どたどたと走り回る音が聞こえて、本丸の騒がしさを知る。何かあったのかと襖を開ければ、そこには今にも泣きそうな五虎退が居た。

「五虎退、どうかしたの?」

 五虎退の目線に合わせ、膝を折って話しかける。頭を軽く撫でてやると、五虎退は我慢していた涙を溢れさせる。

「主様……僕の虎が…」

 えぐえぐと泣き続ける五虎退の頭を優しく撫でる。
 話を聞くと、どうやら五虎退の虎の1匹が木から降りられなくなってしまったらしい。鳥を追いかけて登ったはいいが、高さに竦んでしまっているようだった。
 生憎、うちには身長の高い刀剣男士がまだまだ少ない。唯一身長がある岩融は、今は遠征へ出向いていた。
 他の刀剣男士達も居るには居るが、内番や手合わせなどできっと忙しいだろう。

「よし、じゃあ私が助けてあげる!」

 木に登るくらいなら私にも出来る。五虎退にその場所へ連れて行ってと頼むと、五虎退の顔がパッと明るくなった。

「ありがとう、ございます…!」

 へにゃりと笑う五虎退が可愛くて、また頭を撫でる。
 手を繋いで目的の場所へ向かうと、そこは本丸の中でもそこそこ大きな桜の木。その枝の先に五虎退の虎が震えていた。

「これは梯子もってこないと駄目かな」

 木から少し離れた場所に蔵があるので、そこに梯子もあったはず。虎が心配なので五虎退に見てるよう頼み、すぐに梯子を取りに行く。
 蔵までの道には畑があり、今日の当番である三日月がひと段落終えた所のようだった。

「おお、主。こんな所でどうかしたか?」
「ちょっとねー!」

 急いでるのー!と言いながら蔵へ走る。三日月はよく分からないと言った表情を浮かべていた。
 蔵を開けると薄暗く、埃っぽい臭いが鼻を刺す。梯子を見つけて、それを抱えるとまた急いで五虎退の所へと戻る。思っていたより重いけど、そんな事言ってる場合ではない。

「ごめんね、お待たせ。虎は大丈夫?」
「はい、まだ大丈夫…です」

 不安そうな五虎退を見て早く助けないと、と気持ちが焦る。
 梯子をかけてゆっくり登り、虎が居る枝の高さまで辿り着いた。下から見るよりもそこはずっと高くて、虎が飛び降りられないのも分かる。私も少し進むのを躊躇ってしまう。

「ほら、怖くないよー。こっちにおいで〜」

 少しずつ虎との距離を詰める。枝は細くて不安定な上、私が前に進む度にしなる。早く掴まえて降りないと。
 じりじりと手を伸ばし、やっと虎を捕まえた。胸に抱いて安心したのも束の間。ぐら、と身体が傾く。不安定な場所でバランスを崩してしまっては、もう落ちるしかない。
 抱いている虎を守らないといけない、と胸にしっかりと抱いて、来る衝撃にきつく目を瞑った。

「名前っ!」

 いつまで経ってもこない衝撃に目を開けると、そこには三日月が居た。おしりから落ちた私を間一髪で三日月が受け止めてくれたらしい。

「み、三日月、ありがとう」
「主…危ない事はやめてくれ。肝が冷えた」
「ごめんなさい…」

 大きめのため息をつきながら、三日月は私を抱えたままぎゅっと身体を寄せる。三日月がどれだけ大事に思ってくれているかを感じて、心臓が少し跳ねる。あの後、畑仕事を終えて主を追ってみて良かったと三日月が呟いた。
 虎はと言えば抱き締められて苦しかったのか、そそくさと五虎退の元へ戻って行った。
いつものんびりしてるのに速く動けるんだね、なんて間の抜けたことを言うと、三日月は困ったように笑う。

「俺も本気を出す時はあるぞ」

 それが主の一大事となれば尚更だ。そう言って三日月は私の額にキスをひとつ落とす。突然のことに驚いて、つい顔が赤くなる。そんな私を見て三日月は楽しそうに目を細めた。

「主様〜!大丈夫ですか〜!」

 五虎退が走って駆け寄ってくる。三日月に抱えられたままだったので、降ろしてもらおうとしたのに、三日月は降ろしてくれない。

「このまま本丸へ運ぶか」
「え、いいよ!歩けるから!」
「はっはっは。良いではないか」

 このままだとみんなに見られるんだけど…?!そんな私の心配も他所に、三日月は楽しそうに本丸へ歩き出した。