いぬぴをひろいたい
近所に住み着いていた猫が居なくなった。
キジトラのハチワレ猫でくりくりした目で誰にでも擦り寄っていく人懐こいこだった。野良猫に餌をあげてはいけないと知っていたから餌付けするようなことは無かったけど、拾うか悩んでいる間の出来事だった。たまに仕事で落ち込んだ時家の近くの公園で座り込む私に擦り寄ってくるその姿に引き取りたいと思ってた。猫、というより生き物全般育てたことがなくて私なんかが、とか仕事があるし日中...とか考えてうだうだしている間にあの子は居なくなってしまった。誰かが拾ってくれたんだと信じてやるせない気持ちを飲み込んだ。
だからなんだと思う。あの日、あんな行動をしてしまったのは。
「...メシ。」
「んぁ...、ありがとう〜〜〜。」
「ん...。」
仕事から帰ってきてウトウトしていた私の肩を揺するその人に返事をして目を開く。炒飯であろう匂いが部屋に漂っている。そういえばお腹すいたな、と重い体を持ち上げる。ご飯が用意された席に着けばん、とぶっきらぼうにスプーンを突き出される。
「ありがとう、ごめんねご飯用意してもらっちゃって。」
「別に。」
どこぞの芸能人かな?と思う返答に小さく笑って手を合わせる。頂きます、と挨拶をしてから炒飯を口に運ぶ。
「おいし〜〜〜!!」
具材はベーコンだけのシンプルな炒飯が身に染みるほど美味しいのはなんでなんだろう。実は中華料理の使い手とか?なんて馬鹿なことを考えながらちらり、と青宗くんに視線を向ければ少しだけほっと安堵したように肩の力を抜いて私の倍はある炒飯をスプーンで掬っていた。心做しか機嫌が良さそうに見える。
(相変わらず綺麗な顔だなぁ...。)
思わず見入ってしまう。柔らかなふわふわした金色の髪にくっきり二重の美しい瞳。顔の左にある火傷痕すら彼の美しい顔立ちを損なうどころか色っぽさを感じるのだから末恐ろしい。これでまだ10代って将来が有望すぎなのでは...?
「...なんだ?」
きょとん、とした顔で少し首を傾ける彼に思わず笑ってしまいそうになるのを堪えてんーん、と首を振る。
「美味しいから感動してた。」
「...これしか作れないんだよ。」
揶揄われたと感じたのかむっとしたように顔を顰める彼にやってしまったかな、と内心苦笑する。
「ほんとに思ってるよ?」
「...どーだかな。」
私の言葉を全く信じていないように不機嫌そうなままがつがつとご飯を食べ進める青宗くん。 たった10分足らずで自身の分のご飯を食べきった彼は早々と席を立つ。
「あれ、今日は出かける日?」
「違う。風呂。」
きっぱりと否定をしてからお皿を引いていく姿に思ってるより育ちがいいんだよなぁとぼんやり思う。そして彼と出会った日の事を思い出した。
彼と出会ったのは寒い冬の日。引き取ろうと思っていた猫が居なくなっていたことでとても凹んでいた時だった。それでも毎日は変わらず進んでいくのでその日も仕事終わりでくたくたになりながら帰途についていた。
下を向いて歩いていたら白い布が視界の左端に写り込みなんだ、と顔を上げて息を飲んだ。
ゴミ袋に紛れて人が倒れていた。見たところまだ学生の男の子。見た目は完全にヤンキー。喧嘩をしたあとなのかどこそこに怪我が見られる。鼻や口から血が出ていてあまりの痛々しさにひ、と小さく悲鳴をあげた。
きょろ、と周りに人がいないかと見回したが人っ子一人見当たらず。どうしよう、とおろおろしてしまう。そして顔を見た時目に入った火傷跡に、あのかわいいハチワレ猫を思い出す。
重ねてしまったらもうダメだった。思っていたよりも大きいその体を背負って自宅に連れ帰った。次の日は全身筋肉痛で本気で泣きそうだった。あと拾った子がすごい威嚇してきて怖くて泣きそうだった。まぁ急に顔も知らない人間の家に連れ込まれてたら怖いしビックリするよね...。でも夜なべして手当もしたのに急に床に押し付けられて首にナイフ突きつけられて私もびっくりしたよ...。それ銃刀法違反にならない?って今なら言えるけどあの時は本気で死ぬかと思った。
それが色んな過程を経たとはいえ半居候になるなんて...。拾ったからにはといそいそ世話を焼いていた私だが嫌われている自信しか無かったので初めて彼を一人で家に残して仕事に行って帰ってきた時、家に彼がいた時は吃驚しすぎて彼の顔をペタペタ触ってしまった。めちゃくちゃ嫌そうに手を振り払われたが。
少しずつ彼は私に対して警戒心を解いていってくれた。キズが治ったあとも週の半分くらいはうちに来て眠ったり、ご飯だけ食べて夜遊びに出かけたり...。
彼のやることにあんまり口出ししなかったからそれが彼には都合が良かったのかもしれない。反抗期真っ只中っぽいし、家族からの干渉がイヤでここにいる方が楽とか...?
