特別になりたい女の子
小さい時から特別に憧れていた。何でも良かった。何か一つでも誰かに羨まれるような、誇れるものが欲しかった。
「ま〜た泣いてんの?うぜぇー。」
ケラケラ笑いながらソファの上に丸まって座る私の頭を大きな手が掴む。そのままぐわんぐわんと頭を揺する手を払ってキッと睨みつける。
「泣いてないし、辞めて!」
「涙目で言われてもなんも怖くねぇ〜。」
つか、ここ俺ん家だし何しても勝手だろ。そう言ってまた楽しそうに笑う三つ編み姿に苛立ちを覚える。本気で睨んだって恐怖なんて微塵も感じないくせに嫌味なやつ。
でも、いのちは大事なので余計なことは言わないように口を閉じる。蘭は何が逆上ポイントかわからないから。
「また、オネエチャンかよ?」
「うるさい。ほっといてよ。」
生まれた時から私は何時でも2番目だった。何をやらせても優秀な姉とそれに比べて不出来な私。勉強もスポーツも見た目も性格も何一つ姉には優らない。何をやらせても人並み以上にできる姉と何をやらせても並、もしくは並以下にしか出来ない私。両親は等しく愛情を注いでくれていたのだと思う。姉に買ったものは私にも買ってくれたし、怒られることもあるけれどその分褒められることもあった。でも両親の期待は何時だって姉に向かっていた。出来なくてもいいんだよ、悪いことじゃないんだよ、自分のベストを尽くしたね、って慰められる度にどれだけ惨めな気持ちになるか。
「で?今回は何だよ。」
「...学力テストの結果悪くて。もう一個レベル低いとこでもいいのよって。お姉ちゃんと同じとこじゃなくてもいいじゃないって。」
「ウケる。」
私の頭から手を離し隣に腰掛けた蘭は半笑いで返してきた。そして私の髪に手を伸ばして蘭が座った右側の髪を三つ編みにしながら笑う。
「お姉ちゃんじゃなくてオレがいるから頑張りたいもんな。」
「いや、それは本当に違う。」
軽口を叩く蘭に眉を顰める。こんなに素行も性格も悪いのに要領がいいのかまともに勉強なんてしなくても私より余っ程優秀な成績を持つ灰谷兄弟に世の中の理不尽さを痛感する。学校なんてまともに行ってないくせに。
「蘭が頭いいのほんといみわかんない...。」
「名前ちゃんはおバカだからな〜。」
「るっさい...。」
三つ編みを編み終わったのかゴム、と言って私の腕に付けていたゴムをよこせと引っ張る。されるがままに身を預けていると手首からゴムの抜ける感触。ほんと好き勝手やってるな。
「私にも何か誇れるものがあればなぁ。」
ぽつり、と独り言が漏れる。思ったことが脳で精査される前に口から飛び出る。蘭といると気が抜けてしまっていけない。
「あー?あんだろ。」
もう片側も三つ編みにしたいのか私を抱えあげ膝の上に横向きに乗せた蘭が当たり前のような口振りで告げる。されるがままだった私は咄嗟に蘭の方に顔を向けようとすると節くれだった無骨な手に顎を鷲掴まれた。
「ズレんだろ?」
「...はい。」
凄むような低い声を出す蘭に思わず敬語で答える。ここで機嫌悪くなるんだ。相変わらずよく分からない。 機嫌を損ねないようにされるがまま姿勢を横に向け頭を固定する。
「オレが幼馴染なんだぞ?誇れや〜。」
「......それお姉ちゃんも一緒じゃん。」
私だけじゃないなら意味ないもん、と目を伏せる。それに幼馴染なんてなんにも特別じゃないのに。幼馴染なんて曖昧な関係でしかない。家族ではない、けれど友達と言うには近くて遠い。少なくとも私がなりたい特別ではない。
「それに私は誇りに思えるものが欲しいのであって周りから恐れられるものがほしいわけじゃないんだけど。」
「お前友達いねぇもんな。だけどそれはオレら関係ないだろ。」
幼い頃から変わらずデリカシーの欠如したこの男はいけしゃあしゃあと私にぼっちの烙印を押してくつくつと笑う。
