幼馴染で一緒に育ったも同然の名前は、いつも隣に居るのが当たり前だった。
ちいせェ頃はデクと三人でよく遊びまわって、小学校と中学ももちろん一緒。いつからか俺のことを好きだ好きだと宣うようになり、それが面倒な俺は名前の事を適当にあしらっていた。
 名前は俺のデクに対する態度をいつも諫めてきて、小煩い奴だった。俺にあれだけはっきり意見を言える女は、母親を抜くと名前だけだと思う。
 俺が怪我したりするとすげェ怒るくせに、自分は俺よりそそっかしくて危なっかしい。
 昔から俺の後ろにくっついてきては事ある毎に「かっちゃん」と呼ぶ名前の存在に、俺はどこか安堵を覚えていた。

 俺が雄英に行くと決めた時、それを名前に伝えた日。
 アイツは俺とずっと一緒に居た。だから雄英に行ってヒーローを目指す事は分かっていたはずなのに、一瞬だけ見せた名前の寂しそうな表情が今でも頭に残る。

「毎日会えなくなっても、それでも、好きだよ。」

 夕陽に照らされる名前の笑顔はいつもより憂いを帯びていた。
 名前の言葉に俺はちゃんと応えず、いつも通り適当に流した。それが、いつもの日常で、俺たちの当たり前だったから。

 雄英に入ってからも、名前からの連絡は毎日届いた。どうでもいい話が大半だったが、たまに写真が添いていたりして、笑顔で写る名前を見るに向こうでも楽しくやっているらしい。
 文章を打つのが苦手な俺と名前のトーク画面には、名前からの一方的な連絡で埋まる。それでも既読を付けて読んでいるだけでも俺にしちゃマシな方だ。名前もそれを理解しているから返信がなくても気にせず毎日連絡を送ってくるんだと、そう思っていた。

 雄英に入学してから半年、夏休みを最後に名前からの連絡が途絶えた。林間合宿の件でニュースを見たのか、俺を心配するような内容の連絡は来ていた気がする。
 あれから寮生活が始まり、仮免試験があったりと忙しい日が続いたせいでろくにスマホも触っていなかったが、気付けばアイツの最後の連絡から2週間ほど経過していた。
 あれほど毎日送ってきていたのに、ピタリと止まると名前の身に何か起きたのではないかと勘繰ってしまう。
 ヴィランに襲われたりしていないか。怪我や病気で連絡をとる事が出来なくなったんじゃないのか。
 大事があれば恐らく母親から何か連絡は来るのだろうが、一度気になると嫌な考えを振り払う事が出来ず、アイツが通う高校へ出向く。幸か不幸かちょうど俺はデクの野郎とやりあったせいで謹慎中で、今からでも恐らく下校の時間には間に合う。名前は家から学校へ通っているから、校門の前に居れば嫌でも会うはずだ。



 チャイムが鳴り、ぞろぞろと生徒が下校し出す。校門の真ん前に立っているせいか、すれ違う生徒からヒソヒソと話し声が聞こえる。そちらに目線をやれば、その生徒は小さく悲鳴を上げて走って逃げてしまった。コソコソ隠れるのは俺の趣味じゃねェ。むしろ目立っている方が名前を探しやすい。
 思っていたより生徒が多い事に小さく舌打ちをし、改めて門に目を向けた時、そこには少しだけ髪が伸びた名前が居た。無事だった事には安心したが、ならどうして連絡を寄越さなくなったのか、と感じたことの無い複雑な気持ちになる。
 声をかけようとした瞬間、名前の目線の先には俺の知らない男が居る事に気付いた。楽しそうにそいつと話している名前に、喉が詰まる。

「…かっちゃん?」

 俺に気付いた名前が、驚いた様子でこちらに近づく。見慣れない制服に身を包んだ名前は、どこか知らない人のように見えた。
 隣の野郎が知り合い?と名前に質問して、名前も幼馴染だよと親しそうに答えるものだから、何故か無性に苛ついた。

「どうしたの?何か用事が…」
「…元気にしてンなら、いい。」

 名前の言葉を遮るようにして踵を返す。名前が無事ならこれ以上ここに居る理由はない。俺の心配は杞憂に終わった訳だが、何となく気持ちは晴れないままだ。その理由を分かっているはずなのに、まだ認めたくなくて蓋をする。
 後ろから名前の待って、と言う声と足音が聞こえたが、聞こえていないフリをした。足は歩を止めないままだ。

