頬に柔らかな感触を受け、くすぐったさに目を覚ます。瞼を持ち上げればそこには楽しそうに微笑む彼が居て、私の頬が弄ばれていることに気付く。
 おはよう、と笑顔を見せた彼は、そのまま頬に小さなキスを一つ落としてベッドから降りた。未だ覚醒しない脳と共に上半身を起こすと、シャツ一枚しか身につけていないことを思い出す。今の季節、気温は特別低くはないけれど、布団の心地よさが恋しくてベッドから中々降りる事ができない。
 足に布団をかけままま三角座りになり、頭を膝の上に乗せた。ふわりと受け止めてくれる綿にまた目を瞑りそうになりながら、ふと彼に視線を寄せる。キッチンでいそいそと動く彼は、コーヒーを淹れている途中だった。カウンターの奥で動く羽は、いつもより小さい。

 昨日、ヴィランと戦闘になった際に羽をたくさん消費してしまったと言う彼は、苦い顔をしていた。彼の商売道具と言ってもいい背中にある羽は、また生え揃うまでヒーロー活動を休止しないといけない。その間何も起きなければいいけれど、有事の際に出動出来ないのはヒーローとして褒められることではなかった。
 口ではいつも楽がしたいと言ってるけれど、それは楽が出来るような平和な世界を求めているという暗喩だと言うのは分かっている。
 彼の羽の大きさを考えて家具を配置してある部屋は、普段よりも少しだけ広く感じられた。

「飲む?」

 いつの間にコーヒーを淹れ終えたのか、2つのマグカップを手にした彼がベッドサイドに立っていた。ピンク色のマグをベッドボードに起き、もう1つの白いシンプルなマグは彼の口へと運ばれる。そのままベッドに腰掛けて、欠伸をひとつ。彼もまだ眠そうで、宙に投げた視線はどこかふわふわとしている。
 ありがとう、と私は小さく呟いて、彼の背中を見た。引き締まった上半身には何も身に付けておらず、いつもより伸び伸びと羽が動いている気がする。
 手を伸ばして羽に触れると、ふさふさとした感触が心地よかった。

 彼がひどく怪我をしてきた日を覚えている。
 ヒーローという怪我がつきものの職についている彼だけれど、最近はボロボロになって帰って来る事はあまりない。それはNo.2と呼ばれるに遜色ない彼の強さの証でもある。
 ヒーローになったばかりの頃は、それなりに怪我も多かった。以前、突然呼び出しをくらい、向かった先の病院の一室で横たわる彼を見た時は血の気がひいた。ふらつく足を叱咤し、なんとかベッドに駆け寄って手を握れば、彼の目が徐に開かれる。私を捕らえた瞳が柔らかく細められて、握っていた手で頭を撫でられた。その彼の優しい顔を見て、涙が止まらなかった。幸い大事には至らず無事に退院出来たけれど、あの全身から力が抜けるような感覚は一生忘れないと思う。彼がヒーローという職についている限り、この心配はずっと付き纏うものだ。
 一度だけ、彼にこのままの関係を続けても大丈夫なのかと聞かれたことがある。よっぽどひどい顔をしていたのか、彼も思い詰めたような表情だった。自分の彼が常に危険と隣り合わせの職についているのは、正直心配ではある。でもやめて欲しいとは言えないし、何より、やっぱりヒーローとして人々を助けている彼が好きなのだ。そう答えれば彼は嬉しそうにはにかんだ。

 ふわふわの羽を手であそぶ。いつもは頼もしく見えるのに、ちいさめの羽根は今日は可愛らしく感じた。
 この羽が生え揃うとまた仕事に行ってしまう。仕方がないのは分かっている。けれど、羽なんて生えなければいいのに、と。そう願ってしまう自分も居る。そうすれば、危ない場所になんて行かずに済む。でも、ヒーローとして活躍する彼も好きだ。とんだ二律背反だと自分で思う。もちろん彼がヒーローを辞めることもないと理解している。だから、口には出さない。

 「名前ちゃん。くすぐったいんだけど?」

 眉を下げてこちらを見る彼は子供っぽくも見えて。今日の啓悟くんは可愛いね。と、羽を撫でながら応えると急に意地悪そうな笑みを浮かべ、持っていたマグカップをベッドボードに置いた。

 「俺よりよっぽど可愛い子が目の前に居るんですけど?」

 向けていた背を翻し、私の頬に手をかけたかと思うと、唇にキスを一つ落とされる。そのままベッドになだれ込むように二人で倒れては、彼から随所にキスの雨が降る。こそばゆくて堪えきれず笑い声をあげれば、彼も楽しそうに笑っていた。そうして羽が生え揃うまで、二人で一時の休日を満喫するのだ。