しのぶ
⚠恋愛色皆無 暗い
鉄太は双子の妹の私が思い返しても暗い人間だった。野暮ったく伸びた髪が表情を隠すしそれに加えて瞳を隠すように眼鏡もかけていたから尚更感情が読み取りにくい。人見知りでもあったから自分から誰かと関係を持とうと動くことが少なく、話しかけてくれた子にも上手に返せず遠巻きにされる始末。ランドセルを背負いたて位の歳までは私も鉄太の手を引いていたけれどそれも段々煩わしくなる訳で。気づけば学校で鉄太は孤立するようになって言った。
だからといって別に兄妹仲が悪いわけではなかった。学校で関わらないというのは彼の手を引く煩わしさが理由の一つではあったがそうする事でお互いが守られていたということも理由の一つだからである。鉄太は何時までも女、しかも妹の背中にいればそれが子供のからかい対象になっていたし、私も何時までも兄の面倒を見るメンドクサイコブ付き女という風に友達から遠巻きにされていた事だろう。子供は残酷だから悪意を簡単に現してくるのを私たちは無意識的に分かっていたから。けれどひとたび家に帰れば人並みの兄妹程度には話したし一緒に遊んだりしたりもした。私は勉強は得意ではなかったから鉄太から教えてもらうこともあったし逆に今はやっている遊びやゲームを鉄太に教えることもあった。大概が人数が多くなくては成り立たなかったり、2人でできても鉄太がすぐに攻略法を見つけてしまい私が負け続けるから直ぐに止めてしまっていたたけれど。
だから、中学生になって盛大にその風貌を変えた兄に私は唖然としてしまった。短くなった髪も勿論だがその色に。最初家に帰ってきた時本当に知らない人が家に入り込んできたのかと固まったものだ。その日から鉄太はあからさまに変わった。身に付けるものも一緒にいる人も。今までだったら鉄太が馬鹿にしていたものをこぞって身に纏い街を闊歩した。私はそんな鉄太をどこかで受け入れられなくてだんだん話すことも少なくなった。鉄太が夜に出掛けることが増え一緒にいる時間が少なくなったのも理由の一つなのだけれど。
だけどそんな鉄太にも2、3ヶ月もすれば慣れてきた。まぁ好きな人でも出来たんじゃないかな、その大幅なイメチェンが功を奏するとは思えないけど。まぁ初恋は実らないって言うし、と無駄に突っ込むのはやめておいた。と言うかやぶ蛇につっこみたくなかったので。
▽△▽
その日はたまたま夜中に目が覚めお茶を飲みにキッチンに向かえばちょうど帰ってきた鉄太とかち合った。
「おかえり。」
「...ただいま。」
すごく嫌そうな顔をしながら挨拶をしてくるところが何だかんだ可愛いとこだよなと思いながら戸棚からコップを取り出す。
「鉄太もいる?」
「...もらう。」
少しだけ嫌そうに顔を歪めながらも頷く鉄太。なんとも言えないその姿に鉄太も思春期の男の子みたいな感情あったんだなぁと表情には出さずに思う。盛大なイメチェンをしたあとだから余計恥ずかしいのかな、なんて考えながら取り出したグラスにお茶を注いでいく。
「今日はあの白のやつじゃないんだね。」
「あ?」
「服。そういうの特攻服っていうんでしょ。そんな黒のやつ着てたっけ?」
「あぁ...。今日からな。」
少しだけ得意げに笑う鉄太にふーん、と相槌をうつ。
「まぁ、なんでもいいけど...。あんまりお父さんとお母さん泣かせないでね。」
そう告げれば口角を下げて眉間にシワを寄せこちらを睨みつけてくる鉄太。
「ほっとけよ」
ちっ、と大きな舌打ちをして大きな歩幅で去ってく鉄太を見ながらぼそりと呟く。
「こっわぁ。」
くわばらくわばら、と口の中で呟きながらコップを片して部屋に戻るのだった。
▽△▽
「あ。」
せっかくのクリスマスイブに独り身の私は同じく独り身の友達たちと遊ぶために集合場所の駅前に向かっていた所、兄の姿を遠くに見つけ思わず足を止める。そういえば、外でイメチェンした鉄太のことを見るのは初めてかもしれない。隣には身長の高い金と黒の髪色の男の人。私や鉄太より年上に見えるその人はにやにやと楽しそうに笑いながら何かを鉄太に話しかけている。それを見て私は身長差がありすぎておもしろい事になってるなと溢れてきた笑みをかみ殺す。それとなく髪型も似てるしもしかしてあの人の影響でイメチェンしたのかもと思いながらぼんやり眺めていればふとその高身長の男性と目が合う。
「ひぇ、」
ばちり、と音がしそうなほどしっかり目が合った瞬間情けない声が口から漏れる。だってこんな絵に書いたようなヤンキー怖すぎる...。ぱっと視線を逸らしてそちらなんて見てないよ、というスタンスで前を向く。そしてそそくさとその場を後にした。
▽△▽
年が明けてからの鉄太は凄く焦っているように感じる。何をするにしてもソワソワしていて落ち着かない様子がみてとれて思わずこちらまで苛立ちが伝播してくる。
「ねぇ。」
「あ?」
「そんなイライラするなら自分の部屋行ってよ。みててこっちまで苛立ってくる。」
「お前に関係ないだろ。」
