そよそよと心地良い風が肌を撫でる。今日の天気は晴れ、時々曇り。直射を遮ってくれる雲のおかげで、屋上は過ごしやすい気温になっていた。
 二つ並んだ菓子パンを見つめ、どちらから食べようかとささやかな悩みに興ずる。一つはコロッケ、もう一つはジャム。ここはやっぱりコロッケからかな、と包みを手にする。私が一口かじった所で、隣に座っていた轟くんもおにぎりの封を開く。
 轟くんは同じヒーローを目指す、クラスの友達。ただそれだけだと思っていた。最近までは。そんな彼とどうして二人きりでお昼ご飯を食べているかというと、誘われたからに他ならない。
 誘われた時は隣にお茶子ちゃんも一緒に居たのに(いつもお昼はお茶子ちゃんと食べてる)、轟くんがまっすぐ私を見るものだからお茶子ちゃんが気を使ってくれた。
 私としては何故二人きり?と疑問に思ったけれど、断る理由もないので屋上までついてきた。いつも轟くんは学食で食べているイメージがあったのだけれど、今日はおにぎりを買ってきたとのこと。

 誘われたから、という簡単な理由で来てみたものの、二人で共有できる話題が思いつかず無音の時間が流れる。轟くんは喋る方ではないし特に気まずさは感じないけれど、それはそれで不思議だ。私と何か話したいことがあったから誘ったんじゃなかったのかな。
 コロッケパンを齧りながらちらりと轟くんの方を見やると、轟くんとばっちり視線があってしまって少しだけ肩が跳ねた。まさか轟くんもこっちを見てるなんて、思わないじゃない。見つめ合うのもおかしくて、そそくさと視線を逸らした。

「と、轟くん、おにぎり好きなの?」

 不自然な間を埋めるように、唐突に質問をしてしまう。聞いてからよく分からない質問だと自分で思ったけれど、轟くんはそんな事は思ってもいないようで、こんなどうでもいい問いかけにうーんと考える素振りすら見せてくれた。

「和食が好きだ」

 つまりパンより米派という事。わかりやすい答えに、そう言えば轟くんの寮の部屋も和室だったなと思い返す。轟くんの実家も和風なんだろうか。
 私の食べているパンを眺めてながら轟くんが「苗字はパンが好きなのか?」と聞いてきたので、「パンも好きだけどおにぎりも好きだよ」と答える。お昼に食べすぎると午後の授業で動けなくなるから、お昼はパンで軽く済ます事の方が多い。

「…苗字」

 急に呼ばれて顔をそちらへ向けると、突然伸びてきた轟くんの指が私の口元を攫う。更には「ついてるぞ」と可笑しそうに微笑まれては、固まるしか出来なかった。
 えっ、口元についたお弁当取ってくれるなんてそんなベタなことある?
 少女漫画みたいな出来事に脳が混乱しつつ、轟くんなら少女漫画の登場人物に居てもおかしくないな、なんて片隅で考える。存外近い距離の彼にありがとう、と噛まずに言えたのは奇跡に等しい。

 思い返すと、最近の轟くんは少しだけ距離が近いように感じる。
 先週あった実践訓練で派手にすっ転んだ時も一番に駆けつけてくれたし、医務室まで連れて行ってくれた。ヒーロー学の授業で当てられて答えがわからなかった時も、席が近い彼がこっそり助けてくれた。でも、彼は優しいから、私が特別なんじゃなくて誰にでもそうしてるんだと思うようにしていた。

「轟くんって、距離が近いってよく言われない…?」

 勘違いしたくなくて、おずおずと聞いてみる。轟くんは天然なところもあるし、他の子にも勘違いさせるような行動をとっているんじゃないだろうか。自分でそう考えたくせに、その場面を勝手に想像して何故かちり、と心の端が焼けた。
 当の轟くんはというと私の言葉は予想外だったみたいで、次は彼が面食らったような顔をしていた。

「悪い、嫌だったか?」

 しゅん、という擬態語が似合うくらいに首を落とす轟くん。眉まで下がっていて、まるで捨てられた子犬だ。そんな姿が可哀想に見えて、慌てて否定する。

「嫌じゃないんだけど、その…緊張するというか、ドキドキするというか…」

 歯切れの悪い物言いに、自分で恥ずかしくなる。どうしてこんな事言ってるんだろう、私。これだとまるで轟くんのことが好きだと言ってるみたいだ。気にしていない訳ではなかったけど、それでもまだまだ友達だと思っていたのに。何より轟くんが、私のことなんて興味ないと思っていたから。
 自分が今赤くなっているのが手に取るようにわかって、彼から顔を逸らす。轟くんは安堵したようにそうか、と一言漏らした。

「苗字が俺のこと意識してくれてるんなら嬉しい」

 今度こそ、呼吸が止まるかと思った。手に持ったままのパンを思わず落っことしそうになって、慌てて持ち直す。変わらず彼の表情は見れないままだ。
 それはどういう意味、と口を開こうとした瞬間、轟くんが言葉を続ける。

「理由は自分でも分からないが…お前が視界にいないと心配になる」

 そう呟く轟くんの視線が甘く刺さる。こんなに心臓が早く動いたのは雄英の合否結果を見るとき以来じゃないだろうか。理由が分からないという所が轟くんらしくて、少しだけ笑いそうになった。
 これは都合の良いように捉えてもいいのかと、自分の新たな気持ちの芽生えに戸惑う。もう一つの残されたパンは、喉を通りそうになかった。