大抵のものは持っている。実力、地位、財力。人望はまあ、生徒からはあると思う。他の人間は俺のことをどう思っているかなんて知らない。
 そんな俺がいつまでも手に入れられないもの、それが名前。高専時代からの同期で、あの時はよく夏油と三人でつるんでいた。
 人の目を引く容姿をしている名前は、高専の時から周りの男性から人気があった。それは大人に成長した今もそのままで、俺と一緒に歩きでもすれば、すれ違う人達は皆振り向く。
 今だってそうだ。珍しく名前と二人で組んでの仕事。現場に向かう途中の街で、俺の隣を歩く名前はその辺の広告に出ている女優に遜色ないほど美しい。

「あー!もう!腹立つ!!」

 突然の怒声を発したのは、紛れもなく隣にいる名前。見た目は可愛いが、中身がまぁ、昔からこんな感じだ。
 イライラを隠さず大きな足音を立てながら歩く姿に、勿体無いとため息を吐く。前にそれを本人に伝えたら「性格が残念な悟に言われたくない」と一蹴されたので、今回は心の中にしまっておく。

 何に苛ついているのかというと、どうも最近付き合っていた一般人の彼氏に振られたらしい。
 名前の家は呪術師でも名家と言われるような家で、将来は決まっていたも同然だった。当たり前のように高専に入り、当たり前のように呪術師になる。一級にまで昇りつめたのは、彼女の才能に他ならない。
 ただ、そんな彼女の密かな願いは、呪術と関係ない生活を送ること。それを知っているのは恐らく俺と夏油だけだ。
 それが無理だと理解していながら、呪いの類が全く見えないような男と付き合うのは彼女なりの反抗か。
 高専を卒業してから何人と付き合ってきたのは見ていたが、尽く破局しているのもまた同じように見てきた。
 その度にアプローチをかけるのだが、名前は全く振り向かない。理由が理由なだけに、俺も強く押す事が出来ずに今に至る。

 現場に着いた途端、今回のターゲットである呪霊に術式を放ち、仕事を終えてしまう名前。
 俺と名前の一級術師が二人も寄越されたのだ。曲がりなりにも一級呪霊だったはず。それが一瞬で片付けられるなんて、八つ当たりにも程がある。呪霊に少し同情するくらいだ。
 今回の任務、俺、必要あったかな?

「荒れてるねぇ、名前チャン。」
「うるさいなぁ」

 呪霊に八つ当たりしたところでイライラは消えないらしく、俺にも素っ気ない。まぁ、俺にはいつもこんな感じだけれど。
 今回はどうやって振られたの、なんて聞こうものなら先程の呪霊と同じように瞬殺されていることだろう。
 電話で任務完了の旨を報告する名前。相手はきっと伊地知だろう。多少キツめな口調に、伊地知に内心エールを送った。

 その時、名前の背後に呪霊の気配を感じる。それと名前が「え?!」と声を上げるのは同時だった。
 恐らく伊地知に呪霊は一体ではないと告げられたのだろう。いつもの名前なら呪霊の気配など容易に察するはずなのに、今日はよっぽど乱されているらしい。
 動きが一歩出遅れた名前を咄嗟に抱えて、呪霊から距離を取る。呪霊は予想より動きが早く、首を取るより一旦退いた方が的確だと判断した。

「大丈夫か?」
「ありがと…」

 名前を下ろして呪霊に向き合うと、何も考えていないのかよほど自信があるのか、俺に向かって突っ込んできたので軽くかわして蹴りを入れておく。まだ反撃してくるかと思えば転がったままだったので、そのまま術式でとどめを刺した。
 一級呪霊としては呆気なかったが、今回俺が来た意味はあったみたいだ。
伊地知との電話は繋がったままだったようで、名前は改めて任務完了の報告をする。

「僕ってば頼れる男でしょ?」
「はいはい、そうね」

 いつもこうだ。いつも軽く流される。こんなに顔が良くて財力もある男、他に居ないってのに。

「名前は見る目ねーなぁ。僕のどこが嫌なのさ」
「あえて言うなら性格ね」

 こうもはっきりと言われるとぐうの音も出ない。長年の付き合いなだけあって反論もできない。ちなみに性格に難があることは自分でも理解している。直すつもりはないが。
 今までも振られるたびに名前が荒れるのは見てきた。しかし今回の荒れっぷりは以前よりも度を越していた。
 それだけ本気だったのか。そんな男が居たということに胸がチリ、と焼ける。
 自分より下にある名前の頭をふわりと撫でた。つけていた目隠しを外して名前を見据える。

「そろそろ僕にしとけば?」
「さっきの話聞いてた?」

 名前が怪訝そうな顔で睨むので、笑顔で返しておいた。頭を撫でられるのは嫌じゃないらしく、手は払い退けられない。

「…でもそうね、考えてもいいかも。」

 自分から言い出した割には名前からこんな返事が来るとは思っていなかったので、思わず固まってしまう。
 今まで高専を卒業してから、こんなことは一度たりともなかった。名前は本当に俺のことなんてなんとも思っていないのだと。
 頭に置かれたままの俺の手を取ると、名前は少し楽しそうに笑った。

「近くに美味しいカフェあるんだ。奢ってくれたら考えてあげる。」

 今のままではお茶どころかカフェごと買ってしまいそうな勢いだ。
 名前が振り向くまで、あと少し。