名前の仕事と言えば、高専の備品の管理や発注、経理や受付など幅広い。
 生徒の人数が少ないとは言え、一人で全てこなせるようになるまでは時間がかかった。たまに授業の補助もしたりするが、基本的には高専の事務室に篭りきりになる事が多い。
 今日も事務室で提出用の書類をまとめていると、ガラッと勢いよく事務室のドアが開いた。

「名前ちゃーん」

 そこには高専に入ったばかりの虎杖と、同じ一年である伏黒と釘崎が立っていた。

「こら、虎杖君。名前先生でしょ?」
「だって名前ちゃん、先生じゃなくね?」
「…確かに。」

 なんの遠慮もなく事務室へ侵入する虎杖と、簡単に論破されてしまう名前。
 そんな名前を尻目に、伏黒と釘崎も慣れたように事務室に備え付けのソファに腰掛ける。この三人はよく事務室に来る。なんの用件もなく、よく来る。なのでこの光景もすっかり慣れてしまった。
 名前も生徒たちのことはもちろん好きだし大事に思っているので、来てくれる事は単純に嬉しいと思う。
 広げていた書類を机の隅にまとめ、名前は一年三人と向き合った。

「今日はどうしたの?」
「あ、資料室の鍵借りにきた。明日の授業で使うらしくて」

 虎杖が名前に答えながら、机に置いてある菓子盆を見つめる。食べていい?と無言で聞かれた気がしたので、名前は三人に食べていいよ、と言いながら席を立つ。
 虎杖と釘崎は我先にとハッピーターンを奪い合う。伏黒はその後にそっと雪の宿を取った。

「このお菓子、名前ちゃんのセレクト?」

 ハッピーターン争奪戦に勝利した釘崎が名前に問いかける。敗れた虎杖は仕方なくバームロールの封を切っていた。
 そうだよ、と棚に保管してある鍵を取り出しながら名前が答える。
 まるでおばあちゃんの家にあるお菓子のラインナップだ。三人とも同じ事を思ったが、食べている以上何も言わないでおく。

「はい、鍵。ついでにお茶飲んでいく?」
「やった、名前ちゃんの入れる紅茶好きなんだよね」

 釘崎が嬉しそうに二個目のお菓子へ手を伸ばす。虎杖は鍵を借りに、伏黒は虎杖の監視に、釘崎はただ紅茶を飲みに。大体こんな所だろうと名前は予測する。
 普段は一人で事務作業をこなしているので、どんな理由でも遊びに来てくれるのは慕われているようで嬉しい。

「伏黒君は緑茶だよね?虎杖君は?」
「俺も緑茶!」
「…っす。」

 釘崎は紅茶と角砂糖が一つ。伏黒は緑茶。虎杖は気分で飲むものが変わる。生徒の好みを覚えるくらいには、この職にもすっかり慣れてしまった。
 急須には緑茶を、ティーカップにはティーバッグを。手際良くそれぞれにお湯を注いで三人の前に並べる。ついでに自分の分の紅茶も入れておいた。

「それにしても、五条先生って資料室使うんだね」
「あー、それ俺も思った」
「資料より実践のイメージだもんな」
「実践も言うより慣れろって感じだけど」

 名前の言葉に、資料室の鍵を見ながら三人も同意する。
 そう言えば授業らしい授業ってあんまり受けたことないような…?この学校大丈夫か?と釘崎辺りがなんとなく考えた瞬間、またしても事務室のドアがガラッと開いた。

「名前、資料室の鍵を…」

 そう言って事務室に入ってきたのは話題の男、五条悟。五条は事務室ソファに堂々と座る一年三人組を見つけた瞬間、なんとも言えない苦い顔をした。
 目隠しのせいで目は見えないが、それでもなんとなく察せるのは五条の表情が豊かだからに違いない。

「なんで居るのって顔してるな」
「ほんと分かりやすいよねあの人」

 上から虎杖、釘崎。
 先生にも歯に絹着せぬ言い方をするのは二人の性格なのか、それとも五条の生徒に対する接し方のせいか。

「五条先生。何かご用ですか?」

 名前が立ち上がって五条の元へ寄ると、五条は苦い表情を途端に柔らかくする。それは五条が名前のことを気に入っているからに他ならない。
 釘崎と伏黒は分かりやすいなぁ、と思う一方、虎杖は表情の意図がわからず一人で疑問符を浮かべている。

「明日の授業で資料室使うから鍵借りにきたんだけど…」
「それなら虎杖君に渡しましたよ?」

 お菓子の袋が散らばっている机にちょんと乗った資料室の鍵。
 どうやら虎杖達は鍵を借りに行ってほしいと五条に言われた訳ではなく、明日資料室の資料を使うからと言われただけで、自発的に鍵を借りにきたようだった。

「やっぱり、急に資料室なんて言うから何か変だと思ったのよね」

 釘崎が立ち上がって五条の方へ向き直る。全てお見通しとでも言うように、人の悪い笑みを浮かべた。
 そんな釘崎を見て五条はぎくりと肩を竦める。伏黒もなんとなく理解したようで、それでも釘崎ほど興味はないらしく次はぽたぽた焼きの封を切っている。
 疑問符が頭から離れないのは、虎杖と名前だけだ。

「五条先生、鍵借りに事務室に来たかっただけでしょ?そんで名前ちゃんに…」
「釘崎、それ以上言うと成績が落ちる事になるぞ?」

 二人の間にはバチバチと何かが音を立てている。その傍らで事務室に来て何かあるのだろうかとでも言うように首を傾げる名前。
 五条の牽制にも動じない釘崎は更に追い討ちをかけようとするが、流石に五条に口を塞がれてしまった。
 釘崎は名前には聞こえない様、小声で五条に話しかける。

「これ以上名前ちゃんに何か吹き込まれたくなかったら、今度銀座の寿司ね」
「お前、先生を脅す気かよ…」
「脅すなんてとんでもない。これは取引よ」

 釘崎は寿司のことを考えながら、楽しそうに口角を上げた。

「それに、私だけが知ってる名前ちゃんの情報教えてあげてもいいわよ」
「乗った。」

 生徒が持ちかける取引に即決で乗ってしまう教師。
 しかし釘崎は寿司が食べられるし、五条は名前の情報を得ることができる。お互いにWIN-WINだ。
 自分に関することを秘密裏に契約されているだなんて知る由もない名前は、高専みんな仲良しだなぁ、なんて呑気なことを考えていた。