呪術師として落ちこぼれだった私が、同級生である夏油傑に憧れを持つのは簡単だった。
 夏油傑と五条悟。この二人には単純な力だけでなく才能にも恵まれていた。呪術師としてはそこそこの名家に産まれた私は呪力さえあるものの、才能や戦闘のセンスなんてものはからっきしでいつも置いてけぼりの毎日。そんな私に優しく声を掛けてくれたのが夏油くんだった。
 彼には人を惹きつける力があると思う。優しいのはもちろん、それだけじゃないカリスマ性がある。私も漏れなく惹き付けられた一人だ。彼に対しては崇拝のような、はたまた畏怖にも近いような、上手く言い表す事が出来ない感情を持っていた。
 私の世界を構成するものの中に彼は確かに存在していて、尚且つそれが中枢に居た事は間違いない。今思えばそれくらい彼に全てを委ねていた気がするし、依存していた。

「夏油くん」。一言呼べば大きな身長を少し屈めてくれる。細い目をさらに細めて私の次の言葉を待ってくれる。「どうしたの」と彼の声を聞けばそれだけで安心した。特に用事がある訳でもないのに、いつ話しかけても彼は一度も怒らなかった。
 優しい彼は求める私に全てを与えてくれた。疑問の答えも、寂しい夜には隙間を埋める身体も。
 付き合っていた訳ではないし、彼を好きと言うよりは依存していた。彼も恋愛感情があったのかは分からない。けれど、私はこの関係が心地よかった。

 彼とは相対して、私は五条くんの事が少し苦手だった。呪術師ではあるけれどいつまでも4級、任務でも助けられてばかりの私をお荷物としか見てなかったんだと思う。
 以前夏油くん、五条くんと私の三人で実習へ赴いた時に、背後に居た呪霊に気付かず怪我をした。その時も夏油くんが助けてくれたのだけれど、そんな私に五条くんは心底呆れていた。全力でやっているつもりでも、何かミスをする。迷惑をかける。天才にはきっと凡人の苦労なんてわからない。だから五条くんに理解して貰おうなんて思ってもいない。

「名前はこの世界をどう思う」

 夏油くんに、1度だけこう質問されたことがあった。この頃から夏油くんは少し雰囲気が変わっていった。恐らく、あの任務に赴いてからだ。最初は気のせいかと思っていたけれど、それは間違いだったと後々気付かされる。
 いつもは気高く優しい光を纏った瞳が、空を捕えて恐ろしく冷たく感じる。突き刺されるような感覚に身体が動かなくなった。
 この世界をどう思う。夏油くんの質問を頭の中で反覆する。そんな事、考えたこともない。夏油くんの思う正解が何か分からなくて、私は私の言葉を紡いだ。

「私は、この世界が好きだよ。こんな落ちこぼれの私でも、必要としてくれる人がいるから」

 何をするにしても鈍臭い私が、ただ一つ人の役に立てること。それが呪霊を祓う事だと思った。今は修行中の身だけれど、きっといつかは一人前になって夏油くんや五条くんと対等になれるように。私の密かな夢だった。

「…そうか」

 私の答えが正解だったかは今も分からない。そもそも、正解なんてあるのかすらも分からない。でも、その時の夏油くんは寂しそうで、それでいて少し嬉しそうな曖昧な表情を浮かべていた。
 その言葉が彼と交わす最後の言葉になるなんて、その時は思ってもいなかった。夏油くんは突然、呪術高専から姿を消した。理由はいくら考えても分からない。
 優しい彼は求める私に全てを与えてくれた。では、彼が求めるものは?私はそれを与えられる術を持っていなかった。ただそれだけだ。
 彼に置いて行かれた私は、まるで世界から拒絶されたかのようだった。