午後20時過ぎ、夕飯の支度を終えて休憩がてらテレビをつけた。大きな画面に映ったのは今人気のヒーロー、轟焦凍。リモコンを操作して概要欄を読むと、話題のヒーロー特集というよくある番組らしい。そこに映し出された彼は、誰もが認めるくらいに格好良い。街のインタビューを受ける女子も、今一番好きなヒーローは?という問に迷わず「轟焦凍!」と回答していた。
プロヒーローも人命救助だけでなく、アイドルのような対応を求められる時代だ。強さはもちろん、外見や性格等も人気に関わってくる。トップクラスの人気を誇るプロヒーロー達には、それこそアイドル並の訴求力があるのでスポンサーも付きやすい。
画面の中で闘う彼の姿を見て、やっぱりかっこいいなぁと思う。こんな特集があるなら録画しておけばよかった。これは最近の活躍の場面かな?とテレビを食い入るように見ていると、がちゃりと玄関の扉が開く音がした。ぱたぱたと小走りで玄関へ駆け寄れば、そこには先程まで画面で見ていた彼。
おかえりなさい、と声を掛けるといつもの優しい声でただいま、と返してくれる。靴を脱いでフローリングに上がるや否や、ぎゅうと音がしそうな程抱きしめられた。焦凍くんの頭が肩に乗ってきて、後ろによろけそうになるのを頑張って堪える。呼吸をすれば彼の匂いで満たされる。この瞬間、これ以上幸せなことはないといつも思う。
焦凍くんの背中をぽんぽん、と優しく撫でると安心したように腕を解いてくれた。焦凍くんは帰ってきたら必ずハグをする。何故いつもそうするのか一度だけ聞いた事があって、その時はプロヒーローはいつも生死と隣り合わせで、不安になるのだと。帰ってきて私の姿を見ると存在を確かめたくて抱きしめてしまうのだと、そう答えてくれた。私の事をたくさん考えてくれているのだと密かに嬉しくなったのを思い出す。
リビングに戻ると私はテーブルに準備をしていた夕飯のラップを外し、お箸を出した。部屋着に着替えた焦凍くんも席につく。今日は久しぶりに夕飯を一緒に食べられるので少し張り切った。帰りが遅くなるのはよくある事で、忙しい時は帰ってこれない日が何日も続いたりする。
本当は好物のざるそばを出してあげたかったけれど、蕎麦の手作りは難しい。せっかくなので手作り出来る和食を沢山並べた。焦凍くんは「名前の料理は全部美味しい」とよく食べてくれるから、前はあまり得意じゃなかった料理も今は大好きになれた。
「あ、これ…」
早速食べようとお箸を持ち上げた時に、焦凍くんがテレビの方に視線をやる。さっきまで見ていた番組がまだ続いていて、ちょうど画面の中の焦凍くんがインタビューを受けている所だった。
「さっき見てたの。焦凍くんかっこよくってね、録画しておけば良かったなって」
「本物がここにいるのに?」
きょとんとした表情で首を傾げる焦凍くん。テレビの中の彼はキリッとしていてかっこいいけど、こう言う可愛い所を見られるのは私だけなんだと思うと優越感を感じてしまう。
「本物ももちろんかっこいいよ。テレビで見るよりもずっとかっこいい」
そんな素敵な彼の隣に立つのが少し申し訳なくなるくらい。心の中で小さく呟いた。焦凍くんは私の回答に満足したみたいで、皿に盛られた煮物をつつく。口へ運ぶと彼が小さく「美味い」と溢した。その綻んだ笑顔が好きで、食べている焦凍くんをつい見てしまう。
『それじゃ、轟さんが好きな人と行きたい場所は?』
番組MCの質問に反応して、テレビを凝視する。焦凍くんとは人の目があって一緒に出かける事が出来ないから、どんな答えを出すのか気になった。元々あまり欲のない彼からは、何処かへ行きたいと言う要望も聞いた事がない。
『…テーマパークとか?』
「えっ、そうなの?」
テレビの中の焦凍くんとつい話してしまう。目の前の本人と言えば卵焼きに夢中になっていて、質問を聞いていなかったらしい。卵焼きを咀嚼し終えると、私の視線に気付いたようで聞き返してくれた。
「ん、どうした?」
「今テレビの質問でテーマパークに行きたいって…」
彼は少し悩んでからちらりとテレビを見て、ああ、と思い出したように頷いた。インタビューなんてすっかり忘れていたらしい。テレビに執着がないみたいで、どの番組に出演したかをあまり覚えていないようだった。
「名前がこの前、テーマパークのキャラクターが可愛いって言ってただろ」
ほら、あの熊のやつ。そういう焦凍くんはとても優しい顔をしていて、覚えていてくれていた事や、テレビでのインタビューで私を思い出してくれたんだ、とか色々嬉しくて泣きそうになる。私の潤んだ目を見て、焦凍くんは慌ててお茶碗とお箸を置いた。
「ごめん、一緒に行ってやれないのに」
「あ、違うの。嬉しくて…」
人気の彼にはいつも黄色い声が絶えないので、もちろん不安にもなる。彼はそういう人じゃないって分かってるけど、私よりもっとずっと魅力的な人が、お似合いの女性が居るんじゃないかって考えてしまう。
でも、好きな人と行きたい場所で私を思い出してくれるのくらい愛されてるんだって、自信を持ってもいいんだとそう思えた。
ごし、と片手で目を擦ると、テーブルを挟んで対面に座っていた焦凍くんが席を立つ。私の隣にある椅子に腰掛け、目線を合わせてくれた。
「俺は名前が好きだ。一緒にどっか行ってやれないし、帰ってこられない日も沢山あるし、寂しい思いをさせるけど…それでも、俺は名前と一緒に居たい」
頭をふわりと撫でられて、一度引っ込んだ涙がまた出そうになった。私の考えていることなんて、焦凍くんにはお見通しなのかもしれない。
「私も焦凍くんが大好きだよ。だから、どこかへ行けなくても平気。ここに帰ってきてくれるだけで充分なの」
笑顔でそう答えると、焦凍くんは嬉しそうにはにかんでまた私を抱きしめる。焦凍くんの言葉や行動はストレートで嘘がない。だから信用出来る。たまに天然な所もあるけど、そこも含めて大好きなのだ。
首に回った腕から解放された後、目が合って、焦凍くんの唇が私の唇に降りてくる。ちゅ、と音をたててすぐに離れたので、可愛い子供みたいなキスに少しだけ笑ってしまった。
焦凍くんは私の頭を撫でながら、意を決したように言葉を紡いだ。
「名前、俺たち結婚するか?」
驚きすぎて呼吸を忘れたのは、人生で初めてだった。突然の事で頭がついていかない。私が、焦凍くんと結婚?
「結婚すれば堂々としていられるだろ。名前の不安も解消出来る。そもそも別に人気なんかなくたってヒーローは出来るんだ」
俺は、誰より名前に笑っていて欲しい。そう言ってくれる焦凍くんの優しさが痛いほど伝わる。
「…嫌か?」
返事が出来ない私の顔を覗き込んで、眉を下げる焦凍くん。私でいいのかな、なんて、焦凍くんの顔を見ていたらそんな考えはどこかへいってしまった。
「嫌な訳ないよ…!」
焦凍くんの胸に飛び込む。勢いよく抱きついたのに、彼はちゃんと受け止めてくれた。
結婚なんて口で言うほど簡単なことでは無いのは頭ではわかっている。事務所との折り合いも必要だ。それでも、そう言ってくれる焦凍くんの気持ちが嬉しかった。3度目の涙は、まだ乾きそうにない。
title by 確かに恋だった