「ぬしさま、いらっしゃいますか?」

 我が主の部屋の前で一声かけ、返事を待つ。夜もすっかり更けた本丸を、月が綺麗に照らしていた。
 ぬしさまの部屋は本丸の端にあるので、刀剣男士達の部屋からは少し遠い。わざわざぬしさまを尋ねたのには、ぬしさまが少しばかり怠慢だからだ。

「はぁーい。居るよ〜」

 ゆるりとした声が返ってきたので、襖を開けた。そこにはだらり、と床に伏せるぬしさまが居て、軽く息をつく。右足には足袋が脱ぎかけてひっかかっており、左足は裸足な所を見るに途中で諦めたのだと察した。

「どしたの、小狐丸?」

 ぬしさまは両腕で枕を作り、そこに顔を乗せて私を見上げる。どうしようもなくだらしない姿のはずなのに、そんな姿も可愛く思える自分はよっぽどぬしさまを好いているのだと再認識させられる。

「ぬしさまが部屋に籠りきりでしたので、様子を見に」

 ぬしさまの右足にひっかかったままの足袋をするりと脱がしながら返事をする。ありがとー、とぬしさまの気の抜けた礼が耳をくすぐる。
 ぬしさまは仕事でも鍛刀でも手入れでも、何かを始めると終えるまで止めない。今回も自室に籠ってなにか仕事をしていたのだろう。

「そろそろお風呂行こっかなって思ったんだけどね、途中で体力尽きちゃった。あはは」

 軽く笑うぬしさまには眉を下げるしかない。まだ左足の足袋しか脱げていないのに体力が無くなるとは、どれほど根を詰めたのか。

「では、私がお背中を流しましょう」

 脱がせた足袋を畳んで横へ置き、ひょいとぬしさまを抱き上げた。どうせ1人では動かないのだ、このまま浴室へ連れて行こう。
 抱き上げられたぬしさまは慣れた様子で私の首に腕をかけて、きゅ、と顔を寄せた。

「きゃー、小狐丸のえっち〜」
「期待されているのはぬしさまでしょう?」

 少し意地悪く微笑めば、ぬしさまは少し顔を赤らめてえへへ、とはにかんだ。まったく、私のぬしさまは一体どこまで可愛らしいのか。

 浴室へと続く道、夜はまだまだ長くなる。