うだるような暑さとはよく言ったもので、本当に茹ってしまうんじゃないかと心配になるくらいに今年の夏は暑い。
 高専の教室にはエアコンなんてハイテクなものは無く、名前と五条は机に突っ伏して文字通り溶けていた。
 夏油はと言うと一人涼しい顔で本なんて読んでいるものだから、名前は温度感覚ぶっ壊れてんじゃないの、なんて失礼な事を思う。

「暑い」
「言うなよ余計暑くなるだろ」
「暑い」
「俺の話聞いてる?」

 五条に文句をつけられたがそれでも尚名前は言う、暑い。
 言っても仕方ない事は重々承知だが、言わないとやってられない時もある。それが今だと自分の中で勝手に理由をつける。
 そもそもどうしてこんな暑いところに居ないといけないのか。担任である夜蛾先生が次の任務について説明するから、三人は放課後に残れと言ったきり帰って来ないからだった。
 あのオッサン自分が言った事忘れてないだろうな。五条は心の中で悪態をつきながら頬杖をついた。
 しんとする教室に、ぺら、と夏油がページを捲る音がだけが響く。

「傑はどうしてそんなに涼しそうな顔してんの?」
「私?暑いよ、普通に」
「まじかよ。じゃあ暑いって顔しろよ」

 五条の無茶振りを笑って流すあたり、夏油の性格がよく出ている。
 中身のない会話でも楽しく思える。なんでもない三人で過ごす時間が、名前は好きだった。今は暑いから早く寮に帰りたいけれど。

「ねー暑いってば悟。」
「俺にどうしろってんだよ」
「術式でそこをなんとか」
「そんな便利な術式あったらとっくに使ってるわ」

 眉をひそめながら名前のほっぺたをつねる五条。
 暑くて抵抗もする気にならない名前はされるがままだ。

「いひゃい〜助けて傑、悟がいじめる」
「こら悟、好きな子はいじめちゃ駄目だろ」

 さらりと出た夏油の言葉に、五条はがたっと机を揺らした。机から落ちそうになりながらも夏油を睨むと、当の本人はどこ吹く風で素知らぬ顔だ。
 対する名前はと言えば大して気にも留めていないのか、そーだそーだと適当に相槌をうっている。
 気付いていないのか?はたまた言葉の綾だと思っているのか。それはそれで五条のことをなんとも想っていない証拠のようで、五条は複雑な心境だった。
 「傑だって人のこと言えないだろ。」すまし顔の夏油にそうはっきり言えれば良かったのだが、流石に名前の前でそれを言う勇気は五条にはなかった。なので視線で訴えてはみたが、それに気付いた夏油は愉しそうに口角を上げるだけだった。

「先生まだ来なさそうだし、アイスでも買いに行こうか」

 目線は本のまま、夏油が提案する。名前はすぐさま賛成!と机から起き上がる。
 五条は机に顎を置いたまま、んー。とどちらとも取れる生返事をした。

「それじゃ、じゃんけんで負けた人が買いに行く事にしよう。三人で売店に行ってる間に先生が来たら困るしね」

 夏油の更なる提案に、名前は起き上がるどころか何故か椅子から立ち上がり、気合をいれる。
 五条も勝負となると負けるのが気に食わないのか、両手を組んで体の前でひっくり返し手の間を覗く、所謂じゃんけんの前によくやるアレを始める。
 そんな事をしても夏油は五条にじゃんけんで負ける気がしない。何故なら五条がじゃんけんで必ずチョキを出す事を知っているから。

「じゃーんけーん」

 ぽん。
 夏油の掛け声と共に出た手は、グー、グー、チョキ。
 名前が大きくグーを天井に上げて喜び、五条はまた机へと突っ伏した。もちろん負けは五条である。

「種類は俺が選ぶからな、文句言うなよ!」

 悪役の捨て台詞さながらそう言い放った五条は、ぴしゃりと教室の扉を閉めた。名前は楽しそうにひらひらと手を振る。
 教室に二人きりになって、しばしの沈黙。
 また夏油の本の捲られる音のみが聞こえる。校庭の遠くの木で、セミが合唱している。

「ねぇ傑」
「ん?」
「さっきのだけどさ」

 少し緊張した面持ちの名前が、照れた様子で夏油を見やる。夏油はあれか、と察しつつも、名前の言葉を待った。

「好きな子ってやつ。あれ本当?」

 頬を染めながら目を逸らす名前が可愛く見えて、思わず夏油の心臓が鳴る。
 夏油は名前が五条を気にしている事を知っている。名前は恐らく無意識だろうが、毎日一緒にいると微かに分かる。

「さぁ。悟に聞いてみなよ」
「む、無理。恥ずかしくてそんな事聞けない。」

 名前の中では五条は意地悪なイメージが強いらしく、聞いたが最後、自意識過剰だなんだと言われて散々いじられるに決まっているとのこと。
 五条はジャイアンか?と、夏油は笑いそうになったが、黙っておいた。赤くなりながら唇を尖らせる名前がなんだかとても可愛くて。

「ま、私もだけどね。」

 視線は本のまま、つい、言うつもりのなかった事を呟いた。
 夏油が名前を好きな事に違いはなかったが、同時に五条も大切に思っていたし、三人でいる時間が大切だ。それはきっと五条も同じのはず。
 夏油の言葉の意味を理解した名前が目を見開くのと、五条がアイスを持って教室の扉を開けたのはほぼ同時で。
 名前が真意を聞く前に、三人はさっきと同じ形に戻ってしまった。

 夏油の気持ちを知った名前はどう夏油に接すれば良いかわからない。五条はそんな名前の変化に気付いている。
 軽い意地悪のつもりで告げた言葉に真剣になっている名前が、夏油は更に可愛く見えた。
 同じ形のはずなのに、三人の関係は数分前とはずいぶん変わってしまっていた。