見慣れない校舎をゆっくりと歩く。普通科に来ることはあまりない上、普通科とヒーロー科では校舎の作りが違っている。そのせいか自分が通っている学校と同じはずなのに、違う場所に居るような感覚に襲われる。
どうしてヒーロー科である自分が普通科の校舎に居るかというと、彼女である名前と一緒に下校する約束をしているからに他ならない。名前は普通科に通っていて、普段の学校生活では昼と下校くらいでしか一緒に過ごすことができない。
いつもなら待ち合わせ場所に居るはずなのだが、今日は姿が見えずこうして普通科のななの教室まで探しに来た。何か用事があったら事前にスマホで連絡をくれるはずだ。何も連絡がないということは教室に残っているか、連絡できないような事が起きているか。少し不安になりつつ、教室に向かう足を早める。連絡がないだけで不安になるなんて、大概名前のことが好きなのだなと自分自身にため息をついた。
名前の教室に近づいた時、中から声が聞こえて歩を止める。複数人の声の中に名前も混じっていて、何もなかったことに安堵した。
「そういえばさぁ、名前ってどうして天喰くんと付き合ってるの?」
「えっ?」
突然出てきた自分の名前に体がビクリと反応する。気づかれないように息を潜めた。確かに、そう言えばそうだ。どうして名前は俺なんかと付き合ってるんだろう。
告白してきたのは名前からだった。名前は普通科に在籍していながら、ヒーロー科でも噂になるくらいに美人で可愛い。そんな名前が取り柄も特にない俺と付き合うだなんて、普通に考えればおかしな話だ。もしも罰ゲームで仕方なく告白した、とかだったらどうしよう。嫌な考えが頭を巡り、心臓が早鐘を打つ。
「そうそう。だって名前かわいいのに〜」
「天喰くんも悪い訳じゃないけど…ねぇ?」
「雄英ビッグ3って肩書きはかっこいいけど、ちょっと地味じゃない?」
容赦ない言葉たちが刺さる。普通科の女子達からはそう思われてたのか…別に人からどう思われようが気にしないが、名前も同じことを思っていたのだとしたら、それはすごく悲しい。耐えられないかもしれない。
何も聞かず、静かにこの場から立ち去ろうか悩んだ時、中から名前の大声が響いた。
「もう、みんな環くんのかっこ良さわかってないんだから!」
教室に居る女子達も名前の声に驚いたようで、それは空気で伝わってくる。
「環くんはね、見た目がかっこいいだけじゃなくてとっても優しいんだよ!私が困ってたら絶対助けてくれるし、私にだけじゃなくてみんなに優しいし、個性だってすごいの!インターンでもファットガム事務所で大活躍してて、それにね、」
「わかったわかった!ごめんって」
勢いが衰えない名前を、女子が割って止める。自分はというと誉められているのに照れが先行してしまって逆にどういう感情で居ればいいのか分からない。
「名前ってば天喰くんのことそんなに好きなんだね」
「うん、大好き!」
その嬉しそうな声を聞くだけで、名前の笑顔が頭に浮かんだ。俺、今すごくニヤけてる。彼女がこんなに可愛くていいのだろうか、と一人幸せを噛み締める。
ただこの状況の中、教室に入れるわけもなく。待ち合わせ場所に戻ろうかと踵を返す。恐らく名前も後で来るだろうと教室に背を向けたその時。
「あっ、もうこんな時間!?ごめんみんな、私行かなきゃ」
「どうせ天喰くんでしょ〜」
「早く行きなよ。また明日ね」
バタバタと慌ただしい音と共に、教室の扉が横へスライドする。振り向けばそこには名前が居て、未だ顔が赤いままの俺と鉢合わせしてしまう。
「た、環くん…!?どうしてここに…?」
「いや、いつもの所に居なかったから迎えに…」
「…もしかしてさっきの話、聞いてた?」
俺の顔を見て察したのか、恥ずかしそうに顔を逸らす名前。これだけ赤面していれば嘘を吐いても仕方がない。俺が素直に頷くと、名前もみるみるうちに赤くなる。そんな名前が可愛くてつい抱きしめそうになったが、ここは廊下だと思い踏みとどまった。
「あ、えっと…立ち聞きしてごめん。俺も、名前のこと大好き」
抱きしめそうになった手を抑えて、名前に笑顔を向ける。俺はちゃんと笑えているだろうか。ニヤけて変な顔になっていないだろうか。途端に気になって口元を腕で覆うと、名前が抱きついてきた。目線のすぐ下にある丸い頭が俺の胸元に押し付けられる。俺が抱き締めるのを我慢した意味は無かったようだ。
「えへへ。嬉しいな」
上を向いて俺と目線をあわせる名前。その笑顔が余りにも可愛くて眩暈がした。これ程ぴったりとくっつかれてしまっては、心臓の音はもう誤魔化せそうにない。教室からこっそり覗いている名前の友達の視線に気付かぬふりをして、俺も名前の身体にそっと腕を回した。
title by 確かに恋だった