本丸の中央にある出陣ゲートが光り、こんのすけが第1部隊の帰還を知らせてくれる。第1部隊を迎える為に作成していた刀装を置いて、ゲートへ向かった。
 最近は政府からの出陣要請が増えていて、刀剣男士達の負担も大きいはず。審神者である私がしっかり支えて、指示しないといけないと気を張る。

「主、ただいま。戻ったよ」
「おかえりなさい!手入れが必要な者は?」

 第1部隊の隊長、近侍でもある髭切が皆を先導する。負傷しているのは第1部隊では骨喰藤四郎だけのようだった。

「骨喰くんは手入れ部屋に行きましょう。他の皆はこんのすけに報告を。その後はゆっくり休んでね」

 傷自体は軽傷のようで、歩くことくらいは問題ない骨喰を支えながら手入れ部屋へ向かう。
 この後、きっと第2部隊も帰ってくる頃合いのはずだ。手入れの時に資材が足りないといけないので、資材の確認と、札の確認。その後は放っておいてる刀装を作りきってしまって、夕飯も光忠に任せっきりなので少し手伝いに行かないと。あとは政府へ提出する為の資料の作成も残っている。

 考えれば考えるほどやる事が尽きず、休んでいる暇はない事を悟る。今日の夕飯は肉じゃがだって光忠が言っていたから、せめて夕飯は食べられたらいいなぁ、と手入れ部屋の扉を開きながら考えた。





 自室に篭ったままだと、時間が把握しにくいらしい。気付けば庭は真っ暗で、すっかり夕飯の時間も過ぎてしまっていた。
 光忠の肉じゃが…私の分も残してくれてるかな…残ってなかったらちょっと泣きそう。
けれど、資料の作成はまだまだ終わりが見えない。

「主さま、少し休まれては?」

 心配そうにこんのすけが眉を下げる。私を見つめるその姿が愛しくて、そっとこんのすけを抱き上げた。

「ありがとう、こんのすけ」

 顔を寄せるとふわふわした毛並みが気持ち良い。こんのすけも私に合わせてずっとここに居るので、夕飯を食べそびれているはずだ。他の資料を検索して貰ったり、色々助けてくれていた。
 こんのすけの頭を丁寧に無でてから、床へ降ろしてやる。撫でられている時のこんのすけは目を細めて気持ちよさそうにするので、尚更可愛い。

「こんのすけも休憩しておいで。厨にある油揚げ、食べて良いからね」
「本当ですか!」

 ぴょいんぴょいんと効果音が付きそうなほど跳ねて喜ぶこんのすけ。それでもまだ私の事を心配して部屋を出ようとしないから、そっともう一度抱き上げて次は廊下へと出してあげた。さすがに折れたみたいで、厨へと走っていくこんのすけ。
 自分はもうひと頑張りしようと机に向かおうとした時、ぐらり、と視界が揺れた。思わず膝をついて、呆然と息を整える。体調は悪くないはずなのに、どこか息苦しい。

「主、入っていい?」

 襖が開かれる音と共に、髭切の声が聞こえた。返事をする前に入ってくるなんて、なんとも髭切らしい。そんなことを考える余裕はあるのに、へたりこんだ身体は動かせないままだった。

「主…?どうしたの?」

 返事がない私を心配してくれたのか、髭切も膝をついて目線を合わせてくれる。私は髭切に心配させまいと必死に笑顔を作った。

「ご、ごめん…大丈夫、だから…ちょっと、よろけちゃって」

 上手く繕えていないであろうと言うことは、髭切の表情で分かった。
 眉を下げて尚も心配そうに私の顔を覗き込む髭切。綺麗な顔でそう見つめられては、また別の意味で呼吸を忘れそうになった。髭切の真っ直ぐな瞳が少し気まずくて、目を逸らす。
 すると、髭切の白い手が私の片頬を掬った。髭切に触れられた瞬間、その場所から温かい、心地好い、何かが満たされる感覚に陥る。
 とろり、ふわりとした不思議な感覚に、無意識に自分から髭切の手に頬を寄せる。髭切は驚いた様子で小さく呟いた。

「もしかして…」

 主は今、霊力がかなり減っているのではないか、と。そう髭切に言われて今度は私が驚く番だった。
 確かに、最近忙しくてろくに睡眠も食事も取れていなかった。
 霊力とは生命そのもの。健康で居られればそれ相応の霊力を生み出すことが出来るし、逆に生命が弱れば審神者の霊力によって維持されている本丸も危うい。それは、審神者によって顕現している刀剣男士も同じのはずだ。

