「ところでさ、主は僕か弟か、どちらの方が好きか決まったのかい?」

 本丸、名前の部屋。和室によく合うローテーブルに政府への提出物を広げていた名前と、お茶を並べていた膝丸が髭切の突拍子もない言葉に驚くのは同時だった。
 ところでも何も、名前は髭切とその様な話をした記憶もない。それは膝丸も同じ事だろう。名前が知らない所で2振で話をしていたという事もありえるが、名前には真相は分からないままだ。

「髭切、私は皆同じように大好きよ」

 手の中のペンを転がしながら名前は答える。
 どうしてそんな事を聞くのか。そもそもどちらの方が、という質問が間違っている。名前は髭切も膝丸も他の男士達も、審神者の立場として大好きだ。どちらがより好きか、などは考えた事も無かった。

 名前が皆の事を大好き、と言うのは髭切もよく知っていた。
 男士皆に分け隔てなく優しく接する主は審神者の鑑だ。自分はこの本丸に喚ばれて本当に幸せだと髭切は思う。本丸が様々なように、審神者もまた様々なのだろう。他の本丸は知らないが、ここが満ちている場所なのは間違いなかった。
 そんな本丸で過ごせているのは主のおかげで、皆も主の事は勿論大好きである事も知っていた。

「僕はさ、特別になりたいんだ」

 髭切は呆ける名前に寄り、頬に手をかけるとぐい、と顔を寄せる。さすがの名前も慌てるが、真っ直ぐな髭切の瞳から目が逸らせない。
 そばに居た膝丸も名前の様子を見て止めに入ろうとしたが、髭切の一言に遮られてしまった。

「弟も、僕と同じだろう?」

 髭切のせいで名前は膝丸を見る事が出来ない。しかし驚いているという事は雰囲気で感じ取れた。

 さすがは兄者、と膝丸は一番に感心する。
 この想いは隠していたつもりだ。兄者が主の事を好いているのは見ていて分かったから。自分の主に対しての気持ちは特別なものでは無いと、膝丸は自分で思い込ませていた。
 しかし、笑顔を自分にだけ向けて欲しいと、そう言う黒い思いは確実に、あった。
 そのような穢らわしい想いを兄者に見透かされていたのかと思うと、膝丸は顔に熱が集まるのが分かった。

「ほら。図星だ」

 髭切は口元だけでニヤリと笑うと、名前の腕を引く。突然引っ張られた名前は短い悲鳴と共に髭切の胸元へすっぽり収まってしまった。
 少し息をすれば髭切の匂いでいっぱいになって、ああ、付喪神もちゃんと生きてるんだなぁ、なんてこの場にそぐわない事をぼんやり考える。
 抵抗も出来ずされるがままにしていると、ぎゅ、と効果音が付きそうなくらい抱きしめられて、名前は少し苦しくなる。

「あ、兄者…!」
「いいの?僕のにしちゃうよ」

 髭切のものになった覚えもなる予定もないのだが、何を言っても無駄な気がしたので仕方なく無言を貫く。きっと今髭切はひどく意地悪な顔をしているだろうし、膝丸は真っ赤になっているはずだ。2人の顔は見えないが予想が出来た。
 髭切に抱かれたままこの状況はどうしたものかと考えていた時、突然後ろから空いていた手を握られた。
 前からは髭切、後ろからは膝丸に綺麗に挟まれてしまい、更に身動きが取れなくなる。これはもうどうしようもないと名前は2人から逃れる事を諦めた。

「…主、俺は、その…主の事が…」

 膝丸の手に力が入る。握られている手が熱い。
 髭切に拘束されたままなので膝丸の表情は見えないが、言い淀む膝丸に少しだけ心臓が跳ねる。

「あ、やっぱり弟も主の事が好きだったんだね?」
「なっ!兄者?!」

 さらりと言われた髭切の言葉に驚く暇もなく、膝丸が大声を出す。
 膝丸の好きは、髭切の言う特別と同じ。髭切が言う特別とは、名前の一番。
 誰にでも平等な名前に、愛して病まない名前に一番に愛されたい欲。

「…ねぇ主。さっきよりちょっとドキドキしてる?」

 髭切が楽しそうに、しかし意地の悪い声で囁く。ギクリとした名前は更に心臓が早く動くのを感じた。
 妙な事になってしまった。まさかみんな同じように想っていたはずの男士に、気持ちを揺さぶられるなんて。これじゃあ審神者失格ではないか。
 無言を肯定と受け取ったのか、髭切はクスクスと笑う。

「嬉しいなぁ。そうやってもっと意識して、僕の事好きになってよ。」
「主、俺の事も見てくれないか…?」

 2振とも、自分が一番になりたいという気持ちが強いらしい。ここで名前が誰も選ばないと言ったところで説得力もない。
 当分離れるつもりのない2振と、テーブルに広げたままの提出物を横目にこれからの事を考え、名前は頭を抱えそうになった。