「その関係ないとこに私情持ち込んでるの鉄太じゃん。好きな子にでも振られたワケ?」
苛立ちのまま揶揄って見せれば鉄太が立ち上がる。
「あ゛?」
「そんな凄んでも怖くないし。いい加減にして。」
座ったまま下から鉄太を睨みつければ気に食わなかったのか鉄太が私の髪を掴みあげる。容赦なく引っ張りあげられ顔が歪みそうになるのを我慢して負けじと鉄太を睨み続ける。そのまま片手を振り上げた鉄太にびくり、と肩が震えた。それでも視線は逸らさずにいればその手は私に振り下ろされることなく髪が解放された。
「ビビるなら楯突くんじゃねぇよ。馬鹿が。」
私のことを一瞥すること無くそのままリビングを去る鉄太に、肩の力が抜け椅子の背もたれに全身を預ける。
鉄太と喧嘩をするなんて初めてかもしれない。口喧嘩なんてしょっちゅうだったけどこんな直接的なことをされたのは幼い頃を思い返しても記憶にない。
「...図星ついちゃったのかな。」
さすがに悪いことをしたかもしれない、なんて現実逃避をしながら目を閉じた。
▽△▽
2月に入った。バレンタインもおわりそろそろ私も受験の時期かとブルーになっていた。鉄太とは年明けのあの喧嘩(?)騒動からお互い謝ったりはしていないが何となく言葉を交わす程度にはなった。相変わらずピリピリしているようだが。だけど近頃は何だかそれともまた違う雰囲気を醸し出している。なんというか緊張感や恐れのようなそんな感情を感じるのだ。
「鉄太はさぁ受験の事とか考えてんの。」
「...それどころじゃねぇよ。」
その言葉にふーん、とお菓子をつまみ上げれば興味ねぇなら聞くなよとこちらを睨みつける鉄太。
「いや?鉄太が理由とか意味無く不良なんてやんないだろうからまぁ、将来のことも考えてるんだろうなって思って。私は私の心配した方が賢明だろうなと。」
そういえば鉄太は少し目を丸くして久しく見ていない顔で笑った。大きく笑うんじゃなくて目元と口元を少しだけ緩める優しい笑い方。
「違いねぇな。」
そういって鉄太は出かけて行ってしまった。
▽△▽
夜中に家中が騒々しくて目が覚めた。母が声を荒らげる姿を見るのは久しぶりで嫌に胸騒ぎがした。
「どうして、どうして鉄太がーーー!」
その言葉に息を飲む。鉄太、ということはヤンキーの抗争や喧嘩にでも巻き込まれたのだろうか。頭は良くても力は強くないくせになんで、と頭の中で悪態をつきながら部屋から出る。
「お父さん、」
錯乱する母からは話が聞けないだろうと母を抱きしめ落ち着かせようとする父に話しかける。私に気づき強ばった顔を向ける父に思わず唾を飲む。
「鉄太が、事故にあって、...死んだと。」
「、は...?」
▽△▽
棺に入れられた鉄太の顔を1度だけ見た。押し殺した声で泣く両親の声を背後に見たその顔に私は震えが止まらなかった。涙はひとつも出なかったのに指先は驚くほど冷えきっているのは分かった。袋に入れられて顔だけ出した鉄太の顔は何故か苦しそうに見えて胸が締めつけられた。胸が苦しくて見てられなくてそっと部屋の片隅で両親が警察の人と話しているのを聞いていた。
交通事故で鉄太が死んでしまってからの数日は恐ろしいほど早く過ぎていった。鉄太の葬式はこじんまりと行われた。鉄太の個人的な付き合いのあるように見える友人なんて1人も見られなくて苦しくなった。鉄太は沢山足掻いているように見えた。彼が今まで嫌っていたであろうものになってまで得られたものが鉄太にはあったのだろうか。
12年たった今でも最後に見た鉄太の笑顔を度々思い出す。沢山変わってしまったけれど鉄太はやっぱり根は変わっていなかったんだと思う。もっとちゃんと話しを聞いてあげればよかったなんて今更すぎることを後悔する日々。それでもやっぱり涙は出なくて自分の冷たさに乾いた笑いが出る。
「お父さんとお母さんあんまり泣かせないでって言ったのに。」
ふと昔口にしたその言葉を思い出し鉄太の墓石に向かって吐き出す。買ってきた花を飾ろうと座り込んで映りこんだそれに目を見開く。
そこには口の開けられた銀色の無骨な缶ビールが供えられていた。今まで月命日は必ずここに来ていたがそんな事は初めてで誰が、と呆然とする。両親はお酒を飲まないし私たちが成人する年に1本缶ビールを持ってきていたけど本当にそれっきりだった。じゃあ、だれが。
「あ、」
ふ、と昔鉄太と一緒に歩いていた背の高い男の人を思い出した。鉄太が誰かといたのを見たのがそれだけだったから、あの人かもしれないと思ったのだ。
「...ぅ、」
そう思った瞬間に両目に感じる熱。堪らなくなって花を膝に抱え両手で顔を覆って漏れそうになる声を唇を噛み締めることで抑える。この涙が嬉しいのか悲しいのかそれすらももう私には分からなかった。
ただ。...ただ、鉄太のことを思い出して偲んでくれる人がいた事に心臓が苦してくて仕方がなかったから。鉄太はちゃんとここに居たのだとそれを知ってくれている人がいる事が家族以外にもいたことがどうしようも無く私の胸を締め付けた。
2021/07/25