第8消防隊の拠点。建物は古びているが、中はそこそこ綺麗で使い勝手も良い。桜備大隊長と火縄中隊長が最初に来た時、かなり掃除したみたい。
1番新米である私も、第8にすっかり慣れた。初めは勧誘された時どうしようかと思ったけれど、みんな良い人で大好き。
ただ、1人を除いて。
「名前!待ってくれ!」
「待たない!」
どたばたと室内を走り回り、今ここに大隊長も中隊長も居ない事に内心ほっとする。いつもなら外でやれと怒られているところだ。
何故走り回っているのかと言うと、同じ第8消防隊であるアーサー君が追いかけてくるからである。
何故追いかけてくるのかは分からない。と言うよりアーサー君の考えている事がいまいち分からない。
何やら彼の中では自分は騎士らしく、そして私は何故だか姫に認定されていた。
「名前、名前姫!」
「姫って呼ぶの辞めて!」
狭い室内で机の間を縫って走る。シンラ君はひょいと避けるし、アイリスは安全な所に避難しているし、マキさんは困っているようなちょっと楽しそうな不思議な表情で私たちを見ている。
追いかけられるようになったのは、私が第8に所属されてすぐの事。初対面で挨拶した日からアーサー君にはもう既に姫と呼ばれてしまっていた。
1度だけ、追いかけられて逃げなかった事がある。何か追いかける事に意味があるのではないかと思って、追い付かれてみた。しかし結果と言えば、所謂姫抱っこをされて部屋に連れて行かれそうになった。最悪だ。その時は何とか騒いでみんなに助けて貰ったので何も無かった。
後日理由を尋ねたら「姫は騎士の傍に居るものだろう?」って言われて、会話を諦めた。謎すぎる。
それ以来アーサー君が追いかけてくる度に逃げるのだけど、体力は俄然向こうが上な訳で。大隊長が止めてくれるまではいつも追いかけられては逃げている。
今日も体力が限界に近付いたその時、火縄中隊長が勢いよく扉を開けた。
「焔ビトが出た。出動だ」
その言葉を聞いて、みんなが一斉に準備を始める。先程までのゆったりとした雰囲気は全く無くなり、緊張感に包まれる。
消防士としての経験がまだまだ浅い私が1番緊張していると思う。みんなの足を引っ張らないように頑張ろうと気合いを入れた。
マッチボックスに乗り込むと既に桜備大隊長が待機していて、扉を閉めた瞬間に発車する。
乗る場所はいつも適当のはずなのに、アーサー君は何故かいつも私の隣に居る。アーサー君には逆に感心しつつ、焔ビトの被害がない事を祈った。
現場は住宅街にある一軒家で、中には子供が1人取り残されているらしい。私は前線で戦うというよりは後方支援のタイプなので、焔ビトの相手はシンラ君とアーサー君に任せて子供の救出へ当たる。
家の中は既に炎が回っていて、炎に耐性がないと少し厳しい。どこかに子供が居るはず。耐えている子を助け出さないと。その思いだけで前へ進む。
焔ビトの様子を確認しながら部屋の扉を開けると、そこにはうずくまって震えている子供が居た。まだ炎の影響は受けていないみたいで、駆け寄って声をかけると少し苦しそうにしただけだった。
立ち上がらせて外へと無事に誘導した時、シンラ君とアーサー君が丁度中にいた焔ビトを鎮魂させた所のようだった。
子供も救助出来たし、焔ビトの鎮魂も完了した。
恐らく誰も怪我をしていないし、今回の任務は無事に終われそう。そう思った瞬間、後ろから何かに首元を捕まれた。
油断した、と気付いた時にはもう遅く、強い力で引き寄せられる。目の前には不気味な笑顔を浮かべる焔ビトが居た。
「ぐっ…」
首元をぐぐ、と絞められる。呼吸が苦しい。
焔ビトは一体では無かった。もう一体別の場所に隠れていたのだと気付く。しかし気づいた所で焔ビトの腕を振り解けるような力は私には無かった。悔しさに涙を滲ませる。これじゃあいくら後方支援だと言っても、消防士失格だ…!
酸素が回らず意識が薄れかけた時、突然身体の自由が戻った。
よく見ると私の首を掴んでいた焔ビトの腕が綺麗に切断されていて、力が抜けたのだと理解する。
いきなり放り出された身体は受け身をとることが出来ず、後ろへ倒れ込みそうになった所を支えてくれたのはアーサー君だった。
「名前、大丈夫か」
「げほっ…ありがとう、アーサー君…」
咳き込みながら礼を言うと、アーサー君は「姫を守るのは騎士の務めだからな」と自信満々な笑顔を見せた。その笑顔に少しだけドキリとしたのは、まだ誰にも言わないでおこうと思う。
アーサー君が私を支えてマッチボックスへ向かおうとしたので、焔ビトはとそちらを見ると既にシンラ君に鎮魂された後だった。
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あれから後日、相変わらず追いかけっこしている私とアーサー君。いつもならアーサー君を止めてくれる桜備大隊長が何故か私の行く手を阻んだ。
「ちょ、大隊長!退いて下さい!」
「すまん名前、第8の為に犠牲になってくれ」
「どういう事ですか?!」
大隊長から耳打ちされて話を聞くと、私を助けたあの日のアーサー君は、それはもうもの凄い速さで焔ビトの腕を斬ったらしい。
アーサー君は妄想が捗れば捗るほど強くなる、と言うのは知っている。
そこで私がアーサー君の姫役に徹し、更にアーサー君に強くなって欲しい、との事だった。大隊長とそうこうしている間にもアーサー君は私に跪き、勝手に手を取って勝手に口付けしている。
「名前姫…」
まるで愛おしそうに見つめられて、こんなの照れない女子が居るんだろうか?少なくとも私は恥ずかしくて死にそう。
「大隊長助けて下さい!」
「第8の為だと思ってくれ」
周りに助けを求める視線を送っても、アイリスとマキさんは楽しそうだったりシンラ君は何故か照れてたり火縄中隊長に至っては完全に無視だ。
諦めるしかない。これから先の事を考えて、私は大きなため息をついた。