「待って、ねぇ。かっちゃん」

 駆け寄ってきた名前が俺の手を掴む。振り払う事はせず、静かに後ろへ顔を向けた。こんなに揺れる瞳をした名前の表情は、初めてだ。

「何も無かったらわざわざ来たりしないよね?何かあったの…?」

 不安げに俺を見上げる名前にまた苛つく。こんな表情をさせるつもりじゃなかった。この苛つきが名前に対してなのか、自分に対してなのかは分からない。チッ、と小さく舌打ちしても、さすが名前は慣れているのか全く動じない。

「…テメェが連絡よこさなくなったからだろ」

 理由を告げるのが悔しくて、小さく呟いた。これだと俺が名前を心配していたのが丸わかりだ。隣に立っていたあの野郎が居なけりゃ、声だけかけてすぐに帰るつもりだったんだ。
 ボソボソとした小声も、名前はしっかり拾ったらしい。俺を掴んだままの名前の手に、少しだけ力が入るのがわかる。逸らしていた目線をそちらへ向ければ、そこには頬を真っ赤に染めた名前が居た。まさかそんな反応をされてるとは思わず、面食らう。

「かっちゃんは、ずっと、私になんて興味無いと思ってたから…だから、頑張って離れようとしたの。でも、気にしてくれて嬉しい」

 少し俯きながら口角を上げる名前は本当に嬉しそうで。ああ、いつも俺の後ろをくっついて来ていた名前だ、と安心感を覚えると同時に、俺の中でそれが当たり前になっていたのだと気付く。そうだ。名前はいつでも俺に付きまとって好き好き言ってりゃ良い。

「返信ないし、私と違ってかっちゃんは忙しいだろうから、連絡しても迷惑かなと思って…」
「で、違う男と一緒に帰ンのか?」

 我ながら意地悪な質問だと思う。忙しかったのは否定しないが、返信しなかったのは自分だ。それで名前が他の男と仲良くしようと、俺が何か言える立場ではない。わかっている。

「あ、あれはただのクラスメイト!たまたま一緒になっただけで別に何かある訳じゃ…」
「はっ、それにしちゃ仲良さそうだったけどな?」

 眉尻を下げて、言葉を詰まらせる名前。これは完全に八つ当たりだ。俺だけを見てたはずの名前が、少しでも他の男に意識がいったことへの苛立ち。
 コイツに犬の耳が付いていたら間違いなく垂れているだろうな。そう思わせるくらい肩を落として落ち込む姿に、さすがに言いすぎたと小さく溜息を吐く。
 目線より少し下にある名前の頭を、片手で自分の肩に寄せた。予期していなかった俺の行動に、名前が身体を強ばらせるのが分かる。

「悪かった。」
「…え?」
「お前から連絡来るの、当たり前になってた。俺があしらってもお前、いつも後ろ着いて来てたから」

 顔が見られないように、名前の頭を肩に埋める。こんな事を伝えるなんて、思ってもみなかった。
 抵抗せずされるがままの名前が、小さく声を絞り出す。

「そうだよね、急に連絡しなくなったら心配しちゃうよね。ごめんね。私も、追いかけてるだけでいいと思ってたんだけどな…」

 あはは、と力なく笑う名前が居た堪れなくて、コイツを悲しませていた自分にまた少し苛つく。それと同時に、知らない男といる名前を見た時の感情を無視することは出来ないと悟る。名前の小さな頭を抱える手が、少しだけ震えた。

「俺はお前からの連絡が嫌じゃねェ。あとお前が他の男と喋ってたら腹立つ」
「それって、どういう…」

 意味、と続けようとして顔を上げた名前の唇を、顔を寄せて刹那に塞ぐ。一瞬の出来事に名前は目を見開いてまた固まってしまった。コイツのことは小さい頃から見ていたはずなのに、今日は新しい表情を沢山見ている気がする。

「お前は誰が好きなンだよ、名前?」

 固まったままの名前の耳元で囁くと、りんごみたいな顔を両手で隠して俯いてしまった。隠しきれていない耳まで真っ赤で、思わず頬が緩む。

「ずるいよ…」

 小さく呟く名前は夕陽に照らされていて、俺が雄英に行くと伝えたあの日を思い出した。唯一違うのは、あの時のような悲しい表情ではないと言うこと。

「あ?わかってて好きになったンだろ」

 わずかに広げた指の隙間から、名前の丸い目が俺を覗く。控えめにこくりと頷くと、また照れて顔を隠してしまった。あれだけ好きだと言っていたくせに、今更恥ずかしがる名前にまどろっこしさを覚える。
 また当分会えないだろうしな、と名前の手首を掴んでもう一度、唇を落としておいた。