※6話時点で書いた話です






 決闘委員会のラウンジはメンバーの人数に対して広く、存外居心地がいい。決闘が無い日は委員会の皆も特に寄り付くことがないので、たまに1人で利用していた。先日あった決闘に関する報告書を作成するため、今日も部屋に籠る。
 いつも報告書の作成は私がやっている。何故かと言われれば答えはひとつ、他にやる人が居ないから。
 決闘委員会は各々の役割が決まっている訳ではない。最近はシャディク先輩がよく取り仕切っているけど、委員長という役職を有している訳ではない。
 私も書記になった覚えはもちろんないのだけれど、だからと言ってグエル先輩がこんな事をやる訳ないし、エラン先輩に至っては報告書の存在すら知らなそう。
 セセリアとロウジくんが一緒にやってくれればいいのに、とは思うけど、セセリアのあの性格じゃ頼んだところで無駄だろう。ロウジくんはお願いすればやってくれるかもしれないけれど、ロウジくんと同じブリオン寮のセセリアが先輩として居る以上、グラスレー寮である私からは頼みづらい。結局は自分がやるしかないのだ。
 寮の縦社会も面倒だなぁ、とため息をつきながら書類に向かう。片手で頬杖をつくと、かけていた眼鏡と手がぶつかってかちゃりと小さな音を立てた。普段は眼鏡をかけていないが、勉強や細かい文字を見る時にだけ使っている。
 資料と一緒に持ってきたアイスカフェオレを飲みながら、入力デバイスを開いた。

「こんな所に居たのか、名前」

 上から降ってきた声の主を見上げると、そこにはシャディク先輩が立っていた。こんな所に、という言いまわしを聞くに、私を探していたのだろうか。

「何してるんだ?」

 私の返事を特に待たず、ソファの隣に座る先輩。そのまま腕をソファの背もたれに大きく回してくるものだから、どうしても距離が近くなる。この人はいつでも誰にでもそうだ。だから勘違いもされやすいし、実際女子が周りに絶えない。

「報告書です。最近決闘が多いので」

 距離が近いですよ、と伝えたところで引くような人ではないと分かっているので、それについては何も言わず返事だけしておく。先輩は制服を大きく着崩しているせいで、目のやり場に困る。
 真面目だねぇ、と言いながらへらりと笑う先輩はどこか他人事で、またため息を吐きたくなった。
 暇なら手伝って下さいよ。と言いたい所だけれど、先輩は先輩で忙しいのを知っている。
 グラスレー社CEOの養子である彼は、学園での勉学やグラスレー寮の寮長の任だけではなく会社の仕事も多々任されている。ただの一生徒である自分とは世界が違う人だ、と思う。けれど、普段あまりそう感じさせないのは先輩の人柄のおかげだろうか。

「先輩も、やるべき事はきっちりされているじゃないですか」

 だからこそ、会社で実績もあげられているし寮では皆からの人望もある。そういう所は本当に尊敬出来る人だ。女性関係は少しだらしないけれど。
 こんな決闘の報告書なんて、出来る人間がやればいい。いつもそう思って、結局面倒臭がりながらも自分がやっている。私が学んでいる経営戦略科は元々資料提出が多いので、報告書に慣れているのがまだ救いだ。

 資料と睨めっこしながらデバイスに文字を打ち込む。テンプレートはあるので基本は穴埋めするだけだ。問題はやたらと枚数が多いこと。決闘があるごとに入力出来ればいいが、その時間が取れない時なんかはつい溜めてしまって結構時間がかかる。
 デバイスと資料を行ったり来たりする間に、隣からの視線に耐えられなくて思わず手が止まる。2、3度瞬きした後に先輩を見れば、真っ直ぐこちらを見ていてばっちり目線が絡みあった。

「…あの、先輩。やりづらいんですけど…」

 首を竦めながらおずおずと進言する。いくらフランクで接しやすくても、一応先輩は目上の人だ。じっと見つめられながらの作業は緊張する。そういえば私を探してここへ来たような雰囲気だったが、何か用件でもあるのだろうか。
 返事を待っていると、先輩はこちらをじっと見たまま楽しそうに口角を上げた。

「だって、それ終わらないと俺とデート出来ないだろ?だから待ってる。」

 誰も貴方とデートの約束なんてしてないけど?!
 つい叫びそうになってきちんと言葉を飲み込んだ。咄嗟にしては悪くない判断だったと自分で自分を褒める。突然こういうことを言い出すから、シャディク先輩が考えていることは分からない。

「いや、デートするなんて一言も…」

 言っていない。そう真っ当に返事しようとした時、先輩がぐい、顔を寄せてきた。突然の事に後ろに引く暇もなく、かけていた眼鏡が先輩の手によって奪われる。

「うん、眼鏡もいいけど名前はそのままが一番可愛いな」

 目の前の端正な顔が綻ぶ。不意打ちの事に思わずどきりとしたけれど、なんとかまだ冷静さは保ったままだ。
 こんな軟派な事を言ってはいるが、先輩には確か彼女が居たはず。確かつい最近もその関係で決闘を申し込まれていた。

「もう、返して下さい。それに先輩、彼女さん居ませんでしたっけ?」
「ん?居たっけ」

 私の眼鏡を唇に当て、思い出すように視線を上へ向ける先輩。たくさんの女性が思い浮かぶようだが、どの女性が該当するのか分かっていない様子。その姿にはさすがに呆れて返事も出来ない。
 やっぱり、尊敬出来るっていうのは嘘かもしれない。彼の中ではもう解消された事柄なのかもしれないが、余りに淡白な関係に女性に少し同情した。もしくは先輩の言う通り、付き合ってるように見えていたけれど実はそう思っていたのは女性だけだったのかもしれない。それはそれでやはり同情するが、真相は闇の中だ。
 それでも先輩を好きだという女生徒は絶えない。それはそうだ。このルックスに高いコミュ力。御三家の跡取りでパイロット科でもある。好きにならない方が珍しいかもしれない。
 そんな先輩とデートなんてしたら。同じ決闘委員会だというだけでもたまにやっかまれるのに、考えただけでも恐ろしかった。

「あれ、どうしたの見つめてくれちゃって。惚れた?」

 私の眼鏡を弄びながらこてん、と首を傾ける先輩。そんな姿を可愛いと思ってしまったら負けだ。
 惚れてません。と一蹴して資料へと再び目を戻す。眼鏡がなくて少し見づらいが、それより先輩から意識を逸らすのに必死だった。

「…俺としては、惚れてくれた方が嬉しいんだがなぁ」

 横から先輩の手が伸びてきて、さら、と私の髪を掬う。小さく呟かれた先輩の言葉は、静かなこの部屋では充分拾えてしまって。
 本気で言っているのか、はたまた冗談の延長なのか。伏せられた先輩の瞳からは感情が読めない。
 私は先輩の周りに居るような大勢の女子の1人になるつもりはない。心臓の音がバレないように祈りながら聞こえなかった振りをした。