「そっか…ごめんね。私が頼りない審神者なばっかりに…」
「主はしっかり過ぎるほどよくやってると思うよ。」

自分を責めるなとでも言うように髭切は私の頭をぽんぽんと撫でる。髭切に触れられている場所が心地好い。

「ねえ、主。これは予想なんだけどね。いつも主から貰ってる霊力を、僕から返せるんじゃないのかなって」

 頭に乗っていた髭切の手がまた頬に降りてきて、次は唇まで指が伸びる。触れられている箇所が気持ち良いと感じるのは、髭切から微かに霊力が流れてきているせいなのかもしれない。足りない分を補おうとしてくれている。
 髭切もそれに気付いたようで、多分、もっと直接的に触ったら霊力を分け与える事が出来る。その直接的と言うのが髭切の予想である口移しという事。
 私の唇を親指でふにふにと遊ぶ髭切に心臓が脈打つ。これは、霊力が枯渇する前に恥ずかしさで死ぬかもしれない。

「主…していい?」

 唇が重なる寸前に聞くのは、意地悪だと思う。動けないのは霊力のせいか、それとも。されるがまま髭切の唇が重なって、ちゅ、と音を立てた。
 一瞬離れたかと思うとそれはまたくっ付いて、その度にちゅ、ちゅと音をさせるものだから、まるで髭切は楽しんでいるよう。私は恥ずかしさで目が開けられず、まさにされるがまま。
 息の仕方を忘れたかのように固まった私に、髭切は可愛い、と妖艶に口角を上げた。

「ん……主、口…開けて?」

 くちを、あける?
 初めての熱量にくらくらする頭で、髭切の言葉を反復する。どうして口を開けるのか分かっていない私に髭切は楽しそうに目を細め、私の腰をぐいと引き寄せた。

「ひゃっ……んぅ?!」

 急に抱き寄せられて驚いた瞬間、髭切に口を塞がれる。それと同時にぬるりと咥内に侵入してきた髭切の舌に肩が跳ねた。髭切が動く度に水音が脳内に直接響く。その度に、髭切の霊力が流れ込むのを感じた。

「ん、ひ…げきり…っ!もう、だいじょ…んんっ…」
「ふふ。まーだ。」

 霊力を受け入れると言うよりは一方的に流し込まれる感覚。自分の中がいっぱいになって、溢れそうになる。こんなにも霊力で満たされるのは初めてだ。霊力の許容量が自分の限界を超えた場合、どうなるんだろう。頭の片隅でそんな事を考えながら、髭切にぎゅう、と抱き締められる。尚も咥内を離してくれない髭切は少し暴走気味に見える。

「ん、ぁ…髭切、も、やめ……」

 とろりとした水槽に浸かっている感覚。目も上手く開けられない状態でなんとか髭切を制止するが、髭切は笑みを深くするだけで止まってくれそうにもない。
 その時。

「主さま〜〜〜!」

 襖がターンッ!と大きな音を立ててスライドした。声のはこんのすけのもので、私は助かったと心の奥底で思う。

「そこの…えーと…君、なんの用?」
「こんのすけです!髭切様ですね、主さまに霊力を与えすぎてるのは!」

 あからさまに面白くなさそうに口を尖らせた髭切に、こんのすけは説明を続ける。
 審神者の霊力が枯渇しそうな場合、刀剣男士からの供給は一般的に有り得るということ。しかし主の許容量を超えた場合、本丸に大きく影響が出てしまうということ。

「髭切様のせいで、本丸の草花が一気に成長してしまいました!」

 明日手入れが大変ですよ!他にもきっと影響が出ているはずです!とぷんぷん怒るこんのすけ。怒っていても可愛いと思ったのは今は言わないでおこうと思う。

「ごめんごめん。主があまりにも可愛かったから、つい止まらなくなっちゃった」

 あまり悪びれていない様子で謝る髭切。まだ怒っているこんのすけに、私から謝った。

「元はと言えば、私が悪いの。髭切は助けてくれただけだから。許して、こんのすけ」

 明日の内番みんなのお手伝いするから、と手を合わせれば、こんのすけも引き下がるしかなかったようだ。

「そういえば、お礼がまだだったよね。助けてくれてありがとう、髭切」

 ちょっと量が多かったけど、と困った顔で笑う。髭切はそんな私をまたぎゅう、と抱きしめて、耳元で囁いた。

「またしようね、主?」