「居ないわけじゃないけど。てかそれを言うなら蘭の方がいないでしょ。」
「さあ?しらね。」
「言っとくけどパシリとか取り巻きとかは友達とは言わないからね。」
というか、しらねってもう実質友達と思ってる奴いないって言ってるのと同義なのではないだろうか。他人の気持ちなんて一切考えたことないんだろうな。
「いたっ、雑にしないで。」
蘭が編んでいた三つ編みが弛まないようにかグッ、と髪を編み目の進行方向に向かって引く。が、力が強すぎて頭も動いてしまう。
「ハイハイ、お前注文多くね。」
「正当な主張だけど?」
こちらが我儘を言ってるみたいな雰囲気を出されるのは解せない。が、深く突っ込みすぎるとろくな事がなのでそのままぼんやりと蘭の上で大人しく髪型が完成するのを待つ。
「ハイ出来上がり〜。」
急にぱっ、と開放される。右手で頭に手を伸ばせば蘭とおなじ2つの三つ編みの感触。蘭の顔を見上げればどことなく満足そうにいつもより少し柔らかい顔をしている気がする。そんな表情に驚いて思わず手を蘭の頬に伸ばす。
が、それが届く前に大きな手に捕まっしまう。
「なんだぁ?お行儀悪いんじゃねーの。」
先程の表情は見間違いであったかのように小馬鹿にしたような顔をする蘭。それに安心したような、それでいて少し残念なような気持ちになりながら蘭の手から逃れるべく手を引く。
「蘭ほどじゃないってば。」
思いのほかあっさりと解放された手をなんとなく擦りながら蘭の上から立ち上がる。
「帰る。」
「おー。」
緩く返事をする蘭に身を翻し、ドアに向かう。ドアノブに手をかけたその時。
「じゃあな、頑張って蘭ちゃんと同じ高校入れるようにベンキョーしろぉ。」
ぴくり、と体が跳ねる。なにか返事をしようとして口を開くが上手な返答が思いつかずそのまま口を閉じた。
「入学式くらいは見に行ってやるよ♡」
黙ったままの私に気にせず勝手なことを言う蘭に振り返りキッ、と睨みつける。
「学校行事に参加するのは学生の義務でしょ!」
そう吐き捨てて返事も聞かず今度こそ灰谷家を出るべく動き始めた。
▽△▽
家に帰り、自室の勉強机に向かう。カバンから参考書をバサバサと取り出し1番苦手な英語の読解問題を開く。
「1番欲しいものはくれないくせになんで甘やかすかな...。」
かちかちとシャーペンをノックして呟く。脳裏に過ぎるのは数分前にあった幼馴染の顔。
いつもそうだった。私が悲しい時は慰めるでもなくそばに居て、突き放さない。それがあまりにも居心地が良すぎていつからか悲しいことがあったら蘭の所に行くのが私の癖になっていた。機嫌が悪い時もあったけどそれでも蘭は私を追いやることはしなかった。お互い無言で時間を共有する。たったそれだけの時間。それが私を酷く安心させた。でも蘭は、私が一番欲しい言葉だけは何時だって言ってくれない。
「蘭が一言いってくれたら、それだけでいいのに...。」
零れた本音にハッと口を噤む。いけない、余計なことは考えないようにしないと。望みすぎたら叶わないことが苦しくなるから。
...幼馴染なんて曖昧な関係から明確な関係になれるだけでそれだけで私は十分特別だって思えるのに、なんて。
「ずるいんだよねほんと...。」
結局私は蘭の思惑通りに受験勉強にうちこむしかないのだ。守ってくれるかも分からない入学式の約束のために。
「...正門の看板の前で一緒に写真撮らせよ。」
入学式、とでかでか書かれた看板に蘭を押しやってピカピカの制服を着た私が写真を撮る姿を想像して口角があがる。絶対みたい。その為にはまずこの英語からやっつけないと。
「がんばろ。」
そうして私はぱん、と両頬を軽く叩き気合を入れ直し教科書を片手に難敵に挑むのであった。
2021/07/01
2021/09/02修正