今日は朝から任務が入っていて、休憩出来る暇が一切なかった。
そう強くはない呪霊のはずだが、他に出られる呪術師が居ないとのことで珍しく五条へ任務が回ってきた。こういう時に呪術師の人手不足を改めて実感する。
任務地へ赴きつつ、生徒の勉強に何か使える物がないかを街で見繕う。
呪霊を祓うのは本当に一瞬で、どちらかというとその場へ向かう時間の方がかかったかも知れない。いつもなら伊地知に送ってもらうが、今回は街の探索もついでに行なったので余計に時間がかかった。
高専に戻った後、事務室で一息吐こうとした瞬間。伊地知から書類を一気に渡されて、思わず天を仰ぐ。
「あのー、伊地知サン。僕、今日何も食べてないんだよね」
「10秒チャージならありますけど、要りますか?ちなみにその書類の提出期限は本日です」
書類業務ってめんどくさいから好きじゃないんだよねー、と伊地知に全て任せていたツケがここに回ってきた。
目を通して判を押すだけなのだが、量が尋常ではない。本当に、どうしてここまで貯めていたのかと五条は自分で自分を呪いたくなった。こうして呪霊は発生するのか、なんてくだらない事を考える。
ゼリー飲料を冷蔵庫から取り出そうとする伊地知を静止して、とりあえず書類へと向かい合う。
伊地知に何か買ってきてもらおうとしたが、生憎この後別の仕事があるらしい。いつも自分が頼みごとをしているので気にした事が無かったが、補助監督というのも中々忙しいようだ。
山積みの書類を前に一旦考える事を止めようかと思ったが、伊地知の「今日までですからね!」という切実な言い残しが頭に残り、仕方なく書類を一枚ずつ捲っていく。
しかし、糖分が足りていない頭でこの業務はきつい。何か購買で仕入れて来ようかとも思ったが、自分のことに対して物臭な所がある五条はまぁいいか。と作業を続ける。
黙々と書類と二人きりの時間を過ごしていると、突然ガラッと事務室のドアが開く音が聞こえた。
「あ、五条先生。いらっしゃったんですね」
そこに立っていたのは高専の事務員である名前。呪霊は見える程度で、力は恐らく窓と同じくらいしかない。
名前は元々他の高校で教師をしていたらしいが、学長の推薦で高専の事務員になったと名前本人から聞いた事があった。
事務室にはソファが対面で置いてあり、五条が座っているソファの反対側に名前が腰掛ける。
「珍しいですね、五条先生が書類業務だなんて」
「ねー。僕もそう思う」
死んだ目をしながらそこそこの勢いで書類に判を突いていく五条に、何かを察した名前は苦笑いを返すしかない。
「あ、そうだ!五条先生甘いもの好きですよね?」
「え、好き。めっちゃ好き。」
閃いたように名前が持っていたカバンから取り出したのは、透明の袋に入ったクッキーだった。
包装からして、手作りである事が伺える。
「これ、昨日作っておやつに食べようと思って持ってきてたんです。良かったらどうぞ」
「え…いいの…?」
願ったり叶ったりのことで、五条が名前を見る目は完全に神を見る目に等しい。
ついでにお茶も入れちゃいましょう、と名前が事務室に置いてあるポットの下から紅茶のティーバッグを取り出し、お湯を入れ、あれよという間に立派なアフタヌーンティーセットが完成した。
先ほどまでは書類にまみれていた机も、クッキーと紅茶が添えられるだけでなんと華やかになることか。
早速クッキーを一つ摘んで口へ放り込むと、ほろっとした食感の後に優しい甘さがあり、久々の食事にこれが幸せか、と脳内で変に納得する。
「美味い。名前、料理上手なんだな」
ぽろっと無意識に出た五条の言葉に、名前は嬉しそうにはにかんだ。名前の初めて見る表情に、五条は思わず目を丸くする。
名前とは付き合いが長い訳でもないが、短い訳でもない。よくある教員と事務員の関係で、たまに話す程度。
そんな表情もするのか、と言い表せられないような不思議な感覚に陥る。
「五条先生?」
ぼんやりしてしまっていたのか、名前に声をかけられてハッとする。
「あ、いや。可愛いと思って」
「何がですか?」
「名前が」
「…え?!」
先ほどとは比べ物にならないくらいに顔を赤く染める名前。これは、少し楽しいかも知れない。
五条は名前を見て笑う。名前はからかわないで下さい、と下を向いてしまった。
自分の中に芽生えた新たな感情と向き合うため、五条はクッキーをもう一つ摘んで口へと放った。