休日の昼下がり。寮の共同スペースで、教科書を捲る音が耳に残る。明日提出の課題をすっかり忘れていたなんて、のんびり過ごしていた数日前の自分を叱りたい。ただでさえ苦手な数学の課題と、頭を捻りながら格闘する。
本来なら、課題を忘れていたと絶望する私を見かねた百ちゃんが勉強を教えてくれるはずだったのだけれど、急にお家の用事が出来てしまったらしく私を残して帰省してしまった。百ちゃんには逆にこちらが申し訳なくなるくらい散々謝られた。そもそも自分が忘れていたのが悪いのだから、自力でなんとかするしかない。
せっかく共同スペースまで持ってきた勉強セットを持ち帰るのも手間だし、自分の部屋で課題をしてもだらだらとしてしまいそうなので、結局今に至る。
課題というのは一度詰まるとその後もどんどん分からなくなるもので、応用なんて言われてしまった日には基本も出来てないのに分かる訳ないだろうと叫び出したくなる。教科書と睨めっこしてもどの公式に当てはまるものかも分からない。
「うぅ〜〜…」
「なんつー声出してンだお前」
は、と顔を上げるとそこには同じA組の爆豪くんが立っていた。問題に悩みすぎて無意識に声が出てしまっていたようだ。怪訝な顔をする爆豪くんに途端に恥ずかしくなり、慌ててごめんと返す。まさか声が出ていたなんて。
「それ、明日出すやつじゃねェの」
いつの間にか近寄ってきていた爆豪くんが私のノートを覗き込む。何度か頷くと、彼はまだやってなかったのかと呆れた表情を見せた。意外と成績優秀な爆豪くんはとっくに終わらせているんだろう。
爆豪くんは休日なのにトレーニングにでも行っていたのか、ランニング姿だった。首にかけたタオルでぐい、と乱暴に汗を拭ったかと思うと、私が座っているソファに腰を下ろす。まさか隣に座ってくると思っていなかったので、近い距離に少し緊張した。
「ここ。これ」
彼が指を刺した先は私のノート。詰まっていた問題。そこから滑らかに指が動き、教科書にある公式をとんとん、と指した。
一瞬、言葉数が少なすぎてなんのことだか分からなかったけれど、すぐに課題を教えてくれているのだと気付く。爆豪くんが指した公式は私が使っていたものとは全く違うもので。それは解けないはずだと腑に落ちる。
「そっか、こっちを使うんだ。ありがとう爆豪くん!」
横を向いて礼を言うと、爆豪くんは頬杖をついて「ん。」とだけ返事をしてくれた。ただ彼の目線はノートのままで、「早く書け」という無言の圧力を感じたので、いそいそとノートに公式を書き写し計算を始める。
公式さえ解ってしまえば後は問題に当てはめるだけだ。計算自体は難しくない。けれど爆豪くんの視線がやけに気になって、シャーペンは上手く動かない。
そもそも横に座ってきた理由が分からない。私の中の爆豪くんは人に勉強を教えようとするイメージではなかった。クラスではたまに喋るくらいで、そこまで親しい訳でもない。でも、今横に座り続けていると言うことは多分課題を見てくれると、そう言う事なのだろう。もしくは疲れたからただ単に休憩してるだけだったり…なんて、無駄な事を考えてしまって、余計に課題は進まないままだ。
「苗字、何してるんだ?」
上から降ってきた声に顔を向けると、その声の主は轟くんだった。出先から帰ってきた所なのか、鞄を下げている。
「おい、視界狭すぎだろ半分野郎」
「苗字…と、爆豪」
「ついでみたいに言ってンじゃねぇ」
チッ、と分かりやすく舌打ちする爆豪くんに苦笑しながら、轟くんに明日提出の課題をしている所だと説明する。なぜ爆豪くんも一緒に居るのかは私も説明出来ないので、そこは省いておいた。
轟くんも先程の爆豪くんみたく私のノートを覗き込む。さっきから全くと言っていいほど進んでいないページに、多少の焦りが出てきたのは内緒だ。
「ここの公式、こっちの方が良くないか?」
轟くんの綺麗な指が教科書を捲る。次のページへと導かれる間に、またソファが沈む。今度は爆豪くんとは反対の隣に、轟くんが座っていた。顔を向けると轟くんの長い睫毛が目に飛び込んでくる。さら、と鼻を掠める前髪は絹糸のようで、おまけに良い匂いまでするものだから、この人はアイドルか何かなのかと錯覚させられそうになる。
「オイテメェ、勝手に座ってんじゃねーよ」
「悪ぃ。嫌だったか、苗字」
「あ、いや、全然そんな事は…」
共同スペースのソファだし、誰がどこに座ろうと自由だと思う。そう思って返事をしたら轟くんは「そうか、よかった」なんて言って微笑むし、ただでさえ顔が良いのにそれを至近距離で見てしまっては破壊力がすごいし、爆豪くんは「俺が許さねェんだよ」って言いながら今にも壁を破壊しそうだ。
そんな爆豪くんを気にも止めず、轟くんは公式の説明を続けてくれる。でも私がそれどころではない。轟くんは説明の為か身体を詰めてくるし、爆豪くんは轟くんを睨みながら私の頭を掴んで自分の方へと寄せる。乱暴にされたせいで首が悲鳴を上げたけど、爆豪くんの胸元に引き寄せられて一瞬どきりとしたのは秘密だ。
ただ課題をしていただけなのにいつの間にかA組の2トップに挟まれるなんて、どうしてこうなったのか。ぎゃいぎゃいと騒ぐ二人の声を聞きながら進まない課題を見て、これは長期戦になる、と覚悟を決めたのだった。