会う人に「双子のようにそっくり」だと言われるのが嬉しくてたまらなかった。


それでも、内面では私たちの共通点はほぼ皆無だった。
姉さまは明朗快活な方で誰とでもすぐに打ち解けることができるのに反し、私はひどく内気で所謂根暗だ。
その上、健康の更に上をゆく姉さまの丈夫な体とは対照的に、私はそこそこな病弱。小食だったからか何かと風邪をひきやすかったし、いくつになっても残念なまでに体力がつかなかった。

せめて見た目だけはと毎日姉さまと同じ髪型に結ってもらい、着物も同じ柄を身に着けた。
性格もなるべく近づきたいと、鏡の前で笑顔の練習をしたのは数知れず、だ。


――が、時が流れ、とある事件が起こった。
私と同じ黒目黒髪だった姉さまの色素が日に日に薄くなっていったかと思えば、数週間後には見事な薄紅と黄緑に変化していたのだ。
これまで医者知らずであった姉さまに初めて、狼狽した両親が慌てて医者を呼んだ。診察の結果、原因は桜餅の食べすぎであると知るや否や、あまりにも突飛な現象に揃って腰を抜かしていたが。

姉さまの髪と瞳の色が変わってからというものの、私たちは誰からも「似ている」と言われなくなった。
最初はお揃いじゃなくなってしまったのが悲しくてたまらなくて、また同じになりたくて、桜餅をえずくまで食べたけれど、具合が悪くなって寝込んだだけで、姉さまのようになることはついになかった。



そんな日々の中、更なる事件が襲い掛かる。
姉さまのお見合いの破談だ。

昔から結婚願望の強かった姉さまは前日まで緊張と期待できゃあきゃあ言っていたのに、帰ってきた時はひどく暗い顔をなされていた。
漸く理由が聞けた時は全身の血が沸騰するかのような激しい怒りに襲われ、そんな男こちらから願い下げだと声を張り上げたけれど、落ち込んだ姉さまにはいまいち響いていないご様子で、私はあまりの無力さに自己嫌悪に陥った。


それからの姉さまは人が変わったように大人しくなり、食べる量を減らし、髪は染粉で黒くした。すると、私たちは再び「似ている」と言われるようになった。あれほど姉さまになりたいと切願していたのに、私は全く嬉しくなかった。
私を抱き上げて全力疾走できるほどの力の強さも、見ていて爽快な食べっぷりも、お揃いじゃなくなったことは未だに少しだけ寂しいけれど桜餅のような可愛らしい髪と瞳も、全部全部姉さまなのに。私の世界でただ一人の、大好きな蜜璃姉さまなのに。大好きな姉さまを他でもない、姉さま自身が否定していることが、悲しくて悔しくてたまらなかった。

家族の誰もが、そんな姉さまに心を痛めていた。
だからなのだろう。姉さまが誰に何の噂を聞いたのかは分からないけれど、突然、「剣士になりたいから家を出ます」と宣言した時、誰一人として反対する人はいなかった。


姉さまが家を出ると、今度は私に縁談が舞い込むようになった。
しかし、元々体調を崩しやすかった私の体は思わしくなく、将来子を産む体力は残っていないかもしれないと診断された瞬間から嫁ぎ先探しは難航した。
既に決まったようなものであった縁談は、清々しいまでに一切の情けもなく破談。

それでも、私には女としての幸せを掴んでもらいたいと、両親は思ったのだろう。その後幾度もさせられるお見合いは、しかし体の話が知れた途端相手の顔色が変わり、瞬く間に破談となっていった。私は、子を産む道具などではないのに。そもそも、結婚自体私が望んでいることでもないのに。まるで子を宿すことのできない女は罪人だと、世間はそんなふうに扱っているのだという腐った事実に、憤りだけが蓄積していった。
あの時姉さまを傷つけた男も、子供を産めないからと婚約を取り消した男も、みんなみんな消えてしまえばいいと思った。そんな人たちさえいなければ、姉さまはいつまでも自分らしく生きていられたのに。私は、幸せそうな姉さまのお傍にずっといられたのに。



姉さまからの手紙が届いたのは、いよいよ私が男性嫌いを拗らせた頃だった。
毎日とても充実していること。自分の実力が認められ、居場所ができたこと。それから地位が上がったことで自分専用の屋敷を与えられたこと。
「子供を産めなくても、あの家のこの人なら結婚したいと言ってくれるかもしれない」そんな妥協だらけの嫁ぎ先探しにうんざりしていた私は、お元気そうな便りを読んで久しぶりに嬉しくなった。

そして、幾度目かのお見合いの日。まるで品定めするかのようにぎらついた目で私を見る見合い相手の頬を盛大に張り倒し、振袖姿のまま会場を飛び出した。
そして、手紙に記されてた姉さまの邸宅へと転がり込んで今に至るのだ。



――と、今までの経緯を何故今思い出したかは不明であるものの、随分私はぼうっとしてしまっていたらしい。
「名前ちゃん、名前ちゃん、大丈夫?」とひどく心配そうに私の顔を覗き込んでいた姉さまに、漸くはっと我に返る。


「すみません、ぼうっとしてしまっていて」
「具合が悪いんじゃない…?」
「いえ!本当に違いますから!」


煮え切らない様子の姉さまを無理やり納得させるべく、腕を引いて靴を脱ぐよう促す。すると、「ああ、ちょっと待って!」と慌てたように姉さまが声を上げた。
思わず手を離し、どうしたのかと首を傾げる。


「やっぱり聞こえてなかったのね…!あのね名前ちゃん、今日はお客様を連れていて」
「お客さま?」


どうやら昔話を思い出しているうちに姉さまは何度か私に話を振っていたらしい。全く聞いていなくて申し訳なくなった。
しかし、それにしてもぴんとこなかったのは、今この空間にいるのは私と姉さまの二人だけで、それらしき姿が見えなかったからだ。


「私が修行時代とってもお世話になった人で、名前ちゃんにも紹介したいんだけど、その…男の人なの」


口を濁す姉さまに合点がいった。
つまり、突然連れてきてしまったものの私が家出をしてきた経緯を知っている姉さまは、何の前置きもなく引き合わせることはしないでくれたのだ。気を遣わせてしまって申し訳ない半面、そのお優しさに感激する。


「大丈夫です。姉さまがお世話になった方でしたら、私も妹としてご挨拶したいですから」


これは本心だった。すると、こちらの顔色を窺うようだった姉さまの表情がぱあっと明るく晴れて、「じゃあ呼んでくるわね!」とたちまち踵を返し外へと出てしまった。



時はそう経たずして再び玄関の戸が開く。
と、視線を向けた刹那、姉さまに負けず劣らず派手な出で立ちに思わずぽかんと呆けてしまった。


「名前ちゃん、こちら私の師範だった煉獄さんよ」
「煉獄杏寿郎と言う!此度は急に押しかけて申し訳ない」


屋敷の奥にまで通るだろうはっきりした声を上げる彼を見つめながら私の頭には、変わった人だな、という第一印象がぼんやりと浮かんでいた。






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