場地の従兄弟(4歳)


遅い。

昨日場地さんから連絡が入った。明日メシくいいこーぜと端的なお誘いのメールに行きます!と返信すれば昼前に駐車場に集合になった。多分この間テレビで特集されていたラーメン屋を食いに行きたいのだと思う。珍しく食い入るように見ていたから。待たせる訳にはいかないので少し早めに家を出る。が、団地の駐車場なんて2、3分もかからずに着いてしまった。木陰に入って携帯を開き、場地さんを待つこと30分。...流石に遅すぎる。まさかまだ寝ているのかと何度か電話もかけてみるが出ない。1度家まで向かってみるか、と座り込んでいた腰を上げる。場地さんちは5階だから少しだけ階段が煩わらしいと思いながらも登っていく。

ぴんぽーん、

間抜けな音がしてインターホンがなる。すると中からばたばたと慌ただしい音がしてがちゃ、とドアのぶが回った。

「千冬ぅ、わりぃ...。おい、仰け反んな危ねぇ!」
「いやああああああああああぁぁぁ!!」
「!?」

勢いよく開いた扉から場地さんと限界まで背をのけぞらせ泣き叫ぶ女の子が出てきた。幼稚園生くらいのその女の子は髪の毛を振り回しながらこれでもかと場地さんから距離を取ろうと暴れている。これは...

「誘拐したわけじゃないですよね...!?」
「あぁ!!?当たり前だろ!!!」
「ッスよね...。すいません...。」

とりあえず中入れ、と部屋の中に戻る場地さんを追いかける。余りの嫌がられ具合にないと思いつつも誘拐を疑ってしまった。それくらいその子の嫌がり方は凄かった。骨が入ってるのかと言うほどぐにゃんと後ろに倒れたその姿にペケJの姿を思い出した。

場地さんの部屋に向かえば場地さんは場地さんには似つかわしくないピンク色の座布団の上にその女の子を下ろし自身も近くに胡座をかいた。珍しく部屋の窓を締切っていて少し蒸し暑い。

「場地さん、その子は...?」

場地さんに向かい合うように座り、イマイチ状況が理解できない俺は説明を求めて場地さんを見た。ハァ、と大きくため息をつき髪を掻き上げるように頭を掻いて場地さんが答える。女の子は大声で泣くのをやめ、今度は座布団に顔を押し付けてしくしくと泣いている。

「こいつ、俺の従兄妹。」
「いとこ。」
「オフクロの妹の娘な。たまに面倒見てンだけど今日急に預かることになってよお...。本当は連れてこうと思ってたんだが...。」

場地さんは顔を顰めながら女の子に視線を向けてまた溜め息をひとつ。

「こいつ俺の結んだ髪が気に食わねぇつって出かけたくないって駄々こねるからよぉ...。」

言われて彼女の髪の毛を見れば振り回された髪に2つのゴムが見えた。2つのゴムは左右にひとつずつあり、どちらも大きく傾いているのがわかる。高さが大きくズレているのは頭を振り回してゴムが緩んだからではなくて場地さんによるものだったらしい。

「名前、可愛くして欲しかったのに...。おにいちゃんが、おにいちゃんが...。」

しゃくりあげながら顔を上げたその子に場地さんがティッシュを持って近付く。ぐじゅぐじゅの顔を拭いてあげながらバツの悪そうな顔。

「俺にはそれが限界だっつの...。だから1つでいーだろ。」

出来栄えに多少の申し訳なさがあるのか場地さんは歯切れ悪く返す。さすがの俺もフォローしきれない...。ここまでズレるか...?

「やだもん!○○ついんてーるがいい!お姫様と一緒!!」

急にガバリと起き上がり部屋の隅にあったピンクの手提げ袋から絵本を持ってくる。ばっ、と場地さんに見せつけるように掲げたそれはツインテールでドレスを着たお姫様が表紙の絵本であった。小さい子ってこんなん好きだな、と思いながら小さく声を上げる。

「オレ、やりましょーか...?」

流石にツインテールくらいなら出来る、と思う。少なくとも高さを揃えて結ぶくらいなら。そう告げれば今気づきましたと言わんばかりの様子で女の子は俺の方を見てから場地さんの背中に隠れる。

「......。」
「あー、コンニチワ。」

人見知りなのか場地さんの服の背中をぎゅうと握りながらこちらを窺ってくる。小さい子供への接し方など知らないのでとりあえず笑って手を振ってみる。

「おい、服伸びるから引っ張んなよ。○○、こいつは千冬。オレのダチな。」
「だち?」
「あー、オトモダチだよ。」

おともだち、と口の中で反芻してからおずおずと女の子が出てくる。

「苗字 名前です。よんさいです。」

しっかり4本の指を立てた手を前に突き出しながら自己紹介をしてくれる名前ちゃんに頬が緩む。

「よろしくな。」

ぽん、と頭に手を乗せればぴゃーと変な声を上げながら場地さんの後ろに隠れてしまった。そしてこそこそと場地さんの耳ともに手を当てて全然小さくない声で内緒話を始めた。

「ちふゆくん、おーじさまみたい。」
「ハァ?」
「きらきらしてる。」

あからさまに顔を顰めていてた場地さんがゲラゲラ笑い出す。

「だってよぉ、千冬ぅ!」
「勘弁してくださいよ...。」

揶揄ってくる場地さんに顔を顰めながら近くに置いてあった玩具のような目の粗い櫛を拾い上げる。そしてちょいちょいと名前ちゃんを呼ぶ。

「おいで。」

このままでは埒が明かないので取り敢えず名前ちゃんの髪を結んでしまおう。それに山姥のような髪の毛を何時までもさせているのは可哀想だし。

「ほら、やってもらえよ。」

場地さんと俺を見比べてオロオロしていた名前ちゃんの両脇に手を入れ持ち上げた場地さんが俺の前に名前ちゃんを置く。わりぃな、頼むわと片手をあげる場地さんにうす、と返してから名前ちゃんの髪に手を伸ばす。