ともかく1度彼を拾った身として放り出すのは忍びなく彼を家に招き続けている。特に問題はない。寧ろ家に話し相手がいるというのは思っていたよりも癒された。上京してきて仲のいい友人という友人が近くに居なかったことも原因の一つだと思う。でも、話し相手になってくれて一緒にご飯も食べてくれて尚且つ目の保養になるほど顔がいい。あとたまに今日みたいにご飯作ってくれたりお風呂の用意してくれたり...。正直私から彼の来訪を断る理由って無いんだよな、とズルズル今の状況に落ち着いている。
(うーん、どうしたら機嫌直してくれるかなぁ。)
お風呂に向かう彼の背中にしっぽが見える。不機嫌そうにべたん、べたん、と叩き付けるやつ。うーん、と悩みながら作ってくれた炒飯を食べ進める。本当に美味しいんだけど...。それじゃ納得して貰えないかぁ。かと言って本音を伝えるのもなんだかなぁ。一度ごまかしたからこれも信じてもらえなさそう。ご機嫌取りぽいって。そしてぴん、と思い立つ。甘いもの買ってご機嫌取りしよう。
そうと決まれば、とむぐむぐごはんを口に詰め込みお皿を引いてから椅子にかけっぱなしだった上着とマフラーを身につける。青宗くんはアレでいて甘いもの嫌いじゃないしもしかしたらいけるかも。やっぱり仲直りして寝たいしね。財布だけ持って家を出る。まだまだ冷たい風に身体を震わせながら近くのコンビニへと歩を進めた。最近新発売のお菓子でたって職場の子に聞いたんだよね。あるといいんだけど。
▽△▽
「ありがとうございましたー。」
気の抜ける挨拶を聴きながら袋を持って歩き出す。目当てのお菓子もゲット出来たし、自分用に暖かいココア缶も買えた。目移りしてしまって思いのほか時間を食ってしまったけれどまぁいつもの事だ。袋から出した暖かいココア缶を頬にあてながら帰途に着く。
「おい。」
さぁ帰ろうと足を踏み出した直後。後ろから聞き覚えのある声が聞こえて後ろを振り向く。
「えっ、青宗くんなんでいるの?」
そこにはお風呂上がりで濡れた髪のままの不機嫌そうな青宗くんが立っていた。
「夜中に女ひとりで出歩くな。」
危ねーだろ、と怖い顔でこちらを見る青宗くんに思わず敬語で謝る。
「ごめんなさい...。」
それには応えないまま不機嫌そうにしながらもん、とこちらに手を伸ばす青宗くん。なんだろ、と取り敢えず自分の手にあったココア缶を袋に直してフリーになった手を彼の手に乗せて青宗くんの顔を見上げる。
「...。」
不機嫌そうにしていた青宗くんが驚いたかのように目を見開きだんだん雰囲気が柔らかくなっていくのがわかる。何だかわかんないけど正解だった...?
「ちげーよ。荷物持つ。ん。」
柔らかく目尻を少しだけ下げてそういう彼に慌てて手を離そうとするとぐっと青宗くんが私の手を掴み握りしめた。えっ、と驚いている間に青宗くんはもう片方の手で私の手にあった袋を攫っていく。そのまま私の手を引いて歩き始めた。
「えっ、えっ。」
状況が読めずワタワタする私に構わず彼はマイペースにさみぃ、と私の手を握る力を強くした。
「...帰ったら頭乾かさないと風邪ひくね。」
後ろから見える彼の濡れた髪を見ながら話しかける。
「そんなヤワじゃねぇ。」
にべもなく私の言葉を否定する青宗くん。
「仮にひいたとしたらお前のせいだからな。面倒みろよ。」
ちらり、とこちらを一瞬見て微笑む彼に胸が熱くなる。
「うん、...ちゃんと最後まで面倒みるから、」
だから、ちゃんと帰ってきてね。言葉に出来なかった代わりに彼の手にぎゅ、と力を込めた。
2021/07/08
2021/09/04 修正