緊張しているのかぴーん、と背筋を伸ばして大人しくしている名前ちゃんに借りてきた猫ってこういう事かなとくだらない事を考えながら髪の毛を梳かしていく。場地さんとは似ていないサラサラで細い髪が通り抜けていく。そういえば顔立ちもそんなに場地さんには似ていないように思う。

なんて考えながら耳の上あたりに髪を2つにわけて結んでざっと高さを確認する。まぁ、及第点ではなかろうか。

「名前ちゃん頭痛くない?」
「だいじょーぶ。」

ゴムがきつくないかと問いかければ神妙な面持ちでこくりと頷く。

「おー、うまいじゃん。」
「いや、大したことじゃないんすけど...。」

括っただけだし、と思いながらも場地さんの出来を思い出し口を閉じる。余計なことは言わないに限る。

「おら、満足か。」

場地さんが名前ちゃんの鞄から小さなコンパクトミラーを取り出し名前ちゃんに向ける。名前ちゃんは鏡を覗き込んでから満面の笑みで顔を上げた。

「お姫様といっしょ!」
「オー、良かったなぁ。」
「かわいい!!?」
「おー、かわいいかわいい。千冬に礼は?」

そう言われた名前ちゃんははっ、とこちらを向き直ってからぺこりと前に上体を傾ける。

「ちふゆくん、ありがとう!」
「どーいたしまして。」

大したこともしてないのにニコニコとご機嫌な様子にこちらも釣られて笑えばそれに反応して名前ちゃんもニコーー!!と笑う。

「んじゃ、そろそろメシくいいくかぁ。」
「っすね。腹減りました。」
「ワリィな...。ま、なんか小遣い貰ったからそれでなんか食おうぜ。」

名前ちゃんのお母さんが置いていったという紙幣をチラつかせて場地さんが笑う。俺ラーメン食いてぇと言いながら名前ちゃんを抱える場地さんが思っていたより違和感がなくて笑いを堪える。短い腕を場地さんの首に回した名前ちゃんがご機嫌に場地さんの髪で遊んでいる。それに気をとめず靴を履く場地さん。多分いつもの事なんだろう。最初は違和感しかなかっというのにこの短時間で随分見え方が変わった。従兄妹と言うより兄妹のようだ。仲睦まじい2人を眺めながら新しく見た場地さんの一面に口元がゆるんだ。

▽△▽

「なーんてこともあったなぁ。」

目の前で髪の毛をツインテールに結い上げた名前ちゃんにぼやく。

「まーた、お兄ちゃんのことを思い出してるのー?千冬くんほんとお兄ちゃん好きだよね〜。」

やれやれ、と溜息をつきながらダンボールの中から商品を取り出し陳列していく名前ちゃん。初めてであった時から13年。場地さんが亡くなってからもなんだかんだ交流があり気付けば彼女も17歳。身長が100cmもなかった時から知ってる俺としては感慨深いものがある。1人で髪の毛を結ぶことも出来なかった彼女ももう自分のお小遣いを貯めるためにバイトもする普通の女子高生になっているなんて。場地さんが見たら笑ってただろうなと思う。制服似合わねぇなんて笑いながらもその成長をとても喜んだであろう彼がここにいない事がどうしようも無く胸を締め付けられる。久しぶりに昔よくしていた髪型にしていた○○ちゃんを見たためか今日はやけに感傷的になってしまう。

「千冬くん、泣いてないで早く仕事終わらせて〜。」
「泣いてはないけどな。」

俺の事を王子様といい照れて背中に隠れていた女の子もこんなに生意気に育つとは...。

「はいはい、分かったから〜。今日はご飯食べに連れてってくれるんでしょ?残業はやだからね!」
「わかった、わかった。」

小さく鼻歌を歌いながら品出しを行う名前ちゃんに苦笑する。テスト終わりの名前ちゃんにご褒美にご馳走する約束をしていたが、ここまで楽しみにしているのを見るとやはり嬉しくなる。場地さんがみたらあんま甘やかすなよって怒られそうだけど。

「まぁ、でも大目にみてくださいね。」

小さくこぼした独り言にぴくりと名前ちゃんが振り返る。

「なにー?」
「なんでもない。ほら、定時に上がるためにさっさと終わらせねーと。」

そういえば不満そうな顔をして元はと言えば千冬くんが、とぶつぶつと文句を言う名前ちゃんに目を細める。

「おれ、名前ちゃんが嫁に行ったら泣くかもなぁ...。」

なんて、まだ先か。過保護すぎる自分の思考に苦笑して定時までに終わらせるために動き始めるのだった。

2021/06/24
2021/08/31 修正









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